第二部
第12話情報
=アルテミ研究所の研究員個室=
「本当に酷い話だよね…、二人して私に内緒にするなんてさ。」
「だから何度も言ったじゃないか。片桐先生にだって口留めされてたし…そもそもこんな話を軽々しく言えないだろう?」
「悪いけどこの件については俺もランと同じだからな。エリもここに来てまでプリプリするなよ。」
「創也までそんなこと言ってさ。……それで私たちをここに呼び出した創也のお兄さんは何時になったら来るの?」
ラン、創也そしてエリのチームRの面々はドウリキからアルテミドラッグが政府や育成学校がどの様に捉えているかを教えた貰った翌日に、創也の兄が所属するアルテミ研究所へ呼び出されていた。
この呼び出しが掛かった時点でエリにはハンバーガー屋でのドウリキや片桐先生とのやり取りについて説明をしていなかったため、彼女にしてみれば寝耳に水の呼び出しとなったのだ。
その為、この研究所に来るまでの道中でランと創也はエリに対してそのことを説明することになった。
するとエリは一人だけ除け者にされたと感じた様で、指定の研究室に到着してこの呼び出しを掛けた人物を待っている最中だと言うのにご立腹な様子を見せているのだ。
「指定時間の五分前に到着しているからそろそろ来ると思うんだけど、うちの兄貴は時間に厳しいから遅刻なんて、…ん?」
創也はエリの質問に答えていると三人が待機している部屋のドアをノックする音が聴こえてきた。
そしてノックと同時にドアが開かれて、本日の呼び出しを掛けた張本人が姿を現した。
「いやあ、悪い悪い!そこの廊下で上司に摑まっちゃってな。よお、ラン君!久しぶりだな、創也からは色々と話を聞いているから久しぶりって感じがしないんだよね。…おお、君がエリちゃんだね?初めまして、創也の兄の宗吾です。」
呼び出しを掛けた張本人は研究員の制服である白衣を身に纏いながら慌ただしく室内の入って来た、
そして入室するや否や呼び出した三人に対して指定の時間に遅刻した理由を口にしていた。
この人物が創也の兄の宗吾である。
創也の話のよればこのアルテミ研究所ではアルテミ自体のメカニズムや道具・武器へアルテミを注入する際の効率性向上について研究しているらしい。
つまりはドウリキの使用したアルテミドラッグを取り扱うには最適の人物だと言える。
「兄貴もお疲れさん。ランとは面識があるから良いけどエリとは初対面だからね、紹介するよ。チームメイトのエリだよ。」
「創也は出来た弟だから助かるよ。今日はよろしくね、エリちゃん。」
「あ、こちらこそよろしくお願いします!創也君にはいつもお世話になっています、…今日はまだお世話になってませんけどね。」
「え?創也、どういうこと?」
「はあ…、何でも無い。エリが勝手に拗ねてるだけだから、呼び出しの要件を説明してくれない?」
宗吾はエリの様子に首を傾げながら室内にあるパソコンが設置された机の椅子に腰を下ろしてから、創也に促されるままに今回の呼び出しに至った経緯の説明を始めた。
「そ、そう?…じゃあ早速だけど話に移ろうかな。…三人とも、クラスメイトのドウリキ君から聞いたけど彼に勝ったんだよね?」
「ええ、一応は俺が止めを刺しました。」
「…一応?創也のチームはラン君がエースだったはずだよね?」
「そうなんですけど、長くなりそうだから話を端折りますけど、エリの方が確実に止めを刺せたはずですから。」
このチームRにおいて個人単位での最大攻撃力を誇るのはエースのランではなくエリなのだ。
さらに今回の一件で突きつけられた事実はドウリキによって新たに発見されたしアルテミを取り入れる際の効率性を考慮すると、それがより顕著なものとなると言うことだ。
アタッカーのランやガンナーである創也は攻撃時の姿勢に一定性が無いわけだが、スナイパーであるエリにはそれが当てはまらないのである。
常に地に足を付けながら身を隠して隠密性を重視する戦闘スタイルの為、エリは安定した攻撃力が確保されるのだ。
ランもこの効率性は自分でも演習と言う実戦で検証済みであったことから、チーム内の誰よりもこのことを自覚しているのだ。
破壊のスナイパー・エリ、チームRにおける、いざという時の切り札ではあるがリーダーのランや参謀の創也は未だにそのポテンシャルを引き出せずにいた。
…当のエリもその性格からか本腰を入れた本気の狙撃を経験出来ずにいるわけだが、チームメイト以外で唯一この事実を知る片桐先生からもそれを固く禁じられていることで内心では安堵しているのだ。
「チームDとのドウリキへの止め、…あれはランじゃなくて俺が撹乱役になっていたらエリでも良かったんだけどね。」
「うーん、理屈は理解出来るけど仲間を犠牲にするのはね?だってあれは演習だから誰も死なないけど、実戦だったらそうはいかないじゃない…。」
「…創也もエリも間違っていないと思うよ?だけど現実は片桐先生にもエリの本気は禁じられているわけだから、議論しても仕方が無いかな。…宗吾さん、エリの本気スナイプってどれくらいの威力があるか知りたいですか?」
「な、何だか聞くのが怖いけど…一応聞いてみようかな?」
ランは宗吾に意味深な質問をすると、怖いもの見たさとでも表現すべきだろか。
宗吾は唾を飲み込みながらランの言葉を待つことにした。
「……測定を担当した片桐先生の話だとアメリカの自由の女神像が粉々に粉砕するそうですよ?」
「うっ……、エリちゃんには間違ってもセクハラとか出来ないね。」
「宗吾さん、………勇気ある男の人って自分の寿命を計算出来ないんですかね?」
