21あなたに愛の告白を(カナエ視点)




 ユキくんからの電話に出て、ユキくんの声を耳元で聞く幸せを感じたのも束の間、わたしは、今の自分の立場というものを、嫌というほどに思い知ることになった。



『あー……実はさ、今日ソウタ本人から言われたんだ。カナエには、好きな人がいるからあまり付きまとうなって……』



 それを聞いた瞬間に、全身が凍り付いたみたいに固まった。



 わたしは、ユキくんへの本当の気持ちも、それまでのソウタくんへの勘違いも、今まで誰にも話したことない。それなのに――。



 うぅ……ソウタくんが言う“わたしの好きな人”って誰のことなのぉ……っ?



 今朝から結果的に邪魔されちゃってるような状況に、ソウタくんへの恨めしい気持ちと理不尽な怒りが湧いてくる。



 ううん、でもソウタくんは事情を知らないんだし、良かれと思って言ってくれてるんだと思う。



 それに、そもそもはわたしが、ユキくんが好きですって、振ってごめんなさいって、お付き合いしてくださいって、きちんと伝えれば良いだけなんだもん。



 頭の中ではもうユキくんと結婚して子供までいる未来を妄想してるくせに、現実じゃあ全然意気地のない自分に嫌気がさしちゃう。



 そして、そんなわたしに追い打ちを掛けるみたいに――。



『なんか、本当にごめんな……元はと言えば、俺がカナエに告白とか余計なことしちゃった所為で、ソウタからも注意されるような状況になって……』



 その言葉の端々には隠し切れない痛々しさがあって、それでも気持ちを押し殺して取り繕おうとするユキくんの声に、わたしはひどく胸を締め付けられ、同時に、大好きな人にそんなことを言わせてしまった不甲斐なさに消えてしまいたくなる。



 血の気が引いた頭には、傷だらけで歯を食い縛るユキくんのイメージが思い浮かんできて、気が付くとわたしは涙をこぼしていた。



 もうだめ、これ以上はだめ……っ。



「ユキ、くんっ……わた、わたしはっ、ユキくんに伝えたいことが、あります……っ」



 考えもなにもない、とにかく必死なだけの言葉。



「ど、どうか、聞いてくださいっ……お願いします……っ」



 震えた声でひどく情けない懇願をして、わたしは自分の気持ちを聞いてもらうことにした。



 もう一刻の猶予もない。早くユキくんのところに行きたい。ユキくん、ユキくん、ユキくん――っ。



 わたしは生徒会室を飛び出して、ユキくんのもとに向かう。



 途中で偶然出会ったソウタくんからもすごい激励をもらっちゃって……もしかしたら、ソウタくんは今朝からずっとわたしの背中を押していてくれていたのかもしれない。



 ありがとう、ソウタくん……っ。



 わかり難くて不器用な優しさをくれた幼馴染の男の子に感謝をしながら、わたしは大好きな人の名前を呼ぶ。



「ユキくん!」



 校門を出たところで待っていたユキくんに、わたしはそのまま抱き付いた。



「ふぉおっ!?か、カナエぇえ!?」



 ユキくんが驚いて身体を引こうとするけれど、絶対に逃がさないもん。



 わたしはユキくんに全身を押し付けながら腕を回して絡みつき、ぎゅぎゅっと抱き付いちゃう。



 こんなことをして、もう顔や頭はもちろん、全身がぐつぐつ熱くって、心臓だって今までにないくらいにばくばくしてる。



「ゆ、ユキくんっ……聞いて、くださいっ……」



 わたしはユキくんに抱き付いたまま、顔だけを上向かせて言う。



「わ、わたしはっ……ユキくんのことがっ……大好きっ、です……っ!」



 声が震えてどもっちゃって、すごくかっこ悪い……。



「ぇ、えれ……?でも、カナエはソウタが……それに、ソウタだってカナエのこと……」



 ユキくんが戸惑いながら呟く。



「うぅ……ご、ごめんなさい……ユキくんが告白してくれたあと、たくさん考えて……お、お母さんにも、相談して……そしたら、自分の本当の気持ちが、わかって……っ」



 ユキくんは、えっ、おばさんに?――ってその部分が気になったみたいだけど、わたしはもう気持ちを伝えるだけで精いっぱい……。



「ソウタくんには何も感じないことでも……ユキくんが他の女の子と話してるだけですごく嫉妬しちゃったり……それで、他の子に取られちゃうんじゃないかって不安になったり……」



