11嫉妬と強引さ(カナエ視点)
ユキくんの告白から、二日が経った。
わたしとユキくんの仲は、わたしにとっては過去最悪の状態かもしれない。
それもこれも、わたしが自分の気持ちに鈍感だった所為の自業自得……。
そのことで、昨日の夜もさんざん悩んで後悔して落ち込んで……おかげで今日も寝不足で、このあとの授業はぜったいにどこかで寝ちゃう自信があるくらい。
でも、一晩考えた甲斐あって、自分の素直な気持ちを知ることができた。今度は、友達の受け売りや雰囲気に流された気持ちじゃなくって、憧れと恋心を取り違えた勘違いじゃなくって、恋をすること自体が目的なんじゃなくって、正真正銘のわたしの気持ち。
わたしは、ユキくんのことが好きだっていうこと。
そのユキくんからの告白を断っておいて、自分でもすごい掌返しだって思う。
それに、ユキくんからの告白を断っちゃうんじゃなくって、せめて保留にしておけば――なんて、いやしい後悔なんかも浮かんできて、酷く自己嫌悪……。
今さら、もうダメかもしれない。こんなわたしじゃ、嫌われちゃうかも……。
でも、せめて好きな気持ちだけでも伝えたい。ユキくんだって、あんなに一生懸命に伝えてくれたんだから。
だからこそ、昨日に引き続き今日も、わたしは寝不足の身体を押してまで、まだ早朝って言えちゃうくらいの時間帯から学校に来ている。
すべては、ユキくんの朝練姿を見るために――!
「――で、ユキくんはどこだろう?」
今日は教室からじゃなくって、校舎の陰からユキくんを探す。
探し出して、監視っ、監視しちゃうっ!
睨むように目を細めながら校庭を見れば、サッカー部の人たちがボールを蹴りながら走ってる。ドリブルの練習なのかなぁ?
そう思いながらもぎょろぎょろ目を動かして、わたしはわりと早くにユキくんを発見。
ユキくんは、マネージャーの子、かな?――に呼び止められているみたいだった。
きっと部活の連絡とかだってわかっているのに、その光景を見てすごく嫌な気持ちになる。
今までは全然気にしなかったくせに、自分の気持ちを自覚した途端に嫉妬するなんて、自分でもすごい現金だと思う。
わたしは歯を食いしばって、小さく唸りながらもマネージャーの子と話すユキくんを見詰める。
すると、マネージャーの子が急に声を荒げた。
『……っ!……責任っ――ちゃんとっ……さいよっ!』
それが耳に届いた瞬間に、背中と頭の後ろがゾワゾワってして、心臓が凍り付いたみたいに冷たくなった。でもそれでいて、見開いてる目は燃えるように熱くって、胸の奥では重たいドロドロが溢れて止まらない。
ソウタくんに関することでは一度も感じなかった感情。今までとは比べものにならない、はじめて知った、本物の嫉妬――。
自分が怒っているようにも悲しんでいるようにも感じて、ぐちゃぐちゃで、わけが分からない。
ユキくんとあの子がしてる話の内容なんてわからないし、きっと部活に関わることだって思う。でも、苛立ちが抑えられない。だって、昔からずっといっしょに居たわたしだって、ユキくんに対して“責任”なんて言葉、使ったことない。
「うぅ、なにあの子ぉ……」
恨めしそうな声が出ちゃうけど、止められない。視線はユキくんと話してたマネージャーの子に固定されて、気が付くと眉間にしわが寄っちゃう。
自分がこんな性格だったなんて思いもしなかった。ユキくんへの気持ちを自覚した途端にこれだもん。自分でも引いちゃうくらいの嫉妬深さで、とてもユキくんには見せられない。
そうして、わたしが悶々としている間に朝練も終わって、ユキくんが教室へと移動するみたい。
「どうしよう……」
ユキくんが、あのマネージャーの子に取られちゃうかもしれない――さっきから、そんな妄想が止まらない。
わたしは焦りに突き動かされるように、ユキくんの先回りをすることにした。
昇降口を入って階段を駆け上り、自分の教室のある階まで来て、急いで自分の教室に入り、置いた鞄からタオルを取って、また階段の前まで戻ってユキくんが上って来るのを待つ。
待っている間に、ユキくんに貸す予定のタオルでちょっと自分の汗なんか拭いてみたりして……本当にちょっとだし、ユキくんも気付かないよね?
