最終話友達②

=国家防衛軍 本部・本館=


一年後


「かあ……、今日の演習もキツかった。まったく、大隊長はやる気を出しすぎなんだよな。」


「ラン、そんなことを公然と言ったら後でどやされるぞ?」


「さっき創也も同じことを影で言ってたじゃん……。止めてよね、分隊の連帯責任になるから。」


「エリ、お前もストレス溜まってるんだろ? そんなに甘いものを頬張るなよ……。」


「良いじゃない!! スナイパーはバックパックの重量が嵩張るんだから体力を消費してるんです!! ランなんてブレードど自動小銃だけなのにさ……。」


「ラン、エリってこんな性格だったか?」


「大隊長のせいだろ? 俺は知らないよ、俺が分隊長だからってそこまで面倒見きれるかよ……。こっちは修二の愚痴だけで手一杯だっての。」


「何よ……、修二君が何を愚痴って言うの? 私にも教えなさいよ。」


「それこそ知らないよ。付き合ってるんだったら直接聞けば良いじゃないか?」


 ランたち育英学校でチームRを組んでいた面々は無事に卒業して、そのまま国家防衛軍に就職することになった。


 そして今は軍の本部に席を置くことになり、毎日厳しい訓練を繰り返す毎日を送っている。


 それは、この日本を宇宙からの脅威、エイリアンから防衛するために個々だけではなく部隊レベルでの練度を上げていくしかないからだ。


 そしてランたちが『運悪く』配属することになった部隊の大隊長とは……。


「何だ、こんなところにいたのか? ラン、演習の報告書をさっさと提出しろ。」


「うわあっ!! 沖津さん、すいません! 忘れてた!!」


「エリ、また間食か? …………まあ、程々にな。」


「うぐうっ!! 沖津大隊長に言われると傷つくんですけど……、控えます。」


「創也、後で香月のところに顔を出してやれ。今度の学会の発表内容で相談があるそうだ。」


「了解です。しかし香月主任も大変だなあ、せっかく結婚したのに多忙過ぎてまともに家に帰れないなんて。」


「……創也、あいつの部屋に行けばその辺りが良くわかるぞ。……俺はもう何も言わん。」


「へっ? あ、ちょっと大隊長!? って、行っちゃった。……どう言うこと?」


「良くわからなくても創也は行くんだろ? 俺もついて行こうかな。エリはこの後どうする?」


「私はスナイパーの合同練習があるから、……ラン、後でさっきの話を詳しく聞かせなさいよ?」


 ランと創也は遠のくエリの背中を眺めながら、今後は沖津のいるところでしかエリの体重と修二の話題は話すまい、と心に誓うのだった。


=国家防衛軍 本部・研究棟=


ランと創也は香月主任の顔を出すために本部の本館から研究棟に向かって足を運んでいた。


すると香月主任のいる部屋に向かう途中で見知った顔を見ることになった。


修二とレンジだ。


「よう、修二にレンジ。お疲れさん。」


「はあ……、ラン。お前、余計な事を言いやがって……。さっき偶然エリとすれ違ったんだけどさ。」


「うわあ、察し。修二、ランも悪気があったわけじゃないんだよ。許してやってくれ。」


「創也、それどころじゃないだ。そこにマキもいたんだ、……ラン、お前も気を付けろ?」


「そうだぞ、そのおかげで俺もマキにお前のことを追及されてな、……諸々すまん。」


「………………修二とレンジの苦労が手に取るように分かるから、何にも言えないじゃないか。」


 研究塔の廊下ですれ違った修二たちもランたちと同様に無事育成学校を卒業して、国家防衛軍に就職していた。


 そして、これもランたちと同様に本部の所属となり、彼らとは別の大隊に隊属されていた。


 無論、マキも同様であるが、彼女はエリと同じくスナイパーであることから合同練習に向かったのだろう。


 既に防衛隊員でありながら、学生からの付き合いと言う事もあり彼らは本部ですれ違うたびに雑談をすることが多いのだ。


「ランや修二を見ていると誰かと付き合うのって大変だと思うよ。で、レンジも訓練終わりなのか?」


「いや、これから大隊内でアタッカーとガンナーの合同練習だよ。沖津さんって仇名の割には訓練量が少ないんだな?」


「レンジ、違うんだ。……短時間で濃厚な訓練をするから大変なんだよ。エリだけじゃなくて俺や創也も一回の訓練で数キロ体重が減ることなんてザラだからな。」


