8この気持ち(カナエ視点)
昼休み、わたしは悩んでいた。
ああ、やっちゃった。やっちゃったよぅ……。
今日は朝から、わたしの奇行が止まらない。
朝の教室でユキくんと目が合って、手洗い場まで後を追いかけて、顔を洗ったユキくんにタオルを貸して、そのタオルを回収したわたしは、教室に戻って早々にそれを自分の顔に押し当てた。
最後のは完全に無意識の行動で、気が付いたときにはそうしちゃってた。
もう完全に変態だよ……。
わたしはすぐに顔からタオルを外してユキくんの席を盗み見たけど、幸いなことにまだ戻っていなかった。見られなくって、本当に良かったと思う。ユキくんに、変な子だって思われたくない。
その後には、戻って来たユキくんとまた目が合っちゃったりなんかして、だからつい手なんか振っちゃって――。
ユキくんは驚いた顔で固まって、次には困惑した顔でおろおろ。なんだかそれがかわいくって、ユキくんにいじわるとかしちゃいたくなった。
だけど、いつまでもリアクションのない困り顔のユキくんを見て、わたしは自分の立場を思い出した。
そうだよ……わたし、せっかくユキくんが告白してくれたのに、断っちゃったんだから……。
それなのに、今さら手なんか振ってる自分がなんだかすごくずるい気がして、わたしは落ち込んだ。
でも、暗い気持ちになった次の瞬間、ユキくんが、手を振り返してくれた。
わたしは安心と嬉しさに涙が出そうになって――ユキくんやさしい……。
きっと、わたしは恥ずかしいぐらいに喜んでいて、とてもだらしない顔をしていたと思う。
結局、わたしとユキくんは先生が来るまで手を振り合って、最後には二人して怒られちゃったけど、なんだかそれがくすぐったくって、嬉しかった。
授業中もユキくんのことが気になり過ぎて、ユキくんをチラ見していると何度も目が合った。
休み時間だって、ユキくんの様子が知りたくて、わたしの方から何度も話し掛けに行っちゃう。しかも、結構どうでも良い話題で……。
変な子だって思われたら、告白を断っておいて嫌な子だって思われたら――そう考えると、すごく怖い。でも、わたしをどう思っているか探りたくって、ユキくんの気持ちが知りたくって、また話し掛けちゃう。
話し掛ける度に、ユキくんはちょっと気まずそうで、前みたいに話が弾まないのは寂しかったけど、仕方ないよね……。
それに、今回のことでよく分かったけど、今まではユキくんが話を盛りあげてくれてたんだなぁって、ユキくんはずっとわたしに気を遣ってくれて、楽しくさせてくれてたんだなぁって、思った。
「それなのに……」
わたしは暗い気持ちで、机の上に突っ伏しちゃう。
昨日のユキくんからの告白へのお返事は、嘘ついたり誤魔化すよりはあれで良かったんだって思ってる。思ってるんだけど……思ってるはずなのに……。
「おい、聞いているのかカナエ?」
突然、斜め前の席に座るソウタくんから声が掛かった。
「はぇ?」
「あのなぁ、僕が話しているのにいきなり寝るな」
「あ、うん、ごめんなさい」
ソウタくんが話していたみたい。悪いことしちゃったかな。
「はぁ、まったく……そんなカナエのペースに付き合ってやれるのは、幼馴染の僕くらいなものだぞ?」
そう言っていつものように、やれやれと呟いて首を振るソウタくんを見ながら、わたしはユキくんのことを考える。
そういえば、ユキくんはいつだってわたしに合わせてくれていた気がする。しゃべるペース、歩くペース、食べるペース……なんだってそうだった。
「ユキくん……」
「それで今朝も三人にまとわりつかれて――は?何か言った?」
「あ……えっと、ユキくんどこ行ったのかなぁって……」
いつもなら、わたしの隣か前の席を借りて、いっしょにご飯を食べるのに……。
やっぱり避けられてるのかなって考えると、酷く胸が痛んだ。
「ああ、そういえばいないな。たぶん部活関係か他のクラスだろう。アイツって無駄に男友達多いから。というか、その辺りっていつも適当じゃないか」
うん、別に約束してるわけじゃないんだよね。いつもユキくんの方から来てくれて、ユキくんが部活とか友達とかの話をして、わたしが笑って、たまにソウタくんが突っ込んでっていう感じだ。
「それよりさ、僕は本当に困っているんだ。今日の放課後にもリンカとアザカ先輩に呼ばれていてさ――」
ソウタくんが、またいつものように話を始める。
今までなら、やっぱりソウタくんってモテるんだなぁ、なんてワクワクしながら聞いてたんだけど、今のわたしの頭にはまったく話の内容が入って来ない。
ユキくん、どこにいるんだろ……。
そんなことを考えて続けて、いつもより長く感じる昼休みが終わる頃、教室の後ろの入り口からのっそりとユキくんが現れた。
わたしはすかさずユキくんに駆け寄った。
「ユキくん」
「か、カナエ?」
いきなり声を掛けちゃったから、ユキくん驚いてる。
わたしは緊張とはやる気持ちを押さえながら、ユキくんを見上げた。
「昼休み、どこ行ってたの……?」
いじけたような聞き方になっちゃって、顔が熱くなる。恥ずかしい……。
「えっと、部室で……飯、食ってたんだけど……」
ダメだって、そんな資格ないってわかっているのに、そんなユキくんの言葉に少しだけムッとしてしまう。わたしとよりも、部室で食べる方が良いのって――。
自己嫌悪と苛立ちに、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「明日は、わたしと、食べて」
「は、はい」
ユキくんが表情を硬くしながら頷くのを確認して、わたしは自分の席に戻って一連の言動をひどく後悔する。
結局、その後にはもう何にも集中できなくって、自分の不愛想な言動を振り返っては後悔と絶望の繰り返し……。
そして、放課後になった。
帰りのホームルームが終わって、クラスのみんなが一斉に動き出す。
ユキくんは鞄を二つも背負って今から部活に行くみたい。どうしよう。終わるまで待ってたら、いっしょに帰れるかな? そしたら、昼休みのこととか、少しはフォローできるかな?
