第28話成長と奥の手

=アルテミ研究所 本館の廊下=


 沖津率いるチームの面々は五人の突入を皮切りに、研究所に駐屯していた防衛隊員たちによって足止めを喰らっていた。


 次から次へと現れる防衛隊員たちの個々の実力はさほど警戒するほどのものではないが、問題はその数である。


 突入時に想定していた敵戦力を見誤っていたのだ、……そして、この状況でリーダーである沖津は一つの決断を迫られることになった。


 すると、その沖津の変化に気付いたランは小声で話しかけた。


「沖津さん、このままじゃ先に進めないですよ?」


「……だろうな、それにしてもこの数は想定の範囲外だなんてレベルじゃないだろうに。」


「おそらく私の父、片桐総一郎が政府に要請したのね。私が辞表を出したことで感づかれたのかしら?」


「片桐、もう自分を責めるな。……そういう考え方は作戦の支障になりかねん。」


「沖津さんって厳しいことを言っているのに、……最終的に優しくなるんだ?」


「……今度はガキの戯言か。まったく、この状況を打開する方法がガキ頼みしかないと言うのが何ともな……。」


 沖津はランの言葉で自分が思い付いた打開策が、如何に自分自身の無力さを露呈することになるかを悔いることになった。


 それは二人の学生をこの場の犠牲にすること、……その感情が表情という形で全面に現れてしまったのだ。


 その悔しさは誰にも理解されないだろう、沖津はそう考えていた。


 ……しかし、その考えは間違っていたことが一人の学生によって証明されてしまうわけだが。


「沖津さん、ここに突入している以上は全員が目的を共有してるんだ。勿論、その覚悟だってある!! 頼むからなんでも言ってくれよ!!」


 ランは沖津という人間を知りたがっていた、それ故にその苦悩さえも共有したいとも思っている。


 そんなランの気持ちを察したのか、沖津は戦闘の最中にも関わらずタバコを口に咥えてから不敵な笑みを浮かべた。


「ふう……、創也に修二。こっちに来い。」


「俺と修二?」


「創也と……、なんか嫌な予感がするけど。」


「良いから黙って聞け。この数の敵を相手にする時間が惜しい、俺たちは片桐総一郎を叩くのが目的なんだからな。下手に時間を与えると逃げられてしまう可能性もある。」


「ああ、その為には沖津さんとランには無傷でいて欲しいんだけね。」


「創也だったな、お前も優秀そうで助かる。そうだ、ここまでの周到な防衛策を張っている男が無警戒なはずがない。その為には俺とランは無傷の状態が望ましい。……お前らで目の前の敵勢力を足止めするんだ。」


「ちょっと!! 沖津さん、それって創也君と修二君を置き去りにするってことでしょ!? そんなことはこの私が許しません!!」


「片桐、さっきのランの言葉を聞いていなかったのか?」


「うっ、……でも!!」


 沖津と片桐先生、それぞれに相反する主張をする二人を目の前に三人の学生たちは表情を綻ばせていた。


 それは正しい主張と優しい主張、そして、どちらも自分たちを必要としてくれる、想ってくれているのだから。


 そんな二人を見ていると自然と勇気が湧いてくる、三人は同じ想いを抱いるのだ。


「沖津さん、俺は敵勢力を足止めして修二は沖津さんたちが突破するためにサポートをする。それで良いよね?」


「そう言うことか!! 確かにそれなら俺が適任だよ、片桐先生には指一本触れさせねえ!!」


「修二、俺と沖津さんも忘れないでくれよ?」


「はっ!! ……片桐、過保護も過ぎると生徒の成長を妨げるんじゃないのか?」


 片桐先生は俯きながら悔しさを滲ませていた、だが、それと同時に自分の教え子が立派に、一人前に成長していたことに喜びも感じていた。


 それでも、この喜びの感情は本来であればこの状況下である必要はない、防衛隊員になってからでも良かったはず、片桐先生はこの状況下で自分の父である片桐総一郎に対する負の感情を大きくすることになっていた。


 そして彼女は俯いていた顔を上げて涙ながらに創也と修二に声をかけるのだった。


「二人とも、絶対に死んじゃだめよ?」


「ああ、沖津さんを無事に突破させておいて、俺たちだけ死んでられないよ!! ……沖津さんはさっさと突破の準備をして下さい。」


 創也は片桐先生に絶対に生き残る、と宣言すると右手で握っているアサルトライフルの銃口にアルテミを集中させた。


 これは普段の創也が得意とする連射とは異なる技能を披露する、と言う宣言である。


 沖津は創也の言葉に促されたかの如く、修二も両手に二本のブレードを握っている。


 そして修二はブレードの柄を強く握りしめ直すと、沖津に向かって決意を伝えてきた。


「沖津さん、あんたらは俺が責任を持ってあの扉まで送り届けてやる!!」


 修二の言う扉とは沖津たちが現在、足止めを喰らっている廊下の奥に設置されている扉であり、その扉を抜けるとこの本館の地下へと続くエレベーターが設置されている。


 そのエレベーターはコード入力式のセキュリティとなっているため、そのセキュリティコードさえ知っていれば誰でも侵入が可能となる。


 そして逆説的に言えば、そのコードを知らないものは誰一人として侵入が出来ないわけで、それはエレベーターに入りさえすれば如何に防衛隊員と言えど介入は不可能と言う事になる。


