23再会を願う言葉(ユキヤ視点)




 突然、幼馴染の失恋シーンを目撃することとなった昇降口前では、登校して来た生徒たちの騒めきが収まらない。



「な、なんかすごかったね」



 俺の隣では、俺の彼女となってくれた幼馴染のカナエが、呆然として呟いている。



 ああ、俺もまったくの同感だ。もうなにがなんだか……。



 サッカー部の朝練+自主練を終え、校門付近で登校して来たカナエと待ち合わせをして、いざ教室へと向かおう歩いていたところ、いきなり幼馴染の公開失恋シーンに立ち会ってしまったのだ。



 しかも最終的にソウタは、肩をいからせながら大股で歩き去って行ってしまった。



 ちょっと心配だな……。



「ごめん、カナエ。俺ちょっとソウタの様子見て来るわ。あいつ多分家に帰ってると思うから」



 ソウタは昔から、なにかに失敗すると自室に立て籠もる。



 昔から勉強も運動もでき、絵画や書道なんかでも度々に表彰され、家でする料理でさえ金を取れるレベルのものを作る――そんな万事において完璧なソウタは、“失敗”そのものに弱かった。



 普段失敗をすることがないものだから、独自の考えで突っ走り失敗するパターンが多く、なまじ才能があるからか、やらかす失敗のスケールもデカイ。



 また、失敗の経験の少なさから咄嗟の対処で悪化させ、状況の再生にも時間が掛かったりする。



 きっと凡人には理解できないレベルの思考や葛藤があるのだろうが、今はとにかくソウタの安否が心配だ。



「わ、わたしも行く!」



 俺の腕に抱き付く力が強まった。



「学校サボることになるけど……」



「全然へいき!わたしも気になるもん……あ、クリスちゃん!」



 カナエは早速ソウタの妹さんに声を掛けた。



 結局、その場から去ったソウタを追ってソウタの自宅までやって来たのは、四人にもなってしまった。



 豪邸と言って差し支えないソウタの自宅の長い廊下を進み、俺、カナエ、後輩のリンカ、ソウタの妹さんは、ソウタの部屋の閉じられたドアを前に声掛けを行う。



「兄さん、大丈夫ですかっ? 返事をしてくださいっ」



「うぅ、ソウタ先輩ごめんなさい。本当はあとでこっそり伝えようと思っていたんですよぉ……」



 妹さんが必死に、後輩のリンカが悲しそうに話す。



「なぁソウタ、今学校じゃアザカ先輩が火消しをしてくれてるから大丈夫だぞ」



 正直、火消しの効果に疑問はあるが……。



「ねぇソウタくん、声だけでも聞かせてよぉ」



 カナエも弱ったような声を出す。



 すると、ドアの向こうからガタタッ!という音が響いて来て、次にはドアの下からにゅっと紙が出て来た。それは――。



『ゆ、ユキヤ!?カナエ!?なんでお前たちまで……!?』



 どもりや感嘆符、三点リーダーによって感情を豊かに表現されたメモ書きだった。



 そして、次も直ぐに出て来る。



『今は誰にも会うつもりはないぞ。みんなは早く学校に帰りたまえ』 



 紳士口調かつ上から目線の文章。ふぅ……ひとまずは元気そうで安心した。



「兄さん、ここを開けてください!」



「ソウタ先輩ごめんなさいぃ~」



 だが、そこからはまったく音沙汰が無くなって、こちらが一方的に呼び掛けるだけとなっていたところ、突然妹さんがキレはじめた。



「兄さん!いい加減にしてくだサイ!」



 興奮している所為か、少しイントネーションがあやしい。



「リンカさんにだけ謝らせて恥ずかしくないんデスカ!そもそも、あんな場所であんなことをはじめたのは兄さんでショウ!」



 カナエが、ひぇ……と小さく悲鳴をもらして、後輩のリンカは一人でオロオロ。



「あの場で告白の返事をするということハ!どちらかっ、またはっ、両方にお断りを入れるということでショウ!あんなに人がいる場所で断られた人はどう思いマスカ!今兄さんが感じている気持ちは兄さんが人に与えようとしたものデスヨ!」



 妹さんの声が空気を震わせる。



 しばらくすると、また新たな紙が出て来た。



『傷付けるような意図はなかった。僕はただ自分のキャラ――陰キャぼっちとして、なすべきことをなそうとしただけだ。だが、謝罪が必要ならば謝罪しよう。最初から分かってもらえるとは思っていない。孤独じゃないかって?一人には慣れている――』



 妹さんの手が、メモを握り潰す。



「なんデスカこれハ!キャラとか陰キャぼっちとか!ワタシも兄さんの趣味を理解するために本を読みましたケド!あんなの現実でやったら尚のこと気持ちワルくてドン引きデスヨ!」



