第14話ガンナー・創也

=多摩地域山林にある山小屋前=


「見えてきたぞ…、あそこが目的の山小屋だ。」


ランは山林を登りきり、目指していた山小屋を目の前にしていた。


その小屋は見るからに痛みが目立ち使い古されていた、…この見た目にはとても人が住んでいる様には見えない、と言うのがチームRの面々が初見で抱いた印象だった。


宗吾の情報でなければ、ここにドウリキの元担任である人が住んでいると言うこと自体を誰も信じないだろう、それほどにもの寂しさを漂わせていたのだ。


…それでも僅かに生活感を感じさせる。


三人は小屋に近づくため警戒心を強めるも、たった一人の男が放った言葉によってそれは最高潮に達した。


「…こんなところに人が訪ねてくるなんて。誰ですか?」


その声は小屋の裏側から聞こえて来た、ラン達チームRの面々それに釣られては声がした方向に視線を向けると若い男がそこに立っていた。


見た目は20代後半だろうか、一言で言えば優男である。


その男の表情は何かに疲れているとでも言いたげな、そんな様子が伺えるものだった。


だが敵意や悪意は感じられない、寧ろそれとは真逆の感覚さえ感じさせる。


そのどことなく人に安心を与える雰囲気を感じ取ったランは迷うことなくその男に声を掛けていた。


「あなたに聞きたい事があってやって来ました、香月先生。」


「その制服、育成学校の生徒ですね。……もしやAクラスの?」


「はい、チームRのランです。」


「…そうですか、あなたが聞きたいこと言うのは『アルテミドラッグ』のことでしょうか?」


「どうしてそう思うんですか?」


「…育成学校の生徒がわざわざクビになった教師を訪ねて来たのですから邪推しただけです。」


「それは俺の望む答えを聞ける、と期待してもいいんですか?」


ランは目の前にいる元教師とここまでスムーズに会話ができると思っていなかった、何しろこの香月は自分の生徒に怪しげな薬を投与しようと考えていた人間なのだから、客観的に考えれば当然の考えである。


だがこの教師との口調と雰囲気はランの考えていた人物像を土台から崩しにかかっているのだ。


…この人は悪意を持って生徒に怪しげな薬を投与する様な人ではない。


ランはそう思い始めていた。


寂しげな雰囲気漂うこの山林でランは安堵の感情に包まれ出していたのだ。


…だが、そんなランに大声で警戒と避難を促す人間がいた。


創也とエリである!!


「ラン!!小屋の中に避難して!!」


「何やってるんだ、早く身を隠せ!!下から狙われてるんだぞ!?」


ランと香月先生は二人に押される形でその後ろを確認することなく二人に言われるがままに小屋に身を隠した。


すると確かに二人の言う様に小屋の外から銃声が聞こえ始めたのだ。


…聞こえて来た銃声はアサルトライフルの銃声だろう、だがそれは一つや二つではない。


明らかに部隊単位だろうと誰もが予想可能な銃声だった。


「三人が付けられたのか、それとも元々私が狙われていたのか。…おそらくは後者でしょうが、まさかアルテミドラッグがここまで大事になっているとは…。」


「香月先生!!あなたはどうしてアルテミドラッグに手を染めようとしたんですか!?」


「…ラン君、私はこれでも元教師なんです。理由なんて一つしか有りませんよ。」


「…生徒のためだと言うんですか?」


「そうですね、…自分のためだろ、と言われたら否定出来ませんが、才能の有無に悩んでいる生徒を放っておけなかったと言うのが答えです。」


この激しい銃声の中で香月先生とランの耳には互いの声しか届いていない様だ、この状況下でなんとも間抜けな話である。


…そしてこれが育成学校の最強と称される生徒と元教師の実情なのだと思い知ったのか、二人の様子に創也とエリは呆れた様に笑い出していた。


「はっはっはっは!!…この状況でまだそんな事を言ってるのか?ランには呆れるよ…、だったら好きなだけ話せば良いさ。エリ、行けるか?」


「うん、…足は…まだ痛むけど、どっちみち私はスナイパーだから関係ないんだよね。行ける。」


「良し!!二人でこのバカたちに時間を確保してやろうぜ!!」


「創也!?相手が何人いるかも分からない状況でふざけた事を言うな!!…だったら俺だって戦うぞ!!」


「ラン、お前はアタッカーなんだ。いくらブレードを拡張出来ると言っても結局は相手を線で捉えて戦うしかないだろ?この高低差と木々が視界を邪魔する状況ではポテンシャルを発揮しきれない。…それにそんな精神状態では尚のことだ。」


「そうだよね、ランにはスッキリしてから参戦してもらった方が良いと思うから。さっきのおんぶのお返しをさせて、…ね?」


「何を馬鹿な事を言っているんだ!!そんな理由でこの状況を二人に押し付けて良いわけがないだろ!!…先生も何か言ってくれ!!」


「ラン君の言う通りです。元教師とか大人だとか理由をつける必要すらありません、あの人数にはいくらなんでも無謀ですよ。…それにあれは防衛軍の正規部隊です。人数は…20ですね。」


