13グイグイ?(ユキヤ視点)
告白や失恋っていうのはこういうものなのか、ここ最近の俺のテンションは常に乱高下を続けている。
しかも、俺を振った俺の幼馴染――カナエによる謎多き言動が、俺を惑わせて止まないのだ。
今朝だって、カナエの勧めに従って顔を洗いに行けば、昨日同様タオル(カナエの香り付き)を貸してくれ、最終的にはカナエ自身が俺の顔を拭いてくれるというサービスまである始末。
さらには、去り際の “責任、取るから……”というカナエの台詞。もう意味深すぎて、俺は朝からカナエのことしか考えられない状態に……。
もはや脳内では、カナエが溢れて練り歩くカナエ一色のカナエ祭り。
さっきから耳元でも、カナエが「ユキくーん」なんて呼ぶ幻聴まで聞こえはじめて、もう完全に末期な感じ。
フラれたにもかかわらず、重度のカナエ中毒、カナエ依存症に陥りつつある地獄のような状況だが、そんな俺を救い出す救世主が現れた。
「まぁ、カナエには気になる奴が居るみたいだし、他意はないんじゃないか?」
カナエの想い人――ソウタである。
その台詞は、立場的にもソウタが言うと凄まじい説得力があると同時に、俺の身の程知らずな浮つきを木っ端微塵に打ち砕く破壊力を持っていた。
「そう、だよな……」
喘ぐように呟いた俺の顔には、敗北感いっぱいの笑みが浮かんでいることだろう。
俺って奴は、何を一人で盛り上がっていたのか、身の程知らずも甚だしい。カナエには、ソウタという想い人がいるっていうのに……。
自分に冷や水を浴びせる思考で冷静になった俺は、そのままソウタと共に時間ギリギリで教室へと入った。
すると、またしても遠くの席のカナエと目が合ってしまう。
これが、つい今し方までのテンションだったら、俺はまた無駄なポジティブさを発揮して調子に乗っていたことだろう。
だから俺はすぐに視線を外し、誤魔化すように自分の席のお隣さんに話し掛けた。
「なぁ、今日の英語の訳って、この列が当たる番だっけ?」
「え、あー、どうかな?今日はたぶん違うと思うけど……でも個人指名でユキヤくんだけ当てられるかもよ?」
そう言って、意地悪く笑うお隣さん。
「え、なんだよ、ユキヤって今日の英語で当てられんの?」
「あ~、あの英語の先生ってさぁ、絶対ユッキーのこと気に入ってるよねぇ~」
斜め前の男子と前の席の女子も話に混じってきた。
他愛もない話をしつつも、俺はカナエのことが気になって仕方がない。長年の習慣で、身体や視線が自然とカナエを追って動いてしまう。
もちろん、今はそれを努めて我慢。カナエにはソウタがいるんだと言い聞かせ、友達と話すことで気を紛らわせ、あの手この手でカナエへの欲求と習慣を抑え込む。
ああ、そういえば、当初は“カナエと距離を置く”という新方針に対して、休み時間はトイレに行って~とか、友達と駄弁って~とか、昼休みは部室で~とか、いろいろ考えていたっけか。
それを思うと奇しくもこの状況、俺が考えていた作戦通りの展開じゃあないか?
