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    第1001話 最終章に一言への応援コメント

    ヒロソ様。

    長い間ありがとうございました。お陰様で私なりに聖書と向き合う事が出来ました。結論からすると、聖書の存在は人類の本当の歴史や人間の本質からも目をそらせる役目を果たしているように感じました。要するに、これを利用する輩がいなければいらない書物であると思います。ただ、悪魔崇拝者であった者の心理と末路を記した事例としての資料的価値はあるかもしれません。

    辛辣で無礼なコメントをしてしまいましたが、ヒロソ様のお話に私なりに本気で向き合った結果でり、また、キリストの導きであると思っています。

    最後に辛辣な言葉を付け加えれば、日本の神との関係がこじれると、多くの人がキリスト教に走り、更に悪いケースがなんとかの証人というユダヤ教(悪魔崇拝)に走るという事です。身近な神との関係を飛び越えて最高神に何とかしてもらおうという発想でしょうが、結局悪魔の思う壺です。

    ヒロソ様の場合はお狐が絡んでいたので面倒な事になったように感じます。こういう場合は女神を頼れば良かったのですが、逆に女神に唾してしまったのは致命的でした。これ以上、ヒロソ様に災難が及ばないように、この事を伝えようと辛辣なコメントになってしまいました。

    氏子や神との縁のある人が神から離れると魔性の袋叩きに合い、ユダヤ人の歴史を辿るかのように一家離散の憂き目に会うようです。日本の神との関係を修復する事が必須です。身近な神を避けて最高神にたどり着く事は出来ません。梯子が外された状態になるからです。

    以下の動画ですが、その内容の細部に至るまで全てが正しいとは思いませんが、人の現在の通常の意識で宇宙と人の成り立ちに迫ると、ざっくりこんな感じになるという典型のようなお話です。聖書より真実に近いように感じます。

    [2ch不思議体験スレ]地球外生命体からのメッセージ

    https://youtu.be/MLg5u8sYcEg

    ヒロソ様は人生がご自分の思惑通りではなかったと、現代に生きる多くの人々同様に感じられているとお察しします。しかし、始めに抱いた「思惑」に既に破綻が含まれていなかったでしょうか?始めに抱いた「思惑」もカルトの見た目が最高に見えたのも同根であると思います。つまり、洗脳です。

    ヒロソ様の「思惑」通りに人生が進んでいたら?恐らく、短命で終わるか、非業の最後であったと考えられます。そのようにならなかったところに神の導きを感じます。ただ、氏子でいれば思惑通りの人生にはならなくとも、生活には困窮しなかったと考えられます。

    現在は多くの高貴な魂がマドモアゼル愛さんの言葉ですが「落ちぶれなさって」います。悪魔の世で大きく栄えるには金の為に心身をすり減らされる事を高貴な魂は嫌うからであると思います。なかには例外的に金を集めなければならない高貴な魂も存在しますが、例外的に金を集める魂も金を自分の贅沢には使っていません。

    キリスト・イエスは宇宙を創造したロゴスでありながら、最低の環境で不肖の弟子に囲まれ、無力にも罪人とされ処刑されました。それよりは、どんな環境も人生もましであると思います。悪魔崇拝者がエホバを崇めキリストから目をそらせるのは、人がキリストに習い「虚栄心」を克服しないようにとの策略であると思います。人を自由に操る為には「虚栄心」が必要だからです。それで悪魔崇拝者である「罪人」を「選民」と持ち上げたのでしょう。

    ヒロソ様。今からでも社会や人との接点を回復して下さい。自分で稼ぐ努力をして下さい。その過程で不快な思いもされることになると思いますが「虚栄心」を克服する道であると勇気を出して進んでください。

    上から目線のコメントのように感じられるかも知れませんが、私が神使えである事を考慮されると幸いです。

    私もとても名残惜しいのですが、ヒロソ様の聖書探求は一区切りがついたように感じます。私も考えたくもない聖書について考える事が出来ました。また、お会いできる時には、この場(カクヨム)にてお知らせいただけれ幸いです。お会いしてお話が出来なかったことが心残りです。



  • ヒロソ様。

    千話目となりヒロソ様の本当の神の名に対する執念を感じます。私には本当の神の名よりも、その執念を持つに至る動機の方が気になります。

    私は聖書には吐き気を覚える為に敬遠していましたが、ヒロソ様の文章を読んで、少しでも聖書について考えると努力をした結果、信ずるに値しない書物と確信できました。悪魔崇拝者が罪を認められずにあがいて出来た奇妙なロジックで埋め尽くされているように見えます。

    弟子たちも、最後にイエスを裏切ってしまった負い目からか極端な信仰を持ったように感じます。パウロにしても、キリスト教徒を迫害していました。その負い目からでしょうか極端な信仰に片寄っているように感じます。負い目からの信仰は狂信に至るように感じます。

    聖書は人が神に抱く信頼や自然な情を失った人々により記された書物なのでしょう。弟子たちもイエスを裏切った負い目を持っています。潔く神の為に死ねる人々は多数いるのに、何故この弟子たちが選ばれたのか、選民も弟子たちもポンコツに見えます。ポンコツな民に産まれ、ポンコツな弟子を持つのが救世主たる所以なのでしょうか。

    自然な神との繋がりが有れば、どのようにその名を呼ぼうとも、片言でも父母(チチハハ)のように、神は人に歩み寄って来ると思う、神への信頼が自然のように感じます。

    現代はそんな信頼をも破壊しようとした時代であったのだと思います。悪魔の計略を感じます。人は自分の心底信じている事を具現化させるからです。神への信頼を失えば、神を信頼できない世界を見るとこととなります。

    そんな時代に広まった信仰は「聖書」というロジックであったのでしょう。聖書への信仰は人類の黒歴史と言っても過言ではないと思えます。

    本当の神の名を呼ぶにしても、重要なのは「神の名」ではなく、その「動機」が、或いは、それに伴う思いが、本当は重要なのではないか思います。

  • 第995話 結界の完成への応援コメント

    ヒロソ様。

    G7が終わり淀んだ空気も一変、ようやくスッキリとした日常が戻ってきました。G7とは何だったのでしょうか?ホワイトハットが来日?それにしても酷い空気の濁りでした。

    神社で拝観料を取るせいで「見世物にされている。」と厳島の女神がお怒りなのに、重ねて、G7でパペット達の見世物の舞台にするとは、福の神をわざわざ怒らせる意味が分かりません。

    金井南龍氏が汚れた流木で護摩を焚き本殿に煽って「不浄である」と女神の不評を買いました。人は知らずに良かれと神の不評を買うことをしてしまうようです。

    ところで「USO800」ですが、結界を張るのであれば、箱などに入れて地中に埋めると良いと思います。尖った先を外側に向くようにして、一尺以上(30cm以上)の深さに埋めると良いのではと思います。(出来れば東西南北と鬼門、裏鬼門、玄関、裏口。)


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    第974話 神の山を探査したへの応援コメント

    ヒロソ様。

    御嶽山の大滝頂上の御祭神がイザナギ大神・イザナミ大神です。この地が、最も創造神に近い「イの神」の聖地です。

    御嶽山は本来「神宮」にすべき霊山でしたが「神宮にすると登れなくなる。」という御嶽行者の反対にあい神宮にはならなかったようです。神宮であれば大滝口頂上が「イの神(イザナギ大神)」の本宮と言われたと思われます。この山にはセオリツヒメ(摩利支天)の元宮もありまが、その摩利支天山が黒沢口頂上になり、摩利支天山の麓にある三ノ池にセオリツヒメ(御嶽山白龍皇大神)が祀られています。

    また、イザナミ大神は剣ヶ峯近くの奥の院に祀られています。ウケモチオホカミは剣ヶ峯の麓近くに祀られており、そして、創造神の半身である御嶽十二大権現コノハナサクヤヒメ命の神社は四合目に祀られています。シュタイナーが「人を山に例えれば四合目」と言っていましたが、以前は四合目より上には登れなかったようです。また、霊神碑も御嶽十二大権現より上には祀れませんでした。四合目より上は人の領域ではないということです。その事を日本人は知っていたようです。

    御嶽山はダムやスキー場の建設など荒廃が目立ちますが、恐らくは意図的なものであると思います。残念ながら御嶽行者はいくら行をしてもこの流れは覆せなかったどころか、拍車をかけたようです。更に追い討ちをかけるように2005年頃には大滝村の破綻があったようです。

    こんな情けない行者でも噴火による被害者は一人も出ていません。信仰に免じて許してもらえたのでしょう。




  • 第968話 8京円とは太っ腹への応援コメント

    ヒロソ様。

    1984年の御嶽山噴火の時には大滝口4合目(6合目という説もあります。)の御嶽十二大権現(コノハナサクヤヒメ)から崩れ、多くの霊神碑(御嶽行者を祀る)がなぎ倒されました。以来、御嶽霊神は十二権現(コノハナサクヤヒメ)に近づけなくなったと言います。

    また、御嶽十二大権現の下にある瀧が土砂で埋もれました。この瀧は行場でしたので土砂は撤去されたようですが、そのまま埋めておいた方が良かったように思います。何故なら、この瀧に祀られている弁財天?は阿修羅だからです。・・・御嶽山に閉じ込めコノハナサクヤヒメに預けられていたようです。この阿修羅の現身(ウツシミ)がかぐや姫であり、その現身の6分の1(6人いるうちの1人)が昭和天皇の皇后です。・・・なにも知らない行者達はこの瀧で修行し阿修羅に使えていました。

    霊神はコノハナサクヤヒメに甘えながら阿修羅の言いなりでしたので、阿修羅と霊神双方に女神の鉄槌が下ったようです。

    そして、2014年の噴火時には、以下の記事にあるように、人が勝手に剣ヶ峯に設置した白川大神の首が吹き飛びました。白川の終焉という事でしょうか?

    カレイドスコープ「首が飛んだ白川大神」

    https://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-3122.html

    また、統○協会信者グループの被害も象徴的です。協会、あるいは、カルトの終焉も意味するのでしょうか?この時からが世の終わりの始まりだったのかもしれません。今見ると、二つの噴火の共通項は現天○家の行く末のように思え、つまるところ、阿修羅もカルトも天○家も一つのように思えます。今になって、神の怒りの真意が見えてきたように思えます。

  • ヒロソ様。

    RAPT氏の記事で面白いものもありたまにみていますが、この記事はいただけません。「輪廻転生が無いことがわかった」理由が書かれていません。また、釈迦と美輪明宏氏と如何なる関係があるのでしょうか?

    同性愛者の話を聞くと同性愛者になるとありますが、美輪氏もキリストを信じています。となれば、キリストを信じると同性愛者になるのでしょうか?また、聖人から学ぶと言っていますが、誰が聖人なのかどのように見分けるのでしょう?

    輪廻転生を信じる信じないは勝手ですが、この論法では切った刀で切り返されます。釈迦は自分で仏典を書いていないと言っていますが、キリストも自分で福音書を書いていません。となれば、両者は同類ということになります。

    このくらいにしておきますが、とにかく支離滅裂です。



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    ヒロソ様。

    父の名を知らなくとも、しっかりとした雌しべを持てばおのずと受粉します。違う花粉(花婿)では実ら無いだけです。

    雌しべは私たちが自分で育てる高次の自我です。高次の自我といってもハイアーセルフではありません。シュタイナーは前者を境域の小守護霊、後者を広域の大守護霊と呼んでいます。

    高次の自我が育つと「人の子」がやって来ます。次に生命霊の子が…とシュタイナー情報ですが、これは神社に人の子が降臨した経緯を目撃して、本当であると確信しています。

    日本は恐らく、キリストを送り出した国であると思います。そのプロジェクト?はアマテラシマススメオホミカミから始動し6エロヒムの分身である天皇霊を地上に降ろすことにより成就したと思われます。その後は人間領域を知り尽くしている仏陀に引き継がれキリスト降臨となったようです。プロジェクト?の目的は犠牲になった女神の救済であり、地球の救済であり、人間の再創造です。

    ユダヤ人つまり、悪魔崇拝者であってもキリストに付き従えば救われるという事であって、日本がキリストの弟子という訳ではありません。女神等はキリストの母でり妻であり妹です。

    「悲母」観音が見つめていたのは「恨み」に蹂躙される世界と台無しにされる人間、そして、女神の犠牲。それを救うキリストの犠牲なのでしょうか?その「恨み」は創造神に向けられているようです。

    ですから、本当の創造神の御陵であり、地球上で唯一、創造神の降臨する日本は彼らが是非とも地球上から抹殺したい国であると思います。

    そんな世界で…藤原直哉さんによるとロシアが全ての宗教の擁護者になると宣言したようです。ロシア正教は根っこでは女神崇拝なので「全ての宗教の擁護者」になれる素養はあると思います。

    ロシア人にはこんな一面もあるようです。Twitterです。

    「ロシア在住です @jupiter_russia」

    ①ロシアには地下鉄等に痴漢がいない。本人から倍返しされるし、男気のある周囲も黙っていない。それに基本🇷🇺男性がマザコンだからだと思ってる。
    程度問題だけどマザコンって悪いことじゃない。母親を思い遣れるってことは他の女性にも優しいってこと。ムショでも強姦犯は蔑まれボコボコにされるよ↓

    ②だから昨年主流メディアが「🇷🇺軍が民間人をレイプしてる!」と嬉々として喧伝し始めたとき、肌感覚でデマだと確信したよ。
    その後🇺🇦人権監査官😂のデニソワが情報捏造で解任されたけど、主流メディアは一切報じることなく、ロシア人=鬼畜のイメージを定着させることに成功した↓ #ロシアいじめ

    ③だって考えてみて。今みんなスマホ持ってる。ロシア兵単独行動ないし、軍内の規律も厳しい。奥さんや家族とビデオ通話して「ママ早く帰りたい、愛してるよ🥹」と言った後で残虐レイプ?
    ロシア人は日本人が考えてるような変質者じゃない。愛情たっぷりに育てられ正しい情操教育を受けてる人が多い↓

    ⑤だからトランプの「プーチンは🇺🇦を愛している」発言に激しく同意
    憎悪の対象なら、チマチマやらずに原爆ドカンすれば済む話。スラブ兄弟に禍根を残さずキエフDS政権を打倒し、地続きで侵入してくるカバール変態思想に🇷🇺の子供がスポイルされるのを断固阻止したいのです。🇺🇦の子供も救いたいはず。


    https://twitter.com/jupiter_russia


    予断ですが、前の宮司宅に神々の指示で「おまえ(前宮司)の為だ。」と「柳」が植えられていました。確かに恨みがましい一面を持つ人でした。柳は恨みを癒すようです。

    恨みがましい幽霊は柳の下に現れます。「柳」は「恨み」を担っているのでしょうか。バッチフラワーレメディーでも「ウィロウ(柳)」が「恨み」であったのには驚きました。




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    ヒロソ様。

    日本は聖書の民の知らない、本当のエホバ「イ」の神を創造した創造神(国常立尊)の陵墓です。場所はどこかというと「木曾御嶽山」の「剣ヶ峯」です。

    初めて「剣ヶ峯」の写真を見せられ「地球上でここだけ本当の創造神がお降りになる場所だ。」と言われた時に思わず「創造神の御墓ですか?」と質問してしまいました。そこは神の脱け殻のように感じたからです。すると神々が「何故、お前にそれがわかる。」といわれました。

