27もう鳴っちゃダメ(カナエ視点)




『久しぶりだなカナエ。突然だけど、僕は困ってるんだ。こっちの学校でも僕にまとわり付いて来る女子が現れて……どうも僕が好きみたいなんだ。そんなの勘違いだろって言っても、迫って来て大変なんだ。この分だと、僕のガールフレンドになるかもしれないぞ?』



 突然届いた画像付きのメールに、びっくりしちゃった。



 だって、ソウタくんが留学してからはじめての連絡で、しかもガールフレンドができそうっていう内容だったから余計にだよ。



 でも、ソウタくんにはわたしとユキくんの仲を後押ししてもらったし、やっぱり幼馴染として嬉しくなっちゃう。



「あ、ユキくんにも知らせなくっちゃっ!」



 我が家の二階を掃除していたわたしは、階段をどたどた降りてリビングに居るユキくんのもとへ。



 ユキくんはハンディモップを使って家具のほこり取りをしてくれてたみたい。こうやって好きな人と家事ができるなんて、いろいろと妄想が捗っちゃう。



 一週間前、わたしの親がいない間いっしょに住むか、ちょくちょく様子を見に来るかでユキくんとにらみ合いになったけど、そこはもう、ひたすらお願いしたり、怒ってみたり、拗ねてみたり、最後には涙目で縋りついて全力で押し切っちゃった。



 だから、今ユキくんとわたしはいっしょに暮してる状態。



 もう期間中は、ユキくんをお家に帰しません!



 なんてことを考えながら、わたしはまっすぐにユキくんのところへ行って、そのまま抱き付いちゃう。



「お、あれ?もう二階は終わったのか?」



「うん、ユキくんもお掃除ありがとう、助かっちゃったよ」



 わたしはユキくんの胸板に顔を押し当ててぐりぐり。



 この一週間ずっといっしょに居るだけあって、こういうスキンシップはずいぶんと自然にできるようになったと思う。



 もちろん、今でも多少の緊張はあるけど、それ以上のうれしさや安心感がある。



 わたしがユキくんのにおいや体温を堪能してると、ユキくんが聞いて来た。



「急いで二階から降りてきたみたいだけど、なにかあったか?」



 あ、そうだった。



「うん、それがねっ、ソウタくんにガールフレンドができそうなんだって!」



 一瞬すっかりと忘れちゃってたけど、わたしはスマホを取り出しながらユキくんに言った。



「え、ソウタにガールフレンド? まだ向こうに行って一ヶ月くらいなのに?」



「うん、すごいよ!ハリウッド女優みたいだよ!」



 どさくさに紛れてもう一度ユキくんに擦り寄って、今度は背中を預けるように密着――わたしの後ろからスマホを覗き込むような体勢にユキくんを誘導する。



 この背中から抱き締められてるような感じがすきっ。



「へぇ、マジでモデルとか女優風って感じだなぁ」



 ソウタくんに肩を抱かれて微笑むブロンドヘアーの美人さん。手足も長くって、顔も小さくって、胸も大きいのに腰のくびれもすごいナイスバディ。



 こんなすごい人見ちゃうと、全部が並みなわたしはユキくんに申し訳ない気持ち……。



 でも、ちょうどそんなときにユキくんが、本当に微かな声で“ふふ……でもカナエの方がかわいいな……”なんてちょっと悪い顔で呟くのがスマホ画面の反射越しに見えちゃって、わたしはうれしいやら恥ずかしいやら、つい照れ隠しで反論しちゃいたくなるけど――くぅ、ユキくんユキくんユキくんっ……!



