28終わりと始まりの季節
「ぃんぎぃいいいいいいっ!!」
僕は数年振りに帰った日本の実家の自室にて、悶絶していた。
異国の地でも十分に味わった苦しみだが、この地に戻るとその強烈さたるや、もはや精神崩壊レベル!
「ぅんうぃぃいいいいいっ!!」
頭を抱えてブリッジを決める僕。股間を天高く突き上げ腰をカクカク。
「うるさいですよ、兄さん――って何してますか、キチガイですか?」
義妹のクリスがノックもなしにドアを開け放って入ってきた。
「ああっ、そうだよっ、もうキチガイにでもならないとやってられないよ!」
ここに居ると、どうしても過去の忌まわしい記憶の数々が僕を殺しに来る。
「そんなことで大丈夫なんですか? 明日はカナエさんとユキヤさんの結婚式だというのに……」
またメンヘラストーカー染みた暴走はやめてくださいね、とクリス。
「するかっ!そんなことぉおっ!」
するわけがない。僕がさっきから苦しんでいるのだって、その拭え切れないほどに真っ黒な自分の黒歴史に対してなのだから――!!
「んぃびびびびびぃいいい!!」
そしてまた、過去の“やらかし”を思い出して断末魔を上げる。
黒歴史とは、ラリから覚めてそれを認識した瞬間からが本当の地獄なのだ。
きっかけはハイスクール時代に幼馴染カップルから送られて来たラブラブ画像。それを見た当時の僕は、砕け散った。
その後は廃人状態でハイスクールを卒業し、カナエへの煽り目的でガールフレンドの振りをしてもらった女友達となぜか同棲を開始。両親の仕事を手伝いながらカレッジ出たあと、知人の口利きもあって就職を果たした。
そうして、一度壊れたあとに当たり前のことを当たり前に経験した僕は、ラリから覚めた。
仕事、生活、将来……圧倒的な現実を前に、いつまでも中二病では居られない。
そして、そうなると必然的に襲って来るのは自分の過去。青春を真っ黒に染め上げる自分自身による痛々しい言動の数々だった。
それを認識した瞬間は、大量の脂汗を滲ませながら悪寒に震え、次には滂沱の涙を流して大絶叫。自分の恥ずかしい過去に悶絶し、何日も眠れぬ夜を過ごした。
今もその後遺症は凄まじく、風化には長い年月が必要だろう。
正直、こんなことなら生涯“陰キャぼっち”という名の障が○者をやっていた方が良かったんじゃないかと思うこともあるけれど、“常識”の二文字が僕に甘えを許さない。
だが、それ故に、自分への嘲りも止まらない。
は?つーかなにやってたの僕は?陰キャぼっちってなに?ハーレムなの?チートなの?俺TSUEEEなのぉ!?
昔言われた友達からの“アナタがモテたのは顔が良いからよ”という言葉が、今ごろになって身に染みる。
考えてみれば、僕が参考にしていたラノベでだって、結局は顔が良くって能力が高い主人公がモテるべくしてモテたというだけ。
しかも、見ようによっては、陰キャぼっちを理由に自力を隠し偽って、まんまと騙された者たちを正義は我にありとざまぁしていく……性格悪っ!痛々しいわっ!
そして、その痛々しい展開こそ、当時の僕が目指したモノだった。
「キツイっ!キツすぎるぅううっ!!」
僕は床を転げ回った。
「本当に大丈夫なんですか? 式中に変なことしませんか? 例えばカナエさんにちょっかい出すとか……」
クリスが警戒心を滲ませる。
「するわけないだろう!結婚式だぞ!?とっくに決着もついてるし――というか、最初から僕はノーチャンスだった」
当時は自分自身の願望から、他の女子がしても何とも思わない言動でも、カナエがするとその全てが僕への好意だという危険な妄執にとらわれていた。
もちろん、今ならカナエが僕に持ちえた感情は、恋愛感情ではなかったのだと分かる。精々が憧れ程度だろう。
「それに、僕だってもう恋人がいる身だ。今さら幼馴染に対する妄執もないさ」
そう言った僕を、クリスはじっと見詰めたあと、フッと相互を崩した。
「その言葉が本当であると、今は信じておきましょう」
当たり前だが、信用がないな。
「それにしても、今の兄さんなら陰キャぼっちでハーレムも可能かもしれませんよ?」
その言葉に、僕は豚のように鳴いた。
「フギッ!?――き、傷を抉るなよ……っ」
もうそういう単語すらトラウマなんだ。
「僕が言うのもなんだけど、どうせ一人としか結婚しないんだから、さっさと一人のパートナーと価値観をすり合わて信頼関係を深める方が建設的だよ」
それを考えると、ユキヤとカナエは実に合理的だった。
僕はスマホを取り出して、かつて送られてきた二人のツーショット画像を見る。
ユキヤは照れくさそうに、カナエは幸せに蕩けた笑顔をしている。良い写真だ。当時は衝撃のあまり失神したが、今では微笑ましい気持ちで見れるようになった。
明日の二次会では、この画像をスクリーンに大写しにして思いっきり祝ってやろうと思う。
そうして、僕のクソ忌々しい黒歴史に、また一つの終止符を打つのだ――!