    人も存在しない、恐らく、地球が冷え固まっていない太古の昔に創造神が地球に降臨し、そして地球に御自身の肉体であったものを置いていかれた場所のようです。ですので、ここが力の中心となり神々が集まり神国となったようです。

    聖書にすら記すことの出来ない神ですので、神道は「コトアゲセヌミチ」となったのでしょう。国常立尊十柱それぞれに名はあるようですが・・・天御中主であるとか・・・創造神自らが名乗ったわけではないようです。

    老子の「道の道ふべきは常道にはあらず。名の名づくべきは常名にはあらず。無は天地の始めと名づくべく、有は萬物の母と名づくべきなり。」が当てはまるように感じます。

    つまり、この国は神国ですので、人の欲望や都合だけで治まるような場所ではありません。この神の前では聖書は無力に感じます・・・聖書には人の救いについてしか記されていません。・・・善悪を越えた神ですので悪魔崇拝者の考えているように、悪を全部滅ぼしても存在が消える事はありません。善を成り立たせる為に悪があるなどとは、艮の金神(黄金神)にも全く敵わないのに思い上がりが過ぎます。

    艮の金神(黄金神)も善悪を越えており、悪魔でも悪人でも、この神を頼ればいくらでも金を授けてくれるのですが、この神では無く、悪魔を崇拝したのですから干されるのも頷けます。

    「金」は善でも悪でもありませんので、取り扱いには注意が必要です。思うに「金」の分配を気にするよりもよりも、明るく豊かな実生活のイメージを強めた方が得策であると思います。「金」は必ずしも豊かさを保証するとは限りません。


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    ヒロソ様。

    以下のURL は「人類を苦しめる諸悪の根元」について語っているのですが「諸悪の根元」を呼び出したのは「虚言の魔」ではないかと思いました。「人類を苦しめる諸悪の根元」のひねくれた性質は「嘘」を彷彿させるからです。

    我々が戦っていた存在は、実は我々の欲望や虚栄心からの嘘によって造りだされた「虚言の魔」であったようです。我々自信が造りだした存在は我々にはおいそれと祓えません。

    そこで神が手をさしのべた現れが「艮の金神(黄金神)」であったようです。作戦がおおむね片付いた所でようやく気づきました。世直しと「黄金神」が結び着かなかったのですが、「金」を使った強欲なロクデナシへの囮(オトリ)作戦であったということのようです。「金で納めて、金で滅ぼす」艮の金神(黄金神)だけあって恐ろしい作戦です。とはいえ「金」の浄化は進んでいるように感じます。


    【助けて下さい】人類を苦しめる諸悪の根源が見えた

    https://youtu.be/T5Nqonsvt1U

    自分が造り出した存在に苦しめられる。こんな事になったのは人の心が現実を創造するという秘密が隠されていたからだと思います。つまるところ鬼は人の心を使わなければ何も創造出来ないという事です。

    「諸悪の根元」に立ち向かうにしろ、現実の世界でAIや単なる知性を駆使したところで解決するとは思えません。自分の心の鬼を祓い、思考を健全にし、明るい感情を持つことだと思います。心の鬼を祓うには根本仏教が役立つよう思います。


    以下の動画は出家してしまった元IT 社長?です。

    【欲望地獄】100億稼いでも満たされない社会-承認欲求を蝕む仕組み-【Guest 小野龍光】

    https://youtu.be/IPEz97S1IrY


    ブッダダーサは在家での修行を説いていました。雨漏りする家も草で編んだ庵よりは快適であると思います。


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    ヒロソ様。

    狩野 芳崖の悲母観音は「柳」の枝を手にしています。創造神が「柳」を手にする意味が解りませんでした。三十三観音に楊柳観音(ようりゅうかんのん)があります。「衆病」を消滅させるとあります。「衆病」?

    後にバッチフラワーレメディーに「ウィロウ(柳)」がある事を知りました。人の心の「恨み」を癒すようです。つまり、「衆病」は「恨み」ということでしょうか。大衆の心の本質は「恨み」であると言うことのように感じます。

    それを創造神が手にし、また、この創造神の図像には「慈母」ではなく「悲母」と冠されています。「悲しみの母です。」これは、本当のエホバが創造し良しとされた宇宙が、やがて「恨み」の世界になると予見した創造神の姿のように感じました。「恨み」=鬼はこの世で克服されるべき課題です。

    「物忘れを狙う鬼に敵意を向けなければならない。」とありますが、そこまで「敵意」を持つ根底の「恨み」が鬼との縁を作っているように感じます。「恨み」を克服し手放さない限り、鬼の攻撃は止まないと思います。

    鬼に対しては「底知れぬ所へ落ちろ!」よりも「もとの光に戻れ!」です。形のある者は光で出来ています。鬼の存在を無害な光にして祓うのが良いかと思います。 

    また、「底知れぬ所へ落ちろ!」には鬼の存在を手放さない「恨み」が感じられます。「恨み」があるので何度でも攻撃を加えたいのではないでしょうか?「恨み」のエネルギーは解き放てば解き放つほど増幅されます。「恨み」を投げつけるよりも手放す事です。鬼と戦う私よりも、「恨み」=鬼を手放し克服する私です。翁のように微笑む私です。

    このままでは、ここまで「恨み」を持つのは「悲しみが足りない」と判断され、より厳しい悲劇に見舞われる可能性があります。「恨み」を相殺するのは「悲しみ」なのでしょうか?それで「悲母」観音なのかもしれません。悲劇に見舞われる前に「恨み」を手放される事を祈ります。


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    第958話 悪しからずの国への応援コメント

    ヒロソ様。

    以下の画像は狩野 芳崖作の悲母観音です。

    https://www.google.com/search?q=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%94%BB+%E6%82%B2%E6%AF%8D%E8%A6%B3%E9%9F%B3&source=lmns&bih=1280&biw=800&client=tablet-android-huawei&prmd=isnv&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwjky7-Hntz-AhWTC94KHcrmAocQ_AUoAHoECAAQBA#imgrc=tyhwrCmVdluZSM

    この図像は国常立尊(クニトコタチノミコト)がイザナギ大神を創造した時の姿であると言われました。イザナギ大神は人間と現在の宇宙を創造した神、つまり、本当のエホバです。

    国常立尊は十柱の神の総称で、本当の創造神であると伝えて聞いています。創造神は一柱では無く、十柱であると云うことです。この創造神にイザナギ大神・イザナミ大神を加えて十二天神と云うそうです。

    国常立尊は神々が神と仰ぐ神であり、人とは直接関わる事はありません。人と関わる最高神はイザナギ大神つまり本当のエホバであるようです。それで、人が関わる最高神として唯一絶対と言うのであれば、本当のエホバを唯一絶対と呼んでも分からなくもありません。それ以上の創造神がいたとしても人には直接関係無いからです。人が認識できる限界は人を創造した祖神という事です。

    黄金神は国常立尊ではありませんが、国常立尊に列席している大神であると云われました。ですので、艮の金神(黄金神)は国常立尊と呼んでも間違いではありませんが、本当の国常立尊では無いので人との接触が出来るのだと思います。

    この国は本当の創造神である国常立尊が人も存在しない太古に降臨したところであると云われています。ですので、人の自由に出来る場所ではありません。この国の政体勢力は灰を被るべきですが、国自体は灰を被る事はありません。それをよいことに、政体勢力がこの国の岩陰に隠れるので厄介です。

    宇宙は人間だけの為に存在しているわけではありません。その視点が聖書には欠落しているようです。これは大きな欠陥で選民思想という思い上がりを生んだのでしょう。

  • 第957話 大八州の問題解決への応援コメント

    ヒロソ様。

    大八洲は「豊芦原の瑞穂の国」と定められ、「ヤ」の神の立てた偽の血筋も三代限りのようです。

    黄金神は善悪を問わないので金本位制であればまだしも、金本位制を廃止し「紙」を「金」であると偽り流通させたのは大失敗であったように思います。世にも恐ろしい黄金神の存在を知らない彼らは「紙」を「金」だと平気で偽り、黄金神に見放されたようです。

    「健全な経済」を願ったのですが、まずは、民が「健全な経済」を志向し、衣食住や流通を含む複雑な経済活動には多くの神々の力が必要であると言われたように感じました。全く道理です。何の為に多くの神々が創造されたのかと言えば、多くの手が必要だからです。


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    ヒロソ様。

    マドモアゼル愛さんが「日本は本当は金保有国なのではないか。」と仰っていたように記憶しています。その「金」ですが、国常立尊と言われている「艮の金神」についてです。

    「黄金神」に自分で祈願をしておいていまさらなのですが、この神様が「艮の金神」なのでしょうか?数日前に神社の鎮座する山を見上げて思い至りました。山の姿が清々しく、何故か「黄金神」のように見えたからです。

    社伝や神々の言葉から「黄金神(コガネノカミ)」は「国常立尊に列席されている神」と言われていましたので国常立尊と言われている「艮の金神」が「黄金神」とは気づきませんでした。

    この神は艮の方角に封じ込められていると言われています。本当に封じ込められているかは不明ですが、現在の経済は名ばかりのお金で、金の裏打ちの無い不換「紙幣」で成り立っています。「金」ではありません。それがまかり通る世界は、確かに、「金神」のいない世界のように見えます。今、経済を牛耳る輩には「金神」は煙たい存在であると理解しました。

    上皇陛下が退位された日に神社の山の背後、艮の方位から黒い異様な雲が山を越えて来たのを思い出しました。そして数日前の異様に清々しい山を見上げ、何故か「黄金神」を思いだし。禍々しく見える黒雲が清々しい姿に変容したように感じたのです。それで思うのですが「艮の金神」がよみがえったのではないかと…。

    思わずこの神に祈願して良かったと喜びが湧いてきました。そして、更に「健全な経済にしたまえ」と祈っていました。





  • 第951話 必死のパッチの日への応援コメント

    ヒロソ様。

    自転車で転倒とは災難でした。大事に至らず何よりです。

    しかし、悪いこととは限りません。体から鬼や業ゴウなどの不浄を追い出す時にも転倒させ、体に衝撃を与える事があります。

    ゲンノショウコなど煎じて、暖かいうちに飲むと体が暖まります。また、浄化には741Hzのチューナー音も良いようです。

  • ヒロソ様。

    ユダヤに救世主が降臨したので、ユダヤ人が神に愛でられている特別な民俗のように感じてしまいますが、実は真逆なのではないでしょうか。

    キリストがユダヤに降りたのは、救世主になる為に磔刑となる必要があったからではないかと思っています。キリストを平気で殺せるのは悪魔崇拝者の蝮の末にしか出来ない事かと思います。また、この世を救うには蝮の末と対峙しばければなりません。

    キリストは救世主になる為に、この世の最大の問題の渦中に飛び込んだのだと思います。聖書は悪魔を崇拝してしまった呪われた民の歴史であり、ユダヤ人とは蝮の末と言うことのように感じます。

    目が眩むような高次の神が救世主になる為に、この事は自分にしかなし得ない事と、最も神から遠く離れた地の、最悪な民俗に降臨したのだと思います。

    神から最も遠い、世界一憐れな民として選ばれたのがユダヤ人だったという事です。


  • 編集済

    第945話 晴れの舞台の夢への応援コメント

    ヒロソ様。

    聖霊もロゴスです。第三ロゴスです。第二ロゴスのキリストの妹の女神です。神々にも女神には逆らってはいけないと言われました。神々も女神には逆らいません。そのせいでしょうか?阿修羅も女神に擬態していました。

    理由は説明できませんが、その通りであると思います。理屈を越えてそう感じます。そもそも、女神に逆らう理由もありません。この宇宙も地球も女神の犠牲の上に成り立っているからです。我々の口にする食べ物も女神の体で出来ています。

    逆らってはいけない・・・侮辱が許されない・・・理由は恐らく、女神を侮辱するような輩は天にあきれられるからであると思います。女神を大切に思えないような輩は天国には入れないと言うことでしょう。イエスが幼子のようになれと言っているようですが、幼子なら無条件に母を愛するはずです。

    神々から聞かされましたが、神界に於て、女神に嫌われると惨めだそうです。それは、地上に於てもある事と思います。女神に嫌われると財産の有無に関わらず、豊かさや笑いが無くなるように感じます。

    以下の動画はスピリチュアル系の動画で緩い語り口ですが、この動画を視聴して、何とかの証人がキリストよりもエホバを強調するのは単純にキリストの教えの「愛」を排除し「悪魔を憎め」と「憎しみ」を植えつけるのが目的のように思い至りました。理由は何であれ「憎しみ」で心を満たすと人間は鬼になります。

    https://youtu.be/bp5ItUsZTNI

  • ヒロソ様。

    選択するのは「復活と輪廻」では無く、「転生と輪廻」です。「輪廻」は闇雲に流されるままに生から生へ、時には人間から動物、人外へとただただ移り変わる状態です。「転生」は目的を持って自分の意志で生まれる事を決定します。恐らく、目的は「復活」できる迄に自分を高める事です。

    「復活」は観念上の話ではありません。人類が取り組まなければならな現実的な課題です。その課題は一回だけの人生だけでは果たせません。人であれば最短で、12の時代(12星座)をそれぞれ男と女の二回の24回の転生が必要とされています。

    一人の人間が、12の時代と12星座の全ての性質を、それぞれ男と女として体験し自分のものとします。

    伝統的なキリスト教はこの学びの過程を抜きにして、キリストの恩寵で復活すると説いているようですが、ものぐさな教えです。いくら待っていても復活する事はないでしょう。


  • 編集済

    第937話 政治学の初歩への応援コメント

    ヒロソ様。

    政治を福音書から、出来れば福音書と言わず、生きたキリスト・イエスと共に行って欲しいものです。とはいえ、政治に期待するよりも先に私も含め民が大衆の心を捨て、キリスト・イエスの心を受け入れられればと思います。

    宗教が毒と云われるのは、ヒロソ様の仰る、冷たい四角四面の鬼の支配に利用されているからだと思います。その点に於て、共産主義も宗教ではないかと言われています。

    c.s.ルイスが妻を失った時に神に対して恨み言を言いましたが、安息日に病人を治療することも許されない、四角四面の鬼の宗教ならば、c.s.ルイスの妻を思う心や人間的な心を否定して、彼は神を冒涜したと糾弾するでしょう。

