9自己犠牲(ソウタ視点)




 朝の通学路。



 その日、僕は珍しく一人で登校していた。



 この状況、普段の僕ならば、三人の美少女にまとわりつかれない平和なぼっちタイムを喜び、ラノベなどを読みつつ優雅に登校するところだが、今はそんな気分になれなかった。



「どうして、こうなった……っ!」



 思い出されるのは、昨日の放課後のこと――。





 僕はナカマである先輩と後輩によって、校舎の屋上に呼び出されていた。



 屋上に他の生徒の姿はなく、校庭の方から運動部が練習をしている音が小さく響いてくるばかりで、その場はやけに静かだった。



 僕の前には、アザカ先輩と後輩のリンカ。そして、僕側の付き添いとして義妹のクリス。



 本来であればここに、僕の幼馴染であるカナエも当然として居るべき場面なのだが、その姿はない。



 ここに来る直前に、教室にて僕の方からカナエにも声を掛けたのだが――。



『今日は昼に言った通り、リンカとアザカ先輩に呼ばれているから――お前も、来るか?』



『ううん、わたしは呼ばれてないし帰るね』



『は? あ、いや、でもさ――』



 カナエは珍しく難しい顔をしながら、さっさと帰ってしまったのだ。



 さすがの僕もカナエの態度には不満を覚えたが、同時にその素っ気無さの理由にも思い至った。



 もしかしたらカナエは、僕がナカマ内とはいえ他の女子からの呼び出しに応じたものだから、いじけてしまったのかもしれない。



 いや、自意識過剰と思うことなかれ、確かに僕は、自他共に認める陰キャぼっちだが、カナエは小学から中学、高校の今までと、ずっと僕の傍にいたのだ。それの意味することくらい察せられるというもの。



 僕は陰キャぼっちではあっても、鈍感キャラではないのだ。



 “カナエから僕への気持ち”――まぁ、カナエが直接告げて来ない以上、僕から言外の意味をくむ気はないが……。



「ふぅ、僕も本当に年貢の納め時が来たってことなのかね。やれやれだ――」



 何ともいじらしい幼馴染に対し、さすがの僕も苦笑いを禁じ得ない。



 まったく、困った幼馴染様だよ。



 僕は小さく嘆息し、思考を切り替えて目の前の女子二人に集中する。



 僕の前には、アザカ先輩と後輩のリンカが、神妙な面持ちで並んで立っており、付き添いである義妹のクリスは、少し離れた場所からこちらを見守っている。



 嗚呼――僕はこの配置や空気を良く知っている。小学校のときも中学校のときも、僕を改まって呼び出す女子は、皆同じ顔をしていたのだから……。



 すると、やはり僕の予想通りのストーリー展開、台詞回しで、まずはリンカの方が口を開いた。



「あ、あたしっ! 入学して直ぐのときに怖い人たちに絡まれて……そのときは、最終的に気を失っちゃったけど……っ、先輩に助けてもらったってあとから聞いてっ……そ、そのときから!あたしは先輩のことが大好きです!」



 リンカが終われば次はアザカ先輩だ。



「最初は後輩の伝手でキミのことを知り、実際にこの場所でキミをスカウトしたとき、おそらく私はソウタくんに恋をしたんだと思う。そして、これから先もキミに恋をしていたい……できれば、キミの一番近くで……私は、ソウタ君が好きだ」



 それを受け、僕は当然押し黙る。なぜなら、皆を傷付けないためにも僕が答えを出すわけには行かないからだ。僕が答えを出してしまえば、選ばれなかった方はどうなる? 今までの僕たちの関係は? ここにいないカナエはどう思う?



 陰キャぼっちである僕だからこそ、人間関係の難しさやナカマの大切さは良く分かっている。



 だからこそ、僕は切に思う。



 誰かが傷付く可能性がある答えや結末なんて、絶対に間違っているんだっ――!



 心の中でそう叫ぶと、全身の肌が泡立って武者震いを覚えた。心臓が早鳴り、胸が熱くなる思いだ。



 ハハッ――こんな熱い感じは、僕のキャラじゃあないんだけどなぁ!



「二人の気持ちは分かった。きちんと考えたいから、時間が欲しい!」



 僕は高らかに、そう宣言した。





 と、ここまでが、昨日の放課後の出来事だ。



「どうして、こうなった……」



 いくら考えても、解決策は浮かんでこない。



 昨日の放課後、アザカ先輩とリンカの告白を受け、その上で“誰かが不幸になる結末”を、心の内で強く否定した瞬間――あの胸が熱くなった瞬間は、僕ならなんだってできると思えたし、実際に僕は“そういう状態”だったのだろう。



 しかし、今となっては、自分の冷静さと思考力が逆に仇となり、余計に考えを巡らせてしまっている。



 誰も傷付けないためには、これまで通りの付かず離れずの“群れない”“甘えない”僕らのナカマ関係が望ましい。



 そりゃ確かに、陰キャぼっちの僕としては、三人の女子にまとわり付かれて注目を浴びる状況は御免被りたい。いや、それどころか、今後はカナエも加わるわけだから僕を取り巻く女子は四人となり、僕の負担は倍増……。



 かと言って、僕は彼女たちを傷付けられないため、拒絶することは難しい。僕とてビシッと言いたいのだ。しかし、彼女たちのためにこそ、ここは僕が耐えるしかないのである。



「はぁ……自己犠牲なんて、僕のガラじゃないんだけどなぁ……」



 そして、もうここに至っては、僕たちの仲を取り持って場を収めるのは、ユキヤよりも同じ女子であるカナエの方が適任だろう。



 僕はこの状況下においても冷静に思考を回し、そう判断をする。



「――だっていうのに、カナエは今日も勝手に登校したみたいだな」



 一応、僕の言い付けを守りメールだけは送って来た。



『今日も先に学校行くね~』



 カナエはのんきにも文の終わりにはウサギの絵文字なんか付けている。



 ナカマ内が大変な状況であることもあり、さすがの僕も苛立ちを覚えた。 



 いや、カナエは事情を知らないんだ。叱っても仕方がない。今の状況を教えてやって、どう動くべきか指示してやらないと――。



 僕は気持ちを落ち着かせ、そう結論付ける。



 だがしかし、カナエに場を収めさせるという僕の考えは、まったく予想だにしなかった障害によって阻まれることになったんだ。



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