第19話アタッカーVSアタッカー
「いやあああああああああああああ!!」
医療室に響き渡る悲鳴……、片桐先生の悲鳴だ。
そしてその悲鳴を聞きながらチームRの面々は足が竦んで、その場から動けなくなっていた。
「全く……、俺は忠告したはずだぞ? 大人しく投降しろと。それなのにお前は……、これでは俺はお前を撃つしか無いじゃないか。」
諦めたような口調で香月先生に話しかけ始めた男がいる、そして、その男はゆっくりとその香月先生に歩み寄っていく。
先ほど山小屋の中で香月先生が口にしていた『ケルベロス』の異名を持つと言う、……防衛部隊の中隊長・沖津がこの場にいたのだ。
「沖津……、どうしてお前がここに!? お前は多摩の山奥いるはずだ!!」
「……俺の部隊にも支援系に特化した隊員はいるんだ。そしてお前は追い詰められたら元職場のこの育成学校に移動するとも俺は読んでいた、……それだけだ。」
香月先生の前に立ち塞がる沖津は何かを諦めたような、どこか疲れたような、そんな表情をしていた。
だがそんな沖津に対して香月先生は不敵な態度を取り続けた。
「……防衛部隊の中隊長と言う立場でありながら、同期のよしみと言う抽象的な要因を考慮するとは、沖津らしいと言えば良いのか……。」
「ふう……、俺も敵の心配をするなんて、お前らしいと言っておこうか。」
沖津はため息交じりに言葉を口にすると、腰に差しているブレードを抜刀してその剣先を香月先生の喉元に当てた。
創也の脳裏に窓の外でこれから起こるだろう出来事が走った。
これからあの沖津と言う中隊長が何をするのか、香月先生の身に何が起こるのか。
その出来事の先に何が残っているのか……。
後ろを振り向くと同じく窓の外を見ながら体を震わせている片桐先生の姿が目に留まる。
……考えるまでもない、これから香月先生はあのブレードで……。
創也は自分でも気付かないうち踵を返して、アサルトライフルを握りしめながらその場から走りだす寸でのところだったのだ。
だが創也は自分の肩に手の温もりを感じていた、誰の手だろうか?
創也は再び後ろを振り向いてその手の持ち主を自然と睨みつけていた。
「ラン、俺を止めるな!! あの人は小屋でも俺たちを助けてくれたんだ、だったら今度は俺が!!」
「創也、お前は役割を間違えているんだ。……そうじゃないだろ?」
「役割ってなんだ!! あんな理不尽なことを見逃すことか!?」
「……お前は俺の暴走を止めるのが役割だ。無茶なことは俺の役割、専門分野じゃないか。」
創也を制止するランの手にはいつの間にかブレードが握りしめらていた。
そして創也だけではなくエリも、片桐先生までもがランの言葉に耳を傾けていた。
……ランがこれから何をしようとしているのか、それが彼の言葉から伝わってきたからだ。
ランの言う『無茶なこと』とは?
ランは医療室から窓を飛び越えて沖津に向かって一直線に走っていたのだ。
ランの行為を誰も制止することが出来なかった、それほどに一瞬の出来事だった。
取り残された三人はランの咆哮を聞きながら、ぼんやりとその後ろ姿を見る事しか出来なかったのだ。
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
「「ラン!!」」
創也とエリは漸く我に帰り、自然とランに向かって彼の名前を叫んでいた。
『もはや手遅れ』、二人の脳裏に浮かんだ言葉だ。
その場で崩れ落ちる片桐先生の姿が二人の思い浮かべた言葉に現実味を強調することになった。
「……ここの生徒か。一応確認するが何のつもりだ?」
「香月先生を助ける!!」
沖津はブレードを香月先生の喉元から離して、ランに向かって構えを取っていた。
アタッカー対アタッカー。
沖津とランの戦闘は純粋な個人戦、つまりはどちらの接近戦技量が優っているかの勝負となる。
先手を打ったのはランだった、中距離戦の射程からブレードを振り下ろして光の刃を放ちつつ沖津との距離をさらに詰めようとしている。
ランはブーストを使用しつつ、沖津との距離を詰めようと試みるランの走力は自分で放った光の刃の速度を大きく上回っていた。
……ラン自身が光の刃を追い越していた。
「一人で挟撃でも仕掛けると? ……器用なガキだ。」
「ラン君!!」
香月先生は沖津がブレードを離したことで、それに呼応した他の防衛隊員たちによって銃口を向けられていた。
……彼は身動きを取ることが出来ない、ただランと沖津の戦闘を傍観するしかなかったのだ。
出来る事と言えばランに向かって声をかけることのみ。
そしてランは香月先生の声に反応して僅かに頬を緩ませながら沖津と衝突した。
「うがあああああああああああ!! 沖津ううううう!!」
「正規の防衛隊員に向かって良い根性をしているな!! だが甘い!!」
沖津はランの両手持ちのブレードに対して片手持ちのブレードで対応していた。
では、残った手の使い道は?
ランは沖津の取った行動に驚愕することとなる……、ランの放った光の刃を手で握りしめていたのだ!!