そんな自分の行動に、やっぱりわたしってちょっと変態なのかも……とか、昨日の“ユキくん使用済みタオル顔押し付け事件”もあって、考えちゃう。
でも、今はそれよりもユキくんのこと!
わたしはタオルを握り締めてスタンバイ。昨日ユキくんにタオルを使ってもらえたことに味を占めて、今日も同じ方法でユキくんに絡んで行く作戦。
それに、タオルを渡すのってなんかマネージャーっぽいし、さっきの子の上書きにもなるよね。
「ぁ、ユキくんっ――」
ユキくんが階段を上って来たところで声を掛けると、ユキくんが驚いた顔でこっちを向いた。
うっ……ど、どうしよう、すごく緊張して来た……。
「ぉ、おはっ、よぉー……っ!」
もう、カチコチ!
すると、ユキくんもぎこちなく挨拶を返してくれて、それでそそくさと教室へ入って行っちゃった。
すれ違い様にユキくんの匂いがして、思わず「ぁ……」なんて変な声が出ちゃったけど、聞こえてないよね。
「ユキくんを追いかけないと……!」
考えてる場合じゃない。わたしもすぐにユキくんを追いかけて教室へ。タオル、使ってもらわなくっちゃ!
そのあとは、わたしの巧みな?誘導でなんとかユキくんに顔を洗ってもらうことに成功したけど、やっぱりユキくんからはちょっと避けられてる感じで……わたしの自業自得とはいえ、すごく悲しい。
ううん、弱気じゃダメだよね。断っちゃったけど、告白はユキくんからしてくれたんだから、今度はわたしがアピールしなきゃ!
気合を入れて、ユキくんが顔を洗い終わったタイミングを見計らいタオルを差し出す。昨日みたいに使って欲しい。あわよくば、そこからおしゃべりして――とか、思ってたんだけど……。
「――ソウタに誤解とかされたらまずいだろ」
うぐっ!
「カナエはソウタのことを――って言ってただろ?俺が幼馴染だからってあんまり親切にしてくれちゃうとソウタに変な誤解されんじゃないか」
ふぐえぇ……。
「俺、カナエのこと応援してるからさ……」
うぅ、わたしがソウタくんのことが好きなんて言っちゃった所為で、とんでもない大惨事になってる!
どうしようどうしよう……。
俯いて考える。身体がプルプル震えちゃう。
もう、ユキくんが好きだって言っちゃおうかな……? でも、二日前にはソウタくんが好きって言ったのに、ここで急にユキくんが好きだなんて言ったら、変に思われないかな……?
ううん、絶対に変だよ。きっと軽い子だって思われちゃう。ユキくんにそんな風に思われたくない。
そして、そんなわたしの頭には、追い打ちを掛けるみたいに、ユキくんがあのマネージャーの子と寄り添ってる姿なんかが浮かんで来ちゃって――。
「じっ――じゃあっ! わたし、がっ、拭いてあげるっ……ねっ!!」
わたしはガバっと顔を跳ね上げて、ユキくんの濡れた顔を強引にタオルでゴシゴシ。
しばらくしてハッとして、ユキくんの頬を見たら、ゴシゴシした所為か赤くなっちゃってて――ごめんなさいごめんなさい!
でも、どさくさに紛れてユキくんの頬っぺたを触っちゃったりして――えへ。
「わ、わたしっ……責任、取るからっ……!」
押し付けるように言って、ユキくんがなにか言う前に、ユキくんの顔を見ちゃう前に、わたしは踵を返して教室まで退散した。
し、心臓がバクバク言ってる。かなり強引だったけど、ユキくんに“責任取る”って宣言しちゃった。わたしのこと、変な子だって思ってるかな……思ってるよね……。ううん、それどころか危ない子だって思われてるかも……。
「うぐぐっ……っ」
自分の席に戻ったわたしは思わず頭を抱えちゃう。
だって、ああでもしないと、ユキくんってばわたしのこと避けようとするんだもん。全部ユキくんの告白を断っちゃったわたしの自業自得なんだけど、ついつい今のわたしの気持ちを分かってほしい、察してほしい、なんて都合の良いこと考えちゃう。
「で、でも……責任って言ったら、やっぱり“そういうこと”だよね……」
まだ学生だし、なによりユキくんの許しもなくなにを勝手なって思うけど……。
ああ、でも、ほら――もうめくるめく妄想が、止まらない。
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