第11話疑義

=駅前のハンバーガー屋の店内テーブル=


「大方の話は創也から聞いたんだけど、もう少しだけ詳しく教えて貰っても良いか?」


片桐先生を含めた六人は店内の二階に席を腰を下ろしてから、ランは今回の顛末についてドウリキに説明を求めた。


だが流石のランも目の前に自分のクビを掛けてまでドウリキを守った片桐先生がいることも有ってか、その表情には後ろめたさを浮かばせていた。


しかしそのランの表情が嬉しかったのか、ドウリキは嬉しそうにしていたのだ。


そしてそんなランの要望に応るため、ドウリキは片桐先生にこの三日間について説明しても良いかを確認することにした。


「…先生、ランたちには話しても良いですよね?」


「本当はマズいんだけどね、…でもラン君がいたからドウリキ君もすっきりした顔になっているわけだし良いわ。一応の念押しだけど、四人もここだけの話として聞いてね?」


ドウリキが確認をすると片桐先生は渋々了承した様子を見せていたが、確かに先生と言う立場からすればあまり良い事では無いのだろう。


「とまあ、先生はこう言っているから内緒の話として聞いてくれ。…創也はお前の兄貴からこの三日間の俺のスケジュールくらいは把握しているんだろ?」


「そうだね、俺が知っているのはそれくらいかな。先生同伴で色々と動いていたのは知ってる。」


「…チームRのメンバーってこんな嫌味を言う奴だったのか?まあ良いや、とにかくアルテミ研究所で俺が使った『アルテミドラッグ』の事情聴取を受けたわけだけど、どうやら育成学校内でアルデミドラッグを最初に使用したのは俺じゃなかったらしいんだ。」


「…それはお前以外の生徒が使っていたと言う事か?だけどドウリキ以外にそこまで目立って実力を伸ばした生徒なんていたか?」


「修二もかなり他の生徒に対してアンテナを張っていたらしいな。だけど生徒じゃないんだ、…実は教師側の話なんだよ。生徒の育成に教師がアルテミドラッグに手を出そうとしたらしいんだ…。」


「ちょっと待て!今更だけど…この話って本当に俺たちが聞いても問題ない内容なのかな?」


ドウリキの話を途中で遮ってランが片桐先生へ再度の確認をした、それは話の内容自体が生徒の耳に入れて良いものでは無いと思ったのだ。


…いや、そうではない。この話を聞く場面に片桐先生を巻き込んではマズいと、生徒ながらに心配していただけなのだ。


だが、ランは自分たちよりも片桐先生の責任を危惧したわけだが、その危惧も先生が浮かべた優しそうな笑顔によって杞憂だと思い知らされてしまった。


「…ラン君、先生の心配をしてくれてありがとう。でもね、私が『本当はマズい』と言ったのは私自身よりも、やっぱり君たちに向かっての事よ。…君たちは既に巻き込まれているの、そしてそのことを知るのは『まだ早い』と私は感じているわ。」


「ラン、片桐先生の言葉の通りなんだ。ランに創也、それとエリの三人はこの件で研究所に呼び出されると思う。…それと修二たちチームSも可能性が無いわけでは無いんだ。」


「研究所へ呼び出される?俺たちが?」


「創也、悪いけど先に俺に話をさせてくれ。…とにかく教師の中に生徒へアルテミドラッグを投与しようとした人間がいたらしいんだ。この教師も一度は問題視されたらしいが、学校側も政府側もその教師をどうやって裁くべきか悩んでいるんだ。」


「…悩む?どうして?何に?」


「レンジの疑問ももっともなものだけど、よく考えてくれ。…このアルテミドラッグは使用すると何の問題なんだ?このアルテミドラッグの存在を政府側が認識してからずっと研究を重ねて来たらしいが、判明していることは『使用者のアルテミ注入量を増加させる』ことだけなんだ。」


ドウリキの口調は淡々としたものだった、そしてランはその口調の中から一つの答えを出して、それをドウリキに質問として返したのだ。


「…副作用がないのか?」


「そうなんだ。実際に使用した俺自身にも今のところ異常はない。もしかしたら『まだ判明していない』と言う方が正しいのかもしれないけど…現状はね。懸念は有っても効果が絶大だから政府もこいつの存在を無視出来なくなっているらしい。」