    しかし、十字架上で「我が神、我が神、何故、我を見捨てたもうや。」と叫んだイエスなら彼を理解し、寄り添うってくれるように感じます。

    このキリスト・イエスの言葉は、救世主が口にする言葉として相応しくないと疑問視されることがあるようですが、私は、この時に、イエスが人の心を理解し救世主となったのだと感じます。

    この後、キリスト・イエスは地獄落ちを経験するのですが、地獄の苦しみを経て、神が救世主になったのだと思います。地獄を生きる人々迄をもを救う救世主になれたのだと思います。

  • ヒロソ様。

    この大八州を「豊葦原の瑞穂の国とさだめる。」と宣言し「天の父母に水の神を下したまえ。」と水天宮(セオリツヒメ)を迎え入れたのがアマテラシマススメオホミカミです。

    聖書にあるような罪としての汚れた労働では無く、お天道様のもとで祝福された晴れの行いとして、生き甲斐として日々仕事にたずさわり生きていく、カンナガラノ道が復活することを願います。

    聖書にあるような仕事を労働と呼び、罪であるという汚れた考えは、日本にはふさわしくないと感じます。


  • 編集済

    ヒロソ様。

    「ナルニア国物語」の著者c.s.ルイスは神学者であったようですが、妻を亡くした時に「神のサディスト、人殺し!」と叫んだという逸話を読んだことがあります。

    私はこれを読んだ当時は、正直に「神のサディスト、人殺し!」と言えた彼を羨ましく思いました。私には言えない言葉でした。

    どうしようもない悲しみを受けた時には、神を恨みたくなる時もあるかと思います。その時には心の中で正直に神を恨んでいるのだと自覚できた方が傷が癒えるのも早いと痛感しました。

    ヒロソ様。本当は鬼ではなく、神を恨まれているのではないでしょうか?心の中で静かに認められた方が楽になります。

    私の場合ですが慰めを与えてくれたのは御祭神の女神でした。神への恨み言は口には出来ませんでしたが、黙って受け止めて下さいました。

    私はc.s.ルイスについては詳しく知らないのですがWikipediaに「。3歳の頃に愛犬ジャクシー(Jacksie)を交通事故で喪った直後から自らをジャクシーと名乗り、それが徐々に周囲に受け入れられていき、家族や友人からは生涯を通じてジャックと呼ばれた。そのため、あえてフルネームを Clive Staples "Jack" Lewis と綴る場合もある。」というエピソードがありました。面白い人です。

  • ヒロソ様。

    「御子を受け入れるためには、まず父の「イハウヘ」を受け入れる必要がある。」とありますが、花婿と結婚する前に、先に、舅(しゅうと)と結婚しろというのでしょうか?

    花婿と結婚すれば、花婿が舅についてい教えてくれるでしょう。舅の名前も教えてくれるはずです。隠す必要はありません。他人が舅の名前を詮索するよりも、舅の息子に聞いた方が確実であると思います。

    人が父を忘れたので息子が降臨しました。父と人との絆が断たれているのに、どのようにして父のフルネームを知ることが出来るのでしょう。また、息子をさしおいて舅に会いに行けるのでしょうか?他人には居場所も分かりません。

    父の名は、自我を現す母音「イ」で良いように思います。他人には頭文字くらいしが限度と思われます。因みに、弥彦神社は「イ」ではありません「ヰ」です。「イ」がつくのは「イザナギ、イザナミ」です。


  • 編集済

    ヒロソ様。

    神の名ですが「イ」で良いのではないでしょうか。イザナギ大神の「イ」、伊勢の「イ」です。

    伊勢神宮外別宮「多賀宮」は豊受大御神の 荒御魂であるとなっていますが、エホバ・・・創造主、現在の宇宙と人を創造した神・・・であると言われています。「多賀」と言えば「多賀大社」で御祭神は「イザナギ大神・イザナミ大神」ですから、「多賀宮」は豊受大御神の 荒御魂などと言わずに素直に「イザナギ大神」と言えばよいものを、ここでも、どういうわけか名前が隠されています。

    何故?外宮にイザナギ大神がまつられているのか。外宮は天孫降臨以前の神の系譜であると考えられます。つまり、日本は太古より「エホバ(創造主)」の系譜であるという事です。

    聖書のエホバは嫉妬深く恐ろしい神ですが、日本のエホバは翁の面で表現されているように笑っています。能の翁も断片しか残っていないようですが、宇宙と人を祝福している姿です。人を創造した神が人間を苦しめるのでしょうか?創世記には描かれているエホバは、御自分の創造した宇宙を振り返り良しとされたのです、御自分の創造した人をも祝福されるのではないでしょうか。どちらが本物であるかは明白だと思います。

    聖書において本物のエホバ(イの神)は創世記の天地創造に伝説として伝えられているだけであり、ユダヤ人に現れた嫉妬深く恐ろしい神は偽者ということです。ユダヤに於いては本物は伝説でしかなかったというのが真相に近いように感じます。後にヒロソ様のご指摘の通り、後の神として降臨前のキリストが現れたのだと思います。

    以下のURL はスピリチュアル系の動画ですが聖書の神を否定しています。私には彼女の霊視の真偽の程は判りませんが、聖書を素直に読めばエホバは神には見えません。ここまで言われてもやむなしと思えます。


    「彼らが知られたくないこと」

    https://youtu.be/Mj36KkTDjKg


    ユダヤ人は後の神に出会う迄、悪魔崇拝者であったという事だと思います。何とかの証人が悪魔数はであるのは、このユダヤを受け継いでいるのでしょう。ある意味、由緒正しい悪魔崇拝です。危険な臭いがするわけです。


  • 編集済

    ヒロソ様。

    鬼への復讐には「憎しみ」は必要ありません。「憎しみ」はアストラル界へ「憎しみのデーモン」を造り出します。デーモンには良いデーモンもありますが、「憎しみ」が造り出すデーモンは良いわけがありません。

    「それは鬼に甘く生きて来た人生を反省しているためだ。」とありますが、「鬼に甘くした」のでは無く「鬼に騙された」のであり、「見抜けなかった」ではありませんか?

    騙された事は騙された事とし素直に認め、見抜けなかったのは自分が未熟であったとより精進されれば良いことであると思います。そうでないとこの件を終わらせ、エネルギーを回収する事が出来ません。

    人の進化を阻む恐ろしいデーモンが存在します。それは「虚言の魔」です。人の嘘から生じるデーモンです。これは本当に存在します。「虚言の魔」のついてのシュタイナーの記述には助けられました。

    自分を誤魔化している場合ではありません。「見抜けない自分が鬼に騙され、人生を無駄にしてしまった。」と認めない限り、騙された経験を生かす事も出来ないと思います。

    以下の書籍に虚言の魔についての記述があります。この本はシュタイナーの翻訳本のなかでも特に役に立った一冊です。


    「薔薇十字会の神智学」シュタイナー講演集

    https://www.amazon.co.jp/%E8%96%94%E8%96%87%E5%8D%81%E5%AD%97%E4%BC%9A%E3%81%AE%E7%A5%9E%E6%99%BA%E5%AD%A6%E2%80%95%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%BC%E8%AC%9B%E6%BC%94%E9%9B%86-Mind-books-%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%BC/dp/4892030880/ref=sr_1_5?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&crid=102A9M89U0GVA&keywords=%E8%96%94%E8%96%87%E5%8D%81%E5%AD%97%E3%81%AE%E7%A7%98%E5%AF%86+%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%BC&qid=1682252813&s=books&sprefix=%E8%96%94%E8%96%87%E5%8D%81%E5%AD%97%E3%81%AE%E7%A7%98%E5%AF%86+%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%BC%2Cstripbooks%2C226&sr=1-5

    人が平気で嘘をつくのは「虚言の魔」の存在に気づかないせいであると思います。この存在に気づくと嘘をつくのが恐ろしくなります。この存在は人の行く手を阻み、人を退化させるからです。嘘をつき続けた公家が退化し、嘘をつき続けた米国が滅ぶのも道理です。個人の人生も阻み、人格も退化させます。


  • 編集済

    ヒロソ様。

    養老博士の動画です。


    https://youtu.be/K2l5AYsYL5w


    人間というと人体だと思われていますが、本当は自然も含めて「人間」なのではと思います。聖書の重苦しさは自然が抜け落ちているせいであると思います。

    自然から目をそらし、人体だけを見ていると命が軽く見えるのかも知れません。命が自分の所有物のように見えるからです。しかし、自然が無ければ人体も成り立ちません。自然との繋がりをみれば命は自然から人体へと繋がっているように感じます。命を自分の所有物であるとは思えないと思います。生命は一つという事です。

    「聖書」は神を語りながら、人間をその人体へエゴへと閉じ込めてしまうように思へます。一神教は人間を中心に、多神教は自然・宇宙を中心に見る宗教であり、本来は一つのものであると思います。現実を観察すれば解る事です。違いがあるとしたら、視点の違いです。

    「一神教」と「多神教」の争いは、言葉に振り回される過ぎていると思います。机上の空論の一例でしょうか、それとも、争いの本当の理由は宗教では無いのかもしれません。宗教は口実でしかないのかもしれません。




  • 編集済

    ヒロソ様。

    「獣」は自然(地球)との共生が出来なくなった人間存在、「大衆の心」に取り付かれた人間であると思います。良い生活を志向し、良い思いをする事が人生の目的であり、それを成就させる存在を神であると崇拝する大衆の心です。

    神道は本来は自然(地球)・宇宙と共生出来る人間であろうとする道です。どこか遠くの創造神を崇める宗教ではありません。人として中心を持ち続けようと志します。その中心は以下の動画で語られています。


    https://youtu.be/iXqBYCzCUco


    動画にあるように、シュタイナーがハート(心臓)での思考と呼ぶものと一致すると思います。「己の胸に聞け」とは「心臓で考えろ」という意味で、観念的に言っているのでは無く、本当に心臓で思考します。

    心臓で思考すると、理屈を越えて真偽が見分けられます。もちろん、直ぐには分からない事もありますが、心臓で考え続けると答えに近づいて行きます。

    頭にある思考を心臓まで引き下ろし、思考と感情を一つにして考えます。それにより机上の空論では無く、事実に即して考える事が出来るようになります。

    自然(地球)との共生を志向すると、自分に中心を持ち、この自然・宇宙での自分の立ち位置を受け入れ、どのような働きが出来るかという事が重要になってきます。

    何かをしてもらう事を待つ、大衆の心とは真逆の心です。私が何を貰えるかでは無く、私に何が出来るのか?という事です。神に祈るのは、私が何事かを成せる人間へと成長出来るようにとの導きであり、私が何事かを行う時に間違いの無いようにとの導きです。主体は私の意志にあります。

    そういう祈りには手応えがあるものです。祈りに手応えが無いのは、その願いに問題があるからだと思います。大衆の心・・・欲望、不安、恐怖、虚栄心・・・で祈り、神を考えると、必ず、悪魔に行き着きます。

    大衆の心が蔓延る限り、どんなに物質的に潤っても幸せにはなれません。社会が変わる事も無いと思います。今、世界で起きている変革も、大衆の心を捨てさせるところまで行かなければ結局、鬼の世に戻ってしまうと考えています。大衆の心が鬼を崇拝するからです。


  • 編集済

    ヒロソ様。

    キリストよりも創造主やモーセにこだわられるのは、アメリカ人が日曜日に教会に行くような服装で何とかの塔という冊子を配り歩く、何とかの証人という組織の教えがベースにあるのでしょうか?

    私は、あの不気味な冊子を手渡された時には、彼らは悪魔崇拝者かと思いました。あの組織には行ったことがありませんので、どのような存在が背後にいるのかはわかりかねますが、かなり危ない存在であることは冊子を見れば明らかでした。

    日本人が己を思い出すとしたら、神世時代であり、一万年以上続く縄文と呼ばれている時代であると思います。また、その日本に何故?天津神が降臨しなければならなかったのか?と言うことです。

    組織から抜けても、いまだに教えが抜けないとは、どういう洗脳を受けたのでしょう。

  • ヒロソ様。

    私の「❤応援済」は「こにお話を読んだ」という意味で話の内容に同意したという意味ではありません。特に、今回のお話は二枚目の神道乗っ取りを奨励する内容ですので同意ではありません。

    せっかく二枚目の存在に気付きながら、想いは二枚目と一つとは驚きです。

    神道は神を崇拝するのでは無く、現実に存在する神に感謝し神と共に歩む道です。観念上の最高神を崇拝しうずくまり眠り込む阿片ではありません。こんな教義は「自分だけ崇拝されたい鬼」が考えそうな話です。


  • 編集済

    ヒロソ様。

    ヒロソ様が日本の神について書くたびに「これはまずい。」という思いが浮かんできましたが、その理由はヒロソ様が氏子であったからのようです。

    神と縁の無い人であれば放置されるのでしょう。しかし、氏子であったとなれば神への暴言は慎んだ方が賢明です。

    聖書研究として聖書について語るのは、いかように語ろうとも一向に構わないと思います。聖書の神は観念上の人が造り出した神だからです。

    しかし、日本の神は違います。現実に存在します。その存在は事実ですので、人の思うようには行きません。人に理解出来なくとも暴れものの神もいるわけです。

    何故そのような神を地上に降ろしたのか?暴れものなのに!理由は、悪神を黙らせる為です。言葉の理解できないロクデナシは力で制圧するしかありません。実際Q?の働きには軍のオペレーションが欠かせません。

    スサノヲノミコトを揶揄するよりも、赤い龍?を成敗してもらった方が建設的です。何故、成敗しないのか?そちらの方を知りたいぐらいです。

    呪われた民とその観念上の神、神国に住んでいた日本人と現実の神。真逆の話です。私はヒロソ様の解釈に対してでは無く、現実的に考えて日本の神への暴言は控える必要があると考えています。

    実際、スサノヲノミコトの行いを臆測で語るのは失礼です。スサノヲノミコトは人間を悪神から守った神です。その神に唾する事は人としてどうかという話です。そもそも、神の行いを人間の常識で推し測ることに無理があると思います。

  • ヒロソ様。

    ヘブライ語では創造主の名は呼べないが、日本語では呼べると言うことは、古代ヘブライ語と現在のヘブライ語が違うというよりは、日本の方が本筋ということではないでしょうか?

