14グイグイ!(カナエ視点)




 結婚式はたくさんお金が掛かっちゃいそうだけどできればやりたいなぁ。費用ってどれくらいだろ?え、三百万円?た、高い……。今からお小遣いとかアルバイトとかして貯金した方が良いのかなぁ。あ、でも、フォトウェディングとかで費用を抑えて、その分を新居や家具に回すのもありだよね。あれ、でもでも、ユキくんのお家って工務店をやってるから、その関係でやっぱり式はやった方が良いのかな?うーん、この辺りはユキくんとご家族と相談しなきゃだよね――。



 朝から結婚費用の相場を調べながら、わたしのめくるめく妄想が止まらない。



 そんな痛々しい行動の元凶は、さっきわたしがユキくんに押し付けてきた責任取る宣言。



 元々は、ユキくんと話してたマネージャーの子に対抗して、上書きするつもりで言ったことなんだけど、今ではすっかりとそれを拡大解釈して、朝からいろいろと妄想して楽しんじゃってる。



「ユキくんは、どう思ったかな?」



 重要なのはそこ、っていうか、そこしか重要じゃないかも。



 だけど、それはユキくんに直接聞かないとわからないし、さすがに本人に“どう思ったか教えて?”なんて聞けない……。



 「それに、ユキくんの頬っぺた、大丈夫だったかな?」



 わたしがタオルでゴシゴシしちゃったから、ちょっと赤くなっちゃってた。



 あのとき、心配で思わず手が伸びて触ったユキくんの頬っぺた。少し硬い産毛の感触がして、熱く汗ばんだ肌が生々しくて――ついユキくんに触れた指先で自分の唇とかなぞっちゃう。



 もう何度目かもわからない変態っぽい行動に、わたしはまた熱くなっていく顔を隠すため、机の上に突っ伏した。



 ああ、もう顔がどんどん熱くなって、目が潤んで、口元もモゴモゴしちゃって……今、絶対にみっともない顔しちゃってる。こんなの、誰にも見せられない。



 それでもわたしは、ときどき息継ぎみたいに顔を上げては、教室の入り口に目を向ける。



 ユキくん、戻って来ないな……。



 このままユキくんが来なかったらどうしよう。絶対に私の所為だよね。わたしがマネージャーの子に焦って嫉妬して、勢いでユキくんにいろいろしちゃったけど、本当ならそんなことできる立場じゃないのに……。



 なんだか、今日も朝からすごく情緒不安定で、楽しく妄想したり、急に恥ずかしくなったり、今度は落ち込んだり……。



 「ユキくん……」



 無意識にユキくんを呼んじゃって、また顔が熱くなる。



 でも、まるでそんな呟きに答えてくれたみたいに、ちょうどユキくんが教室に戻って来てくれた。いっしょにソウタくんもいる。廊下で会ったのかな?



 とにかく、ユキくんの姿が見れてすごくほっとした。



 昨日みたいにまたユキくんと目が合わないかなぁ、なんて思って見てたんだけど、目が合ったと思った瞬間に、フイっと視線を反らされてしまった。



 え……な、なんで?どうして?ユキくん……っ!



 やっぱり、さっきタオルでゴシゴシしちゃったから?それとも“責任取る”なんて変なこと言っちゃったから?



 ユキくんに嫌われたと思うと、どうしようもなく苦しくなって今にも泣いちゃいそうになる。



 そ、そうだ、ユキくんといっしょに来たソウタくんなら、何か知ってるかも……!



 わたしは祈るような気持で、斜め前の席に座ったソウタくんに声を掛けた。



「ね、ねぇ、ソウタくん。今ユキくんといっしょに来たみたいだけど、ユキくんどんな様子だった?」



 すると、ソウタくんが呆れたように溜息をついた。



「ああ、それな。お前なぁ、軽々しくユキヤにタオル貸したりするなよな。幼馴染とはいえ、ユキヤだって男なんだし、それにアイツって童貞だから変な勘違いとかしてお前につきまとったりするかもしれないだろう?」



 ソウタくんはなにか怒ってるみたいで、ちょっとだけこわい。



 でもそれより、“どうてい”ってはじめてってことだよね……ユキくんもはじめてなんだ……ユキくんの、どうてい……。



「まぁ、僕の方からも釘を刺しておいたけど、カナエもユキヤが幼馴染だからって距離を詰めすぎると、いろいろ勘違いされるから気を付けろよ?」



「それは良――えっ? く、クギって、なに……?」



 い、嫌な予感がする。



「ああ、カナエには気になる人がいるみたいだから、タオルは純粋に親切心からで他意はないんじゃないか――って、そんな感じで僕の方からも言っておいてやったぞ」



 ぇえええっ!気になる人ってなに!?なんでそんなこと言うのぉ!?そんなことソウタくんの口から言ったら、またユキくんに誤解されちゃうよぉ!



