第7話苦悩

『ラン!?防御力はアルテミを体内に溜め込んでおけば保てるけど、スタミナはどうにもならないんだからね!!』


「エリも心配性だな…、でも確かにこれは流石に痛いよ。」


アルテミを利用した戦闘においてその防御力はエリの言う通り、そのアルテミを如何に体内に溜め込んでおけるかにかかっている。


つまりアルテミが人体の防御力を大幅に高めてくれるのだ。


ランの道具・武器や人体にアルテミを注入出来る許容量は育成学校の生徒で換算すると平均の約30倍、ランがこの育成学校において最強を誇っている最大の要因はこの才能からくるものだ。


だがそのランでさえもここまで連続してトラップの爆発に巻き込まれてはその攻撃に耐えることも容易ではないのだ。


『トラップは他の道具に比べると思考の死角を突いてくるからな、ある程度の被害は覚悟しないとね。』


「創也も俺に厳しいね…。」


『でもさ、今回のドウリキ君って可笑しいよね?録画でチームDの戦術は予習してるけど、ドウリキ君ってどっしりと構えている印象だったのに今回は真逆だよ。』


『エリの言う通りだ、…俺も以前言ったけどチームDはドウリキ本人を含めて守備的な布陣を基本路線にしていたはずだからな。通常は直接対戦相手のエースに突っかかるのも演習の終盤だったはずだ。』


「…もしかしたらドウリキは俺たちが序盤に動いてくるって予想してたのかもね。修二たちの件もあったから。」


ランの言葉の意図を他の二人は全て理解したわけでは無かった。


何故ならばこの言葉の真意にはランが偶然すれ違った神社での出来事も含まれていたからだ、ドウリキが修二を完膚なきまでに叩きのめしたあの出来事。


あの時ドウリキはランをボコボコにすると宣言していたわけだが、この予想外の展開はその言葉通りだとランは考えていたのだ。


だからと言ってランがドウリキの言動を全て許したわけではないが、それでも有言を実行する程度には彼の人格は歪んでいるわけではない、とランは実感することが出来た。


その実感も彼の痛みと引き換えになっているわけで、それを深く検証する余裕はランには無い。


…ドウリキが三度となる突進を仕掛けていたのだ。


「うおおおおおお!!チャージ!!」


「…いくら何でも…嘗め過ぎだ!!ドウリキ!!」


ランはドウリキが突進の初動を目で追っていた為、それに合わせて自分のブレードを鞘に納めて居合の構えを事前に取っていた、これは先ほどチームDのトラッパーを撃破したブレードの攻撃範囲拡張攻撃の構えである。


「さっきの遠隔攻撃もそうだが、お前の攻撃は俺の大剣の堅さには敵わないんだよ!!」


ドウリキの言う通り、おそらくランの攻撃は彼の守備力の前には通じないのだろう。


これはランも悔しい気持ちを抑え込むしかなかった、何しろドウリキとの最初のコンタクトで自身の遠隔攻撃をいとも簡単にいなされたことがそれの検証となっているのだから。


アルテミの注入によって武器が発揮する効果には大分して三種類ある。


ドウリキのアルテミ注入は武器に強化を齎しているのだろうとランは推測していた。


そしてランのそれは形状変化、つまり仮に両者の武器が同等の硬度を誇っていた場合、ランの攻撃はドウリキの防御には敵わないのだ。


「…ドウリキ、お前も含めてチームDのメンバーは戦闘技術が稚拙なんだよ。はああ…!」


ランは咆哮と共にブレードを鞘から走らせていた、一見してこの攻撃は先ほどと何ら変わらない光景だ。


だがランはそこに一つ変化をもたらしたのだ。


「俺は攻撃も防御も一体だ!!このままチャージして……、ぐああ!!」


ランは拡張したブレードを突進してくるドウリキの頭部に直撃させることに成功した。


つい先刻、ランがトラッパーを撃破した時は居合によって斜め下から斬りかかっていた。


だが先ほどのドウリキへの攻撃はドウリキの構えを確認した上で、彼の構える大剣の隙間を掻い潜るために上から振り下ろす軌道でブレードを走らせたのだ。


育成学校における演習は実戦形式であるため攻撃を受けた場合は痛覚を伴うが死に至らしめる様なダメージを負わない様に、生徒が保有する武器は特殊な加工を施されている。


だがそれを差し引いたとしてもランのブレードによる斬撃はドウリキを悶絶させるには十分な威力があった。


「これでドウリキの突進は止められた、……またか!!」


目の前で悶絶するドウリキを確認してランが一息入れようと思った矢先に再びトラップが彼の目の前に現れたのだ。


ドウリキに近づくため、ランがその場から一歩だけ足を前に出した矢先の出来事だった。


ランは再び爆破に巻き込まれてその場から吹き飛ばされてしまったのだ、だが今後はドウリキが膝を付いて悶絶している為、ここからの追撃は無いと思われた。


…だがここでチームDに動きがあった。


狙撃に自信が無いのでは思われていたスナイパー二人がランに攻撃を始めたのだ。


「ぐおおおお、ここで集中砲火かよ!!しかも今後は俺の足元一帯にトラップが大量に仕掛けられてるから身動きが…、がああ!!」


ランは彼の周囲にトラップを大量に仕掛けられている為に身動きが取れずにいたが、チームDのスナイパーたちが狙撃を仕掛けてきたことでその流れ弾に被弾したトラップが誘爆したのだ。