    ヒロソ様が二枚目の存在に気付いたのも、聖書のからくりに気付いたのも、私はヒロソ様が氏子の家系に生まれたからだと思います。聖書という邪教に気づかせようという導のように思います。

    ヒロソ様が生まれたところが、国が本筋ということです。日本には降臨する前のキリストの影響があったと考えられます。頂点の神国から最下層の呪われた民の元へ、人として最下層の馬小屋にキリストは降臨し、現在は日本に戻って来ています。イザナギ大神は降臨する前のキリストであり、イハウエです。

    創造主の名が抜け落ちているのは、もともとユダヤ語では創造主の名が呼べないからだと思います。もともとユダヤには創造主はいなかったので、ユダヤ人が創造主を熱望したというのが真相のように感じます。

    日本人があまり神に祈らないのは、身近に神を感じ安心しているからだと言います。神を感じられないと人は神に多くの祈りを捧げるようです。

    909話の「カラクリの部屋」は聖書そのものではないでしょうか?そこにあるのは見かけとは裏腹の意地悪な罠ばかり。得るものはあるのでしょうか。神の名さえ抜け落ちています。

    ヒロソ様。放蕩息子の帰還をはたされて下さい。



  • 編集済

    ヒロソ様。

    鬼が全ていなくなるわけではありません。これは神の意志で、鬼が全くいなくなると人間が進歩しないというのです。また、人が創りだす鬼もいます。

    鬼への復讐は鬼が自滅するように行うのがベストです。囮(オトリ)作戦など有効でQ?が行っているようです。しかし、鬼への復讐心や憎しみをあらわにすると、その心が鬼を造り出します。聖書に「悪魔を憎め」とあるようですが、とんでもない話です。これは、仲間を造り出したい鬼が付け加えた文章なのでしょうか?

    はっきり申し上げて、ヒロソ様の周囲にまだ鬼が見られるとしたら、ヒロソ様が創りだした鬼と、お狐の神罰?というより祟りに近いように感じます。

    屋敷稲荷やお狐関係では自らサポートをかってでる当神社の末席に祭られるお狐が、ヒロソ様の件ではそっぽを向いています。どうすると此処までこじれるのか私にはわかりませんが、氏子に戻る事は出来なくとも氏神との関係の修復は必要です。

    こんな状況でのヒロソ様の女神への冒涜的発言にはひやひやさせられます。お狐に更なる神罰の口実を与えるようなものです。

    ヒロソ様は考えたくもない様ですが、これは生きているうちにしか出来ません。ヒロソ様を今攻撃していいる鬼は、人類が共に戦う相手ではありません。本来は人に恵みを与える自然神です。

    怒らせている理由を知ろうともせず放置している場合ではありません。普通の狐を思い浮かべてたかがお狐とお思いかも知れませんが、劫(コウ)を経たお狐は馬のように巨大化しています。ですから、崖から飛び降りた人を、その背に乗せて助ける事が出来ます。人が敵う相手ではありません。

    馬鹿馬鹿しい話とお思いかもしれませんが、誰に恩恵を受けたのか思い出す必要があります。その事は人生を総括すれば思い出せると総括について書き込みました。

    この事を放置して神の名を呼ぶと、恐らく神の目には恩知らずな人間の姿が映る事と思います。


  • 編集済

    ヒロソ様。

    創造主に似た人間は心の中の鬼を外の世界・物質界へ投影し造り出します。人間が鬼の世界を支えています。人間が鬼になります。人の造った鬼は祓えますが、自分の創った鬼は祓えません。

    聖書は外にばかり目を向けさせ、その事から目をそらさせます。勇気とユーモアーを持って鬼の住む自分の心と向かい合う必要があります。

    助け手は聖霊、つまり、女神です。女神と和解して下さい。

  • ヒロソ様。

    「イエスの引き戻しを受ける」とありますが、引き「戻す」のですから、転ばぬ先の杖では無く、「道を間違えた羊」或いは「迷える羊」を引き「戻す」杖だと思いますし、そのようには伝えられていたと記憶しています。

    また、過去に置き去りにした物事・・・後悔、やり残した事、など・・・を現在に引き「戻す」杖であると思います。

    つまり、人生を総括する時に必要な杖です。「杖の準備」とは「人生の総括」の準備ではないでしょうか。「人生の総括」とは、自分の人生を生まれた時から現在に至るまで思い出すことを言います。

    どの秘儀でも最初に取りかかるのは「人生の総括」です。それにより自分自身を知る事が出来、同時に、過去に置き去りにしたエネルギーを回収出来ます。

    「人生の総括」の注意点は、過去の出来事の良し悪し善悪を判断せずに、他人の人生を見るように淡々と事実のみを見ると言うことです。そうしないと自己嫌悪や自惚れ、自己愛に囚われてしまいます。

    イエスなら、転ぶべき時には転ぶのを見守ると思います。過保護では無いどころか、かなり厳しいと思います。

  • ヒロソ様。

    人為的な食糧難やドルと心中する勢いの日本をみると、光側の勢いが無いように見えなくもありません。しかし、日を増すごとに今の社会の存在感が希薄になっているように感じます。

    光が射すというよりは、今までの社会の存在感が希薄になり、光が透過するように感じます。TVニュースもシュールに感じます。

    ここまでシュールなら、黙示録も覆していただきたい。黙示録が額面通り成就するなどというつまらない結果は興ざめです。預言を利用して悪事を働く輩が真っ青になるような結果であってほしいものです。

    更には「聖書」が聖なる書では無いことを知らしめる程に徹底的していただきたいと願うばかりです。この「聖書」とい書物は人を真理に至らしめないどころか、人を幸せにしません。「聖なる書」というには欠陥だらけです。


  • 編集済

    第910話 光が増しているへの応援コメント

    ヒロソ様。

    こんな動画を目にしました。私は神社にいたせいでしょうか?天が開けるとは感じましが、地上では天が落ちると感じているようです。マトリックスの不具合による次元の往来を臨死体験に例えています。

    https://youtu.be/0WQ4OTyny2M


    新たな世界への道行きには、過去の自分は死ななければならないのでしょう。臨死体験とは上手い表現です。


    また、岸田首相爆発物事件についての記事です。彼らは何をしようとしているのでしょう?

    https://ameblo.jp/jam512412/entry-12798715881.html


    ヒロソ様。新たな時代の到来を迎えるにあたって、過去に決着を着ける時です。是非、氏子であった神との和解を果たしてください。

  • 第908話 支配者の資質への応援コメント

    ヒロソ様。

    ロゴスも聖霊も父・母両方の顔があると思います。人間にも男女があるのと同様です。ロゴスをことさらに男性として描くことに違和感を感じますが、女性・母と言い切るのも違うと思います。

    私の誤解かもしれませんがヒロソ様の今回の「おやま」のお話しに、女性蔑視、男尊女卑を見ます。また、気になるのは「支配者」とい言葉です。女性つまり、女神が支配者には向いていないということには同意しますが、女性は男性以上に経営者に向いています。

    ですから、宇宙の経営は女神にまかされています。それは地上においても同様です。地上の経営が「支配欲の権化」により女神の手から奪われたので、地上は地獄となりました。

    キリストは経営者として地上に降りてきたわけではありません。経営は引き続き女神の手にゆだねられています。キリストは女神の嘆きに応えて台無しにされた人間を再創造する為に降りてきたようです。

    しかし、ヒロソ様。女神を宇宙から抹殺するほどに、そこまで女神が憎いのでしょうか?実際、お父様の命を救ったお狐は女神の眷属です。また、ヒロソ様は難を逃れる経験をされていらっしゃるようですが、それは、氏子であった先祖の遺徳であると思います。お父様が奇妙な信仰に取りつかれたかのようになったのはPTSDであり、女神のせいではありません。

    一度、氏子であった神との関係を冷静に見直す時だと思います。ヒロソ様を攻撃しているのは鬼だけではないように感じます。素直に謝罪するどころか、氏子でありながらカルトという邪教にはしったのですから、むしろ、神罰に鬼が便乗したという事だと思います。






  • ヒロソ様。

    選ばれるのを待ち続けるのですね。思い人を待ち続ける恋の苦しみのようです。失恋の覚悟はおありでしょうか?

  • ヒロソ様。

    「痕跡ゼロという証明書」を偽神から受け取っている。・・・のは「日本人」では無く、聖書を信じる人であると思います。

    「痕跡ゼロ」というのは、聖書の言葉であれ、他人に依存しても神は見いだせないという意味に取れます。自分の心をないがしろにして外部に神を見ることは無いと思います。神を見いだすのは自分の心だからです。

    ヒロソ様はカルトでの聖書解釈に異議を唱えてらっしゃるのだと思いますが、聖書へ依存する態度には疑問は持たれないのでしょうか?


  • 編集済

    第900話 残すは証明のみへの応援コメント

    ヒロソ様。

    私が神使えのせいなのでしょうか?ヒロソ様の発言に違和感を感じます。以下、キツイ言い方で恐縮です。

    『しかし私の目的は、ただ「正しい神を崇拝したい」・・・とそれだけなのである。』

    というヒロソ様の目的はヒロソ様の願いなのでしょう。しかし、この願いは「ただそれだけ」などとい小さい願いには聞こえません。神に対して神の「証明」を求める畏れることを知らない途方もない不遜な願いに聞こえます。

    また、ただの「崇拝」など鬼の欲するることで、鬼でも自分を崇拝させる事は出来ました。神は「崇拝」など望んでいないので「鬼」が崇拝されていても放置されているのではないでしょうか?

    神は崇拝を望んではいませんので、崇拝の対象として姿を現す事はないように感じます。つまり、「崇拝したい」と願う限り、現れるのは鬼であると言うことです。「崇拝」は鬼の好物のようです。

    そもそも、どのようにしたら正しい神であると「証明」出来るのでしょうか?正しい神かどうかは自分で確信するしかないと思います。

    神への「崇拝」は神と私を隔てる心根のように感じます。幼子が父母を「崇拝」するでしょうか?尊敬こそすれ「崇拝」は無いと思います。

    ここまで「崇拝」を望む裏側には何があるのでしょう?心の「痛み」でしょうか?「惨めさ」でしょうか?「崇拝」は鎮静剤でしょうか?思うに「崇拝」は麻薬のようです。

    「宗教は阿片である」という鬼の時代は過ぎ去ろうとしています。神は恐らく「阿片」では無いと思います。





  • ヒロソ様。

    所用で遠出をしてきたのですが、総合病院、メモリアルホール、何故か道中に古墳?という不浄の気に囚われているような場所に出くわしました。

    天が開け生命の溢れる中に、この不浄は負の固まりのように感じました。神の慈悲なのでしょう、死霊、亡者、残存思念などは消去されずに放置されているようです。この不浄の根っ子は鬼に洗脳されることによって受け入れた考えです。死霊も亡者も、生きている人も、その「考え」によってわざわざ自分を惨めにして、惨めな「残存思念」をこの世に残します。それが開けた天の下にガン細胞のように固まっている姿が異様でした。

    その「考え」を棄て、一歩この場から離れれば開けた天があるのに、この場に固まり続けるのでしょうか?せっかく天が開けたのに気づけなければ、亡者や負の思念と共に不安を紛らわしながら生活を送るのでしょう。人を惨めにしているのは状況では無く、鬼の洗脳による「考え」にあります。

    これからは人の心の「思い」で世界は変わっていくように思います、そしてその「思い」はどういう「考え」を持つかにかかっていると思います。それ以外、外的な事で世界が変わるとは思えません。少なくとも「惨めさ」「自己憐憫(れんびん)」は心から追い出す必要があると確信した出来事でした。


  • 編集済

    ヒロソ様。

    私はヒロソ様のお話で目が開かれる事がありました。神という大きな存在は一人では太刀打ち出来ないと思います。鬼に絡まれていてはなおさらです。また、自分では分からなくとも、傍目にはわかるという事もあると思います。特に、危険を察知した場合は知らせなくてはと考えています。以下の文章はそのように受け取っていただければ幸いです。

    神の「権威」を用いれば鬼は一瞬にして消え去ると思います。それでは私たちの知らないところで、何も理解せずに鬼が消え去る訳です。しかし、福音書にあるように、それでは、前よりも多くの鬼が舞い戻って来るのではないでしょうか?私たちは鬼を理解出来ていないのですから。

    神はそれを望んでいないのではないでしょう。私たちから鬼を完全に祓う為に鬼に懲りさせようとしているように感じます。御子を封じ込めているのは国家でも社会でもないと思います。我々の鬼に汚染された心であると感じます。御子は何処からか与えられるものでは無く、神と共に自分の中から産み出す存在です。

    一番初めの鬼の人間に対する打撃は、人の心を壊す事であったと思います。人の心が壊れ欲望という奇妙な願いを持ち「私の願いを叶えないのは神では無い」という傲慢さ故に神から離れたのだと思います。

    カルトが「願いの成就」つまり「欲望」にフォーカスするのは人の心を壊し、神から離れさせる目的があるのでしょう。それに対し、人の心を癒そうとした釈尊は「欲望」を否定しました。しかし、鬼に洗脳された人間は「欲望を捨てた自分」になるという「欲望」を持つという、どこまで行っても「願いという名の欲望」を持つようです。

    問題は「欲望」という心の働きにあります。良いと思われる「願い」であっても「欲望」という心の働きに汚染されていないか、虚栄心に動かされていないか精査する必要があると思います。

    そして、花嫁としてキリストを受け入れ、我が内に御子をはらむ必要があります。その為には、潜在意識である「子」を育てる必要があります。SITH ホ・オポノ・ポノで高次の自我「父」と自分「母」と潜在意識「子」を三位一体としたのは慧眼であると思います。潜在意識「子」が育つとキリストを受け入れる雌しべになるからです。



  • ヒロソ様。

    「イハウエ」がいきなり地上に降りてきたら、恐らく実体のない世の神に蹂躙された「この世」は一瞬にして消滅するでしょう。私の思いも、願いも、そこに真実がなければ同様に消し飛ぶと思います。

    この世が消し飛ばないように、我々が「イハウエ」に耐えられるようにキリストの降臨があったのだと思います。モーセでさえ「イハウエ」の後ろ姿しか見ることが出来ませんでした。

    「イハウエ」は我々の願いを叶えるというよりは、願うべき事を知っている、つまり、「イハウエ」が知っている「願うべき事」以外は真実の願いではないので「イハウエ」の存在に耐えられずき消え去ると言うことではないでしょうか?

