第22話対等な立場
ランは香月の言葉に動揺すらも出来ない状態になっていた、だがそんなランの状態を考慮することなく香月の説明は淡々と進んでいく。
頭が真っ白になる、ランの今の状態はまさにそれだった。
「上層部は既に防衛隊員や育成学校の生徒の中から、秘密裏に被験者を選別していたのです。そして金銭的に困窮している人たちに多額の報酬を約束することで、実験に協力させていたのです。」
「……マリか。あいつは俺の元部下だったから、あいつの事情は知っている。確か、片親で当の親父さんも何か重い病気を患っていたはずだ。それがある日、突然研究所勤務になってな……、良い防衛隊員だった。」
「彼女の様な立場の人間を被験者として何十人と集めて実験は進んでいたそうですが、その被験者全員が原因不明の苦痛を訴えて……その翌日に亡くなったというのです。」
自分の身近な、……友達のお姉さんがアルテミドラッグの人体実験で命を落とした。
ランは言葉の意味は理解できるものの、その内容が全くと言っていいほどに頭にしみ込んでこなかった。
それはランが現実を受け入れられない状態になったのだろう、彼が唯一出来た行動は頭を抱え込むこと。
だが、その行動自体も彼には意味が見出せずにいた、そしてそんな彼はやっとの思いで口にした言葉はランらしいものだった。
「マキは、……マキはそのことを知っているんですか!? だって、マキは学校で何の変化もないですよ!?」
「まだ知らない様ですね、……ですが、亡くなってから既に一週間が過ぎていますから、政府もそろそろ隠し切れないのではないでしょうか。」
「俺が沖津さんと戦った日に!? あの日にマキのお姉さんが死んでいたって言うんですか!? ……マキになんて言えば良いんですか!!」
現在はランが沖津に敗北した日から一週間が経っている、そしてランはその敗北からずるずると無駄な時間を過ごしていた。
何をするわけでもなく、何が出来たわけでもない。
ランは自分の人生の中で最も無駄な時間を過ごした、と思っていた。
そして、その無駄な時間の中で友達のお姉さんがアルテミドラッグの人体実験で死んでいた、と言う事実が自分を責めるかのように感じていたのだ。
「……ラン、お前が俺に勝っていたとしても、この事実は変わっていなかっただろうよ。」
「そうです、ラン君は自分を責めてはいけません。……私たちがあなたにこのことを話したのは、仲間が必要だったからです。」
「仲間? ……なんの?」
「ふう……、ラン。現状はこうだ、まず、被検の責任者だったお前のチームメイトの兄貴はその口止めのために拘束されている。」
「宗吾さんが!?」
「それだけじゃない、この一件で責任を感じた片桐も学校の職を辞する覚悟らしい。」
「先生がなんで!? あの人には何も責任なんてないはずだ!!」
ランは沖津から自分の日常がすでに土台から崩れていることを告げられて、当の沖津に掴みかかっていた。
自分のその行為が何に解決にもならないと分かっていながらも、その衝動を抑えることが出来なかったのだ
すると興奮するランの肩にそっと優しく手が添えられた、……香月先生だ。
「私も迂闊だったんです、てっきりラン君たちは全てを聞かされた上であの山小屋に来たとばかり思っていたのですから。」
「何を?」
ランは香月先生の言葉を理解出来ずにいた、そしてまるで与えられたおもちゃの遊び方が分からない赤ん坊のように首を傾げるしかなかった。
そし、てそんなランの反応に何か感じるものがあったのだろうか、香月先生は驚くべき真実を口にしたのである。
「……私にアルテミドラッグを提供してきたのは、他ならない片桐先生なんですよ。」
「片桐も香月同様に生徒の育成については相当に悩んでいたらしいからな……、それにあいつは元々がそっち方面に精通しているからな。決断も早かったんだろ?」
「片桐先生が何に精通してるって? ……あの人は学校でも医療室の担当だった、そんな人がどうやったらアルテミドラッグなんかに詳しくなるんだよ!!」
ランは香月先生の言葉に補足を入れてきた沖津の胸ぐらに掴み掛かっていた、この行動は彼の今の感情をそのまま表現するものだった。
……動揺、悲しみ、怒り、いくつもの感情が混ざり合った感情。