これが上手い方法なのかは分からないけど、ちょっと作戦通りにやって見るのも良いかもしれない。
というか、また朝みたいなテンションになったら、俺は毎秒でもカナエに告ってしまいそう。前にサッカー部の先輩が同じ相手に二十回も告白したって話があったけど、今ならその気持ちが良く分かる。
ならばこそ、俺が暴走しないためにも、俺のリベンジのためにも、カナエの恋の成就のためにも、一旦距離を置いて落ち着くことは決して悪いことじゃないはずだ。
別にカナエを邪険にするつもりはないし、告白の前の状態に戻るだけのこと。仮にカナエの方に何かあっても、悔しいけど……ソウタの奴が上手くフォローするだろう。だから、何の問題もない――。
――と、安易に考えていた俺は間違いなくアホだった。
「ユキくんっ!」
一発目の休み時間に入るなり、カナエが教室中に響き渡る声を上げてこちらへと駆け寄って来たのだ。
そう、そもそも距離を取らせてもらえない可能性。
まだ何もはじまってもいないのに、のっけから計画破綻の予感がした。
周りからも大注目を浴び、俺のお隣さんはニヤニヤしながら肘で小突いてくるし、斜め前の男子からは中指を立てられ、前の席の女子に至っては黙ってスマホのカメラを向けてくる……。
「ユキくんっ……ちょっと、いいかな……?」
そう声を掛けられて、俺はカナエに袖を引かれながら人気の少ない階段の踊り場まで連れて来られた。
カナエは、ユキくんはこっちこっち――と俺を壁際の隅に押し込んでから、少し改まった様子で口を開いた。
「えっと……朝は、ごめんなさい。頬っぺた、大丈夫?」
カナエの手が伸びて来て俺の頬をさわさわ。こそばゆい感覚に背筋がゾクゾクっと来て、顔が熱く、やさしい囁き声には脳が蕩けそう――。
ソウタが叩き直してくれた俺の冷静なる鋼の精神も、カナエがちょいと小手先を動かせばいとも簡単にドロドロに溶かされて行くイメージ。
ヤバイ、カナエが強すぎる……っ。
もはや俺がカナエと距離を取るには、カナエ本人に理由を懇切丁寧に説明し、その上で土下座でお願いするしかないのかもしれない。
だが、そんな俺の心情など知る由もないカナエは、頬をさわさわくすぐりながら囁いた。
「わぁ、赤くなっちゃってる……」
頬が赤いのは完全に別理由なんだけど、それを説明する余裕は今の俺にはない。
俺には、ただただ目の前のカナエを見詰め、緊張と興奮に全身をガチガチに固めて湯気を出さんばかりに体温を上げることしかできない。
「あ、そうだぁ」
何かを思い付いたらしいカナエが、小さな子供のように声を弾ませる。
「ユキくん、ちょっと屈んでくれる?」
控えめに小首をかしげたカナエに、俺は言われるがままに屈んだ。
すると、カナエの小さな手がそっと俺の顔に添えられて――。
「ふぅ~、ふぅ~……」
何を思ったか、カナエはまるで熱いお茶でも冷ますように、俺の頬に向かって吐息をふーふーやりはじめた。
俺の頬を撫でるカナエの吐息。生暖かくてやわらかな感触がくすぐったく――というか、ちょっと待ってくれ、こんなんマジで鼻血出るぞ……!
ぼうっとする頭で、鼻の奥がツンとするのを感じた。
か、カナエは……?
突如このような凶行に及んだ幼馴染を盗み見れば、カナエは瞼をぎゅぎゅっと閉じた赤ら顔で、全身をプルプル震わせながら懸命にふーふーしていた。
今の今まで、俺の目には平然としているように見えたカナエだったが、やっぱり照れていたみたいだ。なんだか、少し安心した。
本当なら、この時点でカナエによる大胆サービスの真意について問い質すべきなんだろうけど、残念ながら今の俺にはもうそんな精神力は残っていない。
俺はすっかりとカナエのかわいさと色香に当てられて、頭はもうクラクラ。さらには極度の緊張と興奮の連続により、すでに全身グロッキー状態だった。
しかもそこに、次の授業の予鈴も鳴りはじめて――。
「ふぅ~、ふぅ~……ぅ? えへへ、教室に戻ろっか」
カナエは我に返ったように、真っ赤な顔ではにかんだ。
「あ、そうだユキくん」
今度は悪戯っぽく笑いながらカナエが続ける。
「今日は約束通りに、いっしょにお昼ごはんを食べよーね?」
機嫌良さそうなカナエが、俺を先導するように前を歩きはじめる。
「ふはぁーっ……!」
俺は溜まった熱を吐き出すように、密かに深いため息を吐き出す。
なんというか、止めに心臓を撃ち抜かれた気分だ。
というか、ちょっとカナエと距離を取ろうとした結果がこれだよ。苛烈な反撃に合い、結局俺は今まで知らなかったカナエの一面と魅力をこれでもかと思い知らされてしまっただけで、もうカナエと距離を置ける気が全然しない。
残された道は、マジで土下座しかないかもしれない。
前を行くカナエの背を見ながら、俺は少し震えた。
昼休みが、ちょっと怖い――。
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