    我々が願うべき事を考える必要があります。少なくとも、真実に至る願いである必要はあると思います。それ以外は「イハウエ」の前で消し飛んでしまうと思います。


  • 編集済

    ヒロソ様。

    キリストによる救いの兆しに喜びを感じていらしゃることに水をさすつもりはありませんが、聖霊への侮辱は許されないのではないでしょうか?なぜ、人を慈しみ育てる「女神を乗り越える」必要があるのでしょうか?「乗り越える」というよりも「足蹴にしろ」と言わんばかりの記述に思えます。キリストのみを神とする考えは「唯一我が神のみ尊い」という思想で、世界に争いをもたらしたユダヤ教と構造的に同じように思えます。

    天照大神は「天津神の総称」です。また、「天照大神」より上位の天界の大神の総称は「天照皇大神」です。キリストは元々は「天照皇大神」より上位の神ですが、上の神の道を通って地上に降りてきていますので「天照大神」と呼んでも間違いでは無いと思います。

    人の能力では個別に神々を見分ける事は出来ませんので、キリストもニギハヤヒ命もニニギ命もウズメ命も男女を問わず同様に「天照大神」で問題ないと思います。私はそういう意味合いでキリスト「も」天照大神である事に同意しましたが、アマテラシマススメオホミカミはキリストではありません。アマテラシマススメオホミカミをキリストにすり替えるのは神道乗っ取りを考える二枚目を喜ばせるだけであると思います。

    「岩戸」迄もキリストの話にすり替えてしまうのは二枚目による神道乗っ取りを加速させるように感じます。日本の神は日本の神として素直に認めるのが子供の心ではないでしょうか?


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    第888話 明け方に鬼は怒るへの応援コメント

    ヒロソ様。


    『明け方に消える鬼だが、「楽な消滅」を許したくはない。』とありますが、深追いは禁物です。お気持ちは察しますが、鬼の消しかたまで神に指定する事は控えた方が良いと思います。要は消えてしまえば良いわけです。

    負の感情を好物とする鬼は「穏やかさ」「温もり」等の陽気な感情を受け入れた時に自己矛盾をおこし消えてしまうように感じます。人の好む感情が鬼には害になるわけです。鬼の消去方法に「穏やかさ」「温もり」があるように思います。

    鬼というよりは祟り神が消えていく瞬間に遭遇したおり、祟り神は女神の温もりに包まれ「こんなに穏やかな気持ちになったのは初めてだ」と呟き消えていきました。

    もともと、実体の無い負の感情の固まりです。実態が無いので存在を保つ為に多くの犠牲・・・負の感情・・・を必要とする輩です。「愛」という真実に触れると消えてしまうのではないでしょうか?この事にキリストの言葉「汝の敵を愛せよ」の秘教的な意味があるのかもしれません。



    作者からの返信

    なるほどです。


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    ヒロソ様。

    確かに、暖かみを増しています。時代を振り返り友川カズキの「生きてるって言ってみろ」を聞くと、悪い時代が過ぎ去り客観的に見えるせいか、今更ながら彼の苛立ちが強く感じられ、本当に我々は生きていなかったと感じます。そのくらい、今の空気は生命に溢れています。本当の「豊」の時代の復活の可能性を感じられます。

    友川カズキ「生きてるって言ってみろ」

    https://youtu.be/6njISdzp7J8

    今更ですが安部元首相の暗殺事件についての記事を見つけました。衆目の中、ここまで本気に564にくるとは犯人はQとは関係ないように感じます。言われているようにC○A の本気の見せしめでしょうか?


    https://route4osor.exblog.jp/29506398/


    C○A の仕業とはいえ、空から降ってきた何かに当たるとは・・・天の「石」なのでしょうか?

    作者からの返信

    確かにそうですね。
    天の石(意思)が来てるようです。
    油断禁物とはいえ、今までにない落ち着きを感じますね。


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    第858話 ゾンビ病院の夢への応援コメント

    ヒロソ様。


    そのゾンビは生き血をすするのではなく「患者さんから切り取った病巣やその他の肉」を好んで喰らうようですが、「病巣」=負の感情と考えられないでしょうか?ヒロソ様はその存在に「憎しみ」を感じると仰います。

    投石の時に「憎しみ」もぶつけると以前お書きになっていましたが、その存在の好物の負の感情の最たる「憎しみ」を投げ与えてしまったように思います。

  • ヒロソ様。

    確かに「天照大神」は男神であると思います。正確には複数いると思います。しかし、天皇教を憎むあまりアマテラシマススメオホミカミはいなかったとか言われ、天皇家への憎しみがこの国は女神の造った国であるとという事実を隠してしまいがちで残念です。

    私は「籠神社」はニギハヤヒ命が自分の父母、祖神=ルーツを祀った神社であると思います。自分で自分をまつる神はいません。「籠神社」は「幣立神社」同様に、神が祖神を祀った神社ですの格式が高いのです。

    また、ニギハヤヒは豊受大神(ウケモチノオホカミの系譜)との縁が深いように感じます。北九州に「豊国」があったと思います。ニギハヤヒ命が通った跡には「ウケモチノオホカミ」が祀られています。

    秀吉は何故?「豊臣トヨトミ」つまり、「豊トヨの臣オミ」を名乗ったのでしょう。

    歴史に隠されているのは「豊」つまり、ウケモチノオホカミではないでしょうか?

    作者からの返信

    なるほどです!


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    ヒロソ様。

    『鬼が出るか蛇が出るか』。大蛇オロチが出てきたようですが、さすが?元氏子です。時折おこる肩の痛みは大蛇オロチの仕業かもしれません。大蛇オロチは山師などにはお馴染みですが一般には知られていないので対処が解らないと思います。通力はありますので行者の「九字」などは軽く弾き返します。しかし、生ショウがありますので害虫同様に殺虫剤など実力で駆除する方が簡単です。要は毒虫の類いです。

    このての大蛇オロチが神として祭られる事が多々あります。カルトに浸入していたのでしょうか?龍神などと言われている事もあります。神社で蛇を見つけて神の使いなどと世迷い言う輩が跡を絶たないのでつけあがります。神々は蛇を「長虫ナガムシ」と呼んでいます。

    大蛇オロチに絡まれ始めたのなら、もう少し進むと神使(神獣)に辿り着けると思います。そこが神門の前にあたります。



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    ヒロソ様。

    情報公開もさることながた大恐慌目前という状態です。下記URL は取敢えずの安心材料のようですが時間の問題のようです。強烈な石が飛ぶのでしょうが、それにすがり付く人々もろともとならない事を祈ります。

    UBS によるクレディスイス合併?

    https://www.youtube.com/live/Q862Ld101rg?feature=share


    豊穣の女神(大自然の純潔とも言える豊穣さ。)ウケモチノオホカミの分身、ギリシャ神話ではペルセポネは「富・豊かさ」そのものです。多くの神々が自分のものにしたい・・・この世的な表現では「結婚」を望む・・・女神でした。それを、地球の事を知らないツキヨミが殺害し、おめおめと冥界の神ハデスに渡してしまいました。

    これにより、「金」や石油などの地下資源の「金」が「富」という価値を持つようになったと考えられます。しかし、ペルセポネは「金」のみに価値を持たせないように、他の神々とも働くようにしたようです。これをギリシャ神話ではペルセポネの浮気として描いているようですが、女神を得たハデスの力は強く、地上の人々は「金」を唯一の「富」であると勘違いしてしまったようです。

    しかし、女神はキリストの救済を受けましたので、徐々に「富」は物質から目に見えないエーテルに移って行くと考えられます。先ずは人々は「波動」の価値に気づくのではないでしょうか。

    どんな豪邸でも波動の低くい所には住みたくない、どんなに豪華なホテルでも波動が低ければ利用したくない、もっと進むと、どんな美男美女でも波動の低い人とは関わりたくない。というようになっていくように思います。そうなれば「金」には騙されないと思います。願わくば金融崩壊の前にそれに気づいて欲しいと思います。

  • 第815話 引換券を持つ人々への応援コメント

    ヒロソ様。

    稚魚の育成は趣味の領域とは思えません。夢の中で仕事としていたのならなおの事です。「私自身、気ままな考察を続けているだけで」と仰りますが、趣味ではなくいくばくかでも料金をとれという意味か、或いは、他の方法でお金を稼げという意味であるとも考えられます。夢で「魚」が「お金」を表すことがあります。


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    ヒロソ様。

    「神輿」については実際のところは良く解らないにも関わらず反論してしまいがちですが、キリスト教徒特有の「待ち望む」という心情に危険性を感じてしまうからです。強く「待ち望む」ほど、当のその物を遠く追いやってしまうように思えます。

    強く救世主を「待ち望んだ」ユダヤ人はキリストに気づきませんでした。思っていた救いと違っていたからです。その時、ユダヤ人は救世主を「ユダヤの王」と思っていました。今のキリスト教徒も救世主を自分の状況を救ってくれる「王」や「大統領」などの権力者と思っているのではないでしょうか?「王」や「大統領」などの権力者は「シーザー」ではないでしょうか?

    精神のバランスの為にも「心の天秤」のもう一方に「内観」などをおかれると良いかと思います。自分の人生そのものが高次の自我です。心の安寧には高次の自我が自分に指し示すことを理解する必要がるかと思います。

    究極、どんな状況であれ自分が納得出来れば不幸ではありません。救いは自分の人生と天との結び付きを理解することからやって来ると思います。キリストの救いはそこにあると思います。




  • 編集済

    第813話 日本を守る光への応援コメント

    ヒロソ様。

    日本が狙われるのは「ユダ族」だからではないでしょうか?東京大空襲にしろ原爆投下にしろ、現在も続く食糧や水への毒の混入、環境汚染、樹木の伐採、等々。「本物ユダヤ人」を抹殺したいからではないでしょうか?

    日本がキリストの国というのも都合が悪いのではないでしょうか。キリストは西欧の専売特許にしておきたいでしょう。

    簡単に言えば、「本物ユダヤ人」に呪いがかかっているのだと思います。神輿に呪いが解けるのでしょうか?「神輿を出せ!」の意味は解りませんが、「神輿」が呪物、つまり、呪いの中心であるとは考えられないでしょうか?

    強力な呪物であったので伊勢神宮の地下に封じた。「神輿を出せ!」は、そろそろ「廃棄すべき時である!」という事だと考えられないでしょうか?

    もう、ユダヤ人など辞めた方が懸命だと思えてなりません。キリストがユダヤ人に降臨したのは、ユダヤ人の呪いを引き受け救済するためではないでしょうか?ユダヤ人と無関係な者がユダヤに口出しは出来ません。

    呪われた民を選民と言い替えたのは鬼の仕業のように思えます。「アダムとイヴ」の話も「オシリスとイシス」の話を陳腐に引き下げ、全ての責任を「イヴ」つまり女性に擦り付け、女神から地球と人を略奪した事を隠蔽する為のように思えてなりません。

    ペルセポネが冥界の食べ物を口にしたのではありません、ペルセポネから「ペルセポネの身体=食べ物」を奪ったのが真相です。また、ペルセポネ自信が「本当の智恵=グノーシス」です。アダムとイヴの話は本当の智恵=グノーシスが奪われ、只の知識がそれに擦り替えられたといういうのが真相のように感じられます。全てを逆さまに描いて隠蔽しているのでしょう。

  • ヒロソ様。

    日々空気が澄みエネルギーが増しているように感じます。この空気なら人が自ずとと目覚めるのは確実だと感じます。

    しかし、シュタイナーの警告なのですが、人が自ずと目覚めるまで何もしないでいると目覚めた時の人の落胆は酷いものになると言っています。恐らく、取り返しのつかない状態で目覚めるのでしょう。

    そうならない為にも一日も早く多くの人が目覚めなければならないのでしょう。今の澄んだ空気の中では想像も出来なくなっているのですが、多くの人々が眠り込んでいると今後も荒療治という手段が取られると思われます。

    今、思うことはギリシャ神話でさらりと語られているように感じられるペルセポネの連れ去り=ウケモチノオホカミの分身の殺害・・・日本神話ではウケモチノオホカミに侮辱までもが加えられています。・・・が地球に地獄を作り出した大きな原因であると再確認しました。そう考えると日本神話を改竄した輩の巣くう日本という国は最後になってもおかしくないと思えます。

    日本に巣くう輩に引きずられて我々庶民もとばっちりを受けない事を願うばかりです。

    しかし、女神を救うことが出来たのはジュピターでは無く、キリストであったようです。これで分身が救われた女神はオシリスの欠片を集める事に専念できるのでしょう。

    バラバラにされたオシリスと連れ去られたイシスの分身。鬼はこの地球に二重の苦しみを与えたようです。しかし、それも終わりを向かえようとしています。



    作者からの返信

    確かに、一部が動いているようですね。
    丹後「生活保護は権利」
    https://www.asahi.com/articles/ASR3861Z8R2WOXIE021.html

  • 第807話 学校と進化論への応援コメント

    ヒロソ様。

    私は感覚が鋭敏なのでは無く過敏なのです。その過敏な私でも驚くほど空気が澄んで来ました。これでは鬼はさぞかし住み辛くなったことでしょう。以前の勢いは無くなると思われます。

    空気が澄み生命が感じられます。書物からだけでは無く、この空気から生きた智恵を学べるように感じます。もちろん、言語化するのには知性は必要です。しかし、今の学問で使われている知性では生きた智恵を殺すだけのように感じます。

    作者からの返信

    なるほど。
    「みんなの知るべき情報」でも、「歴史に残るような信じられない事が起こりました」と告げており、日々の浄化が著しいのでしょう。先が楽しみです。


  • 編集済

    第806話 解体工事の夢への応援コメント

    ヒロソ様。

    周囲の物質の波動さえも日々上がっているように感じられます。物質世界の解体が進んでいるのだと思います。仰る通り破壊では無く、解体であると思います。

    どう表現して良いのか解りませんが、世界の成り立ちが根本的に変わったのだと思います。冷たく死んだように感じられた地球が息を吹き替えし、生命を得たような感じです。不思議な安心感があります。

    今まで地球が死んだようになっていたので唯物論が成り立つのだと錯覚できたのだと思います。地球が息を吹き返した今、こんなにも、そういう常識、権威、学説が悪い冗談に聞こえるとは思いませんでした。こんなものを信じられる世界が存在出来た事自体が異常だったのだと心底呆れています。

    作者からの返信

    感覚が鋭敏で素晴らしいです。


  • 編集済

    ヒロソ様。

    返信有り難うございます。二枚目の伝導は救済では無く縛りの伝導線であったとは、真面目に信じていた人は思いと裏腹な結果を招いてしまったとは恐ろしいことです。

    人の転落は地上に降りたウケモチノオホカミの分身の殺害、ギリシャ神話ではペルセポネの冥界への連れ去りにより、食べ物が鬼の手に渡り汚染された事が大きな原因であると思われます。

    また、冥界へ連れ去られたペルセポネは現在の人間を表現していると思います。人は現在この世とあの世を行き来しています。

    キリストの救済は、キリスト自信がペルセポネ連れ去りの道を辿りペルセポネを救済すると同時に、かつてのペルセポネ=ウケモチノオホカミの働きを引き受け、人間が摂取するものを浄化し霊化するところから始まるようです。

    つまり、我々が地球の霊となったキリストを摂取することにより段々とこの世=物質界は溶解しエーテル界へと移行して行くと思われます。

    シュタイナーは五千年かけて物質界は消え去るといっていますが、今、それは始まっています。日々刻々と物質界は溶解して行くと考えられます。

    金だ物だと言ったところで足元から溶けていきます。


  • 編集済

    第797話 床の間の大掃除への応援コメント

    ヒロソ様。

    神社での異変の前迄は、まるで前世の出来事のように感じます。表面化していませんが、根本的に変わってしまったようです。

    キリストの国とい表現は奇妙です。何故なら、キリストは地球のエーテル(生命)、解りやすく言えば、人々が呼吸する「空気」になっているからです。

    「空気」がリーダシップをとって国を治めるのでしょうか?キリスト・イエスがユダヤ人に見放されたのも王にならなかったからではないでしょうか?

