16グイグイ??(ユキヤ視点)




 カナエと連れ立って教室に戻ると、それはもう好奇の視線にさらされた。



 どいつもこいつもニヤニヤしている……。



 唯一の救いは、もう授業がはじまる直前だったこと。これでまだ休み時間内だったら、俺とカナエは確実に取り囲まれてからかい倒されていたことだろう。



 俺はそこら中から向けられるウザったい視線を努めて無視。もう先生だって来ていたし、熱っぽい顔のまま自席へと戻る。



「ねぇ、カナちゃんと何の用だったの……?」



「教えろよ、ユッキー……」



 お隣さんと前の女子がすかさず絡んで来た。



「別になんもないって」



 あったけど、言えるわけがない。あんな、あんな――。



「いやいやいや……ちょっと本当になにがあったの……?」



「ユッキー顔真っ赤じゃん……わかりやす過ぎ……」



 小声でそんなことを言いながら、今度は物理的に指先でつついてくる――って、やめろやめろ、鬱陶しい!



 俺はニヤニヤと下賤な笑みを浮かべるクラスメイト二人を睨み付ける。



 どうしてこうもデリカシーがないのか……慈悲深くて気遣いの人である俺の幼馴染、カナエの爪の垢でも飲ませたやりたくなるウザ絡みだ。



 俺はイラついた精神の救済のため、カナエの方に目を向ける。もはや俺の中にあった“カナエと距離を取る”なんて考えは、カナエによって文字通り吹き飛ばされてしまっていた。



 そして、遠くのカナエと目が合った。



 見れば、カナエも周りのクラスメイトにつつかれながら冷やかされているみたいで、こちらを見る目元が心なしか険しい。うん、気持ちは分かる。鬱陶しいよな。



 でも、そうしてお互いに見合っていると、カナエはすぐに薄く微笑んで、小さく手を振ってくれた。



 これだよ、この気遣い。



 俺はカナエの心遣いにグッと胸を詰まらせながら、こちらも控えめに手を振り返す。



「うわ~……この人たち手とか振り合ってますよ~……」



「ちょっとぉ……今授業中なんですけどぉ~……?」



 くっ、外野がうるさい。もっと顔が熱くなって来るだろうが……。



 ――なんて、悠長にしてる場合じゃなかった。授業が終われば、当然次の休み時間はやって来る。



 そして、俺は逃げる間もなくクラスメイトに取り囲まれた。



「さて、ユキヤ。取り調べの時間だな」



「お前がさっきの休み時間中に女子とナニしてたのか、できるだけ生々しく再現ドラマ風に吐いてもらおうか」



「おっと、共犯の女は今女子連中が尋問してるから、口裏は合わせられないぜ?」



 くそっ、下手扱いちまった――じゃなくて、こいつら完全にノリでやってるな。というか、男子も女子も俺とカナエをネタに仲良くやりやがって、俺だってカナエとそっち側で、他人の恋バナで盛り上がりたいっての。



 いや、でもなんていうか、俺とカナエが噂されるなんてなんだか夢みたいだ。小学校や中学校じゃ、“カナエはソウタ狙いだ”なんて噂をよく耳にして落ち込んだっけ。



 当時の自分が今の状況を知ったらどう思うだろう。あのときに感じた胸の痛みを、少しは和らげることができるだろうか?



 なんて現実逃避をしつつ、俺は“弁護士を呼べ”だの“かつ丼がない”だのと言いながら時間いっぱい黙秘し続けた。



 そうして、クラスメイトにいじられる午前中を終えて、運命の昼休み。



「ユキくん!」



 休み時間に入るなり、カナエはその後方に控える女子連中から送り出されるように俺の前までやって来た。



 周囲のクラスメイトたちが、ニヤニヤした顔か、したり顔なのが腹立たしい。



「ユキくん、中庭でご飯しよ?」



「なか、にわっ……!?」



 カナエの言葉に、戦慄が走る。



 我が校における昼休みの中庭とは、カップルの聖地に他ならない。まるでその用途で設置されたような二人掛けのベンチ――通称カップルベンチで身を寄せ合い、学年やクラスを超えたカップルたちが示し合わせたようにそこで昼食を取る恐ろしい場所……。



 いやいや、なにこれ。努めて考えないようにしてたけど、午前中の“ふーふー事件”と良い、これはどういう流れなんだ? わ、ワンチャンなのか!?



