22幼馴染にざまぁ(ソウタ視点)
その凶報は、昨晩届いた。
『ソウタくんありがとう!ソウタくんが背中を押してくれたおかげで、無事ユキくんに告白できて付き合えることになりました!本当にありがとう!』
文末にウサギの絵文字など付けられたカナエからのメール。
そして、今日は朝からその話題で、三人の美少女たちが姦しい。
「カナエ先輩の告白が成功して良かったですよねぇ。っていうか、ソウタ先輩もナイスアシストでした!」
「お二人ともすごくお似合いです。それと兄さん、廊下でのカナエさんへの言葉、少しですけど生徒会室の中まで聞こえてましたよ」
「うむ、告白が成功して本当に良かった。ふふ、にしても、なんだかんだ言ってソウタ君もユキヤ君のことを信じていたんだな」
それに対し、僕は曖昧に微笑みながら思う。
どうして、こうなった……っ!?
僕の放った言葉の数々、そのどれもが、まるで悪意を持って重要な部分が切り取られたかのように、その真意が伝わっていないのだ。
正直、憤死すらしそうな激情が渦巻くが、僕は得意のポーカーフェイスでやり過ごす。
それに、今は他にも気にすべきことがある。
「あー……どうでも良いけどさ、今日は僕にくっ付いて来ないんだな」
そう、今日に限って三人はまとわり付いて来ず、女子同士でじゃれ合いながらガールズトークに花を咲かせている。
もちろん、陰キャぼっちである僕としては注目を浴びない現状は大歓迎なのだが、もし彼女たちが無理をしているのであれば、それは僕の望むところではない。
だから、彼女たちのためにこそ、ここは僕の方からパスを出しておく。
しかし――。
「うーん、なんていうかぁ、そういうノリもういいかなぁって思いましてぇ」
「ワタシも、もう友達もできましたし、兄さんとも十分に打ち解けましたので」
「だな、特にあの二人を見てしまうと、今まで場の勢いでやっていた行動の寒さが際立つというか……」
そう言って、前を見詰めるアザカ先輩の視線を追うと――。
「ユキくんお疲れ様!はい、これタオルだよ?」
「ああ、助かるわ。ありがとうな、カナエ」
それは校門を潜った少し先、昇降口に向う道すがらでは、渦中のカナエとユキヤのヤツらが身体を寄せ合い、まさに恋人同士の距離感でじゃれ合っていたのだ。
その瞬間、ヒョァッ――と、しゃっくりのようなノドの引きつりに呼吸が停止、自我が崩壊するような激情が脳天を直撃、降って湧いた尿意と共に膝が笑いながら内股となり、視界はグルンと上向いて意識が遠退いた。
「あ~、確かに身近なリアルカップルとか見ちゃうとぉ、今までの自分の行動が寒く感じちゃいますよねぇ。まぁもちろん、ノリでやってるときは朝のじゃれ合いも楽しかったんですけどぉ、一度覚めちゃうと痛さ爆発っていうかぁ」
「はい。ワタシも新しい家や学校に馴染めるか不安だったとはいえ、とても非常識な行動だったと思います。反省です」
「まったくだ。正直、あの毎朝のじゃれ合いは汚点でしかないぞ……ソウタ君も変なノリに付き合わせてしまって本当にすまなかったな」
そんな三人の言葉と僕自身の強靭な精神力も相まって、僕はなんとか気絶を免れた。
い、いったい何が起こっている? いや、分かりきったことだ。この胸を抉る痛みと虚無感は、どう見ても“寝取られ”と“裏切り”によるもの――そう、僕はまたしても、信じていた幼馴染に裏切られたのである。
そして、そのユキヤとカナエが間違いを起こしたことにより、僕らナカマ内が今まさに崩壊しようとしているんだっ!