    キリストの治める国?そんなものは二枚目の戯言でしょう。騙されてはいけません!

    「空気」は国を越えて全てに浸透していますから、我々はキリストを呼吸するだけでは無く、キリストを食べ、飲み、地球の霊となっているキリストを踏むのです。キリストは人に摂取され我々を変化させようとしていると感じます。。

    世界が変わった今、国家も天皇制も選民もガラクタにしか見えません。私見ですが、天皇家が残るにしろ天皇制は一時的かも知れませんが、無くなるのではないかと思えてきました。天皇制と「天皇霊」は必ずしも結び付く必要は無いと思います。天皇制が無くなれば選民もいりません。何故?日本が天皇制に巣くう選民に乗っ取られなければならないのでしょうか?かくまっただけです。

    鬼に対抗する為に鬼の一族=選民をかくまっただけです。鬼が消えれば選民もお役ごめんという神々の謀略だと感じます。

    一番要らないのは選民かもしれません。彼らを消すには天皇制を無くすことがはや道です。それで日本は最後になると言われているのかもしれません。






    作者からの返信

    当たっていると思います。
    セム・ハム・ヤペテを平等に救ったのがキリストでした。

    選民を始めたのは鬼の勢力で、特権階級を作り出して支配しようと目論んだようです。

    その選民も、最初の王であるサウルより前は分散型の支配になっていました。天の神は王による支配は望んでなかったのに、鬼は一極集中で権力を作り出したわけです。

    「元号が令和で終わる」とされているのもその兆しで、天皇が世界を支配するとかの話は成り立たないのでしょう。

    人間を自分たちに繋ぎ止めて支配するために鬼が考え出した今までの体型は、もっと自由度の高いものに変化すると思います。

    天の神と人類との間に割り込んだ鬼は、天上からの全体支配を遮断し、自分たちの周囲に人類を集め、縛る形に捻じ曲げていたのに気付かされました。

    不思議な霊波が来ているのを感じますね。

    編集済
  • ヒロソ様。

    キリストが地球のエーテルになったと私は確信しています。が、そこは「空気」ですので気づかれていないようです。とはいえ、鬼に合わない「空気」です。ただ、間違っても人が鬼の隠れ家にならないように浄化に努めて行く必要はあると思います。

    街を見ると街の不浄にキリストの空気?が重なって見えますので、以前より浄化しやすくなっていると思います。まずは自分の思い込みを無くす必要があるように思います。キリストは見知らぬ誰かではありません。「空気?」です。

    作者からの返信

    ご指摘、有難うございます。

    福音書も「再臨は見えるものではない」と教えていますね。
    (空中の稲妻のような?)


  • 編集済

    第791話 遂に御子の登場?への応援コメント

    ヒロソ様。

    2000年前にキリストは物質界に降臨しました。物質界ですから人の姿をとりました。人間の類型の12人の弟子の中心の13人目として人の姿をとったわけです。

    再臨は物質界では無くエーテル(生命)界への降臨となるようです。シュタイナーはエーテル界に再臨したキリストは天使の姿に見えると語っていますが、私にはそうは思えません。或いは、霊能者には天使の姿に見えるのかもしれません。しかし、生命霊として地球のエーテル領域に降臨し地球のエーテルとなるのですから人の姿や天使の姿を取る必要は無いと思います。今回の異変でそう確信しました。既に我々はキリストに包まれています。

    キリストが地球全体を包み込んでいますので、キリストを人の姿で思い浮かべる限り、その存在に気づけないと思います。人は身の丈で神の姿を想像してしまいがちです。特に、キリスト教徒は「キリスト=イエスという男」と思い込んでいるようですが、その大きさは想像を絶します。この点においてキリスト教徒には呆れるばかりです。

    「雲」には重層的な解釈が出来ると思いますが、エーテルを現しているとも受け取れます。また「生命霊」とは「霊化された生命」です。霊化されない生命は死を免れることはありません。


  • 編集済

    第785話 凍る水の流れへの応援コメント

    ヒロソ様。

    ヤーウェーの性質をシュタイナーは「充実」或いは「満ち満ちている」と表現したように記憶していますが、今回神殿に出現したエネルギーは「満ち満ち」ており、思わず「この神は水・・・エーテルつまり生命・・・のようだ。光ではないがヤーウェーのように満ち満ちている。ヤーウェーの性質を受け継ぐ神に見える。目の前の満ち満ちている水(生命)は水(生命)におけるヤーウェーの表現のようだ。」と、そして「ヤーウェーの性質を受け継ぐのなら、この神はヤーウェーと同等と見ても良いのではないのか?」とも感じました。

    神社だけでは無く里も街もは今このエネルギーに満たされています。私たちの居場所が「居の神」の性質で満たされています。今後は神社も「満ち満ちる生命という唯一絶対」への崇敬の場に戻って行くのではないかと考えています。

    「居場所」が「居の神」に満たされているのですから、何処へ祈ろうとも「居の神」に届くと思います。水は暖かく流れ満ち満ち始めました。


  • 編集済

    第784話 理論武装2への応援コメント

    ヒロソ様。

    神社で起きた異変は拡大しているようです。この異変について他に語る人はいないようです。

    かなり前に自分の人生が見えなくなり、知人の勧めで評判の霊能者に見てもらった事があるのですが「私にはわかりません。」と言われてしまいました。「私には理解できない」と率直な答えに誠実さを感じました。

    神社では神々からは私は「大自然の力と繋がっている」と言われましたが、思い当たることはありません。あるとしたらウケモチノオホカミ殺害への怒りぐらいです。地球を理解できない傲慢な狂神が地球を蹂躙したことへの怒りです。

    私も霊能者の見るものは見えませんし、霊能者は私を理解できません。私の見るものを霊能者は見ません。チューニングが違うのかもしれません。

    那智瀧の最近の動画をYouTubeで視聴したのですが、驚いた事に浄化が進んでいました。オオナムチよりも殺害されたウケモチノオホカミのエネルギーを強く感じます。私に解るのはウケモチノオホカミ・・・ギリシャ神話では「デメテル」。殺害されたのは分身のペルセポネでしょう。冥界の神ハデスに連れ去られたとされています。冥界への連れ去りは殺害をほのめかしています。・・・なのでしょうか?


    https://youtu.be/QxmQ0UrDBhY


    今回の異変はキリストによる地球の救済が明らかになったという事だと思います。救済の対象は人間だけではありません。人間の「居場所」つまり「居」の神による「居」の救済であると思います。

    キリストは磔刑にされていますが、ウケモチノオホカミはツキヨミにより背中を打たれ・・・背後から襲ったようです。・・・絶命しています。背中への致命傷は磔に表現されていると思います。キリストはウケモチノオホカミと同じ道を辿ることによってオホカミを救済しようとしたと考えられます。


  • 編集済

    ヒロソ様。


    「サンキュー」から以下のブログ「サーティーンキュー」を連想してしまいました。


    https://xuzu0911.exblog.jp/14297856/


    https://xuzu0911.exblog.jp/21152622/



    「バール」は悪魔ではないと氏は主張しています。真偽は判りかねますが「バール」という名称が悪魔にされる迄に紆余曲折があった事は想像できます。彼らが神聖な数字を彼らの都合の良いように使用している事をみれば、神の名を勝手に悪魔にしたとしても不思議ではありません。

    聖書に意義を申し立てる別の視点からの意見として参考になると思います。

  • ヒロソ様。

    私は山中で例年通りの厳しい寒さですが、周囲からはことさら電気代、ガス代の高騰で寒い思いをしたという話は聞こえてきません。寒さというよりは家計を圧迫しているようです。

    そういう生活面での救いはどうなるのかは判りませんが、神社から湧き出たエネルギーは境内から溢れ街にまで及んでいます。自動車を片道一時間程走らせて見ましたがエネルギーの途切れはありませんでした。何処まで及んでいるのかは不明ですが、広範囲に及んでいるようです。

    他の神社の奥宮からも同様に湧き出ているとしたら、日本全体を覆うのは時間の問題だと思います。このエネルギーは神社では強烈で目眩がしますが、里にまで降りると父母チチハハに見守られているような温かさに変わります。




  • 編集済

    ヒロソ様。

    知恵の木が「いちじく」という事はエジプト以来、或いは、以前からの組織ということなのでしょうか?思いつくのは生け贄を捧げてきたあの組織です。

    知恵は本質的に生命を欲するということだとしても、ずいぶんとグロテスクに退化してしまったものです。

    人は「いちじく」の組織からは「喰らう」存在で、「ぶどう」からは満たす存在のようです。しかし、満ち満ちて溢れる人を満たそうとする生命は彼らの口には合わないのでしょうか?地上に貶め痛め付けた生命が彼らの好物のように見えます。

    新たな生命「ぶどう」に満たされると、彼らの口に合わなくなり喰らわれずにすむように思えます。

    今、神社から湧き出ている生命は、人間を喰えなくすると感じます。人間が喰えなくなれば彼らのエネルギーは枯渇するでしょう。とても良い方法であると感心しています。

  • 第760話 光の中の「黒」への応援コメント

    ヒロソ様。

    その「黒」は暖かく光輝く黒ではないでしょうか?イザナミノホホカミの姿は黒く見えます。それで行者達が「黒龍弁財天」などと名付け、神々に呆れられているようです。仰る通り、光を拒絶する黒ではなく、光を受けとる黒、或いは、光を含む黒であると思います。

    神社の異変は今も続き、強烈なエネルギーが溢れ出ています。他の神社の奥宮の状態も気になります。このまま里へ、各家へと溢れ出すのでしょうか?

    本当に人が危うくなると神は手を差し伸べると聞いています。今がその時かもしれません。


  • 編集済

    第759話 『羊』の絶対条件への応援コメント

    ヒロソ様。

    「不完全」と言うことは「成長」する事を止めてしまった事指すのでしょうか。この世に執着し天に向かって伸びることを止めてしまった状態が「罪」でしょうか。

    「知性」は「生命」を殺すことによって成り立つ、つまり、「知性は生命をエネルギーとしている」とシュタイナーが解明しています。「知性」だけでは「生命」を失い成長は望めません。

    「成長できない」事への救済は「生命」であると今では思えます。小賢しいあれこれの知識は、逆に生命を奪います。シュタイナーは「知性」でこの事を解明しようとしたように思います。

    しかし、救済には「生命」そのものの到来が無ければなりません。その為には、人々は「知性」に絶望する必要があったのだと思います。最近の奇妙な出来事は・・・「医師」という知性の最高峰?と人々が思い込んでいる階級が信用を失い、学者のいい加減さが露になっています。・・・その地ならしだったように感じます。

    救世主は見知らぬ誰かではなく、誰もが身近にあり忘れている「生命」であるようです。「生命」を忘れさせ、奪う為に「知性」を利用されたようです。

    無宗教?の多い日本では、「救世主」は教会だけに限定されず、「生命」として日常生活に流れ込み、日常生活を霊化するという正しい道を通る可能性が見えてきました。


    作者からの返信

    聖書は最初の人アダムが「神の形に造られた」と教えています。

    神は「永遠に生きる」ので、アダムも本来はそうした特質を備えていたのでしょう。

    ところが、「蛇」の詐欺に誘われて「不完全」に落ちてしまいました。

    体も大きく変化し、人類の寿命はアダムの頃(数百年生きた)からどんどん短くなっています。

    DNAレベルでの「異常」が起きているためですが、神の王国が来れば、それらも正常化されると暗示されています。

    「私は老人だ」と言う人はいなくなるというのです。

    当然、精神的にも「光」を得て成熟するでしょう。

    鬼は無知を鞭として使い、人類を支配して来たのですから。


  • 編集済

    ヒロソ様。

    謎解の成就ですね!最大の秘密が目の前に剥き出しで置かれ守られていた。創造主の名は誰でも知っていて口に出来るようになっていた。まったく神の叡智には驚嘆を隠せません!

    鬼が口にする事を禁じて、ヘブライ語表記から母音を取り去ったところを見ても、創造主名は母音であると考えられた訳です。どうあがいても言葉を使う以上、創造主の掌の上なのでしょう。

    気付かなくとも創造主の名を口にしていたので、我々は奇跡的にも鬼の世を生き延びて来られたのだと思います。

    神社の異変は今も続いています。エネルギーは神殿から溢れ出て社務所にまで到達し、その性質を現し始めました。よくよく思い返すと、このエネルギーは私が幼少の頃からこの世に足りない・・・何故?この世には「あれ」は無いのだろう?「あれ」が無ければ生きて行く事は難しい。いや、生きて行く事は出来ない。・・・と思っていた「あれ」でした。

    救世主は「この世に足りないあれ」であったようです。そして「この世に足りないあれ」があれば、この世は地獄ではなくなる「唯一絶対」は「あれ」のように思えます。

    「唯一絶対」は知的に解釈されるべきものでは無く、むしろ、知的に考えると解らなくなる、知的解釈では手に負えない、全てを包含する「あれ」であり、雌鳥がその羽の下に全てを包み込み育むような「生命」であったと今は理解しています。

    教会で教えられた見ることも近づくことも出来そうにない、遠い存在であった救世主は、私が幼少の頃から、この世に足りないと思っていた「あれ」であったようです。一周回って自分に帰ってきたように感じます。




    作者からの返信

    暖かさに触れられて、何よりです。日本全土がが覆われますように。


  • 編集済

    ヒロソ様。

    ルカ13章の引用部分ですが、これはサンヘドリンへ向けられたものであり、我々に向けられたものでは無いと思います。

    「再び御子が来る」という表現は彼らに対しては妥当であると思います。しかし、我々には当てはまりません。御子は既に来ていると思われます。聖書の記述は彼らに対するものが多いのではないでしょうか?