 しかし、感覚的にはカナエにフラれてからもう十二日くらい経っている感じだけど、実際には二日しか経ってない。



 それなのに、今この場の勢いだけで再告白して、またフラれるなんていう展開だけは御免だ。次にするなら、少しでも勝率を上げたいところ、うーん……。



 カナエと付き合いたい俺は、悶々と悩み続けた。



「ユキくん、ここのベンチに座ろ?」



 するとどうしたことか、ここは聖地中庭。そして目の前には、カップルベンチ。



「あ、あれ、いつの間に中庭に……?」



「え、いっしょに歩いて来たよ?」



 隣にカナエ。そして、俺の手の中には小さくて熱い、やわらかい感触。



「っ――て、手ぇっ!?」



 俺はいつの間にかカナエと手を繋いでいた。それに驚いて、つい強く握ってしまう。



「ぁいたっ――」



 カナエが小さく悲鳴を上げた。



「うおわっ!ご、ごめんごめんっ!大丈夫か!?」



 気が動転した俺に対し、カナエは、やっぱり男の子はすごい力だね~、なんてふやけたように笑う。



「大丈夫だから、ね? それよりご飯にしよ」



 カナエはオロオロする俺の手を引いてベンチに座らせ、小さな手提げ袋から弁当箱を取り出した。



 俺も申し訳なく思いつつも、カナエに倣うことにする。



「あ、あのね、ユキくん。これ……」



 カナエが、小さな弁当箱を差し出して来た。



 え、これって……マジで?



「えっと、ユキくんもお弁当持って来てると思ったから、本当に少しなんだけど」



 カナエは緊張した面持ちで上目遣いにこちらを伺ってくる。



「い、一応、わたしが作りました……」



 突如、幼馴染の手作り弁当という神アイテムを手に入れた俺は、感動に震える手でそれを受け取り、慎重に蓋を開けた。



 カナエがくれた小さな弁当箱の中身は、タコさんウインナーに卵焼き、小さなおむすび、ブロッコリーのごま和えやプチトマトなんかも入って彩りも綺麗で、とても美味そうだった。



「え、これって、全部手作りのおかずじゃないか?」



 オール冷凍食品の俺の弁当とはえらい違い。



「う、うん。へへ、ちょっと地味だけど……ごめんね?」



 まったく以って畏れ多いお言葉。俺はカナエ対し、この大いなる感動と深い感謝を伝え、ありがたく弁当をいただくことにした。



「いやぁ、こんなに美味そうな弁当マジで嬉しいよっ。ありがとう、カナエ!」



「ぇへ、へへ、どういたしまして。口に合うと良いんだけど……」



「絶対美味いって、まず見た目からして美味そうだもん。彩りも綺麗だし、全部手作りおかずってとこがすごい」



「んふ……ふ、あ、ありがとっ、ぅへへ」



「カナエは料理上手だし、俺自身カナエの料理が好物みたいなとこあるしさ」



「ふへっ――ぅ、うれしぃな、ぇへへへへへ」



「だからメッチャ感動だ、カナエの手作――」



「ゅ、ゆひくんっ」



 俺の言葉を遮るように、俯くカナエが声を上げた。



 ヤバい、やってしまった。感動を伝えたくてつい熱弁を振るってしまった。カナエも引いてるじゃないか……恥ずかしい。



 俺はすぐに謝ろうと口を開いたが、それをも遮ってカナエが言った。



「う、うれっ、しいけどっ……はずかしぃ、からっ……そ、そのへん、で……っ」



 赤ら顔でもじもじするカナエに、食欲とは別の欲が掻き立てられそうで思わずゴクリと喉が鳴る。



 だ、ダメだダメだ。こんな邪な気持ちじゃカナエに嫌われてしまう。ただでさえ一度フラれてるっていうのに、これ以上好感度は下げられない。



「た、食べて、ユキくん」



「あ、ああ、いただきます、カナエ」



 なのに、こんなやり取りさえなんだかエロく聞こえてしまい――俺はもういろいろと悶々としながら昼飯を食べることになった。



 食べはじめてすぐに写真を撮っておかなかったことに少しばかりの後悔もあったけど、俺はカナエ弁当の美味さにあっという間に完食。



「ごちそうさま、メッチャ美味かったよ」



「よかった、綺麗に食べてくれてありがとう、ユキくん」



 そして、途中にはカナエからの反撃に理性が崩壊しかけた場面もあったけど、俺の人生史上最高の昼休みを過ごすことができた。



 しかし、昼休みはそれで終わらなかった。



 俺は、トイレや手洗いのためにカナエと別れたあと――。



「おい、ユキヤ」



 ソウタによって、呼び止められたのだった。



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