24周知の事実(カナエ視点)




 ソウタくんが短期留学に行っちゃった翌朝。



 わたしはいつものように登校の準備に忙しかった。



 顔を洗って、ご飯を食べて、歯を磨いて……お弁当はもうできたから、寝ぐせとか制服のシワとかもう一度チェックして、それからちょっとだけお化粧とかしてみたり……えへ。



 そんなわたしを、さっきからお母さんが“いや~彼氏ができると違うわね~”とか“なぁに?手作りのお弁当?これは確実に胃袋を掴みにいってますねぇ”とか“あのカナエが朝から乙女してるなんて本当にユキくんには感謝だわ~”とか、もうずーっと後ろから付いてきてからかってくる。



「もうっ、なんで毎朝ついてくるのっ!」



 忙しいのに!ってお母さんに抗議するけど、お母さんはニヤニヤ笑って――。



「だってぇ、あのねぼすけカナエが早起きしてお弁当作ってオシャレまでしてるのよ?めずらしいを通り越してもう軽いホラーよぉ?見るっていうか見張るしかないでしょう?」



 ひどすぎるよ!



 そうこうしてるともう約束の時間。スマホが鳴って、家の前にユキくんが来てくれたことを知らせてくれる。



「うぅ、もう時間がなくなっちゃったぁ……」



 大丈夫かな、変なところないかなって、ちょっと涙目。



「ふふ、大丈夫よ、カナエ」



 お母さんがわたしの両肩に手を添えた。



「あんたユキくんのこと好きって自覚してから、すっごくかわいくなったもの……だから、自信を持ちなさい――」



 お、お母さん……っ。



「……なに言ってるの?今言ったのはそういうことじゃないよ?お母さんが邪魔しなきゃよかったのにっていう話だよ?」



 お母さんが、うわっこわっ……って、失礼すぎる!



「まぁまぁ、そんなことよりユキくん待たせて良いの?それともまだ時間が掛かるようなら、いっちょお母さんがユキくんのところに行ってトークで場を持たせてくるけど?」



「やめてよぉ!」



 この前のユキくんといっしょにした交際報告のときだって、もうデートした?手は繋いだ?キスはまだ?とか、とにかくユキくんがかわいく照れちゃう質問ばっかり!そういうのは、ちゃんとわたしも見れるところでしてくれなくちゃっ!



「うぅ、もう行くからね!」



 本当にユキくんを待たせるわけには行かないし――は、早く会いたいから……。お母さんは、なに赤くなってるの?ムッツリなの?とか言ってくるけど、気にしない!



「じゃあ、行ってきますっ」



 ふんっ――ってそっぽを向くように挨拶。



 でも、お母さんは全然気にしてくれない。



「ああ、そうそう、前にも言ったけど今度お母さんとお父さん、お姉ちゃんのところ行って来るからそのときは二週間は帰らないからね?」



 わたしには年の離れたお姉ちゃんがいて、お姉ちゃんはもう結婚していてもうすぐ二人目の子供も生まれる。



 だから、お父さんとお母さんは定期的に会いに行ってて、さすがに二週間ははじめてだけど、一人でお留守番はたまにある。



「あぁ、うん、ずっと前から聞いてるしわかってるよ」



「二週間は帰らないからね?」



「わかったよ?」



 なんだか念を押すような言い方に首をかしげちゃう。



 すると、お母さんが溜め息を一つ。



「ふぅ……カナエくん、つまり二週間キミしかいないこの家を、キミが誰とナニに使っても、誰を連れ込んでいっしょに暮らそうとも、我々は一切関知しないということだよ……この意味が、分かるね?」



 その言葉に、はっ――とする。



 お母さんはそれ以上語らず、黙って親指を立てる。



 わたしはゴクリとのどを鳴らして、家を出た。



「ぁ……ゆ、ユキくん、おはよう」



「ああ、おはようさん」



 お母さんの所為で変に緊張しちゃうよ!