 すると、ユキくんが慌てたように言う。



「と、取らない取らない!こんなのっ!」



 わたしは、そんなことないよっ――ってちょっと恨めしく思いながら続ける。



「それにね、ここにはソウタくんが送り出してくれたの……わたしの素直な気持ちをユキくんに伝えれば良いって、ユキくんなら必ず応えてくれるって、ソウタくんが保証するって……」



 すると、ユキくんには予想外だったみたいで、すごく戸惑っている。



「そ、そうなのか……? その、ごめん……なんて言って良いのか……」



 違う意味だってわかってるのに、ユキくんに“ごめん”って言われた瞬間に、真っ暗な絶望に塗りつぶされて意識が遠退く気さえした。



 わたしは拒絶される恐怖に身体を震わせながら、必死にユキくんにすがりつく。



「ゆ、ユキくんっ……い、今さら……わたしから、こんなことっ……き、嫌われちゃう、かもっ、だけど……っ」



 視界が揺らいで、声は完全に鼻声で、こんなに情けない告白ないよ……。



「っ……大好き、です……どうか、わたしと、付き合ってください……っ!」



 くっ付いてて頭が下げられないから、ユキくんの胸板におでこを押し当てる。



 うぅ……こわい、こわい、こわいっ――返事がこわくって、ついついユキくんに抱き付く腕に力が入っちゃう。



 ユキくんは、こんなすごいことを、あんなにしっかりとしてくれたんだ……。



 こんな状況でまたユキくんに惚れ直して――こ、これで断られたら、泣いちゃう……し、死んじゃう……っ。



 そして、息遣いからユキくんが口を開こうとしているのがわかった。



「あ、あ、待ってっ……や、やだ、だめ、やだよユキくんっ……ふ、振らないで……ごめ、ごめんなさいっ……許して、許してくださいっ……許してよぉ……っ」



 もう涙はぼろぼろで鼻はぐしゅぐしゅ……言ってることも情けなさ過ぎて、普通ならドン引きだと思う。



 でも、ユキくんは――。



「い、いやいやいやいやっ!ふ、振るわけないっ、俺はずっとカナエのことが好きなのにっ……フラれたあとだって、諦められずにリベンジ狙ってたくらいで!――あ、いや、今のはなしっ……と、とにかく!メチャクチャ嬉しい!」



 そして、ユキくんは改まって言った。



「お、俺もカナエが好きだ!こちらこそ、よろしくお願いしますっ!」



 そう言ってユキくんが頭を下げるから、抱き付いてるわたしがエビ反りになる。



 なんだか可笑しくなって、泣きながら笑っちゃった。



 そして、二日振りになるユキくんと二人きりの帰り道。でも、二日前とは全然違う結末と心持ちで歩いてる。



 アザカ先輩やリンカちゃんやクリスちゃんたちが、毎朝ソウタくんにやってたみたいに、わたしはユキくんにしなだれかかるように腕を取って抱き締める。



 あんな絶望的な気持ちと情けない告白のあとに、もう幸せな気持ちになってる自分の単純さに呆れちゃうけど、トラウマものの大恥をさらした甲斐があったって思いたい。



「なぁ、カナエ……」



 するとユキくんが、今日一番かもしれない神妙な面持ちで低い声を出す。



 その押さえつけるような低い声に、勝手に腰がふるるって震えてお腹の下がじんわり熱くなると同時に、なにを言われるんだろう……っていう後ろ向きなこわさも感じる。



「な、なぁに?」



 緊張と興奮がまぜこぜになった妙な気持ちで、警戒しながら聞き返すと――。



「その…………おばさんに、どこまで相談したんだ……?」



 え、そこ?



 ポカンとしたあと、思わず吹き出しちゃった。



「ふ、ふふ、じゃあ今から直接聞きに行こうよ」



 ちょうどわたしも、さんざん煽って背中を押してくれたお母さんに報告したいことがあるし。



 “今日、彼氏ができましたっ!”



 ――って、どや顔で言う!



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