第33話アタッカー・ラン
=アルテミ研究所の地下10階=
ランは佇んでいた、それは目の前で起こったことを自分自身が受け入れられないからだ。
自分の腕の中には目を閉じてギリギリのところで意識を保っている片桐先生、そして……目の前にはデバスを羽交い締めにしていたはずの沖津が……そのデバスに首根っこを掴まれていたのだから。
エリの砲撃によってこの地下10階で繰り広げられていた戦闘に楔が打ち込まれた、かのように思われたが、デバスはギリギリのところで踏み止まっていた。
そして、そのデバスと同様にエリに砲撃にさらされた沖津もまた、片桐先生と同様にギリギリの状態になっていた。
この状況にランは混乱し、これから自分が何をすれば良いのかを見失ってしまったのだ。
「ふうう……、猿がやってくれたな。これではアルテミドラッグの研究が継続出来ないでは無いか。」
「ううう……ん、ざまあみろ。」
ギリギリの状態ではあるが、沖津は彼らしい言葉を口にしていた。
沖津はどうしてここまで、こんな状態になってまで戦うのだろうか?
如何に防衛隊員だって、ここまでされたら撤退を考えても良いのでは無いだろうか?
寧ろ、それは以前沖津自身が言っていた事でもあるのだから。
ランは理解出来ていたはずの沖津を理解出来なっていたのだ。
すると、このランの様子を心配に思ったのか、腕の中で意識を取り戻した片桐先生が口を開きだしていた。
「ラン君、沖津さんの事を知りたいの?」
「片桐先生? 今は安静にしていて下さい、会話なんてしちゃ駄目だ!!」
「……ラン君はお父さんがいなかったわね? そのお父さんがどんな職業をされていたか聞いてる?」
「……防衛隊員だったよ。だけど五年前に発生したエイリアンとの戦争で命を落としたんだ。」
「沖津さんは……ラン君のお父さんの部下だったの。沖津さんは当時、中隊長だったラン君のお父さん、挟間中隊長の隊に配属されたの。」
「…………えっ?」
「当時はまだ今みたいにアルテミの研究が充分にされていなかったから、防衛隊員の被害も凄くてね。そんな中、挟間中隊長の部隊はギリギリのところで被害を最小限に抑えながら戦っていたの。でも、その挟間中隊長も部下を助けるためにその命を落としたわ。」
「その部下が……沖津さん?」
「そうよ、だから今回の戦いは沖津さんにとって桐谷マリの弔いでもあり、……挟間中隊長から受けた恩をラン君に返すための戦いでもあるの。」
「ぬうう……片桐、余計な事は言うな。」
「沖津さん?」
ランはデバスに捕まりながらも、片桐先生に話しかける沖津の背中を見て、鼓動が大きくなっていく自分の心臓をプロテクターの上から力強く掴んでいた。
父さんから受けた恩をランに返すため、と言う理由でボロボロになりながらも戦い続ける沖津の背中に何も感じないのか?
父さんなんて関係なく、沖津には教えて貰った、学んだことがたくさんある。
であれば、ランがすべきことは?
そう考えるとランは腕の中にいる片桐先生をその場に優しく置くと、自然と立ち上がりデバスを強く睨んでいた。
そしてランの様子に気付いたデバスもまた、沖津を雑に放ってランを睨み返してきた。
「ガキが。まあ良い、お前は一番最初に始末する。振出しに戻っただけだ。」
デバスの言葉に反応してその場から一歩を踏み出そうとしたランだったが、その足に暖かい感覚を感じ取っていた。
そしてランがその足に視線を向けると、片桐先生の手で握りしめられていた。
「先生からの……最後のプレゼント。受け取って……。」
それは育成学校では演習で傷ついた生徒の治療を行っていた片桐先生ならでは贈り物だった。
ランはその足から全身に暖かい温もりが走る感覚を感じ取っていた。
そして片桐先生は最後の力を振り絞ってランに出来る限りの治療を施すと、その場で静かに気を失ってしまった。
「片桐先生、ありがとう。俺、絶対に勝つからね。」
ランは片桐先生に向けて言葉を掛けてから踵を返してデバスに視線を戻す。
「お前程度が治療を受けても俺には到底及ばんさ、……身の程知らずが。」
「そんなことを言いつつも、さっきまでの様な余裕が無さそうだけど? 大方、さっきの砲撃で体力を大幅に削られたんだろうに、無理しちゃってさ。」
「ガキと言い争う趣味はない……、さっさと決着を付けるぞ!!」
「あおおおおおおお!! デバス!!」
ランとデバスはお互いに距離を詰めてこの地下10階のフロア中央で激しくぶつかり合った!
