第32話スナイパー・エリ

 ランが小さく呟くと目の前に大きな、沖津とデバスを捉えるには充分な大きさの一発の銃撃が走ってくる光景が広がっていた。


 これは……どういう状況だ?


「うがあああああああああ!! 人間風情があああああああああ!!」


「ラン、後は頼んだぞ!!」


 ……おそらく、あれはスナイパーライフルの攻撃、それも膨大なアルテミによって威力を増幅されている。


 ランの知る限りでこんな芸当が出来るのは一人しかいない、……それもラン自身もその目で確認したことが無いにも関わらず、それもで『彼女』の銃撃だと確信することが出来る。


 武器や道具に注入されたアルテミをその外部に放つ時、そのアルテミは使用者独自の色を纏って放たれることになる。


 つまり、誰かが誰かの芸当を模倣したとしても、その光景だけは決して真似ることは出来ない。


 ランの目の前に走った銃撃の色は、真っ白だった。……彼女の優しい心を前面に押し出した純白。


 ……エリの色だ。


 ランは仲間の、友達の攻撃が自分の尊敬する人を撃ち抜く光景を、呆然と見つめるしかなかった。


=アルテミ研究所の屋上=


「ふう……、香月先生は何してるんだろう?」


「エリ、集中力を切らしたら駄目よ?」


「マキちゃんはそう言うけど、被験者の人たちを解放したと思ったら、私たちだけ別行動なんだよ?」


「……もしかしてエリ、緊張してるの?」


「…………うん、少しだけね。」


 先ほどまで香月先生と行動を共にしていたエリとマキだったが、このアルテミ研究所に捕らえられている残りの被験者を救出した後にその香月先生に別行動を言い渡されていた。


 その理由は香月先生の合図を確認したと同時に指定のポイントを垂直に撃ち抜くこと、だった。


 その指定のポイントこそが、このアルテミ研究所の屋上のど真ん中であり香月先生の指示に従うべく、エリは普段は横に構えるスナイパーライフルを真下に構えていた。


 そしてこの指示には一つだけ条件が付加されており、その条件がエリを不安にさせている要因である。


 その付加された条件とは……。


「エリは全力で狙撃をしたことが無いんだったよね?」


「……無い、と言うよりはしたくないの方が正しいかな? だって片桐先生の話だと私の全力って巨大な建造物すらも粉々にできちゃうらしいんだよね。」


 自分の本心を吐露する親友を見つめながらマキは小さくため息を吐いていた。


 それは、エリの性格が彼女自身の実力に蓋をしてしまっている、と言う事実に対してのものだ。


 エリは基本的に争いを好まない、そしてその意を汲んでいるチームメイトのランと創也はその彼女に対して、どの様な状況下でも彼女が心を傷つけそうな指示は決して出さない。


 それ故にエリは育成学校の演習でも一般的なスナイパーと同等の威力でしか狙撃をしたことが無いのだ。


 おそらくチーム内訓練ではある程度の威力を込めた狙撃をしたことがあるのだろう、だからこそ片桐先生は公式にエリの全力を禁じているのだから。


 育成学校で最大の破壊力を有するスナイパーは、最も慈愛に満ちているのだ。


 エリがスナイパーライフルのトリガーにかける指が震えている、これはエリの心理を物語っている、とマキは考えていた。


「前にも言ったけどエリはいつも誰かのために戦っているよね? 今回は誰の為なの?」


「え? ……うーん、今回は私を含めたみんな、かな。だって下手をしたら全滅だってあり得るんだから。だったら私だけその場にいないわけにはいかないし、絶対に後悔するもん。」


 震える指とは裏腹にエリの目は目的をしっかりと捉えている、……つまり自分の全力が齎す結果を理解しつつ、その結果が仲間を助けることに繋がる、と本能的に感じ取っているのだ。


 だが、それでも結果を理解しているからこそ、脳裏で想像した光景が現実のものとなることを恐れているのだろう。


……エリは優しすぎる、マキは自分の親友を頼もしく思いつつも、その性格から考えると彼女にとって場違いなこの場にいることに一抹の不安を感じていた。


 だが、それでも彼女はこの場にいることを望んでいる、そしてmこの場にいる要因を作ったのはそもそもが自分なのだ、と申し訳なさで心が充満していくのを感じていた。


 自分が育成学校へ進学する、と決めなければエリはおそらくこの学校にいなかった。


 そうすればエリは平和な、争いの無い世界で笑顔のままいられたはずなのだから。


 マキは申し訳なさからエリの頭を優しく撫でる、だが当のエリはキョトンとした表情をしながら自分に見つめてきた。


 そしてマキの気持ちを理解したのか、それとも元から話つもりだったのか。


 エリはマキに向かって話しかけ始めた。


「私ね、もし育成学校に進学してなかったらって、考えたことがあるの。」


「え?」


「私ってマキちゃんの後を追って試験を受けたけど、それでも、入学したことに意味があるって思うの。だって、入学しなかったらランや創也に出会えなかったんだから。当然、修二君とかレンジ君も。だから私は育成学校に入学して良かった、と本気で考えているんだよ?」


「エリ……。」


「だから、私はこのトリガーを引くことがランたちを助けることに繋がるのなら、……どんなに恐ろしい結果になろうとも絶対に引くんだ!!」


 親友の決意はその行為とは真逆にやはり慈愛に満ちていた、そして、それはマキが入学前から知っている親友であるエリの姿そのもの。


 であれば、この親友の背負っている重荷を一緒に背負ってあげるのが自分の役割だ、とマキは結論付けた。


 すると自然と体が動いてエリが指を掛けているトリガーにマキも一緒になって指を掛けていた。


「エリが怖いんだったら私も一緒にこのトリガーを引くから。だから、その重荷を私にも分けて!」


「マキちゃん?」


「エリにだけ、一人だけでそんなものは背負わせない!! 一緒に背負うのは親友であるこの私の役割なんだから、……それだけはランや創也には譲らない!!」


 エリは涙を流しながら自分の隣で自分の重荷を理解し、自分を思いやってくれる親友を見つめていた。


 すると自分の指から不思議と震えが治まっていくのを感じていた。


 マキと一緒なら、親友が隣にいれば自分は何だって出来る。


 親友の言葉と行動が彼女を肯定してくれているのだから、エリが吹っ切れるには充分な要因だった言えるだろう。


 そして、二人の決意が固まったことを待ちわびたかのように、香月先生は通信を使ってエリに合図を送って来た。


『エリさん、今です!!』


「「うあああああああああああああ!!」」


香月先生の合図とともにエリは取り込めるだけ取り込んだアルテミをそのスナイパーライフルに注入して、その全てを咆哮と共にアルテミ研究所に向かって放った。


 真っ白な、純白の砲撃はエリとマキの足場すら破壊した、そして二人は研究所の屋上から落下を始めたにも関わらず、お互いの笑顔で覗き込んできた。


「マキちゃんがいれば私は強くなれるんだよね?」


「……エリだから私も背中を押せるんだよ。」


 そして笑いあいながら落下を続けるエリとマキを、どこから現れたのか全く見当が付かないがいつの間にか創也と修二が抱きかかえていた。


「まったく、……お前らはこの状況をどう考えてるんだよ!! 呑気に笑いやがって……。俺たちに香月先生の通信が無かったら、二人とも死んでたんだぞ?」


「修二、今はそれどころじゃないだろう? ……二人とも、お疲れさん!!」


 突如として駆けつけた創也と修二によって事態を思い出したエリとマキ、二人は修二に呆れられながらも、それでも笑い合いのだった。

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