15裏切り(ソウタ視点)




 僕は強い憤りを覚えながら廊下を進んでいた。



「どうして……あんな裏切りをっ……っ!」



 僕は信じていた幼馴染に裏切られたのだ。



 たった今この目で見てしまった……僕の幼馴染であるカナエが、人気のない階段の踊り場で、ユキヤのヤツと“キス”をしているところを……っ!!



 今まさに僕が握り締めるスマホには、咄嗟に撮影したその場面の証拠画像が入っている。



 つまり僕は、大切な幼馴染であるカナエを、もう一人の幼馴染のユキヤによって“寝取られていた”ということである!



 もうこの際だからハッキリと指摘してしまえば、カナエは間違いなく僕に好意を持っていた。その証拠に、カナエが僕に気があるという噂は何度も耳にしたし、毎日の登下校を共にして昼休みだって一緒だった。



 それだけで?と思うかもしれないが、年頃の女子がずっと同じ男子と共に居る意味を考えてほしい。僕は鈍感系じゃない。



 一度好意を持ったのならば、長く傍にいたのならば、幼馴染の責任としてずっと思い続けることこそが正しい道だろう。心変わりなんて許されるはずがない。



 なのに、カナエはどうしてユキヤと――?



 その疑問を呈した瞬間、僕の脳裏にはまるで世界の意志と言わんばかりの雷鳴の如き閃きが轟いた。



「っ――つまり、そういうことなのか……?」



 全てに説明が付く一つの可能性が浮かび上がる。それすなわち、ユキヤが何らかの方法でカナエを脅しているという可能性。



 だが、もしそうならば、それを正面から指摘するのは難しい。僕が真摯に向き合おうとも、ユキヤは必ず事実を否定するだろうから……。



 ならいっそ、力尽くで事実を認めさせる? 武術の使い手である僕ならば、体格で勝るユキヤを圧倒することは容易だ。



 しかし、万が一にも学校にチクられたり、警察に通報されたりするとマズい。人は追い詰められると、どんな汚いことだってやるものだ。



「だからこそ、尚のこと確認が必要か……」



 まずは事実関係の確認と、聞くまでもないことだが、一応カナエの気持ち。



「はぁ……陰キャぼっちである僕には、こんなの柄じゃないんだが……やれやれだ」



 正直、面倒この上ないけれど、カナエを守り面倒を見るのは幼馴染である僕の責務であるため――仕方がない。



 今一度、自分の責務を自覚すると共に、もう先程までの怒りや取り乱しもなくなって、僕らしい冷静さが戻って来る。



「さて――じゃあ、ユキヤの方は僕が直接探りつつ今度は太い釘差しをするとして、カナエの気持ちを確認するのは……同じ女子の方が適任か?」



 僕からカナエの気持ちを聞いてしまっては、他のナカマたちにあらぬ誤解を与えてしまうかもしれない。僕の愛読するラノベでも、そうした些細なことからすれ違いが発生しているため、僕は細心の注意を払うことにする。



 それに、そんなことを聞くのは僕のイメージじゃないしね。



 僕は、カナエの中にある僕の孤高なイメージを守るのも責務だと心得ている。だから、僕からカナエの気持ちを聞くわけには行かないのである。



 しかし、そうなると誰か女子の手が必要になって来る。こればかりはさすがの僕も一人で解決できない。



「くっ……仕方が、ないのか……っ」



 僕は悩んだ挙句、生まれて初めて、自分から他人の手を――いや、ナカマの手を借りることにしたんだ。



 そして昼休み、場所は校舎の屋上にて、僕はナカマを招集した。



「――そういう訳で、カナエの気持ちがどこにあるのか、ナカマである僕らが確かめなければならないんだ!」



 本当ならば、こんな面倒くさいことはしたくない。でも、カナエに関することはもはや逃れられない僕の責務なのだろう。



 僕は、カナエがユキヤにキスを強要された可能性を示唆しつつ――。



「クリス、リンカ、アザカ先輩……僕に協力してくれっ」



 三人のナカマに向かって、腰を折り曲げ深く頭を下げた。



 ハハッ――他人を遠ざけていた僕が、他人のために頭を下げるなんてな。カナエのヤツは、本当に世話が焼けるよ。



「えーっと、あたしたちがカナエ先輩の気持ちを聞くんですかぁ?」



「……私は、昨日の答えが聞けると思っていたんだがな……」



 リンカが少し不満そうな顔で首を捻り、アザカ先輩がぼそりと呟く。



「あ、あの、兄さん……リンカさんもアザカ先輩も、昨日の告白の返事を気にしているのでは……?」



 クリスが遠慮がちに耳打ちしてくる。



 ああ、分かっているさ。僕は鈍感系じゃない。昨日の二人からの告白を保留にしたままだしな。でも、だからこそカナエの存在が必要だ。皆が傷付かないためにも、カナエには僕たちの仲を取り仕切って現状を維持してもらう。



 今のナカマ関係のままならば、ずっと誰も傷付かずに済む。もちろん、僕からすれば三人に加えてカナエにまでまとわり付かれることになるが、それも皆のため、ぼっちライフを犠牲にしてでも甘んじて受け入れるつもりだ。



 僕が自己犠牲の精神で決意を新たにしていると、疑問を呈する声が上がった。



「あのぉ、カナエ先輩のそれって普通に合意の上でじゃないですかぁ?」



「うむ、私も二人は付き合っているか、それに近い状態と見るのが自然だと思う」



「兄さん、ユキヤさんがカナエさんに酷いことをするとは思えないのですが……」



 僕はそれを聞き、溜息が出そうになった。



 三人は、ずっと優しい世界にいたんだろう。だから、人を疑うことを知らない。でも、厳しい環境に身を置く陰キャぼっちである僕には分かる。ときには、幼馴染だって疑わなきゃならないんだ!



 ――とは思うものの、納得させるのは難しい。当然だ、僕と彼女たちとでは生きて来た“セカイ”が違う。理解を求めるのは酷というものだろう。



 ここは、一歩引いておく。



「もちろん、全面的に疑ってる訳じゃない。でもどちらにせよ、校内で堂々とそういう行為はマズいだろ? 僕も一応、生徒会のメンバーだしね」



 そう言って、アザカ先輩を見詰める。



「ぁ――そ、そうだな!私もソウタ君と同じ生徒会の者として!疑うとかではなく、軽い事実の確認ならしても良いと思う!」



 生徒会長のアザカ先輩が味方に付き、場の空気が“まぁ、聞くだけなら……”という方向でまとまる。



「ユキヤの方は僕が確認するからさ」



 そして僕は、証拠画像を使って“ある物”を用意する算段を立てながら、心の中で強く思ったんだ。



 誰にも、僕らのナカマ関係を壊させはしない――。



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