 わたしは本気で泣きたくなったし、勝手にそんなことするソウタくんに憤慨した。



 でも、ソウタくんだって事情を知らないんだし、一番悪いのは自分の気持ちに気付かなかったわたしなんだ……。



 また落ち込んで、わたしはユキくんに目を向ける。



 弁解したい……。



 でも、ユキくんは近くの席の子とおしゃべりしていて――今日はユキくんと目が合わないし、さっきも視線を反らされちゃったし、それにユキくんが他の子とおしゃべりしてるの、すごいやだ……。



「うぐぐぐっ……ユギぐん……っ」



 知らず知らず、ユキくんとかしゃべってる女子とか見詰めながら、歯を食い縛っちゃう。



 胸の中には黒いドロドロが溢れてきて、ユキくんが遠く離れちゃうみたいに感じる不安と焦りで居ても立っても居られない。



 なのに、もう授業がはじまっちゃっていて、ユキくんの傍に行くこともできない。



 手も足も出せない状況に絶望したわたしは、届かないユキくんを盗み見ては、胸の奥に黒いドロドロを溜め続けた。



 そんなこともあって、わたしは見事に暴走しちゃったんだと思う。



「ユキくんっ!」



 授業が終わって休み時間に入るなり、わたしは普段なら絶対に出せないような声でユキくんを呼びながら、ユキくんのところに駆け寄った。



 クラスのみんなに注目されちゃってる。



 でも、いろいろなことで勝手に追い詰められていたわたしには、もうユキくんのことしか考えられなくって、とにかくユキくんが逃げないように袖口を掴んで引っ張って、人気のない階段の踊り場まで来てもらった。



「ユキくんはこっちこっち――」



 踊り場の隅にユキくんを押し込んで、その前に私が立って逃げられないようにする。



 こ、これからわたし……授業中に考えた作戦を、するんだ……っ。



 心臓がどくどく言っちゃってる。恥ずかしさの緊張よりも、嫌がられたらどうしようっていう緊張の方がずっと大きい。



「えっと……朝は、ごめんなさい。頬っぺた、大丈夫?」



 わたしは恐怖と緊張を飲み込んで、ユキくんの頬っぺたに手を添えた。



 朝の責任取る宣言だって、表向きはわたしがゴシゴシしちゃったユキくんの頬っぺたを指してのことだし、ユキくんの頬っぺたを癒すことにかこつけて、ユキくんを繋ぎ止めて、他の子の上書をきして、ついでにわたしのことを意識してもらう作戦。



 当然、そんなこと知るわけもないユキくんは、真っ赤な顔でじっとして、わたしにされるがまま――これって、わたしに照れてくれてるのかな。だったら嬉しいな。



「ユキくん、ちょっと屈んでくれる?」



 それに、ユキくんがぽーっとしてわたしの言いなりなの、すごく良い……。



 だから、こうしちゃう。



「ふぅ~、ふぅ~……」



 まるでキスするみたいに軽く唇を尖らせて、ユキくんの赤い頬っぺたに息をふーふー吹き掛けちゃう。



 キズとかヤケドだってふーふーするし、癒しの範疇で良いよね。



 でも、さすがにちょっと……ううん、かなり恥ずかしい。わたしもだんだん顔が熱くなってきた。



 ユキくんはどうだろうって薄目でユキくんを見てみれば、やっぱり赤い顔をして、それでちょっと震えてる?



 うふ――どうしよう、わたしがすることでユキくんが照れるの、すごく楽しい。



 調子に乗ったわたしは、自分の恥ずかしさも顧みず、休み時間いっぱいユキくんにふーふーし続けた。



 やがて予鈴が鳴って、ちょっと寂しいけど、ユキくんから顔を離す。



「えへへ、教室に戻ろっか」



 真っ赤な顔でぽーっとしているユキくんを前に、わたしは達成感と恥ずかしさでどうしたってニヤケちゃう。



「今日は約束通りに、いっしょにお昼ごはんを食べよーね?」



 あと、昨日したお昼の約束を念押しすることも忘れずにっ。



 わたしは今から、お昼休みが楽しみだった――。



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