5告白の影響(カナエ視点)
告白をされたその日の夜は、ほとんど眠れなかった。
ううん、正確には寝てるんだろうけど、なんだかたくさんの夢を見た気がして、かえって疲れてしまった自分がいる。
薄目を開けて見る部屋の中はまだ薄暗くて、ベッド脇の目覚まし時計も早朝の時刻を示している。
わたしはベッドに寝そべったまま、ぼんやりとする頭で今し方まで見ていた夢の断片をさらってみる。
それは、今までの人生の思い出だったり、見たことのあるドラマや映画の印象的なシーンの追体験でもあった。記憶をごちゃ混ぜに切り貼りしたような夢に共通してるのは、いつもわたしとユキくんが中心であること。
例えば、夕暮れの教室で、中学生のユキくんが今のわたしを抱き締めながら言う。
『カナエ、ずっと好きだったんだ』
すると今度は、小学校の体育館で、高校生のわたしとユキくんが手を繋ぎながら全校集会に出ているところ。
途端に場面が変わって、わたしが街中でゾンビに追われているところを、今のユキくんが力強く助けてくれる。
そして次には、わたしの家のリビングで、ユキくんに肩を抱かれながら一緒にテレビを見ている姿――。
夢の記憶は時間が経つにつれて霞がかって消えていくけれど、印象深い物は逆に強調されて焼き付くように残ってる。
特に最後の、まるで恋人か夫婦みたいなわたしたちの姿なんて、きっともう忘れられない。
「はぁ……ユキくんの所為だぁ……っ」
また、顔が熱くなってくる。胸の奥がくすぐったくて、途方もない恥ずかしさにベッドの上で身悶えちゃう。
ユキくんからの告白はそれだけ衝撃的なことだったとはいえ、夢にまで見るなんて思わなかった。
こんなんじゃ、今日学校でユキくんに会ったときに絶対に意識しちゃうよ。
「もう起きようかな……」
どうせ寝てられないし、いっそのこと学校に行く準備もしちゃおう。まだ朝早いけど、お母さんだってお父さんの朝ご飯とお見送りのために起きてるだろうし。
そう思ってベッドから起き上がり、部屋から出て一階へと降りてみる。すると、やっぱりお母さんが起きていた。
「あら、早いわね?」
「うん、起きちゃった」
「珍しいわね~。でも、カナエも部活動なんかをやってたら、朝練とかで毎日このくらいの時間には起きてたのかしらね~」
それは、たまに寝坊するわたしへの当てこすりだって分かって、少しだけバツが悪い。
でも、今のお母さんの言葉から連想するものがあって、わたしの意識はそっちに向いた。
朝練――サッカー部のユキくんは、ほとんど毎日朝練があるって言ってたけど、いつもこのくらいの時間には起きて、お家を出るのかなぁ?
「………学校、行っとこうかな」
「は? どうしたの? 本当に何かの朝練でもあるの?」
「え、ううん、別に……ほら、どうせ行くんだし、たまには良いかなって」
「そ、そう……まぁ、ご飯はできてるから別に良いんだけどね……」
お母さんは酷く困惑したようにそう言った。
うぅ……確かに、わたしはいつもぎりぎりまで寝てるし、急に自分でもどうかと思うけど、その反応はちょっと酷いと思う。
――でも、行く。
わたしは、学校に行く準備をして早々に家を出た。
いつもの通学路。昨日の下校以来になるその道を通ると、どうしても昨日のことを思い出しちゃって、落ち着かない。
「ユキくんは、もうここ通ったのかなぁ」
家が近所で学校も同じだから、通学路だって一緒のわたしたち。もしかしたら、偶然会っちゃうかもしれないし――そう思って、周りをきょろきょろ見回してユキくんを探してみる。
「もう、先に行っちゃった……?」
ユキくんの姿がなくて、残念なのか、ほっとしているのか、自分でも分からない。
でも、教室に行ったら絶対に会うことになるし……どうしよう、ユキくんとどう接したら良いんだろう?