 わたしはくるりと回って正面からユキくんをぎゅぅ~っ。



「ぉお?――あ、そうだ、妹さんに連絡した方が良いんじゃないか?」



 その一言で、ちょっとだけ冷静さを取り戻すわたし。



 そうだったよ、ユキくんといっしょにクリスちゃんから言われてたんだった。ソウタくんから連絡があったら教えてほしいって。



 今教えた方がいいのかな?って、さり気なくユキくんの身体に頬ずりしながら片手でスマホを操作する。



 するとそこで、良いこと思い付いちゃった。



「あ、そうだユキくんっ、わたしたちも写真撮ってソウタくんに返信しないっ?」



 ソウタくんには、おかげさまで仲良くやってますって報告したいし、今ユキくんといっしょに暮してますっていうのも、ちょっと誰かに自慢したかったし。



 そして、そんなわたしの提案に、ユキくんは照れながらも頷いてくれた。



 それから、二人でちょっとだけ準備をして――。



「よ、よぅし、じゃあ撮るぞ~」



「は、はぁい……っ」



 ユキくんがわたしの肩を抱きながら、スマホを持った腕を伸ばして写真を撮ってくれる。



 こうして改まってくっ付きながら写真を撮るとなると、やっぱりちょっと照れちゃうよね。



 でも、ユキくんが“うわっ俺顔ブレてるじゃん!”って驚いたり、わたしが“目ぇ瞑っちゃったぁ!”とか騒ぎながら、二人で何枚も写真を撮った。



「この写真がいいかなぁ?」



「ああ、これは良く撮れてると思う」



 ユキくんにも確認して、画像を添付。



『すごくきれいな人だね!ソウタくんとお似合いだと思う!わたしとユキくんも、ソウタくんのおかげで仲良くやってます。今は親の許しもあってわたしとユキくんはいっしょに暮してるんだけど、楽しいよ!』



 わたしはそんな本文といっしょに、ソウタくんへの返信にクリスちゃんも付けて送信した。



「いっぱい撮っちゃったねぇ」



 リビングのソファーに並んで座って、改めてユキくんといっしょに写真を見る。



 スマホの中では、たくさんのわたしとユキくんが寄り添い合って、赤い顔で、照れ笑いを浮かべてる。



「へへぇ、うれしいなぁ……」



 顔が熱くて締まらなくって、きっとわたしは今すごくだらしない顔してると思うけど、手元のスマホからユキくんの方に振り向いて――。



「ユキくん、ありがとう」



 気が付くと、わたしのうれしさはお礼の言葉になってユキくんへ。



 するとその瞬間、ユキくんが急にわたしの腕を掴んで引き寄せた。



 ごつごつした大きな手に捕まって、ぜったいに逃げられない――そう思うと胸がきゅぅっと絞めつけられて、苦しいくらいにどきどきしちゃう。



 ユキくんのギラつく目も逃がさないとばかりにわたしを見詰めていて、その視線だけで背筋やお腹の下がゾクゾクとしてきもちいい……。



 やがてユキくんの顔が近付いて、わたしはなにをされるのかわかって、目を閉じた。



 唇に感じる生々しい感触に、身体が火照って頭の中がとろけちゃう。



 こ、このまま……ユキくんと……っ。



 わたしがこの先の展開にドキドキと、期待半分恐怖半分で身を固くすると――スマホが鳴っちゃった。



 いつの間にか床に落としてたわたしのスマホが、ブーブー言っている。



 ――もうっ!



 わたしもユキくんもびっくりして見詰め合っちゃった。



 スマホを拾いたくないわたしと、きっとスマホを拾わせたくないと思ってくれてるユキくん。



 つづき、つづきがしたい……さっきはちょっとこわがってたくせに、おあずけされた身体と気持ちが、とにかく続きを促すみたいに疼いてくる。



 見詰め合うわたしとユキくんは、お互いに続きを望んでるのはわかってるのに、どうしてかスマホを拾わざる負えない空気に……。



 そして、わたしたちはお互いに逃がさないとばかりに服や腕を掴み合ったまま、わたしはスマホを拾って中身を見た。



「ぁ、赤ちゃん?」



 スマホの画面には、保育器で眠っている赤ちゃんの姿が写っていた。



 それはお姉ちゃんの赤ちゃんで、聞いてた予定日よりずっと早いけど、お母さんからのメールによると無事に生まれたみたい。



 安心するのと同時に、赤ちゃんの姿にほっこりしちゃう。



 すると、ユキくんも顔を寄せて来てそれを覗き込んで来る。わたしは近付いて来たユキくんの頬っぺたに思わず吸い付きたくなっちゃうけど――。



「おぉ~、小っちゃいなぁ~」



 なんて、ユキくんが猫なで声を出すから、将来子供をかわいがってくれそう……とか、きゅんと来ちゃう単純なわたし。



「ね、ねぇ、ユキくん……」



 小さくはぁはぁしながら囁いて、ユキくんの身体にしなだれ掛かる。先にゴクリと鳴ったのは、わたしの喉の方だったと思う。



「あかちゃん、かわいいね……?」



 服越しに伝わるユキくんの身体はたくましくって……どうしたってわたしは、甘えて媚びたくなっちゃうのを止められない。



「ユキくん……あかちゃん、かわいいよ……?」



 鼻先が触れ合う距離でもう一度囁くと――意味が伝わったみたい。



 ユキくんが、ちゃんと用意したの着けるからっ……ってはぁはぁしながらわたしを押し倒す。



 わたしはユキくんもそのつもりだったことを嬉しく思いながら、ふと自分がまだスマホを持っていることに気が付いた。



 今日はなんだか、メールに後押しされる日みたいだけど……わたしはスマホの電源を切って、そのまま絨毯の上に落とした。



 目の前では、ユキくんが覆い被さって来る。



 だから、ここから先は、鳴っちゃダメ――。



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