「……だからエリはあんなにストレスを溜め込んでいるのか? 沖津さんにクレーム入れようかな?」


 修二はエリのストレスの原因を知ることになり大きくため息を吐くも、昔と変わらない現状に僅かだが笑みを零していた。


 そんな修二につられたランも笑顔を見せると笑い飛ばす勢いで、彼の肩を叩いてその間を後にするのだった。


 学生の時の様に毎日顔を合わせるわけではないが、それでも、たまに会って下らない話をする、現状の関係に彼らは新鮮さを感じているのだ。


 こんな日常がいつまでも続けば良いのに、と。


 そして何時か戦場に出ることがあれば、背中を預けながら思うのだろう。


 こいつらが仲間で良かった、と。


 ランに創也、それに修二とレンジ、彼らはお互いの道を突き進んでいくことになる。


=国家防衛軍 本部・研究棟の一室=


 ランと創也は目的の部屋に到着すると、ノックをしてから中に入っていった。


 すると、この部屋でも再び見知った顔を目にした。


 デバスとの一件で活躍が認められた香月先生と片桐先生、そして沖津だ。


 香月先生は元々、研究者としての一面も持ち合わせており、その実績を買われて防衛軍お抱えの研究者として多忙な日々を送っている。


 そして同じ理由で片桐先生も香月先生と同様の日々を送っているわけだが、二人はめでたく結婚をして夫婦共々同じ職場で働くことになっていた。


「失礼しまー…………、ナニコレ?」


「ラン、急に止まるなよ。一体、どうし…………ナニコレ?」


「やあ、ラン君に創也君。そんなところで突っ立てないで中に入ってよ。」


「……だから言っただろうが。ラン、創也、ドアを閉めろ。」


 何かの振動か、それとも空調が原因かは分からないが、沖津の指示通りに凍った場の空気に合わせて部屋のドアが勝手に閉まるとランが部屋を見渡してから口を開いた。


「香月先生……、どうして部屋一面にベビー用品が置かれてるんですか?」


「ラン、俺は頭が痛くなってきたんだけど。研究資料が……おむつの上に置かれてるぞ?」


「創也!? しっかりしろって、俺をこの空間で一人にしないでくれ!!」


「まさか香月がオヤバカだとは思いもしなかった、俺も最初にこの部屋を見た時は眩暈がしたもんだ。」


「「沖津大隊長、お疲れ様です!!」」


ランと創也はこの部屋の現状に頭を抱えながら項垂れる沖津に対して、ワザとらしく頭を下げて挨拶をした。


それは日ごろから厳しい訓練を受けながらも、こうしてプライベートになれば気さくに接してくれる沖津に対しても親しみを感じているからだ。


そして、そんな二人の様子に呆れた様子で沖津は言葉を返してくる。


「お前ら、……この部屋では普通に接しろと言っただろうが。ちっ、今日の訓練がやり過ぎだったって事か?」


「いやあ、普段からこういう風に接していないと。なあ。創也?」


「そうそう、大隊メンバーの前でもポロっと出ちゃうじゃないですか。」


「こいつら、……片桐も何か言ってやってくれ。」


「良いじゃないですか、真面目な新人さんで。二人ともいらっしゃい。」


「「片桐先生、出産おめでとうございます。」」


「ラン君に創也君、ありがとう。今度、良かったらうちの子に会ってあげてくれる?」


「あれ? この部屋にベビー用品が溢れかえってるから、てっきりここにいるのかと思ってました。創也?」


「ラン、……試験体の容器に使い終わったおむつが……。」


「はあ……。うちの人が勝手に連れ込んだのよ。私が責任を持って……ベビーシッターさんに預けてきました。」


 ランと創也に優しく微笑む片桐先生だが、香月先生と結婚してから無事、出産を終えて今や一児の母である。


 そしてオヤバカと化した香月先生に嘆きながらも、今は幸せな家庭を築くことが出来ているらしく、これに関してはランと創也は心の底から祝福をしているのだ。


 沖津の話によると香月先生は出産前に男の子用と女の子用の両方を準備していたらしく、出産前から片桐先生を悩ませていたらしい。


「あれ? そう言えば、『あいつ』は呼んでないんですか?」


「ラン、俺もそう思っていたんだけど、いないな。」


「ああ、『彼』なら先ほど着任の辞令を貰いに行きましたから、もう少しだけ時間が掛かるかもしれませんね。…………と、噂をすれば何とやら。」


 香月先生は部屋の外側から空いたドアに視線を向けると、そこには白衣を着た一人の人物が立っていた。


そこには遠慮した様子のデバスが立っていたのだ。


「よお、デバス。お久しぶり、元気にしてた?」


「ラン、お前は相変わらずだな。……俺なんかがこんな幸せそうな空間に入ってしまって良いのか?」


「デバスさん、とにかく中に入って下さい。通行人に迷惑がかかりますから。」


「あ、ああ。申し訳ない、片桐さん。」


「まさか俺もデバスとこんな風に話す機会が来るとは思いもしなかったよ。……ランが規格外だったと言う事か?」


「沖津さん、俺も同じ気持ちだ。だが今度は地球人に迷惑を掛けることのない様に尽力するつもりだ。」


 アルテミドラッグの騒動からランたちと戦うことになったドルダーツ人のデバスだったが、そのランに敗れてから行われた事情聴取で様々な誤解があったことが判明した。


 それはデバス自身も祖国に命令されて否応なく研究をしていたこと、そして、それを断った場合は彼の家族を中心に彼らの同胞を被験者として研究を進めると、脅されていたことが分かった。


 それだけではなく、片桐先生の父親である片桐総一郎も実は彼の手ではなく、彼の祖国から派兵された工作員の手によって命を落とした、と言うのだ。


 それでも祖国を裏切れなかったデバスは如何にも自分が手を下したかのように演技をしていたらしい。


 そして、彼の本心は片桐先生に対しても申し訳ない、と後ろめたさを秘めていたと言うのだ。


 その事実を知った片桐先生は香月先生や沖津など騒動解決の立役者たちと協力をしてデバスの助命を政府に願い出たのだ。


 そして今は全ての罪を償うために、制限付きでこの国家防衛軍のお抱え研究員として尽力をすることになったわけだが。


 勿論、このことは日本政府の上層部によって情報操作された形でドルダーツには伝わっている為、デバス自身は死んだことになっているのだ。


「沖津さん、俺はこの拾われた命で国の上層部では無く、ここにいる恩人たちのために研究を協力しようと思う。」


「良いんじゃないか? 俺はお前と一緒に無理心中をしようとした男だからな、下手な気を遣うな。」


「……こちらこそ感謝する。ラン、俺はこの国で研究を続けて、何時かドルダーツで研究の被験者になっている人たちを助けたいんだ。」


「そう言うことなら俺も協力するよ、デバス。なあ、創也?」


「ああ、友達の友達は友達だからね。デバスさん、よろしく。」


「そっちがランの友達の創也か。こちらの方が頭を下げなくてはいけない立場なんだから、頭を上げてくれ。」


 デバスは戦っていた時は地球人を見下した発言をしていたが、それもどうやら演技だった様で今ではその丁寧な対応が好印象の常識人だったのだ。


「じゃあ、今日はうちの奥さんの退院祝いとデバスさんの着任祝いを兼ねてお店も予約してますから、そろそろ移動しましょうか。」


「香月主任、俺のためにありがとうございます。それと、おめでとうございます。」


 デバスが口にした感謝の気持ちと出産を祝う気持ちに香月先生だけではなく、片桐先生までもが表情を緩ませている。


 そしてランは、この礼儀正しいドルダーツ人の背中を叩いて無邪気な笑顔を送る、するとデバスもランに笑顔を返す。


 一時は感情を丸出しにして戦った相手でも、その本音を聞けば誰とだって仲良くなることが出来る、とランは本気で考えていた。


 だが以前、デバスも言った様に世界はそう甘くは無いわけで、それが現実なのだ。


 それでもランはその現実をぶち壊して、自分の理想を貫くために沖津の元、訓練に励む日々を送ることになる。


 そして、その都度新たな壁にぶつかるわけだが、それでも彼は仲間と共にその壁すらも飛び越えていくのだろう。


 数年後、地球はドルダーツ人と国交を結ぶことになるが、その時もランが多大なる貢献をしたことは未来の話である。


 今は、手に届く仲間たちと感謝と幸せを分かち合おう。


 これは、一人の少年が仲間に囲まれながら無邪気な笑顔を返す、そんな物語である。

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