第26話沖津②
「……駄目ね。私の持っているカードじゃ、ここは開かないわ、やっぱりセキュリティが書き換えられているのね。」
ランたちはアルテミ研究所に裏門から潜入を試みていた。
ここにいるメンバーはラン、創也、沖津、片桐先生に修二の五人だ。
それ以外ではエリ、香月先生、宗吾、レンジそれにマキは別行動を取っている、その理由はそれぞれのチームに異なる目的があるからだ。
沖津をリーダーとするランのチームはこの研究施設にいるだろう、アルテミドラッグの黒幕を叩くこと。
そして香月先生のチームは施設内に拘束されている残りの被験者たちの解放を目的としていた。
この二つの目的を設定した経緯は片桐先生と宗吾の情報から来ている。
「片桐、お前がこの施設で実験に関与していたのはいつ頃だ?」
「沖津さんも随分と丸くなったわね。……気にしなくて良いのに、人体実験のモルモットにされていたって言われても傷付かないから。」
この研究所の所長が片桐先生の父親であり、その片桐先生は幼い頃にその実験に被験者として無理やり参加させられていたと言うのだ。
当時の実験は片桐先生の父親である片桐宗一郎を主任として、その身内を被験者として募っていた。
片桐先生はそのうちの一人として参加しており、何十人といた被験者の唯一の生き残りだと言うのだ。
実験自体は10年以上継続されたが生き残ったのは片桐先生たったの一人、実験が凍結されるのにかかった年月はその犠牲者の数を考えると遅いと言える。
……片桐総一郎は実験を強行した、勿論、被験者である片桐先生の命ある限り。
だが、やはり上層部に問題視されたその実験は強制的に中止命令が出たことで、片桐先生は解放されたのだ。
その実験が再び自分の父親が主体になって再開されている、ましてや好きな人や自分の教え子が巻き込まれている。
その事実だけでも復習としては充分な理由となり得るが、片桐先生にはそれ意外にも憤慨する理由があった。
「……片桐、アルテミドラッグに頼らざるを得なかった自分がそんなに憎いか?」
「あの時は私もどうかしていたわ、……いくら香月先生が疲弊していたからって。どう考えるとアルテミドラッグを生徒に使う、だなんて結論に至るのかしら。」
片桐先生はアルテミドラッグによって彼女の青春の全てを犠牲にすることになった、そして苦しめられたのだ。
にも関わらず香月先生の苦悩を解放するために手段が自分自身を苦しめたアルテミドラッグ、……自分自身を責めるには充分な理由だろう。
「やり方は問題があったかも知れないけど、先生は香月先生を思いやる気持ちがあった。それで良いじゃないか!!」
「ラン君はやっぱり優しいわね、……でもね、その結果がドウリキ君を巻き込み、宗吾さんを巻き込んだんだから。言い訳にはならないの。」
「先生、俺はドウリキが先生を恨むとは思わないぞ? 先生はあいつのために悩んだ時間は嘘じゃないんだ、その優しさがあって初めてドウリキも変わることが出来たんだから。」
「修二の言う通りだ!! 先生だって投与する量を調整すれば副作用は最小限で済む、自分を犠牲にして手に入れた根拠があったから、香月先生やドウリキに渡したんだろ? だったら先生の親父さんとは根本的に違う!!」
「あなたたち……。」
自分を責め続ける片桐先生を見てランと創也それに修二は自分たちの気持ちを片桐先生にぶつけた、それは彼らが本心から彼女を慕っていたからだ。
「創也に修二だったか? お前らもその辺りにしておけ、気持ちは分かるが今は如何に潜入するかが先決だ。……こうなったら、強硬手段と行こうか?」
沖津は片桐先生たちの会話を遮って目の前にある障害を如何に突破するか、それを説いていた。
そのあまりにもリアリスト過ぎる姿勢は創也や修二の反感を買いつつも、それでもやらねばならない事として全員が納得せざるを得なかった。
……沖津もこの施設を破壊したい理由がある、それを他の四人は理解しているのだ。
「沖津さん、俺も付き合うよ?」
だがランだけは沖津の態度を嫌っていなかった。
それはランだけがこの男と行動を共にしたから、……宗吾とのやり取りを見ていたから。
要はこの男を防衛隊員としてだけではなく、人間としても尊敬してしまったのだ。
ランと沖津はゆっくりとブレードを抜刀して構えを取る、……その視線の先にあるのは研究施設の裏門ゲート。
他の三人は固唾を飲んで二人の行動を見守るしかなった。
「お、おい! ラン、まさかお前……。」
「修二、言いたいことは分かるけど確かにこれしか方法がないんだ。」
「ラン君、正気なの!?」
「……片桐先生、俺は覚悟を決めたんだ。仲間を守るって、……だから、これはしなくちゃいけない事だよ。」
「ふん……。ラン、突入したら逃げることまでは考えている暇はない。分かっているな?」
「ああ!! こんなでかい施設を破壊しようって言うんだから、帰りのことまで考える余裕はないってことだろ!? ……沖津さんって優しいよね、本当に『ケルベロス』なの?」
「くくくっ、俺はお前を心底気に入ったよ。……行くぞ!!」
「おお!!」
沖津とランはゲートに目掛けてブレードを振り下ろした、だが研究所のゲートは鋼鉄製で厚さも1mはあると言う。
平均的な防衛隊員の場合、例えそれが十人掛かりでもこの厚みのゲートは到底破壊することは出来ない。
だがこの二人は違った、……たったの一振りでこの難攻不落とも言える鋼鉄製のゲートを一刀両断にして見せたのだ。
「おし、これで中に入れるぞ!!」
「ラン、お前はやはり優秀だよ。何しろ正規のブレードをいとも簡単に使いこなしてるんだからな。正規の武器は慣れるまでに時間がかかるものなんだ。」
「そう言うものなの? ……なんて表現すれば良いのか、手に取った瞬間に馴染んだ気がするんだよね。」
「ははっ!! 頼もしいことだ、やっぱりお前は俺の隊に来い!!」
「……逃げることは考えないって言ってたのに、沖津さんは生き延びる気満々じゃないか。」
「減らず口はそこまでにしておけ、とにかく突入するぞ!!」
沖津はランとの会話に大きな喜びを覚えていた、……だが、それはまだ語られていない沖津自身の過去が由来する話。
沖津もまた片桐先生と同様に過去に縛られているのだから……。
その場にいる五人はそれぞれの想いを胸に研究施設へと突入するのだった。
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