7戦略的撤退?(ユキヤ視点)




 教室前の廊下にて、俺は目頭を押さえていた。



 カナエと目が合った。カナエから話し掛けて来てくれた。カナエがタオルを貸してくれた。カナエの良い匂いがした……。



 それらここ数分の出来事で、フラれた悲しみと今後の方針に悩んでいた俺のモチベーションは回復。さっきから、“まだワンチャンあるんじゃね?”という妄想が止まらない。



 いやいや、だからカナエはソウタのことが好きなんだ。フラれたとはいえ俺にとってカナエは大切な人。そんな彼女の恋路を邪魔するわけにはいかないだろ。



 俺は強く自分を戒めた。



 ――と、さっきからこの繰り返し……。



 いったん気を落ち着かせるためにも、俺は廊下の様子など眺めてみることにする。すると、登校して来たであろう生徒たちが足早に教室へと入って行くのが見て取れた。どうやら朝のホームルームの時間が近いようだ。



「ふぅ……とにかく、気を引き締めないと――」



 残念ながら、俺は昨日きっぱりとフラれた身。いつかもう一度告白するときが来るにしても、しばらくは時間と距離を置くべきだろう。



 俺は平静さを取り戻し、教室へと戻った。



 教室内ではほとんどのクラスメイトが着席していた。俺もさっさと席に着かないと――そう思った矢先に、またしても離れた席に座るカナエと目が合ってしまう。



 やっぱり、カナエも俺の方を見てるよなぁ?



 ここまで目が合うと、嬉しさよりも困惑が先に立つ。さっきのタオル貸してくれたことと良い、どういう流れなんだろう。ワンチャンなのか、そうじゃなければ、気まずくて逆に気を遣ってくれてる感じか……。



 そして、そんな俺の困惑など知るはずもないカナエは、何を思ったのか、こちらに向かって小さく手まで振って来たのだ。



「ンェっ!?」



 思わず変な声が出てしまう。



 小さく手を振ってくれるカナエのかわいいこと。俺は再び目頭を押さえたくなった。



 し、しかしどうする。手を振り返しても良いものか? カナエの直ぐ近くにはソウタだっているんだけど……。というか、そもそもどうしていきなり手なんか振ってくるんだ? や、やっぱり、カナエも俺のことを――。



 などと、俺が不測の事態にまごついていると、遠くで手を振るカナエの表情がみるみるうちに萎れていくのが分かった。



 カナエは悲し気に、そして思い詰めるようにしゅんとしてしまっている――アカンっ!



 俺は慌てて手を振り返した。もはや四の五の言っている場合じゃない。カナエが悲しんでいるのだ。断固元気付ける。



 カナエもそれに気が付いて、パァっと笑顔を花咲かせ、手をふりふり返してくれる。



 それを見て、告白はダメだったけどプロポーズならOKしてくんないかな……なんて割と本気で考えてしまう。カナエと結婚したい。



 そんな俺とカナエの手の振り合いは、先生がやって来て注意されるまで続いた。






 そして昼休み、俺は思い悩んでいた。



 今日は朝に引き続き、授業中にもとにかくカナエと目が合うのだ。



「俺って振られたよなぁ……?」



 もはやそこから疑念を抱くレベル。



 なぜなら今日のカナエときたら、俺が作戦通りにカナエを避けて休み時間の度にどこかへ避難しようとすると、まるで引き留めるかのように傍までやって来て、遠慮がちに結構どうでも良い話を振って来るのだ。



『えっと……ユキ、くん……さっきは、手を振り合ってたの、いっしょに怒られちゃったね……?』



『えっ――あ、う……そ、そうな!お、怒られちゃったな!怒られちゃったわ!』



 とか、



『あの……ユキくん、今夜は、雨が降るらしいよ……?』



『は?――あ、ああ!そうなん?じゃあ、洗濯物は出しておけないなぁ~……あ、あははっ!』



 とか、



『ユキくんっ!ど、どこ行くの……?』



『いや、普通にトイレだけど……』



 午前中の休み時間、ずっとこの調子。



 しかも、一言話したらお互いに気まずくなって会話が続かないし、髪から覗くカナエの耳はどう見ても赤くなっていて、俺はその度に勘違いしてしまいそうだし……。



 そうした空気感に耐えかねた俺は、昼休みに入ると同時に席を立ちサッカー部の部室へと逃げ込んだ次第。



「しかし、カナエはどういうつもりなんだ?」



 なんであんなに絡んでくるのか――それこそ、カナエに直接聞けば良いんだろうけど、その意気地のない自分が情けなくて呪わしい。



 ついさっきまでは、“まだ脈ありじゃね?”とか“実はカナエも俺のこと好きなんじゃね?”とか、無駄にポジティブな妄想も浮かんでいたけど、こうして誰もいない部室で黙々と弁当を食べていると、今度はネガティブな方向へと思考が沈んでいく。



 冷静に考えれば、今日カナエが何かと絡んでくるのは、やはり昨日の告白の気まずさからと、曲がりなりにも幼馴染である俺に気を遣ってのことだろう。



 この昼飯だって、わざわざ部室まで逃げずとも最初から声を掛けられなかった可能性も高い。



 そもそも日頃の昼休みは、毎度俺の方からカナエとソウタのところに行っていたからこそ、結果的に一緒に昼飯を食べていたって感じで、カナエから俺のところに来てくれたり誘ってくれたことは、ほとんどない……。



 それを考えると、やっぱ脈なしだったんだなぁと思うし、カナエとソウタのランチタイムにノコノコやって来る俺って結構邪魔者だったんじゃないだろうか。



 あ、ヤバい。そう思うとマジで凹んできた。俺ってヤツは、なんで今の今までポジティブな妄想なんて膨らませられてたのか……。



 俺は頭を抱え、羞恥に悶えた。



 こうして気持ちの浮き沈みが激しく、あらためて自分が冷静でないことを自覚するとともに、当初の方針である“カナエと少し距離を置く”ということも何も実践できていないことに気が付く。



「マジで意志弱すぎだろ……」



 いくらカナエの方から来てくれて、カナエがかわいくて優しくて良い匂いがするからといって、いつまでもデレデレしているわけにはいかない。



 今は少しでも、距離を取るようにしないと――。



 あわよくば、もう一度くらいリベンジでカナエに告白するときまでに、俺とカナエの間に根付いた “告白=失敗” “告白=お断り” のイメージを少しでも払拭しておきたい。



 それに、俺にとっては断腸の思いだが、カナエの恋が成就してほしいという思いもあるにはあるのだ。



「カナエの邪魔はできないよな」



 実際に、カナエとソウタが付き合い出したらと考えるだけで、胸の奥が締め付けられて辛くなる。



 陰鬱な気持ちになった俺は、重々しい溜息を吐き出してから、自分の教室へと戻ることにする。



 今から戻れば、五限目が始まるぎりぎりに教室に入れるはずだ――。



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