第15話元教師の実力

「…二人とも悪かった。さっきのエリに対する対応といい、俺は周りが見えていなかったみたいだな。」


「ランが正気に戻ってくれたなら、この立ち回りも無駄じゃなかったってことだ!!だけど、もうここから引くわけにはいかないぞ!?」


「いえ、二人の頑張りは無駄にはしません!…私はこれでも元教師ですよ?だったら生徒のために人肌脱ぐのは当たり前です!!」


「香月先生!?」


「ラン君、先ほども言いましたが外の部隊は私を狙って来たはずです。…私の自白内容の矛盾に政府の上層部が気付いたからでしょうね。」


「嘘っ!?じゃあやっぱり出どころを覚えていないって言うのは…。」


「ええ、ラン君の想像通りです。…だから三人は私に巻き込まれてしまったと言うことになります。しかも正規の部隊に手を出したのだから、君たちの後々を考えるとマズイでしょうね…。ここはひとつ、君たちの存在を知ってしまった彼らには全滅してもらうとしましょうか。」


香月先生は静かに表情のみで怒りを滲ませながら、小屋の床を持ち上げてそこからグレネードランチャーを一丁取り出して、その銃口を窓に向かって向けた。


育成学校の生徒にはグレネードランチャーを使用するものはいない、ガンナーである創也は銃撃をそのままににしながらもその光景に目を奪われていた。


同じガンナーとして別種の武器を手に取っている香月先生は創也にとっては興味の対象となってしまったのだ、そしてこの絶体絶命の状況下で創也は目を輝かせていた。


「えっ!?香月先生も参戦してくれるの!?」


「ええ、エリさん。私も参戦します…、元教師として…生徒を守るために!!」


香月先生は手に取ったグレネードランチャーから反撃の狼煙を上げた、そう…まさに『反撃の狼煙』と言う言葉が正しい表現だと言える状況になっていく。


「…凄い、これが香月先生のアルテミの使い方か…。」


目の前で繰り広げられる香月先生の戦闘は同じポジションを生業とする創也には、いや創也だけではない。


ランも、エリにとっても驚きの光景だったのだ。


「三人とも、覚えておきなさい!アルテミを使った戦闘は何もずっと武器にそれを注入する必要などないのです…要は使い方。…使い刻なのですよ!」


香月先生はその言葉の通りに全てのグレネードにアルテミを注入しておらず、その上グレネードのどこにアルテミを注入するかさえもその都度で変えていたのだ。


グレネードの火薬自体にアルテミを注入することで銃撃の火力を底上げし、銃口自体にアルテミを注入して時折不発弾を投擲する。


その不発弾を敵が陣取る場所にばら撒いてから、その場所にグレネードの外殻のみにアルテミを注入して爆発の規模を調整することで、不発弾を誘爆させて大規模な爆発を起こす。