先ほどまではデバスに手も足も出なかったランだったが、そのランの言葉通りデバスがエリの砲撃を受けて体力の大半を失ったことが大きな要因となり、拮抗した状態を保つことになった。
そして、その拮抗はランの斬撃とデバスの徒手空拳技のぶつかり合いとなり、ザクザクとお互いの体力を削っていく。
デバスの攻撃が重いことはこの戦いを通じて立証されていることだが、ランの斬撃も苦手としていた『物体強化』をこの戦いの中で習得するに至り、決して軽いとは言えない、寧ろ重いと言える部類にまで成長していた。
要はこの戦いが客観的に見ると、どちらの体力の方が持つか、短期のスタミナ勝負に移るわけだが。
では、どちらが有利なのか?
答えはデバスだ。
それはデバス自身も内心ではランを強敵だと認識し改めたことから、この衝突に際して事前に『奥の手』を使っていたからだ。
その奥の手とは……、『アルテミドラッグ』である。
一度に大量の接種は使用者に大きな副作用を齎すが、少量であれば決して死に至ることは無い。
それは実験を通じて得られた周知の事実である。寧ろ、この状況でそれを知るデバスがアルテミドラッグを使用しないはずがないのだ。
……そして、少しずつデバスが拮抗を崩しにかかり始めている。
「マズいな、……ランが押され始めている。」
この様子を朦朧とした意識の中で眺める沖津だったが、それでもその意思に反して徐々に後退を始めるランの足元に気付いていた。
「うあああああああああああああ!! デバスウウウウウウウウウウ!!」
「ガキが!! さっさとくたばれ!!」
アルテミにより戦闘ではどの様な大きな傷を負っても血が一切流れない、それはアルテミによって攻撃を受けた個所から、自身の体内に溜め込まれている防御用のアルテミによって即座に止血が始まるからだ。
故に決着の全てはスタミナ切れとなり、そのスタミナを如何に削るかが肝になる。
現状において、アルテミドラッグの投与により攻撃力の底上げを実施しているデバスに流れがある様に感じるわけだが、ランにも一つだけそれを覆す希望が存在した。
「ランが……、『あれ』に気付いてくれれば……。がはっ!! くそ……、声も満足に出せないとは。」
デバスの攻撃によりダメージとエリの砲撃から来るダメージによって大声を出せない沖津は、ランに助言を送る手立てが無いのだ。
もはやランの閃きに頼るしかない、そう考えた沖津は自身の懐から煙草を取り出して、火を付けると言う行動を取りだした。
……これがランに気付きになれば、と。
『大丈夫だって、今の俺はこれまでにない程にアルテミが充実してるんだから。それよりも沖津さんもタバコ吸っておけば?』
沖津はランにこの行動の意図が伝わると、信じるしかなかった。
この行動の根本は確信とは程遠い、信頼と言う言葉が根拠となっている。
「んがああああああああああ!! ガキが、急に息を吹き返しやがって!!」
「うおおおおおおおおお!! 思い出した、『あの感覚』を思い出して来た!!」
先ほどまで後退していたランだったが、突如としてデバスを押し返し始めていた。
そして、その剣圧はデバスの手数さえも抑制して、徐々にではあるがランが圧倒し始めているではないか。
では、その要因とは? 沖津の言う『あれ』とは?