「政府の中でもこのアルテミドラッグを試験導入するべき、と言う声が上がっているの。それも一人や二人の声ではないから政府内でも揉めてるみたいね…。」


ドウリキの話に補足を入れて来た先生の表情から先ほど見せた優しそうな笑顔が消えていた、それは何かに諦めたような、そんな表情だ。


だがランはこの二人の様子もそうだが、二人の説明にはとても大事なことが抜け落ちていることが気になっていた。


「…そもそもこのアルテミドラッグって誰が作ったものなの?二人の話にも出てこないし、確か創也の話でもその辺りについては出てこなかったと思うけど…。」


「ラン、実は俺だけじゃなくてこいつに手を出そうとした教師も同じ状態なんだけど『何処からこれを入手したか』を覚えていないんだ…。」


「ドウリキ、それはどういうこと!?…お前のチームメイトは!?」


「あいつらには俺から渡したんだ。だから俺が覚えていないとあいつらが知るわけもないんだ。」


ドウリキの態度があまりにも堂々としていた為に、この場にいる面々は彼が嘘をついていると思えなかった、…そもそもの前提としてチームRとチームSのメンバーは最早彼を疑おうと考えていないわけだが。


自分の才能に悩み、苦しんで、その結果として彼が受けた屈辱。


それを知ってしまったランたちは演習後に真摯に自分のしでかしたことへの償いをしているドウリキを仲間だと思っていた。


だからこそ、この場でドウリキを囲んでいる面々は彼の言葉に耳を傾けているわけで。


「ドウリキに先生もだけど、さっき俺たちが既に巻き込まれているって言ったよね?俺たちはこれからどうなるの?」


「…アルテミドラッグの効果は絶大。その事実があって、その使用者にチームRは勝利しているわけだろ?政府からするとお前らは重要なサンプルらしいんだ。だからその内、アルテミ研究所に呼び出されるかもしれない、…場合によってはチームS、修二とレンジもそれに該当するかもしれないと言う話だ。」


「先生としては生徒をサンプルなんて扱いをされたくないんだけど…、あなたたちが通っている育成学校は元々が防衛軍の隊員を育成する機関だから。」


ドウリキと片桐先生の表情が今度は諦めたような表情から何かに怯えている様なそれになっていた。


そんな二人を見て全員が理解することが出来た。


ドウリキは自分のしでかしたことでチームRのメンバーを要らぬ騒動に巻き込んでしまったと言う自責の念に、片桐先生は教師でありながら自分の生徒をサンプルとして扱われることのへの悔しさ。


それぞれの感情がこの二人をここまで追い込んだのだろうと、…ドウリキに至ってはそもそもアルテミドラッグに手を染めなければ片桐先生をこんな風に追い詰めることも無かったと言う感情も含まれているのでは無いだろうか。


だがそんな二人を目の前にして誰一人として文句を言う事も無く、寧ろ二人を囲む面々にはある種の覚悟が既に備わっていたのだ。


「俺たちだって育成学校がそういう所だって分かって入学しているんだから今更でしょう。なあ、修二?」


「ランの言う通りだね。だけどサンプルってことはその結果次第でアルテミドラッグを実践投入しようって事だろ?」


「「えっ!?修二が、…あのクソ真面目なカチカチ頭が…流れを先読みしてる。」」


「レンジだけじゃなくて創也まで!!俺ってそんなに頭の悪いキャラだったのか!?」


「…お前に考える頭が有ったら次の対戦相手を助っ人にして俺たちチームRとの演習に望まないだろ?」


「がああああ!!ランも俺のことをそんな目で見てたのか!?」


「「「…こいつ、マジか?」」」


「お前ら、そこでハモるなよ!!レンジなんて同じチームのメンバーじゃないか!!」


「修二、ここは飲食店の店内なんだから騒ぐなって。店だけじゃなくて先生にも迷惑が掛かるから。」


「ううううう…、ドウリキの言い分が最も過ぎて何も言い返せない。」


「ふふふ、修二君も落ちついて。…これは先生から改めての忠告です、話自体がとてもきな臭いから、自分でしっかりと考えてから行動してね。」


片桐先生は話の流れに反対するでもなく、賛成もしなかった。


だがそれは別に育成学校が政府の設立した防衛軍の育成機関だと分かっていながらも、教師としての意見を主張していた時点でこの場の全員がその優しい矛盾に気付いてしまった。


片桐先生は心配をしながらも生徒のことを一人前として扱ってくれているのだと。


だからこそ自分でしっかりと考えろと言う忠告なのだろう。


このハンバーガー屋でのやり取りは片桐先生の言葉を借りると『きな臭い』ものであることは明白であるが、それでもこの場にいる生徒の面々はとても充実した面持ちでそれぞれの帰路に着くことになるのだった。

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