ランの放った光の刃はアルテミの注入によって発生している、つまりそれはアルテミでしか止めることが出来ないと言うことになる。
沖津はアルテミを注入したブレードではなく、体内に取り込んだアルテミだけでランの光の刃を止めたわけだが、それはランとこの中隊長との実力差を明確に示していた。
育成学校での演習ではアルテミの戦闘では防御力が攻撃力を上回ることが極めて稀なことなのだ。
それは防御力が体内に取り込んだアルテミ量と肉体の強さに依存ことに対して、攻撃力はそこに道具・武器の強度も加算されるからだ。
ランの遠隔斬撃にはブレードから放たれたため、直接的にブレードの攻撃力が加算されているわけではない。
だがランの遠隔斬撃を素手で止めるためには、それと同等量のアルテミを体内に溜め込むことが必要になってくる。
それは沖津のアルテミ注入許容量がランと同等かそれ以上だと言う事を意味しているわけだが……。
「俺のブレードにヒビが入った!?」
「お前は学生で俺は正規の防衛隊員、……装備に差が出るのは当たり前だろう、がっ!!」
沖津とランの拮抗はランのブレードが破損する、という形であっけなく終わりを告げる事となった。
ランの装備は育成学校の演習で相手に大ダメージを負わせないように加工されているが、正規の防衛隊員である沖津の武器にはそのような加工は施されていない。
その差こそがブレードの破損という結果を生んだ要因である。
ブレードを破損してしまったランは大きく後方へ飛んで沖津と距離を取るしかなかった。
それはランが得意とする戦闘方法が関係していた。
ランが戦闘で多用する技はブレードを伸ばす拡張攻撃と光の刃を敵に向かって飛ばす遠隔斬撃の二つ、これらは彼の弱点を克服するために多用されていた。
……ランはアタッカーであるにも関わらず接近性が苦手なのである。
それ故にドウリキとの演習でも披露したシールダーが主に使用するような『ブースト』や他のポジションの生徒が主に使用するような技で自分の弱点を補っているランではあるが、それはあくまで彼よりも『格下』を相手にする場合だ。
彼は格上との戦闘経験が皆無なのである。
育成学校のAクラス1位であるランは教師との演習を義務付けられているため、正確には格上との戦闘経験がないわけでは無い。
だが教師だからこそ、生徒を傷つけることはしない、これらが現状のランの劣勢に拍車を掛けることに繋がってしまったのだ。
「くそっ!!」
ランは沖津と距離を取った状態で遠隔斬撃を放ち始めた、だが、彼にもこれでは沖津を止められないことは分かっている。
それ故に何回も、何十回もブレードを振り回して絶え間なく沖津へ攻撃を仕掛けていた。
それは沖津からすれば『無駄な抵抗』に映るだろう、それは放つ刃をその都度素手で受け止められているランが一番理解していることだ。
ランの表情は強張り、彼の焦りが露骨に沖津へと伝わる。
「そろそろ満足したか? ……今なら香月の顔に免じて見逃してやる。勿論、俺の部下にも緘口令を敷いてお前の行動を無かった事にするが……どうだ?」
「優しいね……、あんたのあだ名って『ケルベロス』じゃなかったのか?」
「香月に聞いたのか……、子供が相手なら地獄の番犬も牙を剥きはしない。これ以上香月を困らせるな。」
「あんたが本心から言っているのは良く分かる、それにあんたが良い奴だってことも理解できた。……でも香月先生は俺たちを守るためにあんたとの戦闘を選んだ……。」
「……それで?」
「だったら、……その背中を見たって言う証明をしなくちゃな!!」
「青いな……、正規の防衛隊員なら戦力の低下を嫌って即時撤退をするところだと言うのに……。」
「すいませんね、俺はまだ正規の防衛隊員じゃないんですよ!!」
この時、ランは遠隔斬撃を通じて沖津と距離を測っていたのだ。
沖津はランの攻撃をモノともせずにジリジリと近づいて来ている、この状況をアタッカーであるランが悔しいと思わないわけはない。
……だがこの状況も全ては勝利のため、ランにはそれしか頭になかったのだ。
「良いのか? アタッカーに不用意に近づいて来て……。」
「……その台詞は接近して欲しくない、と言っているように聞こえるのは俺だけか?」
沖津はランとの距離を10mとした時点で動きを止めた、これは沖津が自分の間合いに入ったことを意味している。
ランもここから沖津の攻撃が開始されるのだろう、と覚悟を決めていた。
……寧ろランは安堵していた、沖津がここまで接近してくれたことに。
「……正規の防衛隊員の層が如何に厚いか、思い知らされたよ。」
「俺もまだ学生のくせに骨のある若者がいることに感動しているよ。……正規の隊員になったら俺の部隊に来い……。」
「こんな不良で良いのか?」
「俺も昔は悪かったから、……な!!」
沖津は10mの距離から一足飛びでランに斬りかかってきた。
この距離はアタッカーの間合いとしては広い部類に入る。
だが、ランはこの状況を待っていたのだ、それは彼が自分の弱点を沖津に把握されていると想定してのことだった。
ランは自分のプロテクターにアルテミを注入し始めた、……つまりドウリキとの演習で見せたアタッカーには例外ともいえる技術を発動させたのだ。
「うおおおおおお!! 『ブースト』!!」
ランはブーストを使用することで沖津に向かって『カウンター』と『奇襲』を狙っていたのだ、そしてこれは沖津にとっても想定外のことだった。
沖津はランをアタッカーと断定しているわけだが、それでもシールダー特有の技術を習得していることは完全にノーマークだったのである。
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