そんな風に悩んでいると、ソウタくんが声を掛けて来た。
「今日は昼に言った通り、リンカとアザカ先輩に呼ばれているから――お前も、来るか?」
「ううん、わたしは呼ばれてないし帰るね」
「は? あ、いや、でもさ――」
ソウタくんにもそう答えたし、今日はもう帰ろう。
少し落ち着いて考えたい。わたしが思ってる“ソウタくんに恋をしている”っていう自分の気持ちと、ユキくんの告白を受けてからの自分の言動――すごく離れてる気がする。
わたしはこれまでの、それこそソウタくんを意識し始めた頃からの自分を振り返りながら、家に帰った。
そして、場所は変わって、西日が差し込む我が家のダイニング。
空気が重く感じられるのは、間違いなくわたしが緊張してるからだと思う。
「と、友達の話なんだけどね? 昔から気になってた人がいたんだけど、つい最近違う人から告白されて……その告白のあとからは、告白してくれた人の方が気になりだしちゃって……これって、変なのかな?」
考えの煮詰まったわたしは、自分の状況を友達のこととして相談を持ち掛けることにした。その相手は、なんとお母さん。
「えっと? ずっとソウタくんファンやってたけど、最近はユキくんが気になっていると? っていうか、ユキくんもついにカナエに告白してくれたのねぇ~」
「んんっ!? なっ、なんでぇっ!!?」
ニヤニヤするお母さん。
全部バレちゃってる……ど、どうしてぇ?
「お、お母さんは……ユキくんがわたしのことを……?」
「知ってたわよ? というか、ユキくんってば昔からあれだけ露骨なんだもん、普通気付くわよ」
気付かなかったよ……。
「昔って、どれくらい?」
「少なくとも、あんたがソウタくんの追っかけやる前から?」
そんなに昔から、ユキくんは私のことを――。
「ぅへへ……」
「うわ、気持ち悪っ」
ひどい!
「そもそも、あんたってソウタくんのこと好きだったの?」
「え、うん、カッコイイなって思ってたし……?」
自分で言ってて、なんか言い訳してるみたいに感じちゃう。
「そうなの? 傍からはそんな風には見えなかったけど。身近なアイドルへの推しとか憧れみたいな感覚じゃなかったの?」
うっ……どうしよう、それ、すごく納得できちゃう……。
「それにあんた、誕生日もバレンタインもクリスマスも毎年ユキくんと過ごしてて、プレゼントやチョコもユキくんの方が豪華じゃない」
「そ、それは、ソウタくんは他の子のお誘いもあると思ったし……チョコやプレゼントは、日頃のお礼とユキくんが毎年すごいのくれるから、そのお返しで……」
――って、さすがに自分でも変だって分かる。いつもソウタくんがするモテ話もそう。ソウタくんが他の子と仲良くしても、別にやきもちも焦りも何も感じない。それどころか、早く先の展開が知りたくなっちゃう。
まるで少女漫画でも読むような感覚でソウタくんを見ている自分に気付く。
思えば、わたしのソウタくんへの好意の根拠だって、全部友達からの受け売りばかり。
「いくらなんでも鈍感すぎるよ……」
憧れと恋心の勘違い――漫画や小説では見る展開だけど、現実ではありえないから気にも留めなかった。なのに、まさか自分がそうだったなんて……。
ユキくんの告白がなければ、考えることも気付くこともできなかった。
自分の鈍感さに絶望するわたしは、さらにとんでもないことに思い至る。
「どっ、どど、どうしようっ!!? わ、わたひっ、ユキくんのこくはっ――こ、ことっ、ことわっちゃっわっ!!」
き、気が遠くなる……倒れそう……。
「あーあ、そりゃもうダメね。ユキくんも他で彼女作っちゃうわ」
ニヤニヤお母さんは絶対に楽しんで煽ってるけど――ユキくんに彼女なんて絶対に嫌っ!!
「やだ……っ」
自然と声に出ちゃってた。
「まぁ、良く考えて、頑張んなさい」
お母さんが何か言ってるけど、全然頭に入って来ない。
今、わたしの残念な頭を埋め尽くすのは、凍り付くような絶望と、焼き焦がすような焦燥、そして、真っ黒な嫉妬心――。
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