第25話宗吾

=国立貿易軍 東京第二支部・地下5階=


 どうして俺は拘束されているのだろうか?


 俺は悪いことでもしたのだろうか、……やったことと言えば上司の命令で実験をしていただけだった。


 その実験だって上司には多少の小言を言われつつも、上手く結果を出していたはずだ。


 客観的に見れば人体実験ではあるが、それでも被験者はそれを納得していたはずだから俺が責められることもないはずだ。


 それでも相手は人間、だからこそ俺も人間として接してきた。


 ……それがたとえ上司に小言を言われる原因だったとしても、それは曲げられなかった。


 だが、それでも結果は出していたから小言だけで済んでいたのだろうか?


 俺が拘束された理由は実験の失敗、つまりは全被験者の死亡。


 ほとんどの被験者は俺の見ていないところで命を落としてしまった、だが一人の女性は違う。


 彼女は俺の手の中でその命を落とした、……彼女の最期の言葉が脳裏から離れない。


『先生で良かった、……妹をよろしくお願いします。』


 俺は彼女に何も与えられなかった、にも関わらずどうしてあんなに穏やかな表情で最期を迎えられたのだ?


 俺はあの実験が人の命を救うことに繋がると信じて疑わなかった。


 結果が出れば弟の創也だって、そのチームメイトたち、さらには現役の防衛隊員たちを強化することが出来る。


 有事の際に彼らの生存確率が格段に上がるはずだ、……俺にはそれしか手段が無かったから。


 戦闘の才能がなかった俺には……。


「ふう……、こいつが香取宗吾か? 聞いていた話とは随分と印象が違うが、……お前は顔見知りだったな、どうだ?」


「間違いない、宗吾さんだ!! 宗吾さん!?」


 俺を呼ぶ声が聞こえる、ここは防衛軍の建屋で地下5階のはずだ。


 そんな場所で俺のことを名前で呼ぶ人などいるだろうか? 拘束されてから俺は番号で呼ばれてきたのだ、そう、まるで囚人のように。


 ああ、そう言えば『あの人』も被験者を番号で呼んでいな。……俺はそれが我慢出来なくて頑なに拒んだっけ。


 だから俺は実験の失敗と共に切り捨てられたのか?


 あの被験者だった人たちの、……マリさんのように。


 俺は自分が何をすべきか、誓いにも似た感情が動機となって俺の名前を連呼する人に向かって視線を上げた。


 ……するとそこには……。


「ラン君? どうして君がここに!!」


「良かった、宗吾さん……生きててくれた!!」


「やっとお目覚めか……。拘束されてからかなり時間が経過しているからな、頭も上手く回らんだろう、体は動くか?」


「あなたは……、もしかして沖津中隊長!? あの『ケルベロス』の異名を持つ、最強の防衛隊員とどうしてラン君が一緒に!?」


「今はそんなことはどうだって良いんだよ。それよりもここから出る気はあるか? 『俺たち』はあのふざけたクスリに踊らされるピエロをぶん殴ってたりたくてね。」


「沖津さん、今はそうじゃないだろう!! 宗吾さんを助けるのが先だ!!」


「いや……、なんと言えば良いか。何が起こっているかがさっぱりなんですが?」


「ふん、じゃあシンプルな質問だ。……お前をこの牢屋にぶち込んだ、お前の上司をぶん殴ってやりたいと思うか?」


 この人は何を言っているのだろうか、俺にはさっぱりだった。


 だけど、この人も『アルテミドラッグ』の存在を少なからず憎んでいるらしい。


 俺に『ぶん殴ってやりたいか?』、と問いただしてきた時の目がそれを語っていた、……この人は何に怒りを覚えているのだろうか?


 今の俺はそれが気になり、この人の質問に答えを見出す事が出来なかった。


「あなたの……憎しみの元はなんですか?」


「研究者と言う生き物は実験結果しか興味がないと思っていたが、お前は変わり者なのか?」


「宗吾さんはあんたと一緒で感情を優先させる人なんだよ!! だから俺や創也にだって危険を顧みず機密事項を教えてくれて……。」


「……ラン君、気持ちはありがたいけど、それは研究者失格だって言われているようなものだね。……それで、私の質問に答えてくれませんか?」


「……俺の元部下がアルテミドラッグの人体実験で命を落とした。桐谷マリ、と言う名前だ。」


 なるほど、この人はマリさんの元上司だったんだ。


 道理で優しい目をしているはずだ、……しかし、それがまさか軍部でも恐れられている地獄の番犬だと言うのだから滑稽というものだ。


 だけど、この人について行けば俺はマリさんの仇を打つことが出来るのではないだろうか?


 マリさんのことをどれだけ考えてもあの人の命は戻って来ない、だったら俺のすべきことは二度とあんな事故を起こさせない為にも『あの人』を……。


 俺も同罪だから償いはしなくてはならない、だが、その前にやるべきことを残してはおけないんだ。


 ……もはや考える必要すらない、答えは一つだ。


「一番最初に俺に殴らせてくれますか?」


「……くくく。何とも血気盛んな研究者だ、……だがそれは駄目だ。お前は2番目で我慢しな。」


「そこについては追々議論しましょう。」


 俺が沖津中隊長に憎まれ口を叩くと、当の沖津中隊長は静かにブレードを構えてから目の前にあった鉄格子を斬り刻んでいた。


 そしてタバコの煙を吐きながら小声で、俺に聞こえるギリギリの声で俺に命令口調で言葉を掛けてきた。


「さあ、早く出ろ。……この建屋を出たら仲間と合流してから研究所に向かう。」


「宗吾さん、肩を貸そうか?」


「ラン君、……お願いして良いかな? ちょっと運動不足で……。」


 俺は呆れた顔を見せる沖津中隊長と無邪気に笑うラン君に促されるまま、この建屋を後にするのだった。


 マリさん、あなたの約束は守るから。


 だけど少しだけ待っていて、……俺は俺のすべきことをしたいんだ。

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