第24話沖津
=国家貿易軍 東京第二支部・地下4階=
「ラン、何度も繰り返すが今のお前は入隊に向けて支部の見学にきた学生だ。……良いな?」
「了解、で沖津さんは俺に目をつけたスカウトって事だよね。」
ランと沖津はアルテミ研究所にほど近い防衛軍の支部に足を運んでいた。
支部の建屋は入り口の時点で警備がかなり厳重になっていたため、二人は事前にお互いの関係を打ち合わせていた。
だが、ここでランは沖津の立場がこの建屋の中で驚くほどに優遇されていることを知ることとなった。
如何に物騒な異名を持っていたとしても、あくまで部隊長の階級にある沖津にはそこまで権限が無いだろうとランは思っていた。
……だが現実は異なり、明らかに場違いな区画にまで沖津はなんの足止めもなく進んでいる。
「沖津中隊長、ご苦労様です!!」
「お疲れ、警備も大変だな?」
唯一、沖津が足止めをされる事があるとすれば、それはすれ違う防衛隊員との敬礼と世間話だった。
建屋の廊下で誰かと擦れ違うたびに敬礼を交わす沖津とランにとっては見知らぬ隊員たち、ランはこの状況で嬉々と世間話を始める沖津に苛立ちを覚えていた。
宗吾が拘束されてこの建屋の牢屋にいると言うにも関わらず、沖津の態度はランにとっては焦りを生む要因にしかならなかったのだ。
「はは、そうか。そっちも大変だな? ……例の研究員が投獄されてから支部の警戒体制が跳ね上がってお互い苦労するな。」
「ええ、おっしゃる通りです。ですが、あの研究員にも同情してしまいますね。……何しろ、弁明すらさせて貰えずにあの状況ですから。」
「……お前さんも言葉に気をつけな、俺だから良いが他の部隊長には言うなよ?」
「勿論です、沖津中隊長にしかこんな話は……。やはりこの先に行かれますか?」
「ああ、どうやらこの後の護送任務を任されそうでな。……誰にも言うなよ?」
「はっ!! 中隊長の頼みとあらば、例え支部長の指示であっても口を割りません!!」
仰々しい敬礼をする隊員に対して軽めの挨拶を返してその場を後にする沖津だったが、この時点でランはこの中隊長の態度に違和感を覚え始めていた。
沖津には余裕がある、とランは感じていた。
支部の建屋でワザとらしくすれ違う隊員と世間話を始める沖津だが、その都度その隊員たち対して口にする言葉があった。
……耳に入ってくる会話から沖津はやはり権限を有しない区画にまで足を運んでいることは明らかになっていく、だが、それを知りながらも誰も沖津を静止しないのだ。
寧ろ、沖津の『誰にも言うなよ?』と言う念押しに対して、誰もが首を縦に振ってくる。
軍隊である防衛軍にあってこの警備の緩さは異常以外の何事でもなかった。
「……沖津さんってもしかして退路から警備を遠ざけてませんか?」
「なんだ……、気付いたか? 香月が優秀だと言うだけはあるな、ガキにしては上等なことだ。」
「ガキ扱いは仕方ないけど、……その優秀って言葉だけはあんたの口からは聞きたく無いんだよね。」
ランは自分自身に枷を付けていた、それは香月先生を救えなかった根幹となる原因。
育成学校では『最強」と謳われるランであったが、当のラン本人は正当な評価だと感じていなかった。
近距離戦への適応、アタッカーであるはずのランが苦手とすること。
彼はそれを克服しない限りは自分自身で『最強』とは名乗るつもりはなかった。
つい先日、沖津に敗れるまでは唯一納得していることとして、自分の見知った大切な人たちを守れるだけの強さを手にしていたことだったが、それも香月先生を守れなかった時点で破綻したことになる。
普段は感覚で生活し、やりたい事をやりたい方法で解決する傾向にあるランだが、沖津の前には罷り通らなかった時点で自分自身を『優秀』とは思えなかったのだ。
「ふう……、何を悩んでいるかはあえて聞かん。だがな、お前が求めているものはお前の方法では手に入らないと誰が決めた?」
「えっ?」
「ガキは自分で限界を決めて、勝手に諦める。だが、もしお前がガキじゃないと言うのなら、自分だけの方法で突破してみろ。……苦手な『物体強化』に見合う効果を発揮する『形状変化』で対応すれば良いんだよ。」
「後は自分で考えろってことか……、宗吾さんを助けなきゃいけないのに、さらに考える事が増えるのか? へいへい。」
沖津はタバコの煙を吐き出しながら、ランの不貞腐れた様子に僅かに微笑んでいた。
ランを見ていると過去の自分を思い出す、沖津はこの学生と会話をすると不思議な感覚に陥るのだ。
この奇妙な関係を保った二人は、そこから会話がないまま宗吾が投獄されている牢屋へ歩いて行くのだった。
「おい、ラン。俺よりも先を歩くな。お前は牢屋の場所を知らないだろうが。」
「だったらダラダラと歩かないでくれよ。……それと、ここって禁煙だよ?」
二人の現在地は地下4階、宗吾のいる牢屋まで後一階層に迫っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます