第4話喧嘩を買った理由

「…ドウリキ!?それに…修二がどうしてここに?おい、修二!!」


「………。」


ランはありったけの声でその場に倒れ込む修二に声を掛けるが彼からの返事は返ってこない。


修二は気絶している様で、ランがこの状況に至った詳細を知る術はもう一人の人物から話を聞くしかない。


だがその状況は確認するまでもないことを確信しているランは強い目線をそのもう一人の人物に向けた。


「ドウリキ、これはどう言うことだ?」


「…何だ、また一位様か?今度は何の用だ?」


「…俺の質問に答えろ。耳と頭のどっちが悪いんだ?」


「ふう…、エリート様って言うのはどこまでも俺を苛立たせてくれるんだな。見て分からないのか、俺がこいつを痛ぶっているんだよ。」


「それに至った経緯を聞いているんだ!!」


「めんど臭えな、こいつが演習に負けてから俺に個人戦を挑んできたんだよ。それで無様にもこの有り様ってわけだ。」


ランはドウリキに向かって普段の彼からは考えられないような声で話しかけていた、寧ろこれは荒げていると言った方が正しい表現だろう。


それにも関わらずドウリキは表情を変えずにランに対応している。


目の前に突きつけられた事実がランの精神を激しく動揺させていた。


如何な理由があろうともこいつだけは許すことが出来ない、そのシンプルな感情がランの心は怒りの感情で支配され始めていたことの大きな要因ではある。


「どうしてお前はここまで修二を痛めつけられるんだ?…修二がお前に何をしたって言うんだ!!」


「何にもしてないさ。俺はただエリート様が嫌いなだけだ、それの何が悪い?」


修二はドウリキの言う様なエリートではない、寧ろ真実は真逆である。


育成学校に入学してからこれまでの間、修二は絶え間ない努力の結果としてAクラスに駆け上がってきたのだ。


それこそドウリキと同じ様な立場を経験している、であれば修二も努力を放棄していればこいつと同じ様な考えを持っていた可能性もある。


だが現実は違う、修二は二年以上も努力を続けて今の評価を得たのだ。


…理由は分からない、ドウリキが何故突然に強くなったのか?


それこそ、こいつも努力してきた結果なのかも知れない、だがその力を得たからと言って目の前で起こっている様な言動が許されるハズがないのに。


『それの何が悪い?』


この不用意なドウリキの一言はランが修二に誓いを立てるシンプルな要因となったのだった。


「修二、俺はお前の仇を取りたい。これ同情なんかじゃない、…俺のライバルであり続けてくれるお前への感謝だ!!」


ランはその場で倒れ込む修二に肩を貸すと、そのままゴウリキには目もくれずに自宅アパートへ向かって歩き始めた。


「おい!!…明日の演習でお前もそいつみたいにボッコボコにしてやるからな!?」


「初めて意見が合ったな、俺もお前をボッコボコにしてやろうと思っていた…。」


ランはドウリキの言葉に振り返る事も無く、一言だけ残してその場を後にするのだった。


=育成学校最寄駅にあるハンバーガー屋=


「ふう…、学校帰りのハンバーガーってどうしてこんなにも至福を与えてくれるのかね?」


創也には毎日欠かさない日課がある、それが学校帰りの買い食いだ。


特にこのハンバーガー屋は創也のお気に入りの為、週に3回は通っていた。


今日もいつもの様にチーズバーガーとコーラを頼んでからお盆にそれらを乗せて彼の指定席に向かった。


すると創也は彼の指定席に先客がいることに気付く、…チームSのレンジだ。


だがこれは可笑しなことでは無かった、何故ならばこのハンバーガー屋を創也に教えたのは他ならないレンジだったのだから。


先ほどの医療室での出来事から創也はレンジに声を掛けるか躊躇っていた。


だが悩み創也にレンジの方が彼の存在に気付いて、声をかけてきたのだ。


「…よお。そんなところに突っ立ってないで席に座れば良いじゃないか?」


「…ここでお前と会うのも久しぶりだからな。最近はここに来ないじゃないか。」


「来てるよ、…お前に勝ちたくて居残り練習をしていたからな。来る時間が合わなかっただけさ。」


創也と本来のレンジは共に中距離戦を主戦場とする、それは両者の扱う武器は共にアサルトライフルなのだから。


先日の演習でのレンジはスナイパーで登録していたが、それはチームSの対戦相手次第では遠距離戦も担うだけで、本業はアサルトライフルを使用した中距離型攻撃手である。


それ故に二人が同じクラスになってからはレンジが一方的に創也をライバル視していた。


だがそんなレンジに創也は包み隠す事なく戦闘に関するアドバイスを送っていたのだ。


最初はそんな創也の態度にレンジも不快感を覚えていた様子だったが、それは創也のたった一言で解消されることになった。


『今は別のチームだけど防衛軍に就職したら同じ仲間なんだから、強い仲間がいたら安心して背中を任せられるだろ?』


創也の考えは育成学校という狭い環境のみに固執していたレンジの心を大きく揺さぶった。


そしてそれからの二人は戦闘技術だけではなくお互いの好みも共有する仲となったのだ。


「創也、明日の演習であいつらと戦うんだろ?」


「ああ。先生チームの都合が付かなくなったから前倒しでやることになった。」


「そうか…。俺たちはチームRとの演習でチームDに助っ人を頼んだけど、どうやらそれを引き受けたのは俺たちとの演習を視野に入れたものだったらしい。」


「まあ、そうなるだろうな。だけどそれは規定の範囲内だから、流石にそれを言い訳には出来ないだろ?」


「…そうじゃない。あいつらはお前たちとの演習で味方だった俺たちチームSに誤爆と見せかけてわざとダメージを与えていたんだ。」


「…それはどういうことだよ?」


「そのままさ、…だから修二はあいつら相手の演習では動きにキレが無くてね。だがそんなもの実戦でも想定される状況だから、と言って修二は口にしなかったけど…。あいつらはそう言うことを平気な顔をしてやってくるぞ、という俺からのアドバイスさ。」