時間差攻撃の実現によって香月先生は効率的に多勢に対して揺さぶりをかけることに成功している、これは熟練者のなせる技だ。


「ええ!?……創也、あれって凄いことだよね?」


「エリもあの光景を見たら分かるだろうが!…敵の部隊が見る見る内に減っていく…、凄い。」


「香月先生はもしかして防衛隊員だったんですか?」


「ええっ!!元ですけどね、…ですがその話は後にしましょう。これで終わりです!!」


香月先生は不発弾を敵に数発打ち込んでから、そこに起爆となるグレネードをこれまた数発撃ち込んだ。


この光景を見て小屋にいるチームRの面々は、誰に言われるでもなくその危険性を感じ取って耳を塞ぎながら床に伏せていた。


「…さすがはAクラスの1位チームですね、優秀です。」


香月先生は静かにチームのR面々を褒めると、それと同時に小屋に外から激しい爆音が鳴り響いていた。


そしてその爆音の発生源を恐る恐る覗き込むチームRの面々だが、その光景を目の当たりして三人は驚きを隠せなかった


「…まさかアルテミの効果で時間差攻撃を実現するなんて、それも一人でやるのか…。」


「創也も同じことを出来そうか?」


「うーん、…不可能ではないけどかなり複雑だからな。それに俺はアサルトライフルに慣れ過ぎているから、いきなりグレネードランチャーに武器を持ち替えるのは…。」


「であれば手投げ用のグレネードを携帯していれば良いのです。そうすれば創也君のスタイルを変えることなく実践できますよ?」


創也がランの質問に答えを出しあぐねていると、後ろから香月先生がアドバイスをしてくれていた。


目の当たりにした元教師としての実力と的確なアドバイス、これはガンナーである創也には感動を覚えさせるには十分なことだった。


そしてこれほどの教師がどうしてアルテミドラッグの使用を考えたのか、その場にいる三人が本来の目的である、この疑問に頭を悩ませる結果ともなるのだった。


『香月、聞こえるか!?…これ以上抵抗をするなら麓に駐屯させている部隊を呼び寄せるしかなくなるぞ!!』


「…あの声は!?沖津…ですか。」


チームRの面々が香月先生の実力を目のあたりにしたことで体を硬直させていると、小屋の外からその先生に呼びかける声が聞こえて来た。


そしてその声に驚いた様子を見せる香月先生、…この教師はどうやらこの声を発している人物を見知っている様だ。


…この香月先生の表情からは何やら不穏な感情が見え隠れしている。


この香月先生の変化に三人の中でランだけは気付いていた、それは彼だけが香月先生の表情を見続けていたのだから。


他の二人はこの呼びかける声がする方向に銃口を向けながら警戒をしていため、この教師の表情の変化に気付くことが出来なかった。


ランは香月先生の表情の変化について確認したかったが、彼は口から言葉を出せずにいた。


…それはこの状況にチームメイトを巻き込んでしまった自分に対する引目からであった。


今はこの状況を如何に打開するか、ランはそれのみを優先することにした、…何しろ質問は生きてさえいれば、いつでも出来るのだから。


『これは上層部からの指示だ!…同期として悲しいが抵抗を続けるならば決行するぞ!?』


「あの人は先生が防衛隊員だった時の同期ですか?」


「ええ、あなたの様な優秀なアタッカーです。…ですが、このまま捕まるわけには行きませんので小屋から逃げましょう。」


「小屋からって、この山林の中でどうやって逃げるんですか?だったらエリの砲撃で…。」


「創也君、あの沖津は防衛軍の中隊長です。…となると率いている防衛隊員は軽く見積もっても100人はいるはずです。」


「100人!?じゃあ残りの部隊の人って80人もいるってこと!?そんな人数を一度に吹っ飛ばす砲撃になると山を一つ破壊しなくちゃいけなくなるわ。」


「…先生は撤退すべきだと考えているんですね?」


「ラン君、相手が沖津と分かれば即座に撤退を選ぶべきです。…奴の異名は『ケルベロス』、地獄の番犬と戦うのは避けましょう。」


香月先生は敵対する部隊の部隊長の正体を知ったことで、立ち回りかたを大きく修正し出した。


先ほどまでは敵に向かって無慈悲のグレネードランチャー砲撃で敵部隊をせん滅して見せたこの教師を見ていたチームRの面々にとっては、撤退の決断は驚かざるを得なかったのだ。


当然チームRはそれに従うつもりであるが、それでも懸念は残るところだ。


つまりは先ほど創也が主張した件、脱出経路の確保だ。


この小屋は山林奥深い山頂に建てられているため、どの様に脱出したところで山を降りざるを得ないのだ。


脱出の時点で敵対する部隊に囲まれた場合を想定しなくてはならない。


だがこの懸念は香月先生の一言で払拭されることになった。


「…私に協力者がいますから大丈夫ですよ。彼女は支援系に特化したその道のスペシャリストですから。」


「協力者がいたんですか!?」


「ラン君、私は政府から監視されている身ですので、それくらいは考えていますよ。…のんびりと話している時間もない様ですね。」


香月先生は再び窓の外を覗き込んでいた、すると先ほどの警告通り、沖津はこの小屋の周囲に全部隊を集結をさせていた。


この周囲の様子にチームRの面々は緊張感を高め出した。


「どんどん防衛隊員が集結してるじゃない!!逃げれるんだったら早く逃げちゃいましょうよ!!」


「…ではみんな、私の体に触れていて下さい。今から協力者のところに飛びます。」


飛ぶとは?


香月先生が口にしたこの一言にチームRの面々はこの教師がこれから何をするか全く見当が付かなくなっていた。


だがこの状況下では誰もがこの教師に望みを持つしかない。


チームRの面々は一様に怪訝な表情を浮かべながら香月先生の体に手を置くのだった。


「…やはりみんなは優秀です、この状況で騒ぐこともなく何をすべきかを理解しているのですから。」


「…香月先生、悪いけど何かをやるなら早くしてください。俺たちだって限界はあるんだ。」


「そうですね、ラン君の言う通りでした。では飛びます、…ん!!」


ランの言葉に促された香月先生はその場で目を閉じて精神を集中し始めた。


そして自分の体内にアルテミを取り込み始めると香月先生のからが淡く輝き始めたのだ。


するとその異変に気付いたチームRの面々が不安な表情を見せ始めると同時に、四人はこの小屋から突然に姿を消すのだった。

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