第17話命の重さ

=アルテミ研究所 アルテミドラッグ被験者居住地区=


「香取君、実験は順調かね?」


宗吾はアルテミ研究所内部に併設されているアルテミドラッグの被験者が居住する区画にいた。


香取とは宗吾の姓、つまりは創也の姓でもあるわけだが。


宗吾はアルテミ研究所で実施されているアルテミドラッグ関連の実験の総責任者なのだ、そのため定期的にこの被験者の居住区画に足を運んでいるわけだ。


そんな習慣とも言える宗吾の行動の最中に彼の上司は後ろから声をかけてきているのだ。


その声はとても静かで深いものだった、宗吾はその声があまり得意ではない。


……自分の上司になんとも失礼ない事かと思いつつも、宗吾にはその声を耳にすると首を締められた様な感覚に陥ってしまうのだ。


「ええ、被験者には目立った悪い副作用も見られず……順調に高水準の測定値を維持しております。」


「……違うだろう。悪い副作用などは君の気にする必要はないはずだ、医者でもあるまいし何を気にする必要がある?」


「……ですが被験者にも家族がいます。もし悪い副作用が出れば黙ってはおりませんよ?」


「そもそもが被験者は訳ありなのだから適当にあしらってしまえば良いのだ。……だが順調なのは結構だ、今後とも期待しているよ。」


上司は冷たい口調で被験者の扱いを割り切れとだけ言うと、そのまま踵を返して宗吾から離れて行った。


『訳あり』、それはここに集められている数十名の被験者たちが金銭的に足枷を負わされてることを意味する。


その被験者たちは正規の防衛隊員や育成学校の生徒が大半を占めているが、本人やその家族が大きな病気を患っていたり、何かしらの理由で借金の返済に苦しんでいるなど理由は様々だ。


そんな被験者はこの実験に協力する事で当然ではあるが金銭的な見返りを約束されているのだ。


宗吾はそんな被験者を道具の様に冷たく扱い、割り切ることなど内心で出来ずにいた。


つまりは宗吾がそういう人間だと言う事でもあるわけだが。


……被験者が全て訳ありだと言うなら創也は、そのチームメイトも訳ありだとでも言うのか?


宗吾は自分でも分かっていた、おそらくは鏡で確認すれば自分が酷い顔になっていると。


それでもこれから面会する被験者たちにそんな顔で合うわけにはいかず、表情を取り繕ってから近くにある部屋のドアを開けて入室した。


「香取先生!? おはようございます、もう測定の時間なんですね?」


「ええ、おはようございます。マリさん、……体調は如何ですか?」


「先生も医者じゃないんだから、何を言っているんですか? 私は元気そのものですよ?」


宗吾がマリと呼んでいるこの女性は正規の防衛隊員だ、だが本人には至って金銭的に困窮する理由が無いのだ。


しかしこの人の父親が重い病を患っているらしく、早急に金銭が必要となり今回の被験に参加を希望したらしい。


本人曰く、自慢の妹もいるとのことだが、当の妹さんには父親の病も自分がこの被験に参加していることも心配を掛けまいと言っていないとのことだ。


……何とも健気な女性だと宗吾は思っていた。


「そうは言いますけど、一応は実験なわけで何が起こるか分からないんですよ? マリさんはもう少しだけ自分を大切にして下さい、……私が言えた義理がでは無いかもしれませんが。」


「先生みたいな人が責任者でありがたいと思ってるんですよ? それに結果だけ見れば私のアルテミは増大しているわけで、防衛隊員の私からすればいい事尽くめです。」


宗吾は自分の仕事に誇りを持っている、それはこの結果が宇宙からの恐怖に対して日本が防衛力を高める事に繋がるからだ。


彼には弟の創也ほどの戦闘に繋がる才能は無い、それ故に育成学校に入学した時は思い悩んだ事もあった。


それでもアルテミ研究所の存在を知ってからは自分自身の存在意義に希望を持てる様になり、さらには創也の命を守る結果になるかもしれない、と思える様になっていたのだから。


だからこそ自分の仕事を誰にでも誇りたいのだ、……それ故に目の前で被験に対して真っ直ぐに向き合えるマリを羨ましいほどに眩しいと思っているのだろう。


「マリさんには敵いませんね、……ってマリさん!?」


「うう…、んああ!! ああああああああ!!」


先ほどまで明るい笑顔を振る舞いていたはずのマリがなんの前触れもなく苦しみ始めていた。


自分の胸に手を当てながら言葉にならない悲痛な叫びを上げながら。


そんな状況だからだろう、彼女は宗吾の問いかけに一切返事を返してこなかった。


そして宗吾が目の前で苦しむ一人の女性に対してどの様に処置をすべきか思案していると、後ろから自分の助手が慌てた様子で駆け寄って来て異常事態が起こっていると報告して来たのだ。


「香取主任!! 被験者たちが突然に苦痛を訴えかけています!!」


宗吾は助手の報告を耳にして自分の仕事に誇りを持てなくなり始めたのだった。

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