「こ、こんな時間にユキくんといっしょに登校なんて不思議な感じだね~」



「あはは、そうだよな、普通だったら俺は朝練があるからなぁ」



 数日前、ソウタくんを追いかけるために学校をサボった罰として、わたしたちは反省文と部活動の禁止を言い渡されてしまった。



 でも、わたしとしては、反省文はユキくんとカフェとか行っちゃっていっしょに書いて、ユキくんが部活動禁止になっちゃったから、こうして毎朝いっしょに登校できる――不謹慎かもだけど、ちょっと嬉しい。



 そして、わたしが役得とばかりにユキくんの腕に抱き付きながら登校すると、校舎の昇降口の前に人だかりができてる。



「なんだろうねぇ?」



「なんだありゃ?」



 似たようなことを同時に言っちゃって胸の奥がくすぐったくなる。



 すると、何人かがこっちを向きはじめて、“写真の二人じゃないか?”とか“イチャ付きやがって!”とか“つーか、やっぱユキヤじゃん”とか、なんだかちょっとこわい雰囲気……。



「ああっ、カナエ先輩!ユキヤ先輩!」



 そこに、リンカちゃんがやってきた。



「実はこの騒ぎなんですけどぉ、校舎内のいろんなところにこんな写真が貼ってありましてぇ」



 差し出されたA4のプリントに、いっきに顔が熱くなった。



 だってそれは、数日前にわたしがユキくんにした “ふーふー”してるときの写真――っていうか、写真で見るとキスしてるようにしか見えないよ。まだしてないのに……。



「今アザカ先輩率いる生徒会が外して回ってますけどぉ、たぶんお二人とも職員室に呼ばれちゃうかもですねぇ」



 人だかりには驚いちゃったけど、リンカちゃんの口振りからすると、そんなに深刻な雰囲気じゃないのかな?



「まぁ、お二人が付き合いはじめたことを知ってる人も多いですしぃ、先生には軽く注意受けるかもですけどぉ、あとはみんなからメッチャ冷やかされるぐらいじゃないですかねぇ?」



 ふふ~、ユキくんと付き合えてからは、冷やかされるのはきもちいいから好き。



 それに、これでわたしとユキくんの関係がみんなの知るところになったって考えると、なんか公認されたみたいな気になれて嬉しい。



 それを思うと、この写真プリントを撮った人と貼った人には心の中でちょっぴり感謝かな?



 そんな現金なことを考えていると、やっぱりユキくんといっしょに職員室に呼ばれちゃった。



 でも、特になんの注意も罰もなくって、この写真は自分たちで撮ったのか?とか、誰かに頼んだのか?とか、誰が撮ったか心当たりはないか?とか聞かれただけだった。



 なんだろう? わたしとユキくんの行為より、写真の出所とか撮った人を気にしてるみたい。



「なんだったんだろうねぇ?」



「あー、職員室を出るときにちょろっと聞こえたんだけど、“盗撮”がどうとかって……」



「と、とうさつ……?」



 現実感なさすぎっ!でも、そういうことになっちゃうのかなぁ?



「あ、っていうか、ごめんなさい……わたしがあんなことしちゃった所為で……」



 申し訳なさと恥ずかしさで消えてしまいたい……。



「い、いやいや!カナエのアレのおかげで俺は距離置かずに済んだんだし、む、むしろ助かったくらいだって!」



 うぅ、ユキくんやさしいなぁ――って、距離?



「ユキくん、距離ってなぁに?」



「うっ、いや、話せば長くなるので……」



「知りたいなぁ?詳しく聞かせてくれると嬉しいなぁ?」



「は、はい」



 そんなやり取りをしながら教室に入って行くと、リンカちゃんが言ってたもう一つの“メッチャ冷やかされる”が待っていた。



「お~い~、カナっぺ~、なんだよあれはぁ~」



「さぁ、カナエ、お姉さんたちにナニをどこまでやったのか話してごらん?」



 近くの席の子たちがニヤニヤしながら絡んでくる。



 わたしは“ひみつ~”とか“なにもないよ~”とか言いながら、どうしても顔がニヤケちゃう。ユキくんと噂になるのがきもちいいです。



 でも、わたしの方は平和なんだけど、ユキくんの方は大変そうで……。



「貴様ぁ!鎧じゃなくて奇行種だったかぁ!」



「討伐しろ討伐!」



 ユキくんは他の男子に背中から飛び付かれたりして過激なふざけ合いをしていた。



 それを遠くから眺めながら考える。



 今度の誰もいない二週間、ユキくんをどうやって家に誘おう――?



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る