第32話 勝負の終わり




 残る金魚は二匹。


 二匹ぐらいなら朝飯前……と言いたいところだけれど、既にポイの状態は限界を超えている。破れていないのが不思議なくらいだ。

 水に浸けただけで破れてしまいそうなポイに、私は天を仰いで祈った。


(あと二匹……どうか私に金魚をすくわせてください!)


『がんばれー』

『がんばれ!』


 きんちゃんとぎょっくんの応援を背に、私は大きく深呼吸をすると慎重にポイを水に浸けた。

 付与能力で金魚が寄ってくる。

 私は、迷っていた。水に浸けた時の感覚から、ポイをもう一度水から引き上げたら紙が破れることを確信してしまったから。

 残る金魚は二匹。ポイを使えるのはあと一回。

 私は究極の選択を迫られていた。

 一匹をすくい、一匹を諦めるか。それとも―――、一か八かの二匹同時すくいに賭けるか。

 破ける寸前の紙が二匹の重みに耐えられるとは思えない。でも、一匹すくうと確実にもう一匹はすくえない。

 一匹を諦めるか。可能性は低くとも、二匹すくえるかもしれない道に賭けるか。どうしよう。どうすればいい。


 私の手元を、キース様達とロベルト王子が真剣な顔つきで覗き込んでいる。

 いつまでも迷ってはいられない。私は決意を固めて、カッと目を見開いた。


「―――はっ!!」


 気合い一閃!私は二匹の金魚の下からポイをすくい上げた。ポイに重みがかかり、水の外に出された金魚が勢いよく跳ね、そして―――


 ばりぃっ


 破けた紙の間から、二匹の金魚が水面に落下した。


 私はぎゅっと目を瞑った。

 やはり無理だったか。


 田中さん、すいません。私は、ここまでだった……


 破れたポイを握り締め、私は己れの無力を悔やんだ。


「……ディオン様、申し訳ありません。二匹の金魚を、すくえなかったっ!」

「いいや、アカリア!恥じることはない!君の魔法は素晴らしかった!」


 肩を落とす私に、ディオン様が言った。


「君は僕に金魚を運んできてくれた天使だ!大量の金魚を救う姿に、それを確信したよ!」


『おつかれー』

『おつかれさま』


 きんちゃんとぎょっくんも私を労ってくれる。キース様が歩み寄って、私を抱きしめた。


「よくやった、アカリア」

「キースお兄様……」

「まったく、凄いものを見せて貰いましたよ、お嬢様」


 ミッセル師が空になった水槽を持ち上げて笑う。


 私は涙を拭って、ロベルト王子に向き合った。


「賭けは、私の勝ちです。すくった金魚は返していただきます」


 それだけ告げると、私は王子の返事を待たずに身を翻した。キース様とディオン様も後に続き、ミッセル師は水槽を運び出す手筈を整えるために部下達の元に向かった。

 ロベルト王子の元に残されたのは、浴槽と二匹の金魚だけだ。


「―――はっ」


 背後で、ロベルト王子がやけに楽しそうな声で笑ったような気がしたが、私は振り返らなかった。




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