 この不可解な数の防衛隊員がこの研究所の最重要セキュリティを把握している訳がない、と言うのが沖津の判断なのである。


「修二、三人を送り届けたら防御に接しろよ?」


「分かってるよ、……お前もレンジと同じで世話好きだな!!」


 修二は廊下に設置されていたロッカーから飛び出した、そして、それに呼応するように沖津たちがその後を追う。


 修二は典型的なアタッカーである、それ故にブレードを強化して押し切る戦闘を得意としている。


 だが、それだけでは限界があり、事実、彼はドウリキに敗北を喫してしまったわけで。


 それは彼に防御面に対する憂いがあったからだ。


 そのため修二は防御の術を習得する必要があった、そして彼の出した答えとはブレード薄く広くしてシールドのように展開することだった。


 修二はこれを実現するためには形状変化のアルテミ操作を習得する必要があり、ドウリキの敗北後にこの事をランへ相談をしていたのだ。


 ライバルであるランに教えを乞う行為は修二にとって屈辱であるはず、だが底辺を知る修二にとっては敗北から何も学ばないことこそ本当の屈辱だった。


 ……例えそれがライバルに頭を下げる行為であっても。


「修二、頼りにしてるからな!!」


「ラン、お前に頼られるってのは新鮮だな!! この廊下は幅が約10mだ、俺がブレードを構えれば三人まとめて守れる!! 頭だけはブレードから出すなよ!!」


「修二君、横からの攻撃はどうするの!?」


「先生も頭を出さないで!! それはあいつがなんとかするから!!」


 片桐先生の憂いに対して修二は心配無用と返す、……それは当然、創也の存在だ。


「うおおおおおおおおおおおお!!」


 前方のドアに向かって走る修二たちに後方から創也が援護射撃を始めた、だが、それは普段の連続性能ではなく『銃弾の速度』を強化した攻撃だった。


 創也はガンナーでありアサルトライフルを武器としているため、攻撃にはある程度の角度と面積が必要になる。


 それはガンナーというポジションから見ると、この状況下ではポテンシャルを引き出せないことに繋がるわけだが、それは創也には不要の心配なのである。


 ガンナーでありながらスナイパーとしての素養もある創也だからこその強み。


 ガンナーとしての敵を面で捉える射撃性能にスナイパーとしての点で捉える正確性を必要とする狙撃、これらを両立した攻撃は、扉に向かって走る修二たちを妨害することなく確実に援護することになる。


 そして射撃速度を強化した創也の銃弾は防衛隊員に二の足を踏ませている、……視覚で捉えづらい創也の攻撃は回避が困難であるからだ。


 それ故に沖津率いる五人の突入を阻んでいた防衛隊員たちは廊下の物陰に姿を隠さざるを得なくなっていた。


「さすが創也だ、修二より頼りにしてるぞ!! 俺の相棒!!」


「だろうな、修二は見た目通りでドジっ子だからな!!」


「おい!! お前ら、俺に対して辛辣じゃないのか!? と言うか、ドジっ子って、俺はラブコメに出てくるヒロインかよ!!」


「「おええええ……!!」」


「ラン!! 創也ああああ!!」


「……修二、ふざけてないで黙って走れ!!」


「ええええ!? 沖津さんも今のやり取りは見てたでしょ!?」


「修二君、今は時間が惜しいの。……諦めて走ってちょうだい。」


「嘘おお……、片桐先生にまで言われると思わなかったよ。くそおおおおおお、こうなったらヤケだああああああああああ!!」


 修二は創也の壮絶な援護を背に、走り出したポイントから50mほどあった地下へと続く扉に向かって全力で走り抜いた。


 そして扉の前に到着すると同時に、その扉を背に向けてからブレードを盾にして沖津たちを守る体制に入る修二だが、ブレードを盾として構える彼に向かって、先ほどまで身を隠していた防衛隊員たちの射撃が集中しだしている。


 防御に使っているものはあくまでブレード、集中攻撃を受けてはシールドの様には長くは持たないのが現実だ。


「創也!! 援護が薄くなってないか!?」


「うるさい!! 修二は防御に徹しろと言っただろ、馬鹿じゃなかったら黙ってろ!!」


「くそお……、創也ってあんなに嫌なやつだったのか?」


「修二、今は先生が扉のセキュリティを解除しているんだ。黙ってろ。」


「うおおおお……、俺もそろそろ泣くぞ?」


「ははは、銃弾の嵐に泣かなかったガキは仲間の言葉で泣くのか?」


「…………空いた!! 沖津さん、ラン君、入りますよ!!」


「……修二、死ぬなよ?」


「俺がしぶといって知ってるだろ!? ランは安心して片桐総一郎をぶっ飛ばしてこい!!」


「行くぞ。ランに片桐、着いてこい!! 修二、良い腕だった、恩に着るよ。」


 セキュリティが解除された扉をくぐり抜けて、その先にあるエレベーターに向かって走り出した沖津たち。


 その三人に強がることしか出来なかった修二は、悔しそうな表情を浮かべていた。

 

 ライバルのランが先に行く、そして、その背中を眺めながら修二は小声で檄を送った。


「ラン、次の演習では負けないからな。だからお前こそ死ぬなよ?」


「うおおおおおおおおおお!! 修二、余裕があったら少しは敵を捌いてくれ!!」


「結局は俺を頼るのかよ!! だったら少しは優しくしろよな!!」


 修二は再び廊下の方を振り向くと、創也の言葉に反論をしつつも敵勢力に相対していくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る