 ガタタッという音がドアの向こうから聞こえ、しばしの沈黙のあとに、思いのほか長文の返事が出て来た。



『僕は数多のラノベでも書かれている通り、この“陰キャぼっちスタイル”こそが学生生活を攻略するための最強のスタイルだと確信している!僕は子供が泣こうが女が喚こうが親が死のうが、この“陰キャぼっちスタイル”を貫く所存だ!絶対にやめないからなっ!これが僕の絶対ルールだ!』



 筆談とはいえ、ソウタのこんなに熱い言葉は小学校のとき以来で、俺はなんだか懐かしく感じた。そういえば、小学校のころのソウタは、結構な熱血少年だったっけ。



 しかし、当然妹さんの琴線には触れず、怒りの大絶叫。



「リンカさんとアザカ先輩に謝りなサイ!今すぐ出て来てちゃんと謝りなサイ!出て来ないならこのドアをブチ壊して引きずり出しマスヨ!」



 妹さんが廊下に置かれた調度品っぽい壺を持って振り上げたため、これを慌てて阻止する。



「んやっ!ユキヤさっ……ゃんっ、離してっ……離してくだサっ……んうぅっ!」



 さすがに妹さんは細いだけあって力は弱い。しかし、本気でぶん投げようとしているらしく、身体を捩ってこちらの制止を振り払おうとする。見た目に反して結構気性の激しいタイプなのかもしれない。



 やがて、暴れる妹さんが持つ壺のフチが俺の首元に入ってしまい――。



「ぐぇっ!?」



 俺は悶絶して手を離してしまう。メチャ痛い。カナエが半泣きで、ユギぐぅん!と飛び付いてくる。



 すると、ちょうど目の前のドアが勢いよく開き、俺たちが求めてやまなかったソウタ本人が、ブチギレながら登場した。



「ユキヤぁっ!お前ぇ!僕の妹に何してるんだぁあっ!!」



 今日はとことんタイミングが悪いらしく、ソウタは出て来た勢いそのままに――そして、こちらもまた俺の拘束が解けた反動で勢いよく振り下ろされる壺に――双方が激突した。



 砕け散る壺、崩れ落ちるソウタ、悲鳴をあげる女子三人、呆然とする俺……。



 そしてこれにより、ついに大人が介入する事態へと発展してしまったのだ。



 数日後、妹さんからの知らせを受け海外から飛んで返って来たソウタの両親が、ソウタ本人の強い希望もあって、しばらくソウタを海外の学校へと短期留学させることに決めたと挨拶に来てくれた。



 どう話をまとめたかなんていうのは、単なる高校生のガキでしかない俺には分からないけど、ソウタの帰還は早くても半年後以降になるらしい。



 しかも、今日このままソウタの両親の仕事先でもある海外へと向かうらしく、外にとまった車にはソウタが乗って待っていた。



「行っちゃうのかよ、ソウタ」



 俺の両親とソウタの両親が挨拶をしている間に、開いている車の窓からソウタに話し掛ける。



「はぁ、みんな揃いも揃って同じ顔で似たようなセリフを――“別れ”なんて僕からしたら日常なんだがね、やれやれだ」



 そう言いながら、ソウタは窓を大きく開けてくれた。



「ソウタ、俺らの誰にでも良いから定期的に連絡をくれよ。それと、絶対に帰って来いよな……!」



 もう今さら、“なんで行くんだ”とか“行かないでくれよ”とかは意味のない言葉だろから、とにかく俺たちとの繋がりを絶たないようにと念を押す。



 でも、ちょっと力み過ぎてしまったか、ソウタが、わ、わかったっての……と引き気味に頷いた。



「はぁ、やれやれだな……っていうか、僕の心配なんてしてる余裕なんかないだろう?お前こそ、僕が帰って来るまで絶対にカナエと別れるんじゃないぞ」



 そう言って、まだざまぁパートが残ってるんだからな……と、ソウタは不敵に笑って見せた。



 そこにちょうどソウタの両親が戻って来て、俺にも挨拶をしてくれたあとに車へと乗り込んだ。



「ああ、それとユキヤ、明日は学校休むなよ――?」



 そして、車が動き出し、ソウタが去って行く。



 カナエと同様、ソウタは幼稚園から高校までの長年を共にした幼馴染だ。



 だから、今はどうしたって、もっと関わっていればよかった、もっと遊んでおけばよかった、もっと話をすればよかった、そんな後悔と寂しさに胸の奥が苦しくなる。



「またな、ソウタ……」



 再会を願う呟きは、夜闇に溶けて消えて行った――。



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