創也は悔しさを滲ませることさえ疲れた、とでも言いたげな表情を浮かべるレンジにどんな言葉を返せば良いのか分からずにいた。


結果が全て、これはどん底の環境から駆け上がってきたレンジにとっては口癖の様なものだ。


だがその結果すらもチームDはレンジに受け入れさせようとしない、これは彼を良く知る創也にとっては許せないことだった。


ハンバーガーを齧る創也の表情は怒りに満ちていた。


そして返す言葉に悩んでいた創也は齧ったハンバーガーを飲み込んでからレンジに向かって彼と出会ったばかりの頃に良く口にしていた言葉を改めて送ったのだった。


「俺だけがお前の目標であり続けてやるよ、だからお前はもうこれ以上、…俺以外の奴には負けるな。」


「…次は絶対に負けないさ、当然お前にもな。だからお前は勝ってくれ。」


レンジは創也のシンプルな励ましに自然と奮い立っていた。


それは創也と出会ったばかりの頃に明らかな格下であるレンジに対して強くなれと、悩んだらそれを糧に強くなれば良いと言う彼からレンジに対しての励ましの一言だった。


そしてその言葉に対してレンジは必ずこの言葉で返した、すると創也は必ず笑顔を返していたのだ。


「いつか俺が創也の目標になってやるさ、だからそれまではお前は誰にも負けないでくれよ?」


=エリの自宅付近にある公園=


「はあ…、明日の演習はどうなるんだろう?」


エリは悩んでいた、だがそれは今さっき彼女が口にした演習に対してもものではない。


寧ろそれはランが戦術や作戦を考えてくるだろうと、それまでは判断は出来ないとエリは考えていた。


それよりも気になる事があるとすれば…。


「マキちゃん、泣いてたな…。」


エリとチームSのマキは小学校からの幼馴染みなのである。


と言っても今とは立ち位置も違い、マキはいじめられっ子だったエリをいじめっ子から守り続けていたのだ。


そしてそんなマキに憧れ続けたエリは中学校の時に彼女が進学先に選んだ日本防衛軍育成学校へと進学を決意した。


勿論、悩まなかったわけではない。


エリにはマキのような器用さも無ければ対話術があるわけでもない、エリが育成学校への進学を決意したときはただマキと離れたくなかっただけだ。


そしていざ育成学校へ入学してみればアルテミによる戦闘に関する才能はエリに軍配が上がった。


寧ろ入学当初のマキは落ちこぼれと言われてもおかしくないレベルだったのである。


初めて生まれた友達との壁、エリには苦痛以外の何者でもなかった現実。


だがその現実に苦悩するエリに対してマキはいつもと変わらぬ笑顔で一言だけ言葉を送ったのだ。


『いつかエリの隣に駆け上がってやるんだから。それまで待っててね!』


当時のエリは嬉しさのあまりに大粒の涙を流した、そしてそんなエリの頭を優しく撫でるマキの温もりが嬉しくて友達を待ち続けた二年間。


本音を言えば寂しくなかったわけではないが、それでもエリは待つことができた。


それはランと創也との出会い、新しく手に入れた友達、チームメイトの存在。


今の自分があるのは全て友達のおかげだとエリは真剣に考えていたのだ。


「…マキちゃんを泣かせる奴は私が倒してやるんだから!」


「そうやって力むと本番で失敗しちゃうから、エリは自分の思うようにやれば良いのよ?」


「マキちゃん!!いつの間に!?」


エリは不意打ちを喰らったような表情をしながら声のする方を振り返るとそこにはマキが立っていた。


そしてマキは握りしめている缶コーヒーの内、一本をエリに差し出しながら会話を続けた。


「ずっとエリの帰りを待ってたんだから…、もしかして明日の演習でブリーフィングが長引いたの?」


「うん、…結局はドウリキ君の情報が少な過ぎていつも通り油断せず行こうって、ランが言って終わったけど。」


「ふーん、そっか。ランもそんな感じか。うちらのブリーフィングもそんな感じで終わってたわ。」


マキは何かをエリに伝えに来た、それは誰が見ても明確だったが、その内容が何かはエリには分からなかった。


エリがその事を自分からマキに聞いても良いのか、悩んでいると彼女の様子からそれを察したかのようにマキが口を開いた。


「…私ね、エリのチームに勝てたら言おうと思ってた事があるの。」


「…私のチームに?」


「…私、ランのことが好きなの。だから一度でも演習では勝てたら告白しようと思ってたんだ。」


「ええええええ!?それは初耳だよお!!って、ランのどこが良いの!?」


「エリも酷いな、親友の好きな人に対して『どこが良いの?』だなんて。」


エリはマキの言葉に両手を使って口を隠す仕草を見せるが、その様子を見たマキは戯けた様子で笑い出した。


「あははは、確かにランは飄々としてて掴みどころ無いよね。でもさ、修二と話してる時のランって何処か真っ直ぐな視線をしてるの。好きになったのはそこかな?」


ランはエリにとって友達である、それも入学当初から付き合いのあるチームメイトだ、その為、余りにも身近な存在過ぎたからかマキに言われるまでエリはその事に気付かなかった。


逆に言われてみてなるほど、と思える節があるとことも無かったわけでは無いと思い至った。


「うーん、確かに修二くんと話してる時のランは本当に楽しそうだからね。えええ、でもマキちゃんがランのことをそんな風に思ってるなんて気づかなかったよ…。」


「…エリだって修二のこと好きでしょ?」


「ええ、どうして知ってるの!?」


「…いやあ、分かるでしょ。だって私はエリの親友なんだよ?因みにエリが私の気持ちに気付かなかったのは…エリだからって言うのが理由かな?」


「マキちゃん、何気に酷いよお。私ってそんなにとろくさいかな?」


「違う違う、そうじゃ無いよ。だってエリは私がランと一緒にいても視線の先にいるのが私だけなんだもん。…私だけをずっと見てくれてるの。でもね、次の演習だけはエリの中から私を消して欲しいの、だってそういないとエリは私の囚われすぎるから。」


「マキちゃん?」


エリはマキの言葉の意図を測りかねていた、何故自分がマキのことを思って戦うことがいけないのだろうか。


寧ろ今回の演習はマキの敵討ちだとさえ想っているエリにとっては受け入れがたい頼みだった。


「…エリはすごく良い子だよ?それは親友の私が保証する、でもね、それじゃダメなの。戦いだったら目の前にいる敵に集中しなくちゃ。エリより弱い私からのアドバイスだから信じられないだろうけど、エリはいつも誰かのために戦ってるでしょ?でもそれは今じゃなくても良いはずよ?…だから今回の演習は自分のために戦って欲しいの。」


エリは目から涙が溢れかえっていた、それは唯々嬉しさからの涙だった。


親友が自分のためを想って、自分のために戦えと言っているのだ。


確かにエリはマキの言う通りの傾向がある、だがそれは彼女の主戦場も関係していた。


エリはスナイパーだ、つまりはアタッカーたち前衛組に対する援護や支援が大きな役割であることを意味する。


特にチームのエースがランという育成学校の中で最強の強さを誇る存在であることからも、彼女の役割は顕著だ。


そして育成学校を卒業すればいずれは防衛軍に就職して、否応なく国の為に戦う毎日が待っているはず。


だからこそマキは学生である今だけは自分のために戦えと、ただ目の前にいる敵を意識しろと、そう言っているのだ。


もっと単純に、自分が強くなる為にと。


だが、だからこそエリは涙が溢れかえった表情のまま、気が付くと自分の気持ちをエリにぶつけていた。


「ううん、私はマキちゃんを泣かされたことが一番許せないの。だから私はマキちゃんを想って戦うよ!それが自分の為だから、…私の手でやらなきゃいけないことなんだから!!」


「本当にエリって馬鹿だよね…、そんな事を言っておいて負けたら許さないんだから…。」


エリの本心を真正面から受け止めたマキも大粒の涙を流していた、そして気が付けばどちらからともなくお互いの体を強く抱きしめていた。


「…マキちゃん、ありがとうね。私はチームRのスナイパーとして、そしてマキちゃんの親友として戦うから応援しててね…。」


「…私にエリを応援しないなんて選択肢がある思う?絶対に勝ってね、私の大切な親友!!」


互いに想い合うからこそ抱き合う両腕に力が入る、抱き合う二人は互いの想いを体が感じる痛覚を持って再認識していた。


そして二人は人知れず誰もいない公園で大粒の涙を流しながら互いの親友を想って泣き続けるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る