その中で、僕は自分の成すべきことを考える。
いや、古今東西、幼馴染に裏切られた際の対処法は“ざまぁ”と決まっている。
長年を共に過ごした幼馴染に彼氏ができたら――“ざまぁ”。
実は好きだったと気付いた幼馴染に彼氏がいても――“ざまぁ”
とにかく自分以外を選んだ幼馴染は何が何でも絶対に――“ざまぁ”
僕が好むラノベでは鉄板の展開だ。やはり書籍から学ぶことは多いということだろう。こういうときに、直ぐに対処法が浮かんでくるのだから。
これも、陰キャぼっちとして他人に関わる無駄な時間を省き、読書による自己研鑽に時間を費やして来た成果だろう。
僕には、もうこのあとの展開すら見えているのだ。
まずは、僕が誰かと恋仲になりそれを見せつけることで、カナエに真なる想い――僕への想いを自覚させ、ユキヤを選んでしまった失敗と後悔を教える。
通常ならばそこで終わりだが、僕はあえて甘さを見せる。最終的に過ちを悔いるカナエを許して受け入れてやるのだ。そうすることで、同時にユキヤにもざまぁする。
そうして、僕がこの先の展開を予想してほくそ笑む前には――。
「ねぇねぇユキくん、今日のお昼も中庭でしよ?」
「じゃあ、その前の時間が体育だし、俺が先に行って場所を取っておくな」
登校の人波に合わせて似たような速度で歩いているためか、付かず離れずで、数メートル先行くカナエとユキヤの会話が聞こえてくる。
正直、裏切り者たちの会話には反吐が出そうだ。僕は知らず知らずの内に下唇を噛み締めながら鼻息を荒くしていた。
ああ、まったくやれやれだ。仮にも僕の幼馴染が、偽りの幸せに一喜一憂しているなんて、ひどく惨めで可哀そうになって来る。
だから、僕は決断を下す。もうここに至っては、誰も傷付かないなんて綺麗事は通用しないのである。
僕は“ざまぁ”のためにも、アザカ先輩とリンカのどちらかを選び、どちらかを傷付ける覚悟を決めた。
僕は目的のためには手段を選ばない冷徹さも持ち合わせているのだ。
「リンカ!アザカ先輩!」
そうして、周りの生徒や先行くカナエとユキヤにも気付かせるように、大きな声を張り上げる。
すると目論み通り、周囲からは注目が集まり、カナエとユキヤもこちらを振り向いた――よしっ、よく見ておくんだぞ、カナエ……っ!!
これからブチかます“ざまぁ”の第一歩。僕がアザカ先輩かリンカの告白を受け入れたら……さてさて、いったいカナエはどんな顔をするのかね?
僕は想像に難くないカタルシスに全身の肌が粟立ち、先程とは違った意味で鼻息が荒くなる。
「今この場で!前に受けた告白に応えたいと思うっ!」
カナエは今どんな表情で凍り付いているのやら――おっと、残念だが今の僕の眼中にカナエはないため、目を向けてやったりはしないぞ?
カナエの代わりに目の前のリンカとアザカ先輩を見詰めると、ここで言うの?という目とかち合い、僕は小さく頷いた。
突然の告白シーンに、僕らの周りにいた登校途中の生徒は足を止め、こちらにスマホのカメラを向ける者までいる。
そんな衆目の中で、まずはリンカが口を開いた。
「あ~、ごめんなさいソウタ先輩。あとでこっそり伝えようと思ったんですけどぉ、この前の告白はなかったことにしてください」
は?
「えっとぉ、昨日のソウタ先輩の熱い激励を聞いちゃったりしたらぁ……なんかソウタ先輩に大した理由もなく軽い気持ちで告白してたのがすごく失礼だったなぁって……だから、本当にごめんなさいですっ!」
リンカが申し訳なさそうに深々と頭を下げた。
次いで、横に居たアザカ先輩も口を開く。
「ああ、私も昨日のソウタ君の言葉に触発されてな。自分の本当の気持ちを知って元カレとよりを戻すことにしたんだ。私もソウタ君に背中を押してもらった形となった。キミはすごい男の子だな。だから私の告白もなしで頼む」
さらりと言ったアザカ先輩に、クリスが少しばかり声を高くする。
「え、アザカ先輩、お付き合いされたことあるんですか?」
「おいおい、驚くことか?私を何だと思っているんだ。彼氏くらい普通にいたさ」
アザカ先輩はこれまで六人と付き合っており、よりを戻したのは一番目の彼氏だと言った。
あまりの状況に理解が追い付かない。
だが、周囲の騒めきと、カメラのシャッター音にフラッシュ、そして、僕の顔を正面から据えようと伸ばされた無数のスマホを持つ腕が、僕の意識を現実へと引き戻した。
「ぁ……あぁ……そぅ………ハ、そ、そう……」
僕の頭が瞬時に高速回転をはじめ、この極限状態の中にあっても、果敢に軌道修正を行う。
「ぇへえぇ……よかったっ、よかったっ、やった!それはやったぁ!ぁれの……ぁあ!ちちょうどよかったよ!ぽぼっくもっ、ことわりょうとおもていただばだっ!」
一瞬の凍り付いたようなの静寂のあとに――クスクスと笑い声が上がる。
リンカもクリスもアザカ先輩も、必死に野次馬をはらおうとするが笑っている。みんなが笑っている。セカイが笑っている。しかし皮肉なことに、唯一笑っていないのがユキヤとカナエだった。
僕は頭に血が上って行くのを感じた。
違う。これは羞恥じゃない。怒りだ!
僕は踵を返し、毅然と今来た道を戻る。早歩きで、だ。決して走ったりなんかしない。
はぁ……まったく、他人の揚げ足を取り笑う卑劣な連中には付き合いきれないね、やれやれだ。
僕は、家に帰った――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます