第18話犠牲

=日本防衛隊員育成学校 医療室=


「そうですか、ドウリキ君がドラッグを使用してしまいましたか。」


「あいつは二年間もこの学校の在り方に悩み続けていました、だから俺はもうあいつを責めません。……やり過ぎたことは庇えませんけど。」


「いえ、私も教師を辞めてから彼のことだけが気がかりでした。ラン君の様な生徒が友達になってくれれば彼も救われるかと。」


香月先生は医療室でドウリキが起こしたアルテミドラッグの事件について、ランから結末を聞かされていた。


ランは香月先生もドウリキを教師として育成しきれなかったことに悩んでいたのだと、実感していた。


そして香月先生自体がアルテミドラッグの試用を検討したのも、藻掻き苦しむドウリキを見るに見かねたからだとも。


……これはランにとって想定の範囲内ではあるが、それでも教師の口からこの事実を聞いてしまうとやりきれない気持ちになってしまう。


生徒を想い、生徒の助けになればと思っての行動が出どころ不明のクスリだと言う事実は、ランだけではなく他の二人にも同じ想いを抱かせていた。


「香月先生はアルテミドラッグの効力を自分で調べたんですか?」


「創也君、私は検証や実験などについては素人ですから。あくまで戦闘専門の教師です、クリスの詳細については彼女から渡された時に教えて貰いました。」


創也は内心でほっとしていた、それは彼が香月先生を尊敬してしまっていたからだ。


行動の全てが生徒の為であり、何よりもガンナーである創也にとっては、そのスペシャリストである香月先生を尊敬しない理由が無い。


……アルテミドラッグを生徒に使用すると言う事はその副作用も確認する必要があるわけで、そうなると被験者を使用した実験が必要になってくる。


創也はそれを非人道的だと感じているのだ、……それは被験者にも実験を試みる側にも。


宗吾の様子を見ていて実感したことだった。


恐らく宗吾はその手の実験を行っているはず、そして日に日に自分の兄が疲弊していく様を見続けている創也には歯痒い気持ちでいるのだ。


……だがその手の実験が有るからこそ、自分たちが行っているアルテミを用いた戦闘が成立するわけでもあり、完全な否定は出来ない。


創也はただ関わることで不幸にだけはなって欲しくない、それを願う事しか出来ないのだ。


「えっ!? 香月先生にアルテミドラッグをくれたのって女の人なんですか?」


「……エリさん? それはどういう事で……、詳しい話は後にしましょう。どうやらここも嗅ぎつけられたらしい。」


香月先生は表情に緊張感を滲ませながら医療室の外に視線を向けていた。


そして、その緊張感を感じ取ったチームRの面々は香月先生の視線を追った、……するとまたしても正規の防衛部隊がそこにいたのだ。


「……香月先生、さっきの部隊とどっちが強そうですか?」


「ラン君もいよいよ根拠を切り捨てましたか、ですがこの状況では仕方が無いでしょう。……おそらくは沖津中隊よりは楽だと思うんですけど。」


「……部隊の規模も小隊寄りでしょうね。」


「創也君の言う通り、如何にここが政府の施設でもその周辺は住宅街ですから、大規模な戦闘は不可能。必然的に部隊の規模も小さくなるはずです。」


「だけど! いくら何でもここを断定するのが早過ぎじゃないの!?」


そう、エリの何気ない疑問ではあるが先ほどの沖津中隊との戦闘をベースにするなら、確かに今回の派兵は早過ぎるのだ。


「……これは情報が漏れていると言うことですか?」


創也は最悪の状況を想定していた、だがこれは目の前の光景を目の当たりにすれば想定して然るべきものだ。


では誰が情報を?


現在、この医療室にいる四人は多摩地区の山小屋で防衛部隊からの集中砲火を浴びたばかりだ。


態々情報を漏洩させて自分の命を危険に晒すだろうか?