    「リバイバル」現象は彼らへの災厄を目にした我々が心を病まないように、我々の心を守ろうという配慮のようにも受け取れます。天からこんな援軍が来るのも御子が来ていると証拠と思えます。ただ、天のみであったなら、人の心をここまで理解できないと思います。



    作者からの返信

    そうですね。
    まず羊を救うための打撃が、日本のサンヘドリン(権力)に来ると思います。
    権力が「芯」から暖かくなり、民衆が喜ぶ日はまだのようです。


  • 編集済

    ヒロソ様。

    最近度々訪れる幸福感のせいでしょうか?「第754話 天軍と地上軍の攻防」を読んでから「アダムとイブ」のお話が「舌切り雀」に見えてきました。

    「大きい葛籠=知恵の木」と「小さい葛籠=生命の木」どちらがいい?「大きい葛籠」!「大きい葛籠」には化け物が入っていました!「知恵の木」の世界は魑魅魍魎の出没する世界であると言うわけです。

    「知恵の木」が生み出すものは分断と死です。死とは分断ではないでしょうか?「知恵の木」は必然的に死を生み出します。この状態を中和するのは「生命の木」であると思います。生命は統合します。何故?救世主が「生命霊」なのか謎が解けたように思えます。

    生命は「悦」によって産み出されています。生命霊として出現するキリストは「悦」に伴われて現れるのではないかと思い始めています。

    「リバイバル」現象は下記のURL の動画の警告に対応しているようにも思えますが、今回・・・或いは、これから個人にも起きるであろう現象・・・はそれだけに止まらずに、生命霊を迎え入れお天道様にまで回帰できる迄に至るのではないかと思っています。天が開いているからです。

    https://youtu.be/B-hkthfuXWE


  • ヒロソ様。

    今こそ「生命の木」を選ぶ時です。知恵は分断し、生命は統合します。生命霊キリストによって統合されます。


  • 編集済

    ヒロソ様。

    ネットや特にTVのニュースなどを見ると、世界は益々冷たい管理体制を志向しているという印象があります。一方で「リバイバル」という現象も同時に起き、世界の二重構造が奇妙な形で露になっているようにも見えます。

    「リバイバル」とう現象が起こる事はなんとなく理解できます。立春以降、自動車で街中を走行中、意味もなく幸福感がわいてくるようになりました。運転中でしかも街中なのに、そんな時は天からのエネルギーも感じられます。

    神社でも異変が起き始めました。拝殿に横溢する気が巨大な水滴が膨らんで満ち満ちていくかのようで、今にもはち切れそうな様子です。神社はゼロポイントだと思っていたのですが、その無の空間に生き物のような何かが出現しようとしているように見えます。

    死んだように冷たい管理社会を進めていると宣伝する一方で、管理など到底出来そうにない横溢する生命が現れようとしています。吉凶が同時に重なって視界に入って来るかのようです。

    しかし、TVニュースで見られるような管理社会は掛け声だけで終わるように思えてなりません。溢れる生命に比べて実態のない影のように感じられるからです。影が実体を管理できるとは思えません。陰険な小賢しい知恵では大愚は手に負えないでしょう。

    キリストは「生命霊」であると言われています。ひょっとするとキリストの救済は溢れる生命としてやって来るのではないかと思い始めています。キリストは溢れる生命によって人を彼らの手には負えない大愚にしてしまうのかもしれません。

    人は知恵では彼らには敵わないのですから、小賢しい彼らの手には負えない大愚にしてしまうほうが速いように思えます。


  • 編集済

    第741話 鬼との取引への応援コメント

    ヒロソ様。

    以前は空を見上げると阿修羅?の覆いに絡め取られました。しかし、今は天は開いています。ポカンと無邪気に空を見上げてみたらどうでしょうか?お天道様に微笑みかけられかもしれません。お天道様は母なのですから。

  • ヒロソ様。

    2.22で上下がひっくり返ったと思われます。上のものが下に、下のものが上に・・・。


  • 編集済

    第737話 「鬼ロック」の話への応援コメント

    ヒロソ様。

    地上を覆う不浄は去ったので天が開き、望めば天(正しい神)と繋がり安くなっていると思います。鬼の引いた路線から天道に帰れるようになったわけです。

    天が開く事を彼らは知っていたのでしょうか?それで、人の霊性を失わせる効果のあるワ○チンを、天が開く前になりふり構わず推進したように見えます。人々が天と繋がる事を望めなくしたかったのでしょう。

    しかし、天が開きました。望めば繋がれます。空を見上げても良い時代が到来したようです。天国という概念を思い浮かべるのではなく、現実の空に視線を移すだけです。イマジンの歌詞が妙に現実味をおびてきました。夢想が現実に、俗世間が夢想にとひっくり返ります。

    世界が逆転します。しまった!と思っても天は開いてしまいました。










  • ヒロソ様。

    法律が一番非論理に見えます。そんな非論理にも言い負かされるディベートに弱い日本人ですが、それは日本人のは脳が柔らかいせいなのかと以下の動画を見て考えさせられました。日本人の柔らかい脳の方が通常の論理を越えて延びしろがあるように思えます。


    https://youtu.be/7EIxG0eTUjQ


    「コンピューターが人に似るんじゃないよ、人間がコンピューターに合わせてるんだよ。コンピューターに合わせている人間が官僚だよ。」ですね。


  • 編集済

    ヒロソ様。

    法の神(摩利子天)は税金は不浄であると言っています。保釈金・罰金も不浄であり人の法はザル法であるとも言っていました。

    どの神もロゴスにより創造されたのですから同じ事を言うと思います。多神教と一神教が争ったのは鬼の仕業でしょうか。これによりユダヤ人も分裂離散してしまい国を失いました。

    多神は多神のままに、一神として理解する不二の教えが本来であると思います。聖書の記述の変更と隠蔽は鬼の得意技で、そのまま信用する訳にはいかないと思います。


    聖書は777冊あった?

    https://youtu.be/4VPEj326fk8


    金=魂?

    https://youtu.be/j2vqqZLwc2s

  • ヒロソ様。

    環境から不浄な波動は消え視界を遮っていたノイズのような揺らぎもなくなり、街の風景も鮮明に見えるようになりました。世の俗っぽさや惨めさが消えたように見えます。どんな景色にも精神が感じられます。俗っぽさや惨めさは鬼の心の現れであったようです。彼らの考えは俗っぽく、内実は惨めなのでしょう。

    しかし、今度は人の異常性が目立って来ました。すれ違う程度ですが、異常な人間が視界に入ってくる頻度が増えたように思います。異常な人間を見せて心をかきみだそうという鬼の操縦であると思います。

    俗っぽさや惨めさは鬼に由来するもので、本来の人の心ではないと思います。不浄が環境から消えた今、仰る通り鬼に流し込まれた負の感情には即刻対処する事が急務であると思います。それにより未来が見えて来るように思えます。


  • 編集済

    ヒロソ様。

    カルトというのはしつこいのでしょうか?人が一番怖いのかもしれません。特に鬼に操られている場合は・・・。

    こんな動画を見たのを思い出しました。もちろん電磁波とは限りませんのでご参考迄に。

    https://youtu.be/B0pKgVIUEvI


    電磁波である場合も体内の酸化グラフェンは除去したほうが良いかと思います。そこで以下のTwitterが参考になると思います。

    https://twitter.com/hikaru1032


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    第722話 再び毒にやられたへの応援コメント

    ヒロソ様。

    知人の腰痛の鎮痛剤の薬毒がイベ○メクチンで改善されたようです。知人の話ですが…治るまで毎日、就寝前の空腹時に服用したようです。ご参考迄に…。

    作者からの返信

    ありがとうございます。


  • 編集済

    第721話 鬼の動きは旧暦でへの応援コメント

    ヒロソ様。

    地上を覆う不浄や、夜になると地面から涌き出るような不浄は消えたように思います。地上を覆う不浄は消えてみて気づいたのですが、以外と低く垂れ込めていて上空に迄は達していなかったようです。この覆いの上は清らかに澄わたっていたようです。

    不浄が消えた今、際立つのは地上の私たちの持つ不浄・・・悲嘆、憂鬱、不安、焦燥、etc.・・・です。この不浄にはやく気づき、明るい気持ちを取り戻す必要があるように思います。世の中は彼らの最後の足掻きなのでしょうか?混乱が目立ちます。しかし、最後の足掻きを踏まえつつも、明るさを持つ事は出来ると思います。

    最悪、死んだとしても笑って死んでやろうではありませんか。彼らは死ねば檻のなかに鎖で繋がれるのでしょう。彼らは死ねばしまいですが、人間は違います。来世の予定でも立てながら明るく生き延びて、彼らの自滅を見届けてやりましょう。直接対決をしても人間には敵わない相手ですが、ここまで地球を舐めてきたのですから、自然の摂理で破滅すると思います。


  • 編集済

    ヒロソ様。

    シュタイナー情報ではオシリス=キリストです。ただ、オシリス=「イエス」というのは違うように思えます。イエスは個人名だからです。

    バラバラにされたオシリスはそれぞれの民族の民族神となっていて、三千年後にオシリスの妻であり妹であるイシスが地上に降り、オシリスの欠片を広い集めるとオシリスは一つになる、つまり、民族というものは無くなり人類は一つになると言っています。

    だとすれば、日本の民族神のヒコホホデミ命はオシリスの欠片という事になるのでしょうか?私がヒコホホデミ命を日本の民族神と考えるのは民族神=火の神だからです。日本で火の神と神々に呼ばれているのはヒコホホデミ命です。

    そうなると広い意味でヒコホホデミ=キリスト。イシス=火産大神ホミスビノオホカミであす。。恐らく火産神の中でも妻であり妹にあたるのはウケモチノオホカミであろうかと思います。コノハナサクヤヒメは母に当たります。

    日本は母の国、光の国ですのです。この国の働きで、また、(希望としては)この国に於いてオシリスが一つになることが望まれます。オシリスが一つになるということは各民族の特性や信じる神がそのままで居場所を持つ事であると思います。

    しいて言えばバラバラになったオシリスはキリストの人で言えば肉体であり、それを集め居場所(空間・国)を与えるのがイシスであり、それぞれに居場所を知らせて一つにまとめるのが広く力強い自我=私である「居の神」キリストであると考えられます。

    そう考えると伝統的キリスト教会の他を排斥する考えでは、オシリスは一柱の神になる事は出来ません。本当の一神教があるとしたら、それはオシリスを一柱の神にする教えではないでしょうか?オシリスの欠片は民族神となって世界中に散らばっています。我神のみ尊いなどと言っている教えでは本当の一神教にはならないように思えます。

    作者からの返信

    その通りですね。
    終わりの日の人類は、他人から兄弟関係に戻されるのでしょう。

    その時、主の座布団が日本にあるという考えなら、イザヤ書の記述が生きてきます。


  • 編集済

    第701話 どえらい断絶の夢への応援コメント

    ヒロソ様。

    血筋は仏教徒に擬態していたということでしょうか? 生き延びるために、神道から手を引くと見せる必要があったのでしょうか? 幸いなことに西本願寺は浄土真宗つまり阿弥陀如来=キリストです。しかし、浄土真宗の法皇は天皇以上に良い暮らしをしていると揶揄されていますので、複雑な思いがします。

  • ヒロソ様。

    高橋巖氏が「シュタイナーコレクション4 神々との出会い」の解説でリルケの「ドゥイノの悲歌」を取り上げ…ここでリルケが天使と呼んでいるのは死のことだ。ここでリルケは死と正面から向き合っている。…という主旨の事を語っています。

    しかし、私が気になったのは以下の文章にあるように「男たちに裏切られ、傷つけられて、死んでいった女たちの声を詩人が委託として受け止めていることです。」・・・長文になりますが以下、抜粋。

    それに続いてリルケは、一体自分はこの世で何のたえめに生きているのだろう、と思うのです。そこのところを、こんなふうに書いています。
    「春はおまえを頼りにしている。星々はお前に感じ取ってもらいたがっている。窓から聞こえてくるヴァイオリンの音は、お前に聴いてもらいたがっている。それらすべては委託であった。しかし、おまえはその委託に応えていない。まだ出会えずにいる恋人へひたすら期待をかけ、その空しい期待と幻滅に心を痛めることしかできていない。」
     だからもし、委託ではなくて、おまえの心が憧れに満たされたいと思うのならば、自分のことを考えるよりも、かつて相手に捨てられた女たちのことを考えなさい、というのですが、ここの言葉は凄く美しいのです。男たちに裏切られ、傷ついて、名もなく死んでいった女たちのことです。リルケは女たちのことを、その遺されている書簡などを読んで、その心を思いながら、こんなふうに歌うのです。
    「名もなく死んでいったひたすら愛した女たちは、本当の意味で委託を受け入れた人たちではないだろうか。自分は委託を受けていても、応えようとしないけれども、あの女たちこそ、本当にものからの委託に応えているのだ。英雄は委託に応えていない。英雄は生き続ける。たとえ破滅したとしても、よみがえるための口実にすぎない。」
    「今こそ、これら昔の女たちの苦痛を、私たち自身のために、より豊かに、委託として受けとるべきではないのか。今は私たちが愛しつつ、おののきながら、耐えぬくべきときではないだろうか。安心立命はどこにもない。声がする、声が。聴け、わが心よ」。
     そう歌うのです。この「声がする」の「声」といのは、死者の声のことです。
    「声がする、声が。聴け、わが心よ。かつて聖人たちだけが聴いたように聴き方で」。
     けれども神の声を聴け、と言うのではないのです。若くして死んだ者たちは、何を望んでいるのか。彼らの霊は、「純粋な働きをわずかでも妨げるような、悲運の外観を、そっと取り除いてくれ、と求めているのだ」と書いています。
     あんなに若くして死んだ、かわいそうな人、という思いが死者のたちを妨げているから、そういう外観をそっと取り除くように、自分に以来が聞こえてくる、と言っています。・・・(p.351~)

    何故、詩人はこの女たちの委託を「純粋な働きをわずかでも妨げるような、悲運の外観を、そっと取り除いてくれ、と求めているのだ」と受け止めているのでしょうか?

