第29話二人だけの関係

=アルテミ研究所の地下に続くエレベーター内部=


「二人とも、大丈夫かしら?」


「片桐、気持ちは分かるが心配しても結果は変わらん。今は目の前の敵に集中しろ、お前に怪我でもされたら、俺はあのガキどもに何を言われるか分からんからな。」


「沖津さん、いくら何でもそれは非情過ぎませんか!?」


「要は沖津さんはあの二人が生き残るって考えてるんだよ。で、片桐先生が心配だとも言っているんだ。」


「……要約せんで良い。ランも集中を切らすなよ?」


「大丈夫だって、今の俺はこれまでにない程にアルテミが充実してるんだから。それよりも沖津さんもタバコ吸っておけば?」


 ランは片桐先生に対して取った沖津の態度に自然とフォローを入れていた、それはランには沖津の気持ちが少しずつだが、理解出来てきたことが要因である。


 この沖津という男は基本的に目的に対して忠実で、真っ直ぐなのだ。


 そして、その目的を達することのみを考えているためか、その言葉に一切の遠慮がない。


 だからこそ、彼の言葉や決断は他者から受け入れられない傾向にあるものの、それらは既に彼の中では悩み抜いているのだ。


 悩みに悩んで、捨てられないものがあり捨てざるを得ない状況にある。


 ……彼の立場からすれば決断せざるを得ないにも関わらず。


 それでも守りたい物がある、守れなかった物があった、彼の人生は彼のマンションを見れば分かるはず……、にも関わらず、それら弱みを一切として見せない心の強さと孤独さ。


 彼は一見して隙がないように見えるが、それでも繊細なのだろう。


 ……そして自分の決断に一番納得出来ていないのは、沖津本人であるにも関わらずだ。


 『この人は俺の未来の姿だ。』


 ランの脳裏によぎった言葉はランと沖津にしか分からない、唯一沖津を理解している香月先生にさえ見えていない感情がランには分かってしまう。


 そして、そんなランだからこそ、沖津もまたランに向ける感情と目は他の人間とは違ったものとなっているのである。


 そして次第に掛ける言葉さえも……。


「沖津さん、私が言い過ぎました。…はあ、沖津さんは表情から感情が読みづらいんですよ。」


「ふん……、ガキが要らん心配をするな。お前も吸うか?」


「いやあ、興味はあるけど片桐先生の前ではちょっと……。」


「沖津さん、ラン君はまだ未成年です!!」


「くくくっ、片桐はもう教師ではないだろうに。ガキのくせに大人二人に気を使いやがって。」


 沖津の笑い声がエレベーター内部で響き渡る。


 この状況下で一緒に笑うランとそれを呆れた様子で見守る片桐先生、その光景はとても決戦を控えているとは思えなかった。


 だが、それでも決戦の時は刻一刻と近づいているわけで、……その時はエレベーターの階層表示が地下10階になった時、エレベーターの扉が開いた時だ。


 ……現在地下9階、あと十数秒もすれば目的地に到着する。


 この事実はエレベーター内部の三人の緊張感を最高潮まで高めていた。


「片桐、……武器の調整は万全か?」


「ええ、……でも、これを使って戦う時が来るなんて思わなかったわ。」


 片桐先生はロンドンバッグから取り出した白衣を着用し、ポケットに小型の箱を仕舞った。


 ランはそんな片桐先生の様子に首を傾げなら見ていた。


「片桐先生、どうして戦闘をするのに白衣なんて着るんですか?」


「ラン、その質問は失敗だぞ?」


「え? 沖津さん、それはどう言うこと?」


 沖津の言葉に反応したのか、それとも元々見せる予定だったのか、片桐先生は自分の着ている白衣の裏側を見せつけてから、普段と変わらない笑顔をランに向けてきた。


「ふふっ、私ね実はアサシンなの。」


「げええ……、白衣の裏側に……数え切れないほどのメスが仕込まれてる……。」


 ランは空いた口が塞がらない、といった様子を見せ、その様子を見た沖津は頭を掻きながら軽めのため息を吐くしかなかった。


「……ラン、とにかくその口を塞いでおけ。地下10階に到着だ。」


 沖津の言葉通りエレベーターの階層表示が地下10階になり、一瞬の間を置いてから自動ドアが開くと、彼らの視界は広々としつつも薄暗いフロアの全容を捉えた。


 そして、その中央には如何にもの高級感を感じることの出来る机と椅子が置かれており、その前に白衣を纏った男が立っていた。

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