そして一つの爆発が周囲のトラップ全てに誘爆して、ランは巨大な爆撃に身を晒す結果となってしまった。


『ラン!!……創也、これで仕事は終わったでしょ!?』


『ああ、エリにも迷惑を掛けたよ。俺は何時(いつ)でもいける!!』


「うがああああ!!…………やっとか。エリ、俺は座標の55-77に移動するぞ!!」


『了解!!』


ランはエリにこれから移動するポイントを正確に伝えてからそこに向かって大きく跳躍をした。


すると先ほどまで姿を隠していたチームDのトラッパー二人までもが、大きく跳躍して姿を現してきたのだ。


そして姿を現したトラッパーの手にはトラップが握られていた。


ランはこの姿を見て自分が抱いていた疑問に漸く確信を持つことが出来たのだ。


「…やっぱりお前らはトラップを投擲する『アサシン』だったのか。」


アサシンと言うポジションはアタッカーやガンナーと同様にある程度の生身での移動速度を求められるが、それだけでは適性とは言えない。


そこに隠密性を確保しない事にはこのポジションにはなれないのだ。


そしてチームDの面々は三年生の一学期まで特に目立つことも無く、クラスメイトにすら記憶されないほどの影の薄さを持っていた。


ある意味ではアサシンと言うポジションが最も適性であろうと言える。


そして、そのアサシン二人は空中でランに向かって吠えてきた。


「これ以上エリート様に好き勝手されてたまるか!!」


「…ラン、その姿勢では俺たち二人の投擲を捌くことが出来ないだろう!?」


空中におけるランとアサシン二人との距離はおよそ20m、そしてランがその身で体験したトラップによる爆破の攻撃範囲は19m。


このままアサシンがランにトラップを投げつけてそれが爆発した場合、彼らはその爆破に巻き込まれるることは無い。


その場にいる誰もがランの絶体絶命を確信した時、ランの遥か後方で光が発していた。


…エリの狙撃だ。


エリは演習場の北東にある高台を陣取りながら今の今まで姿を隠していた。


そして演習直前のブリーフィングでランから言い渡された標的が姿を現したことで狙撃を決行したのだ。


エリの標的とはチームDのアサシンたちだ。


演習開始直後にランがトラッパーと言って撃破したアサシンの生徒も含めて、当初はエリが撃破を担当する手筈だったのだ。


『一人分手柄はランに持っていかれたけど、しっかり仕事はこなすからね…。』


エリはその呟きに反することなく狙撃銃のトリガーを引いて450m以上離れている場所からピンポイントにアサシンが握っているトラップに銃弾をヒットさせたのだ。


「なんだと!?…あんな場所から狙撃を…うあああああああ!!」


「くそおおおおおおおお!!ドウリキーーーーーーー!!」


握りしめたトラップを狙撃されたアサシン二人はその爆破に巻き込まれて演習場の端まで引き飛ばされる形となった。


そして如何に爆破範囲にいなかったとは言え、ランもその爆風で後方に飛ばされる形となりダメージを負っているランは即座に立ち上がることが出来なかった。


だがこの状況下で格好の標的と化したランにチームDのスナイパーたちが再び狙撃を集中砲火を再開していた。


「ぐうっ!!」


流石のランもその集中砲火には痛みを隠し切れなくなっていた。


その場から体を転がせながら狙撃を回避するも、ランは下手な身動きが取れない状態となったのだ。


「…うちのアサシン組が全滅するなんて…、ここからは私たちがドウリキをサポートするわよ!!」


「分かってる!何とかドウリキが回復するまでは……。今度は何なの!?きゃあっ!!」


「…ちょっと?どうしたの!?何があったの…って、きゃあっ!!」


ランに対する狙撃の集中砲火が止んだ、それはチームDのスナイパー二人が逆に狙撃されたからだ。


では誰に狙撃をされたのか?