香月先生はいつの間にか小屋に設置されている覗き窓まで移動していた、そしてその位置から銃撃があった方向を観察していたのだ。


そして敵と思われる勢力の正体とその数を冷静に確認してからランたちに伝えて来たのだ。


「正規の…、これは演習であまり暴れられない俺に対するご褒美ってことか?」


「創也!?何をふざけたことを言ってるんだ!!」


創也はガンナーである、それ故にエースがアタッカーのランであるチームRにおいて、彼に主攻を任せるための繋ぎ役、つまりバランサーを担うことが他の二人が比べると圧倒的に多いのだ。


それは命中率を度外視にした場の荒らし役に徹すると言うことを意味する。


「ふざけるも何も…この状況は俺じゃないと突破できないだろ!?うおおおおおおおお!!」


創也は咆哮と共にアサルトライフルを撃ち始めた、当然ではあるがその身を敵の視界に入らない様に隠れながらだ。


1対20の銃撃戦が始まりラン達が身を隠す小屋が正規部隊の火力の前に徐々に蜂の巣にされていく、これでは時間と共にラン達の身を隠す場所がなくなることは誰の目にも明白だった。


…元々大勢に無勢の状況なのだ、それは当然の未来と言えるはずだ。


ランにはこの未来が創也に分からないはずがない、と思っていた。


何しろチームRにおいて創也の役割はランが立案した作戦や戦術を精査する事なのだから、そんな彼に簡単な予測が立たないはずがないだろうと思うのは当然のことだ。


「創也!!もう良いから逃げるぞ!!」


「…この状況でどうやって逃げるんだよ。それよりも俺はそろそろ奥の手を使うから…エリも準備をしていてくれるか?」


「…分かった、あまりアルテミを注入し過ぎるとこの山林ごと吹っ飛ばしちゃうから加減しないとね。」


創也の作戦はこうだ。


銃撃を繰り広げている敵部隊は数の有利を生かしながら四人が身を隠す小屋を丸裸にしようとしているが、それに対して創也の銃撃で阻止しつつ少しでも時間を稼ぐ。


そして時間を稼いでいる間にチームRの中で最も高い破壊力を誇るエリに一発逆転の大砲を放って貰おうというのだ。


だがエリが破壊力を確保するためにはスナイパーライフルへ相当量のアルテミを注入する必要がある、そしてそのためにはそれに見合うだけの時間が必要になる。


そこでその時間を確保するために、創也は奥の手を出すと宣言したわけである。


その奥の手とは…。


「うおおおおおおおおおおお!!ダブルライフルだあああああ!!」


創也は携帯していた予備のアサルトライフルを取り出して二丁撃ちを決行したのだ!!


創也の武器であるアサルトライフルはその性質上、一発の銃弾に込めるアルテミ量はさほど多くない。


それは充分な威力を確保することを前提にした場合、平均的な生徒であれば一度に扱えるアルテミ量では銃弾を強化出来てせいぜい100発と言ったところだろう。


だがそれでは火力を求められた場合は対応することが困難となる。


しかし創也にはその心配は無縁なのだ、それは何故か?


創也の本来の才能はアルテミの注入量ではなくアルテミを使い切った後の再注入までに掛かる速度なのだから。


本来であれば人間は一度の扱える許容量のアルテミを使い切ると、一定時間アルテミを外部から取り込み直す必要がある。


だが創也にはそれが当てはまらない、それは彼はアルテミを使い切ってもほぼノータイムで再度体にアルテミを取り込み直すことがで出来るからだ。


創也は銃弾が尽きるまでの間、絶え間なく攻撃を続けることが出来ると言う事だ。


創也のこの圧力の前には如何に正規の部隊と言えども怯まざるを得ない、そして順調にエリがスナイパーライフルへアルテミを注入していく。


創也が応戦に出る前に描いた作戦通りに事は進んでいた。


「創也!!いくらお前のアルテミが底を尽きないからと言っても、その前に銃弾が尽きるのは目に見えてるだろう!?」


「俺はガンナーだから敵を面で捉えることが出来るんだ、この状況下では他勢を相手にするのはお前よりも向いてるんだよ!!そんなことは気にしないでお前は香月先生と気が済むまで話をしていろ!!」


「…創也、後…1分だけ時間を稼いでくれる?」


「うおおおおおおおおおおお!!1分だな!?お安い御用だあああああああああ!!」


この荒れに荒れた山林の小屋で静かに集中するエリと咆哮を上げながら応戦する創也、普段ではれば真逆の状態と言える二人であるが、この矛盾した状況を前に当のランは逆に冷静さを取り戻していた。

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