12予期せぬ敵(ソウタ視点)
珍しく一人で登校して来た僕は、足早に教室へと向かっていた。
なぜなら、今日はカナエに対し、現状の説明と今後の指示をしてやらなければならないからだ。
はぁ、どうして僕がこんなことをしなくちゃいけないのだろう……基本的に僕は面倒なことはしたくないんだ……。
さすがの僕も、溜息を禁じ得ない。
「そもそも当事者意識が足りな過ぎるんだよな、カナエのヤツは……」
カナエは今一つ、自分の幼馴染やナカマとしての役割というものを分かっていない。
いや、確かに、僕のように日頃からラノベなどで似たようなシチュエーションを経験し、常に問題解決能力を磨いてきた人間でなければ、その辺りの機微を理解するのは難しいだろう。
「でもそうなると、結局は僕が指示を出してやるしかないってことか……」
本当ならば、このままフェードアウトして平和なぼっちライフに移行したいところだが、そんな真似は、クリスもリンカもアザカ先輩も、絶対に許してはくれないだろう。
僕を取り巻く三人の美少女たちは、どうあっても僕にぼっちライフを送らせてはくれないのだ。
そして、今日からそこに幼馴染であるカナエまで加わってしまうのだから、いったいどこのハーレム系ラノベ?っていう状況で、単なる陰キャぼっちの僕には少々キツイものがある。
だからせめて、胸の内でくらいでは自分の本心を叫ぶことを許してほしい。
皆ぁ~!頼むから僕に、平和なぼっちライフを送らせてくれぇ~!
――だが、こうしてどれだけ魂の叫びを上げようとも、現状は変わらない。
僕が居なければ、あの奇跡的なナカマ関係は成立しないという事実。
僕が居なければ、カナエがこれから先の導き手を失ってしまうという現実。
「ふぅ……これも幼馴染の宿命ってヤツなのかね、やれやれだ――」
どんくさい幼馴染の面倒を見るのは、やはり幼馴染の義務ということなのだろう――そう思って、僕は自分の運命を受け入れることにした。
しかし、そんな諦めの境地とは裏腹に、僕の口元には自然と笑みが浮かぶ。
まったく……僕も大概、お人好しの部類に入るのかね。
そうして、僕が自分の甘さに肩をすくめながらゆっくりと首を振っていると――。
『……責任、取るからっ……!』
学び舎の廊下には似つかわしくない台詞が響いて来た。
思わずそちらを見ると、今の今まで僕の思考を占領していた幼馴染のカナエが、パタパタと足音を立てながら教室へと入って行くのが見えた。
そして、逆側にある手洗い場の前には、同じく幼馴染のユキヤが呆然として立ち尽くしていた。
僕はユキヤに声を掛けた。
「おい、朝からなに呆けた顔してんだよ」
「あ、ああ、ソウタじゃん、おはようさん……」
ユキヤはどこかふわふわとしていて……今カナエと居たみたいだし、なんかあったのか?
「おいユキヤ、お前カナエに何かしたのか?」
まだ何も聞いていない内からつい責めるような口調となってしまい――なんだかんだ言っても、僕にとってもカナエは、まぁ大切な幼馴染だってことなんだろうな。
すると、僕の威圧にビビったのか、ユキヤがしどろもどろに答えた。
「いや、タオルを、貸してもらったんだ。そんだけなんだけど……」
微妙に気まずそうな顔をするユキヤ。
なんだ、コイツの反応は?もしかして僕に悪いとでも思っているのか?それとも単純に照れているのか?