出席したことはあってもやるのは初の結婚式は、もう緊張の連続だった。
特に俺は将来的に実家の工務店を継ぐ手前、大学在籍中から仕事を手伝い多方面に顔を売っていた関係で、新卒の身にしては招待客も多く余計に気を遣ってしまった。
そんな気疲れもあって、式中のことで鮮明に覚えているのは、カナエの神々しい花嫁姿とかわいい反応、そして、わざわざ海外から来てくれたソウタの号泣姿。
式の主役である花嫁のカナエは、言うに及ばず女神の如き美しさで、披露宴では常に背筋も伸びていて立ち振る舞いも洗練されていた。
しかし、その実――。
『ゆ、ユギぐんっ……ぎんぢょーする、ね゙っ……!』
披露宴で俺の隣に座ったカナエが、演出の都合で会場が薄暗くなった瞬間に、俺に向けてふにゃりと情けない笑顔を浮かべたのだ。
どうやら緊張でカチコチだったらしい。
それを見て、やっぱりカナエはかわいいカナエで……おかげで俺はずいぶんと癒されたのを覚えてる――。
そして、ソウタの号泣姿。
披露宴では熱心に写真を撮ってくれていたソウタは、酒も入って二次会では序盤から出来上がっていたらしい。
そのため、二次会から参加の高校時代の知人たちに過去の言動をいじられて、ソウタは泣いたり怒ったり謝ったりと、かなり感情的になったようだ。
妹さんが偶然撮っていた動画によると――。
『ふぐっ……あのころは、どうがじでだ……っ』『陰キャぼっちって言った方が陰キャぼっちなんだぞ!』『本当に後悔しているんだ、僕が悪かったよ』
最終的には和解?したらしいけど、それで昂ったテンションもあってか、ソウタは自分の仕掛けた演出に感動し号泣するという離れ業を見せたのだ。
いつか送った俺とカナエのツーショット画像。それが会場内のスクリーンに大写しになった瞬間に、誰よりも早くソウタが“よかった!よかった!”と大号泣。
みんな呆気に取られたあとに、もらい泣き二割、生暖かい笑み八割の反応だったと思う。ちなみに、俺とカナエは二割の方だった。
そんな結婚式の写真を見ていると、本当に感慨深い。
「俺、最初はフラれたんだよなぁ」
数年前の高校時代、俺はカナエに一度フラれてる。
でも、そこからは怒涛の勢いでカナエの方からグイグイ距離を詰めてくれ、片思いの幼馴染から最愛の彼女になり、次には短い間だけの婚約者になって、その関係も昨日で終わりとなった。
いくつもの関係が終わっては始まったけど、昨日からの俺とカナエの関係は、終わりのないように続けていかなければならない。
「頑張らないと……!」
そうして、決意を新たにする俺の耳に――。
「ユキくぅん、こっちで結婚式の動画見よぉ~」
のんびりと間延びしたカナエの声が届いた。
それにより、一人で肩肘張って気負っていた俺は、またしてもカナエに癒されてしまった形だ。
俺は締まらなくなった顔で、まぁ新婚だしね?とか言い訳がましく呟いてから返事をする。
「今行くぅー!」
デレリと目尻を下げて、カナエのもとに向かうのだった――。
ユキくんに声を掛けて、リビングのテレビで結婚式の動画を見る。
「おお、準備もしといてくれたのか、ありがとな」
見よう見まねでテレビにデジカメをくっ付けてみただけなんだけど、ユキくんに褒められてうれしい。
「へへぇ~、お父さんの見よう見まねだけどね――っていうか、本当にごめんね。いきなりわたしの実家の方に来てもらっちゃって……」
嫁いだ身なのに結婚式の翌日に旦那さまを連れて実家に帰るってどういうことなの?って、自分でも思うよ。
「うぅ、お姉ちゃんは結婚式に来れないし、お父さんもお母さんも慌ただしいんだから……」
お姉ちゃんは三人目の予定日が早まった関係で式には出れなくて、当然だけどお父さんとお母さんは結婚式が終わるなりお姉ちゃんのところへ。
まぁ、そこまでなら良いんだけど、実家の留守を新婚のわたしたちに頼むんだもん……。
「まぁまぁ、お義父さんもお義母さんも、それに旦那さんのお義兄さんまで結婚式に出てくれたんだし、ありがたいよ」
ユキくんが頭を撫でてくれるから、いじける振りしてもっと引っ付いちゃう。
「それに、お義父さんとお義母さんも言ってたけど、俺たちに気を遣ってくれたみたいだし……」
ユキくんが照れくさそうに言う。
それって、出掛けるときにお母さんが言った“結婚初夜が初体験をした場所と同じなんてロマンチックじゃない?”とか、お父さんが“じゃあユキくん、申し訳ないけど家の留守と新たな孫を一発頼むよ”とか言ってたことだよね……。
違うよユキくん!気遣いじゃなくて絶対に面白がってるよ!そもそも昔の初体験のこととかなんで知ってるの!?
今度お母さんをとっちめようと思いながらも、とりあえず照れたユキくんの頬に頬ずりしとく。
「んふふっ、じゃあ、動画見よっか」
「あ、ああ、見よう見よう」
満足なわたしと照れるユキくんは、ソファーの上で寄り添いながらリビングのテレビで結婚式の動画を見はじめた。
その途中で、ユキくんが腕を回してわたしの肩を抱き寄せた。それはすごく自然な感じで、ユキくんの顔を見ても無意識みたい。それがうれしくってくすぐったい。
「あれ?」
そこで、ふと思った。
「ねぇ、ユキくん、前にもこんなことってなかった?」
「ん、こんなことって?」
至近距離で見詰め合って、思わずまぶたを閉じて唇を突き出したくなるけど、今は我慢っ!
「うん、えっとね?前にもこうして、いっしょにテレビとか映画とかを見たことがなかったっけ?」
「ん?テレビだって映画だって、俺の家でもカナエの家でも、映画館でも見て来たと思うけど……」
うん、そうだよね。特に映画館なんて、わたしは両親以外ならユキくんとしか行ったことない。
でも、そういう意味じゃなくって……。
「ううん、今こうしてるみたいに、わたしとユキくんがくっ付いて、寄り添い合って、このリビングでテレビを見てるの……」
「ここで……?」
ユキくんが真剣な顔で考えてくれる。
これはいつの記憶なんだろう?わたしにも心当たりは全然ないのに、それでも頭の中にはしっかりと焼き付いているイメージがある。
このリビングで、ユキくんに肩を抱かれながら一緒にテレビを見ている記憶――。
「うーん、ごめん。心当たりはないなぁ……」
わたしも同じ、だって昔からユキくんとわたしの家で遊ぶときは、いつもわたしの部屋に来てもらってたし、ご飯や作ったお菓子を食べてもらうときはダイニングだった。
それに肩を抱かれながらリビングでテレビなんて、それこそ付き合ってからの出来事だろうし……高校のころ、ユキくんにうちに泊まってもらっていっしょにお留守番してもらったときにだって、そんなことした記憶ないもん。
「そうだよね……でも、なんか――」
その、いつのかもわからない記憶と、今のわたしとユキくんが重なって――胸が詰まった。
いつか見たはずの光景が今ここにあって、それがすごく幸せで、心を震わせて、わたしはわけもわからず泣いちゃいそうになる。
「カナエ?」
「っ……ううん、えへへっ、なんでもないよ?」
そう言って、ユキくんの胸板に顔を押し付けて、よく知るにおいと温かさにほっと癒される。
こうやって、わたしとユキくんが寄り添えるまで、本当にいろんなことがあった。
最初はせっかく告白してくれたユキくんを振っちゃって、そのあとに自分の本当の気持ちを自覚して、焦って慌てて嫉妬して、ユキくんに迫って迫って、今度はわたしの方からすごく情けない告白をして、でもユキくんの彼女にしてもらえた。
そうやって、いくつもの偶然と言葉と気持ちが折り重なって、幼馴染から恋人に、恋人から婚約者に、婚約者から――いつかに見た記憶の光景に追いついたんだと思う。
そしてきっと、いつかのわたしも、その心の奥底で願い望んで夢見た光景だって思うから――。
わたしは肩を抱いてくれるユキくんに、ぴったりとくっ付いて囁いちゃう。
「えへへ、叶ったよ……」
この光景を見た、いつかのわたしへ――。
俺を振った幼馴染がグイグイくる![完]
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