宗吾の不用意な発言に不気味な笑みを覗かせてたエリは研究室内にも関わらず、いつの間にかスナイパーライフルをその手に握り締めて銃口を宗吾の額に突きつけていた。
「ヒッ!!創也、助けて!!」
「兄貴も先ずは本人に謝りなって…、だからその年になっても彼女の1人もできないんだよ。」
「ここに来て実の兄を見捨てる上に、彼女いない歴まで暴露しちゃうの!?ラン君、助けて!!」
「はあ…、エリ?今度、修二とのデートセッティングで手を打たないか」
「言質取ったからね!?…宗吾さんの命に缶コーヒーをオマケしちゃうよ!!」
「ぷはあ…、助かった。でも、それが事実なら一番危険なのはエリちゃんと言う事になるのか?」
自分の命が男子生徒とのデートとほぼ同価値とエリに宣告された宗吾だったが、開放されてから瞬時に得られた情報を元に何かを考え始めていた。
この自分の命すらも天秤に賭けない研究心こそが宗吾が上司から買われている最大の要因であり、僅か24歳で研究員として個室を与えられる結果に結びついているのだ。
その事は上司以外からは一切として評価されないこともまた、年齢が彼女いない歴と同数であることの要因となっているだけだが。
「宗吾さん、今のはどういう意味ですか?」
「何と言えば良いのか…やっぱり職場に呼んだのはマズかったかな?…端的に言うとね、政府内でアルテミドラッグが無害だからと、来週にも育成学校の生徒から被験者に選別しようと言う話が上がっていてね。…となると優秀な生徒が選ばれるのが妥当でしょ?」
「ドウリキからもその辺りのことを聞いてはいたけど、まさかそこまで具体的な開始時期が定まっているなんても思いもしませんでした。…それで宗吾さんはエリが被験者に選ばれると危惧してるんですか?」
「…ラン君の話を聞く限りはね。そして課題が課題だからおそらく主任研究員には俺が選ばれると思うんだ、…だから最も可能性のある創也のチームメイトには先に話すべきかなって。私情を挟む時点で主任研究員なんて失格なんだけどね。…はあ。」
宗吾は自分で自分を評価しながら大きく肩を落としていた。
研究員と言う職業は一つの課題を長期間に渡って取り組むことになる、その為、研究員はその課題に強い思い入れを抱くことも珍しくない。
何よりも結果である、自分の取り組んだ課題に結果を出せれば研究員は内外に関係なく称賛されることになるのだ。
その研究員であり上司からも認められている宗吾は自分に課されるであろう課題の被験者になる可能性が高い人物たちに私情を挟んだと宣言したのだ。
これだけで宗吾と言う人間を理解することが出来ると言うものだ。
「宗吾さん、俺たちのチームのためにありがとうございます。ほら、エリもさっきの暴走行動を謝っときなって。」
「私が謝る理由が釈然としないんだけど、すいませんでした。ありがとうございます。」
「はははっ、ラン君もエリちゃんも頭を上げなって。俺が勝手にやってることだから気にしなくて良いよ、今の俺の発言を口外しなければね。」
「兄貴も甘いよね、この前も私情を挟んで上司から減給を言い渡されたんだろ?」
「こういう時は出来の良い弟が厄介なもんだよ…、これで今月の給料はゼロかな?」
元々ランは宗吾と言う人間に好感を持っていた、自分の利益にならない事でも弟である創也の為ならばいくらでも情報を提供してくれる傾向がある。
つまりは家族思いなのだ。
この事は越境組であるランにとっては羨ましいと思えてしまうのだ、そんな感情を植え付けてくれる宗吾をランは内心で尊敬していた。
一方でランはここに呼ばれた時に宗吾にどうしても聞いておこうと思ったことがあった、きっとこの家族思いの研究員であれば教えてくれるだろうと言う打算にも似た感情を秘める自分を恥ずかしいと思いながらも。
「宗吾さん、ドウリキの前にアルテミドラッグの試用を試みた教師がいたって聞いたんだけど、何か知りませんか?」
「…ラン君はそれを聞いて何をする気かな?」
「会いに行きます。話がしたいんです。」
ランは宗吾の反応を見て確信した、宗吾はその教師の正体をしっていると。
だが同時に何か言いにくい理由が有るのだろうとも理解することが出来た、そしてこういう時の宗吾は強い覚悟を示せばきっと教えてくれるとランは知っているのだ。
それ故に真剣な目で見つめてくる宗吾に対してランも同じような目で見つめ返すことにした。
「はああ…、俺ってどうしてもこうも口が軽いのかな?…しかも、こういうことに関しては手際が良いのが質の悪いところだよ…。」
宗吾は白衣の胸ポケットから一枚の紙を取り出してランに差し出した、どうやらこの紙に件の教師の情報が掛かれているのだろう。
「…宗吾さん、俺がこの事を聞いてくるって分かってたんですか?」
「何となくね…、聞かれたら断れないだろうことは確実だから。」
「ありがとうございます!!このことは絶対に口外しませんから!!」
ランが宗吾に頭を下げて感謝を伝えると、宗吾は小さく頭を縦に振りながら小さく微笑んでいた。
宗吾もランと同じようにこの弟のチームメイトに好感を持っていたのだから当然の反応だろう。
「ラン、俺もその教師に会ってみたいな。」
「ラン、私も!」
このアルテミ研究所の一室である小さな研究室内でチームRの面々は徐々に巻き込まれつつあるアルテミドラッグについて少しでも情報を集めるべく、次なる行動に出るために決意を新たにすることとなるのだった。
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