前者なら、お門違いだと言わざるを得ない。カナエが僕のことをどう思っているのか――それは彼女の行動や雰囲気から察することは可能だが、僕は言外の意味をくむ気はないし、僕の方からカナエを彼女にした覚えもない。
また仮に、カナエのヤツが僕の彼女の座に納まっていたとしても、僕はカナエが誰かにタオルを貸したくらいで怒るほど狭量ではないし、僕はカナエに何も強要するつもりはない。
そして後者なら、さすがに初心が過ぎるというものだ。まぁ、僕と違ってまだ童貞であるだろうユキヤなら、それも仕方のないことなのかもしれない。誰だって、経験のない内は異性への扱いに慣れないものだ。
もっとも、基本的に陰キャぼっちである僕だって、中学の頃に女子の方から誘われて密かに何人かと関係を持った程度。しかもその後は付き合うことも、話すこともなくなってしまった子ばかりだし、童貞マウントなんて取るつもりはないがね。
だから、僕はユキヤの様子を横目で伺いながらこう付け加えた。
「まぁ、カナエには気になるヤツが居るみたいだし、他意はないんじゃないか?」
なんだか、僕が牽制しているみたいで嫌だったが、ユキヤだって男だし、童貞特有の勘違いでイザとなったら何をするか分からない。カナエのためにも、多少の釘差しは必要だろう。
しかも、今は僕らのナカマ内が大変なときであり、カナエには僕ともう一段親密になることで発言力を高め、僕らの仲を取り仕切るという役目もあるわけだし、ユキヤには悪いが、相手にしてる暇はないのである。
「そう、だよな……」
僕の言葉を受け、ユキヤが弱ったように笑う。
もしかしたら、ユキヤはカナエに気があったのかもしれない。しかし、こればかりはどうしようもないことだろう。尊重されるべきはカナエの気持ちだ。
非情かもしれないが、僕からもフォローをすることはない。ユキヤの問題はユキヤ自身が解決すべきことなのだから。
――と、そうこう考えている内に教室に着いた。
手洗い場から連れ立って来たユキヤと別れ、僕は自分の席へ。
問題のカナエは、いつも通り僕の斜め後ろの席に座って、どこかをじっと凝視していて動かない。
何を見ているのか――と疑問に思ったが、ここで僕の方から声を掛けてはいけない。僕はあえてカナエを無視するように振舞った。
「ね、ねぇ、ソウタくん。今ユキくんといっしょに来たみたいだけど、ユキくんどんな様子だった?」
するとそれ見たことか、カナエの方から声を掛けて来る。
それに対し、僕はカナエに“童貞であるユキヤへの接し方”の注意をしてやると共に、僕の方からもユキヤに対し軽く釘を刺しておいたことを伝えた。
カナエの奴は、驚いているのか、感動しているのか、一人で百面相をしたあとに、また先程までと同じ方向に顔を向けて動かなくなった。
やれやれ、現状の説明と今後の指示は、一限目の授業が終わってからだな。
僕はそう判断して、前を向いて授業の準備に取り掛かる。
しかし、これが間違いだったのだ。まさかこの僕が後手に回ってしまうことになるなんて――。
「ユキくんっ!」
一限目の授業が終わるなり、教室中に響き渡る声でカナエが叫んだ。
そして、僕を含むその場に居たクラスの全員が注目する中で、カナエは一目散にユキヤのところまで駆け寄って、そのままユキヤを引っ張って教室の外へと連れ出して行ったのだ。
次の瞬間には、残された教室内が騒然となった。お気楽な者たちが囃し立て、程度の低い連中が下種の勘繰りをする。
それを聞きながら思う。僕にはカナエを守る義務があり、カナエにはナカマ内での重要な役目があるのだ、と。
僕は即座に二人のあとを追跡した。
教室から出て行ったユキヤとカナエ――二人の姿は、少し離れた人気の少ない階段の踊り場にあった。
「なっ……!!?」
そこで見た驚愕の光景を前に、僕は明確に悟ったんだ。
ああ、ユキヤ……どうやらお前は、僕らナカマにとっての“敵”に他ならないらしい。
小さくシャッター音が鳴る。
僕はスマホを手に、踵を返して駆け出した――。
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