せっかく告白してくれたのを断っておいて、今まで通りに接するのはどうかと思うし、かといって、変に避けたりするのも違うと思うし……。
「ユキくんは、どうしてほしいだろ?」
できれば、ユキくんが嫌な思いをしないようにしたい。けど、それはユキくんに聞かないと分からない。
どうしよう、どうしよう……。
そんなことを悶々と考えていたら、気が付くともう学校の前に着いていた。
どれだけ集中してたんだろう、わたし……。
情けないやら恥ずかしいやらで、わたしは足早に昇降口へと向かう。
すると、その途中で見える校庭では、ユキくんの所属するサッカー部が朝練をしていた。
ユキくん、いるかなぁ?
横目で探してみるけど――ここからじゃ分かんないや……。
なんだか、久しぶりにユキくんがサッカーしてるところが見たくって、わたしは自分の教室がある階へと急ぐ。
階段を上がったところで、廊下の端にある手洗い場が目に入って――なんか朝から手汗かいちゃったし、先に手洗いしようかな。
手洗い場に立って、手を拭くためのハンドタオルを出して口にくわえ、両手をすり合わせて手を洗う。
そして、濡れた手をハンドタオルで拭きながら教室に入ると、来ている人の少なさにびっくりした。わたしも含めて、五人しか来てない。
みんなあんまり話したことないクラスメイトだけど、恐る恐る、おはよー……って呟いてみたら、近くの男の子がこくりと頷いてくれた。
席に荷物を置いて、教室の窓から校庭を眺める。
「ユキくん……あ、いた」
ゴール前に、ユキくんを見付けた。今はゴールの前に一列に並んで順番にシュートの練習をしてるみたい。ちょうどユキくんが蹴って、ゴールを決めるところが見れた。あれって、中学のときも練習でやってたよね。
そこで、ふと思う。
そういえば、わたしがソウタくんのことが気になりだしてからは見なくなっちゃったけど、前はもっとユキくんがサッカーしてるところを見てたっけ……。
まだずっと小さかった頃に、サッカーボールを蹴るユキくんがカッコ良くって、わたしはきゃーきゃー言ってた気がする。思い出すと、ちょっと恥ずかしい。
もしかして、わたしがカッコイイって言ったからユキくんはサッカー続けてくれたのかな――なんて、図々しい自惚れが湧いて、ひどく自分が嫌になった。
だって、わたしはせっかくしてくれたユキくんの告白を断っちゃったんだから、そんな風に考えるのもおかしいよね……。
暗い気持ちになって俯いて、しばらくしてから顔を上げると、いつの間にか校庭から人気が無くなっていた。
「あ、あれ?」
朝練終わり?――って、もうこんな時間? え、じゃあ、ユキくんもう直ぐここに来る!?
時計を見ると、もう結構な時間が経っていた。
わたしはどうしようかと焦るばかりでオロオロ。そして、反射的に教室の入り口へと目を向けた、その瞬間――。
「ぁ……」
「は――?」
ちょうど教室に入って来たユキくんと、誤魔化しがきかないほどに、目が合ってしまう。
頭が真っ白になって、しばらく見詰め合ったあと、わたしはすぐに顔を反らした。
か、顔が熱いよ……きっと、赤くなってるよね……分かっちゃったかな……?
ちらりとユキくんの方を盗み見ると、ユキくんは背中を向けて教室を出て行くところだった。
え――どこ行くの……? もしかして、わたしと目が合っちゃったから……?
途端に背中がひやりとして、胸の奥がズキンと痛んで跳ね上がる。
なんだかそわそわしちゃって、居ても立っても居られない。ユキくん、どこ行ったんだろ……? 追いかけたら変だよね……あ、でも、トイレとか手洗い場に行くことにすれば……。
ユキくんを追いかけるんじゃなくって、わたしが廊下に用があるから行くんだ。
そう、言い訳のように考えて、わたしはハンドタオルを持ってユキくんのあとを追う。
それはちょうど、昨日の帰り道での告白のあと、遠くなってくユキくんの背中を追いかけたみたいに――。
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