見た目には醜く見えるが、ランの真っ直ぐな性格を知っている香月先生と沖津には否定出来ない、否定したくない感情である。
「……落ち着け。俺がガキが嫌いなんだよ、ガキってのは何でも感情だけで物事を解決しようとしやがる。」
「ガキで悪かったな……。」
ランは沖津に掃いて捨てるような言葉を返した。
本来であればここまでの悪態を付いてしまえば、育成学校の生徒であるランは正規の防衛部隊のそれも中隊長と言う肩書きを持つ沖津から殴られても仕方が無いことなのだ。
だがそんな態度を取るランに沖津は不敵な笑みを浮かべながら言葉をかけていた。
「……ガキって言うのは感情だけだから中身がない。だが、真っ直ぐに全力で突っ込んでまでその感情を貫こうと言うのであれば、話は別だ。俺の部隊はそんな奴ばかりでな……、だからこそお前の力を借りたいんだよ。」
沖津は口からタバコの煙を吐きながらランの目を真っ直ぐに見ていた、そしてランは沖津の本心を悟って唖然とするしかなかった。
ただ戦え、一緒に戦えと言ってるのだ。
「ふう、沖津も遠回しな物言いしか出来ませんからね。……ラン君、片桐先生は元々、アルテミを医療の分野に活かす研究をしていた研究者だったんです。」
「片桐先生が?」
「本当に何も知らなかったのか……、と言うことは本気で友達のことしか考えてなかったと言うことか。これは俺以上に感情を優先させる奴だな。」
「沖津も人のことは言えないでしょうに……、だからこそ私も懐柔を試みたわけですけどね。」
「ふん! ここまで足を突っ込んだからには今更止めろと言っても止めないがな。」
ランは許された気がした、理解して貰えたと思ったのだ。
自分が信じた道を貫けば良いと、この二人に言われている気がした。
助けたい人がいる、そしてそのためには知らねばならないことがあった。
「香月先生、片桐先生はアルテミドラッグの開発者なんですか?」
「……開発者は彼女の父親、アルテミ研修所の所長・片桐総一郎です。片桐先生は子供の頃から父親の研究に被験者として参加させられていたそうですが、詳しいことは知りません。」
「……被験者? じゃあ、片桐先生も危ないんじゃないですか!?」
「それが彼女は何年も被験者としてアルテミドラッグを投与されてたらしいんですが、全く副作用が現れないのだそうです。……ですが。」
片桐先生を語る香月先生の表情が悲しみに包まれていく、ランはそんな香月先生を見ると言葉を口にすることが出来なくなっていた。
そしてランは固唾を飲んで香月先生の次の言葉を待ち続けた。
「……ですが、彼女は涙ながらに私へアルテミドラッグを渡してきたのです。ドウリキ君の指導の役に立てば、とだけ言って。」
「ふう……、普通は受け取らないよな? だが、お前は片桐から何かを感じ取ったと言うことだろ?」
沖津は皮肉を込めながら香月先生に話しかけていた、だがそれは決して嫌な気分になる物言いではなかった。
要は……。
「沖津の遠回しな言い方には困ってしまいますね。……そうですね、あの時の片桐先生からは『優しさ』しか感じませんでしたから。」
香月先生は沖津の言葉にはにかみながら片桐先生のことを語り出した。
そんな二人のやり取りが嬉しかったのか、ランも自然と笑みを零すしかなかった。
そしてランの表情からは迷いが無くなり、しっかりとした目的を見据えていた。
すると自然と決意の言葉を口にするのだった。
「俺は二人の仲間になります!!」
そしてランの様子を見て、香月先生と沖津は笑みを溢して自然とランの肩に手を置くのだった。
「ラン、まずは香取宗吾を助け出す。お前は俺に着いてこい!!」
「はい!!」
「それじゃあ私は片桐先生の方ですね。ラン君、悪いですけど君のチームメイトにも声を掛けますよ?」
香月先生の言葉にランは力強く首を縦に振っていた。
「良し、じゃあ行くぞ! お前は俺と一緒に駐車場だ。」
「ああ!! 宗吾さんは俺が助けるんだ!!」
迷いを断ち切ったランは沖津の後を追って、マンションの一室を後にした。
そして創也やエリと共にこの腐った現状の真相を知るのだと、ぶち壊してやると強く決意するランの足取りは力強いものだった。
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