『ふう…、久しぶりの副業だから自信なかったんだよな。例えまぐれ当たりでも結果オーライとしてくれよ?』


『創也も何を下らないこと言いながらカッコつけてるのよ!レンジ君に狙撃を教えたのだって創也のくせに…。』


『いやあ、流石に別々に隠れているスナイパーを瞬時に狙撃だなんて本業じゃない人間にはとんでもないプレッシャーだぞ?』


いつの間にか演習場の中央の高台を陣取っていた創也がチームDのスナイパー二人を瞬時に狙い撃ったのだ。


創也はランが立てた作戦を決行すべく、序盤はチームDのアサシンが移動しながら仕掛けていったトラップを全て解除するために奔走していた。


そしてその最中にトラップを解除しながらも相手チームのスナイパーの居場所を探っていたのだ。


下手に動き回るとそのスナイパーたちに狙い打たれる可能性もあった創也だったが、序盤にランが派手に動き回っていた為、その標的から外れていたのだ。


そしてランへの集中砲火スナイプが始まったことで創也も相手のスナイパーの居場所を把握することに成功した。


本来はアサルトライフを主装備とするガンナーの創也だが、作戦上スナイパーとしての役割を担う事もあるのだ。


特筆すべきは創也のアサルトライフルへのアルテミ注入速度だ。


創也は平均の10倍の速度で武器にアルテミを注入できるのだ、この才能が今回の300m先にいる標的への連続スナイプを可能としたのだ。


加えるとすれば、チームDのスナイパーは観測手に特化しすぎていた為に、本来スナイパーが警戒すべき相手チームからのカウンタースナイプを気にしていなかったこともその要因だろう。


…そしてこの演習場にはチームDの生徒はドウリキだけとなった。


漸くランの斬撃によって受けていた悶絶するほどの痛みが和らいだドウリキはゆっくりと立ち上がって周囲を見渡した。


するとそこには彼を睨みつけているランの姿を発見した。


「ドウリキ、お前のチームメイトは全滅だ。これでお前のやれることは一つしか無いわけだが、どうする?」


「くうっ!!…だが確かに俺がこの状況で逆転するにはチームRのリーダーであるお前を倒すしか無い…、ムカつくがそれしないな。」


「へえ…、意外と物分かりが良いな?もし断っていたらエリに狙撃してもらう予定だったけど、…お望みどおりに俺が相手をしてやるよ。」


「ふざけるな!言っておくがな、俺だって演習の規定内で戦っているんだ!!お前にとやかく言われる筋合いは無いんだよ!!」


このドウリキの主張は事実だった、そしてランがドウリキの演習内容を録画で確認していた時にもその事を感じていたのだ。


修二と演習で戦った時もやり過ぎではあったが、別段反則行為をしている様子も無かった。


神社での修二との一件は校外での戦闘行為禁止と言う学校の規定には反しているが、それを言ってしまったら修二も同様なわけで。


しかしランにはどうしても聞かなくてはならないことが有った、例えドウリキが本当の事を話してくれなかったとしてもだ。


「ドウリキ、お前はどうやって急激に力を付けることが出来た?流石に二年以上積み重ねて来た努力がここになって花を開いた、だなんて言っても信じられないぞ?」


「…それがお前に何の意味がある?」


「どういう経緯があってお前が『エリート』を毛嫌いしているかは知らないが、それだったら修二を嫌う必要はないはずだ。あいつは入学当初からずっと努力を積み重ねて今の実力を身に着けているんだ。…その本意を知りたいだけだ。」


「…俺たち六人がこの育成学校に入学してからずっと最下層のF組に配属されて、その中で最下位だった。ずっとだ…。」


「知っているよ。」


「この育成学校は実力主義だ。だから一度でも最下層から脱せなかった生徒は誰からも相手にされない、それは生徒だけじゃない。教師にもだ!!…それがどれだけ惨めな事か、お前には想像がつくか?」


「………。」


「想像できるわけがないよな!!入学から学年のトップに君臨し続けているお前らには!!そして入学当初は俺たちと同等の評価を受けておきながら、努力だと言って着実に成績を上昇させていった修二たちにもだ!!」


「…修二に対する嫉妬か?」


「そうだよ!!この育成学校は…俺たちみたいな生徒は落ちこぼれどころか人間扱いすらしてくれないんだ!!友達だって出来ない、クラスメイトには名前も顔も、存在すら覚えて貰えないんだよ!!」


「…確か片桐先生がずっと個人練習に付き合っていたはずだったろ?」


「あの人だって同じことだ!!…落ちこぼれの俺たちの相手をして学校側に良い顔したいだけに決まってる…。」


「お前は本当にそう思っているのか?あの片桐先生のことを?」


「…F組の連中がずっと…そう噂していたんだよ。」


ランはもはや目の前で自分に怒鳴り続ける男を憎めなくなっていた。


こいつはこの育成学校でずっと苦しんでいたのだと知り、かける言葉が思い浮かばなくなっていた。


そのせいでクラスメイト達の心無い噂まで、確認することなく疑いもしなくなっていたのだろうと、ランは思い始めたのだ。

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