それは無い、その結果としてこの医療室まで命からがら逃げざるを得なかったのだから。


それを前提にすればこの四人がここにいることを知っている人物は……たった一人。


だか、それは誰もが信じたく無い、そう思わせる人物だ。


……もしこのままあの人がここに戻って来なければ、その推測は確定してしまう。


この場にいる全員がこの医療室に一つしかないドアに固唾を飲んで視線を向けていた。


この育成学校の敷地で戦闘をすると言うことは、それ即ちここを戦場に変えると言うことになるのだから……。


だが、そんな四人の杞憂を吹き飛ばすかの様にドアは外から勢いよく開くのだった。


「大変です!! 外に防衛隊員が……学校が防衛部隊に包囲されています!!」


この場にいる全員がほっと肩を撫で下ろしていた、…だがそれほどの状況だった。


いや、そうとしか考えられない状況だったとも言えるわけだが。


特にチームRの面々からすれば片桐先生が密告者だった場合の落胆は想像することが容易と言える。


片桐先生が如何に生徒から信頼されているか、と言う事だ。


「片桐先生、包囲とはどう言うことですか? 目の前にいる小隊が敵勢力の全容ではないと?」


「あれはその一部です! ……校舎の裏側と側面にも……おそらく中隊規模の正規部隊が集結しています!!」


「……香月先生、俺は、俺たち三人は向こうに認識されていると考えた方が良いですよね?」


「ラン君、それは早計です。それを確認するために片桐先生が職員室に行ったのですから、それにこの状況ですから学校側に事前通達があっても可笑しかないはずです。」


「そうだよね!? 片桐先生、どうだったの!?」


「エリさん、……確かに学校側には山小屋に育成学校の生徒らしき人間が訪ねた、と言う報告が来ていたわ。」


「そんな……、ラン、私たちはどうすれば良いの!?」


「エリさん、落ち着いて! ただ人数や香月先生との関係性までは把握していないようなの……。」


ランは片桐先生の言葉に静かに安堵していた、それは自分の考えなしの行動が創也やエリを巻き込んでしまったのでは、と思っていたからだ。


……だがそれは同時にとても残酷な、ラン自身も納得できない形での着地の仕方だった。


それは香月先生を目の前で見殺しにする、と言うことになるのだから。


「ラン君、あなたが背負う必要はありませんよ? 例え、あなた方が来なくとも私は狙われていたのですから。」


ランは香月先生の言葉に何も返す言葉が浮かばなかった、それは彼もこの状況に諦めざるを得なかったから。


そして目の前にいる教師の言葉は間違いではない、とも。


「おい!! ラン、どうして黙り込んでるんだ!! まさか、このまま香月先生をあの部隊のど真ん中に送り込むって言うのか!?」


「っ!! 俺だってそんなことはしたくないさ!! だけど何も思い浮かばないんだよ!!」


「だったら俺たち全員で突っ込めばいいだろうが!!」


「創也、お前は自分が何を言っているか分かっているのか!?」


「分かっているさ!! だけど……、だけど、このまま香月先生を見殺しにするなんて……。」


「創也君、あなたの言葉だけで救われますよ。でしたら、私の戦い方をしっかりと見ていてください。それが元・教師である私からの頼みです。」


「香月先生!!」


「……ラン君、君は怒る時も悲しむ時も他人のため、なんですね? 私は教師生活の中で君ほどに優しい生徒を見たことがありません。……そんなラン君に私からの頼みがあります。」


「……先生からの頼み?」


香月先生は小さく微笑みながら震えるランに優しく諭す様な口調で話しかけていた。


小さな汗を額に掻きながら……一番近くにいるランにギリギリ届く程に小さな声で。


「創也君とエリちゃんを守ってあげて下さい。」


香月先生はランに言葉を残すと、そのまま医療室の窓を突き破って外に陣形を張る小隊に向かって行った


香月先生は当然ながらアルテミで自分の防御力を上げてはいるが、がそれでも20人はいるだろう部隊には無謀ともいえる突撃だった。


「うおおおおおおおおおおおおお!!」


咆哮と共に走る香月先生の両手には先ほど見せていたグレネードランチャーではなく、ショットガンとアサルトライフルを握りしめられていた。


敵から身を隠す防壁や建屋もなく、ましてやチームRを巻き込まないために突撃するしかない香月先生にとっては最善の装備と言える。


そして走りながらに銃撃を続ける香月先生は応戦してくる小隊の攻撃を最小限に回避しつつ、前へ前へと走り続けていた。


その最中で、香月先生が投擲したであろう手投げのグレネードが小隊の陣形中心に落下し、爆発した……、ランたちにはそれがいつ投擲されたかも判断が付かない攻撃だった。


「っ!! 香月先生はもしかしたら勝つんじゃないのか!?」


「ラン、見てみろ!! 先生はあの人数の銃撃を相手に被弾すらしてないぞ!?」


香月先生は客観的に見ても絶望的な状況にあった、だからこそランと創也はこの突撃に対して言い合いをするほどに揉めたわけだが。


それでも、未だ無傷の香月先生を目の当たりにして、僅かながら希望を胸に抱き始めていた、……この人ならばもしかして、と。


しかし、そんな希望さえも無慈悲に破壊してしまう……、たった一発の銃声が医療室にいるチームRと片桐先生の耳に届くのだった。


おそらく校舎の側面か裏側か、……それともその両方か。


香月先生が突撃を掛けた小隊以外の誰かがスナイパーライフルで香月先生を打ち抜いたのだろう。


そして、その銃声と共に先ほどまで校庭を縦横無尽に走り回っていた香月先生が膝をついて倒れ込むのだった。

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