答えはアルテミの注入によって武器が発揮する第三の効果が要因となっているのだ。
その効果とは『効力付与』である。
アルテミを使用する上で、もっともポピュラーな才能は『物体強化』である。
この才能は戦闘に用いる武器そのものの攻撃力を底上げしてくれるため、最も戦闘能力の向上に繋がりやすい。
一見して香月先生の様な爆発の調整なども効力付与であるように感じるが、グレネード内部にある火薬の発火点を強化している。
つまり、『形状変化』の才能を有する人間は極めて稀なのだ。
そして、その両方の技術を有したものだけが『物体の強化そのものを変化させる』ことが出来るようになり、それが『効力付与』へと繋がるのだ。
では、ランがブレードに施した『効力付与』とは?
「うがああああああああ!! どうしてだ、……どうしてお前はダメージを負わないんだ!! 先ほどよりも剣線にキレがあるのはどういうことだ!?」
「お前の体力をそのまま吸い取ってるんだ!! 俺は戦いながら回復をしてるんだよ、……うおおおおおおおおお!! デバス、とっとと沈めえええええ!!」
ランの剣圧はもはや誰が見てもデバスを圧倒していた、そして、その様子を見ていた沖津は心の中で叫んでいた。
ラン、勝ってくれ!!
「デバス、お前の独りよがりな思想が多くの人たちの命を弄んだんだ!! 償いは受けて貰うぞ!!」
「ぐううう……、何も分かっていないガキが。……ドルダーツの上層部が俺にアルテミドラッグの人体実験を命じて来た時……俺にだって、その命の重みは理解出来た。」
「……今更何だって言うんだ!!」
「同胞たちを使っての人体実験なんざ死んでもやりたくなかったんだよ!! だったら、お前ら地球人でやった方がまだ罪悪感を感じないだろうが!!」
「…………。」
「俺は負けられない……、負けてしまえば、同胞たちがその犠牲になるんだからな!! 何も知らないほざくだけのガキに……負けるものかああああああああああ!!」
「だったら、……俺がその苦しみからお前を解放してやるよ!! これで終わりだ!!」
ランはスタミナが底を付いて大きく後退し始めたデバスに、咆哮と共に大きく振りかぶってから最後の一撃を放った。
するとデバスは痛みとは別の何かで表情を歪めながら、その衝撃を受けて後方へ吹き飛ばされていった。
そしてデバスは吹き飛ばされた結果、後方にあった壁に大きく打ち付けられて、そのまま、その場で崩れ落ちていった。
「はあああああ………。デバス、お前は同胞を思いやる心があったんだから、それをもう少しだけ他の奴に分けてやれば良かったんだ。」
「ぐうう、優しさだけですべてが解決すると思っているのか? ガキが考えているほどに世界は甘くないんだ……。」
ランは目の前で弱々しくも自分の理想が貫けない時がある、と吐露するデバスを前に何も言えなかった。
それはラン自身もその真理を一連の中で感じ取っており、その理想を追い求めた結果、藻掻き苦しむことになった沖津を目のあたりにしたからだ。
だが、それでもランはデバスの本音を知ってしまったことで、多くの人々を不幸な結果に追い込んだデバスではありながら、どうしようもない奴だとは思えなくなっていた。
寧ろ、デバスをさらに知りたいと思うようになっていた。
そしてランは彼らしい言葉をデバスへと送ることになるのだった。
「デバス、機会があったらもっとお互いのことを話そう、知り合おうよ。もしかしたら友達になれるかも知れないじゃないか。」
「うう……、やはりガキは甘ちゃんだな。……だが、お前のことは覚えておくよ。挟間ラン。」
デバスが意識を失ったことでもはやこのフロアにはランに敵意を向ける者はいない、そして、この状況がランたちに完全勝利が齎されたことを告げることになった。
すると、緊張の糸が切れたのかランもまたデバスと同様にそのまま意識を失って崩れ落ちていくのだった。
さらにランの勝利をその目で見ていた沖津もまた、彼に薄れゆく意識の中で賛辞を送りつつ目を閉じていった。
「……お前は嫌がるだろうが、やはり優秀だよ。ラン、お疲れさん。」
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