    その「純粋な働き」とは何だったのでしょうか?何故、詩人はこの委託にかくも真剣に応えようとするのでしょう。今回のヒロソ様のお話の「捨てられた女」で理解できたように感じます。「捨てられた女」は二枚目に騙され、主に捨てられたキリスト教徒たちの事をさしていたのだと…。

    二枚目に騙され、主に捨てられたけれども、主をひたすらに愛したことは真実であった…ということでしょうか。主をひたすらに愛すことが出来たのですから「かわいそうな人」ではないと詩人は歌い上げようとしたのでしょうか。この女たちこそ、主の委託に応えていると…。

    「今こそ、これら昔の女たちの苦痛を、私たち自身のために、より豊かに、委託として受けとるべきではないのか。今は私たちが愛しつつ、おののきながら、耐えぬくべきときではないだろうか。安心立命はどこにもない。声がする、声が。聴け、わが心よ」。という文章にはこの二千年のキリスト教徒の悲劇を感じます。



  • 編集済

    ヒロソ様。


    「イ」→「I」→「I(アイ)」→「愛」。それで、神は愛であるは、神は「I(アイ)」である、つまり神は「I(イ)」である。洒落のようですが、そうなのだと思います。

    しかも、日本語でしか解明できません。

  • 第697話 後釜の世を脱すへの応援コメント

    ヒロソ様。

    こんなに明るく清々し立春を迎えたのは初めてです!今年のお正月は、お正月らしい清々しさがありませんでしたが、立春に向かうにつれ明るさと幸福感が増し、ふとした瞬間にわくわく感さえ感じ、ハッと我に帰り何でわくわくしていたのかと自分でも不思議でした。今年から立春が新年になるのでしょうか?素晴らしい新しい年の幕開けと感じました。

    昨年の年末から兆候はあったように思いますが、暗黒の世は既に過去のものになったように感じます。こんな日が来るとは思ってもみませんでした。価値観も変化していくと思います。古い価値観に沿ったものは消えていくしかないでしょう。既に古いものはタルタリアでさえ色褪せて見えます。

    これからは、望むなら人は未熟ななりにも、それぞれに必要な経験をし、自分を正直に表現し生きいくことが許されたように思います。それをどう人生に生かすのかは個人の覚悟にかかっているように思えます。


  • 編集済

    ヒロソ様。


    “「八百万」は「神々」とされていても『崇拝対象』ではない” その通りだと思います。「八百万」はむしろ先祖といえます。崇拝ではなく尊敬の対象だと思います。温かく見守ってくれる存在です。

    とはいえ「花婿」を「崇拝」するのも不自然ではないでしょうか。花嫁にとって「花婿」は先祖以上に親密な存在であるはずです。


  • 編集済

    第680話 滅多な口をきくなへの応援コメント

    ヒロソ様。

    世界は決して良い状況にはみえないのですが、昨年の年末から、私を含め私の周囲では不思議な現象が起きています。巧妙に悪い噂を流され、長年にわたり打つ手の無い状況にあった知人が体験したのですが…その嘘が一瞬でばれてしまい、状況が一変したというのです。悪い噂を流していた当人は一変に信用を失いました。私も似たような体験をしました。

    会食をしながら、そんな話をしていた時に場の空気が一変しました。場が不思議なエネルギーに満たされとてもくつろいでしまったのです。

    その場の変わりかたは奇妙で何かが入れ替わったような、ヒロソ様の夢にも現れたように何か時間の質までも変わるような事が起きているのでしょうか?周囲から暗黒の時間が消えていくように思えます…状況は良いとは思えないのにです。

    また、私も珍しく夢を見たのですが、何か良い知らせでヒロソ様に伝えようと思った所で目を覚ました瞬間に言葉では表せない事に気づきました。私は何をヒロソ様に伝えたかったのかも思い出せません。良い知らせではあるようです、そんな夢を見た後の出来事です。

    作者からの返信

    『来たぞ、みておれ』

    そんな感じかも知れませんね・・・

  • ヒロソ様。

    その夢は、暗黒時代の終わりを告げる夢でしょうか?


  • 編集済

    第678話 情報発信の夢への応援コメント

    ヒロソ様。

    「置換神学」とは面白い考え方です。聖書の記述は全て正しいとう前提を崩さない為には色々と理屈を考えなければならないようです。

    しかし、聖書の真実も歴史も実際何が真実だったのかなど判らないと思います。それは、日本の神や歴史についても同じであると思います。

    自国の歴史は偉大であったと誰でも思いたいのは人情ですが、それが過ぎると過去に偉大な人物を無理やり探そうと妙な事になるように思えます。何故?過去の偉大な誰それにいつまでも頼らなければならないのでしょうか?

    子供の成長の過程で目標となる人物、権威は重要であると言われていますが、全ての常識が崩れ去ろうとしている今・・ゼロポイントへ近づきつつある今・・・偉大な過去の誰それを探している場合ではないように感じます。

    偉大さのその中身まで・・・何を偉大であると感じているのか?・・・何故我々は過去の偉大さを必要と考えるのか?その衝動の根っこ迄、突き詰める必要があるように感じます。

    あやふやな神学や歴史では、新しい時代の基盤にはならないと思います。たとえ、キリスト・イエスが偉大であったとしても、それぞれが思い描くその人物像はまちまちです。

    過去の偉大さよりも、現在の人間の真実に目を向ける必要があるように思います。「破壊のかまど」についても良くまとめてある動画が配信されていました。

    https://youtu.be/i29AuEfO0HY


    本当の道徳、エネルギーを生むほどの、いや、現実を創造するほどの力強い道徳は「破壊のかまど」に耐える事により産み出されるように思えます。

  • ヒロソ様。

    井の神。「iイ」は「Iアイ」。「私」つまり「自我の神」ということでしょうか?


    https://youtu.be/5PRzdRt4yx4

  • ヒロソ様。

    国や国民の為にならなことを推し進め、良きものを禁じるこの国の理不尽さの理由がようやく明るみに出てきました。こんな日が来るとは思ってもみませんでした。

    作者からの返信

    そう、驚きですね。

  • ヒロソ様。

    確かに息を吹き掛けて「聖霊を受けよ」というのは不気味に感じます。ここで聖霊をうけたのなら、その後の聖霊降臨は必要ないように感じます。


  • 編集済

    第642話 物凄い「衝撃」への応援コメント

    ヒロソ様。

    ネット上は戦争・噴火・地震・金融崩壊eyc.いっぺんに来るかのような騒ぎです。しかし、何かが停止しつつあるような奇妙な静けさに包まれてもいます。

    シュタイナーの予言には月一つとってみても・・・1.月は太陽に向かって行き太陽と一つになる。2.月は地球と再び一つになり人類を地上に閉じ込める。・・・全く真逆です。プラスとマイナス、ポジティブな予言とネガティブな予言が二つあります。何故なのでしょうか?考えてみました。

    シュタイナーは物質界では一つの所に同時に二つのものは存在できない、しかしアストラル界(心魂界)には一ヶ所に同時に複数存在することができる。つまりアストラル界では一つの所に善と悪は二つ同時に存在できる訳ですが、その善と悪は互いに非難する事などせず、それぞれ自分のなすべき事をなすというのです。

    思うに、善と悪それぞれを霊視すると、それぞれの行方が見えるのだと思います。それで二つの予言があるのかと思いました。それではどちらが優位に立つのでしょうか?恐らく、それは、自分が選び加担した方であると思います。それぞれが自分の選んだ結果を目撃すると思います。

    既に目の前にある世界は結果ですので変えられません。結果は受け止めるとしても原因の世界にアクセスするのには、日々井の神の道を明るく歩むことであると思います。

    あの大悪魔サタンが、人がちゃんと考えるだけで恐怖するというのですから、一矢報いるつもりでちゃんと考え、人の恐怖を煽るサタンを恐怖させるのも一興かと思います。

    また、シュタイナーは日本について語らなくなったと言われていますが、アカシックリーディングの能力があっても、全てのアカシックレコードが読めるわけでは無いようです。読むことが許されない場合は弾き返されるようです。日本は神国ですので、或いは、読むことが許されなかったのかもしれません。

    作者からの返信

    なるほどです。


  • 編集済

    ヒロソ様。

    633話のコメントのシュタイナーの「念動力」はプラスの予言の方で、URL を張ったブログの予言とは別でした。このブログの場合は「念動力」では無く「AI」という解釈でも良いと思います。訂正いたします。

    シュタイナーの予言にはマイナスの予言に対応するかのようにプラスの予言があるように思います。月についても二つの予言がありました。同じ「機械」についてのプラスの予言は「念動力」で稼動する機械でした。そのブログは削除されたようで見つかりませんでした。それで、此方も出典はわかりません。真面目にシュタイナーを読み込んだ方が書いたブログでしたので残念です。

    しかし、日本につてはシュタイナーは語らなくなったとありますので2025年に対応するプラスの予言は無いようです。2025年の予言は本当にシュタイナーが語ったとしても、口頭で弟子に伝えたものかもしれません。

  • ヒロソ様。

    ペルーの先生が「スピリチュアルの学びに海外に行く必要が無い・・・」と言っていたとか…。

    https://bach-iruka.com/%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%a8%e3%83%a6%e3%83%80%e3%83%a4/120324/

    日本はテッペンなので、テッペンを取りに来ているのでしょう。それで一番最後なのでしょうか?キ○ガイは高い所が好きなのでしょう。そのまま封じ込めるという手もあるように思えます…飛んで火に入る夏の虫…ヒロソ様の仰るように、夏ごろ何か動きがあるのでしょうか?

  • 第636話 どちらが正気か?への応援コメント

    ヒロソ様。

    切腹とはイルミナティーカードにあったように思います。てっきり進次郎氏かと皆さん思っていたようです。あまりに使えないので岸田氏に変更なのでしょうか?だとしたら、かなり強引です。


    No.26 Angst 苦悩

    https://ameblo.jp/poohoowoo/entry-12599851739.html


    しかし、岸田氏は苦悩しているようには見えません???


  • 編集済

    ヒロソ様。

    イーロンマスクの顔が変わっていると言われています。表に出る人は操り人形ではないでしょうか?

    「シュタイナーの宇宙的人間論」の解説に「大自然のさまざまないとなみ、塩の結晶、路傍の草花、その草花と戯れる蝶、雨蛙の鳴き声、天空を飛翔する鷲、そのどれをとっても、人間の運命との深い結びつきを見てとることができる。人間の生活も、それら大自然のさまざまな営為の一翼を担って、宇宙全体の叡知の下に、同じ進化の過程を共にしている。それにも拘わらず、現在のわれわれが宇宙全体の生命のいとなみの中で見る人間の一生は、草原でひたすら食べ、消化することにいそしむ牛の一生にも及ばないくらいに、破壊的で、非生産的で、自己中心的である、と思わざるえない。───以上が本書の中で著者シュタイナーが読者と共に考え、感じようとしている基本課題である。・・・自然のいとなみの細部に立ち入って詳しく語っているが、繰り返して、それを知的、論理的にではなく、感情の力で受け取ってくれるように、と訴えている。なぜなら、論理的、知的な態度をとる限り、地球は地球らしく存在することが不可能になってしまい、人間と地球は、互いに相手を必要としているのに、互いに支え合うことができなくなってしまうからである(五六頁)」

    とあります。井の神の「情の道」が真実の理解にも必要であるようです。牛が草原でひたすら草を食むように、日々我々が「情の道」を歩み、正直に自分を生きる事が地球を支える事になると思います。


  • 編集済

    第633話 懐にいたうさぎへの応援コメント

    ヒロソ様。

    返信有り難うございます。

    2025年のシュタイナーの予言については詳細は不明です。以下のブログにあるように、フリーエネルギーにしろ現行の技術は行き詰まるようですので、その過程で起こる事なのかもしれません。

      https://lifegame.hatenadiary.jp/entry/2023/01/04/130654


    このブログの「社会に関して」の項に「人々はある能力を通して、広範囲にわたって機械あるいは機械的なものを動かすことが出来るようになります。」を筆者はそれをAIと見ているようですが、シュタイナーは「念動力」と言っています。未来の工場は「念動力」によって稼動するというのです。

    そして全き「道徳的」な人でなければ「機械を稼働させる念動力」は出せないとも言っています。

    まだ詳しく見ていないのですが、永久機関は雌牛を研究する事によって実現するが、その誤用により惑星の動きを止める事になるともあったように思います。私はタルタリア文明が滅ぼされた理由は、タルタリア文明が惑星の調和を乱すところまで行きそうであったからでは無いかと考えています。永久機関やフリーエネルギーでは問題は解決しないと言う事です。

    必要なのは人間の全き道徳性から生じる「念動力」です。つまり人間性にかかっているようです。永久機関などについては以下の書籍「シュタイナーの宇宙的人間論─光、形、生命と人間の共振─ 春秋社」にあったように記憶しています。深い内容で私はまだ読み進められずにいます。

    この書籍p.112に「脳の中央部にピラミッド状の松果体があります。・・・この松果体は、脳砂と呼ばれるレモン・イエロー色の砂を分泌します。・・・それは本当に、人間の頭の中に鉱物として存在しています。・・・この鉱物の分泌物の中に、本来の『霊人』が存在しています。このことは、生命的な存在が霊を宿らせる事ができず、人間の霊はその中心に無生物的なものを必要としているのだ、ということを暗示しているのです。生きた霊は、生命のないものの中で、独立して存在しているのです。」とあります。

    シュタイナーは今、地球上に悪を意識的、計画的に行う「悪の民族」がいる、しかし、この悪を改造すると飛びきりの善になると語っています。物事は直線では進行しないのかもしれません。




  • 編集済

    ヒロソ様。

    野の花と切り花。面白いお話の展開だと読み進めたのですが、「この世しかない。」と人を洗脳する鬼について警戒を促しながら・・・人の人生を他人の道に繋ごうとする態度である。・・・ 二枚目の枝道に入った弟子は、「他人となって生きる輪廻の教え」を無意識に受け入れてしまう。・・・「同一人物」として復活する話。・・・人も顔貌や記憶が飛んでしまうなどと考えるべきではない。・・・など、逆に「この世の生、この世の自分しかない」と取れるような内容になっているように感じます。

    同一人物とか他人とか考えるのはこの世のあり方のように思えます。ヒロソ様は鬼は「他人となって生きる輪廻の教え」を受け入れさせようとしているという文章で何を表現されようとしているのでしょうか?掴めません。

    この世に生まれてきた事自体、すでに本来の自分では無いとは思いませんでしょうか?この世の顔貌は本当の自分の顔なのでしょうか?禅の公案に「生まれる前のお前の顔」というものがあったように思いますが、今回のヒロソ様のお話を読んで朧気ながら、この公案を投げ掛ける意味が解ったように感じました。

  • 第632話 無視できない話への応援コメント

    ヒロソ様。

    シュタイナーの「2025年に日本に一つの目を置き世界を支配するであろう。」という予言が気になって来ました。この予言の出典はシュタイナーの孫弟子にも不明のようですが、確かに、まだまだ気は抜けません。

    https://youtu.be/cEMM-mFivus

    作者からの返信

    だからこその攻撃なのでしょうか?


  • 編集済

    第611話 「かまん」の?への応援コメント

    ヒロソ様。

    藤原直哉さんのツイートで知ったのですが、日の丸にもフリンジが入ったようです。

    https://twitter.com/naoyafujiwara/status/1611664934768898049?s=20&t=oqo5c3YgcIbrrqz-dwK9FQ


    削除されたようですので…

    https://twitter.com/ushikawa_sound/status/1611862969645924352?s=20&t=M4brwxMzvcBsyRo2BJwNug