4勘違い注意(ユキヤ視点)
初めての告白、初めての失恋……その日の夜は、やっぱり眠れなかった。
失恋の悲しさはもちろんあったけど、それ以上に明日からカナエとどう接すれば良いのか――という難題に、朝まで悶々と悩まされ続けた。
結局答えなど出ないまま、俺は朝練のためにいつもの早い時間に家を出る。
早朝の通学路を、学生鞄と部活用バッグをダブルで背負って歩いていると、俺の家の近所にして通学路の途中にあるカナエの家が見えてくる。
ついつい、カナエの部屋の窓に目が行きそうになるが、俺は努めてまっすぐ前を向き、平静を装って足を進める。
しばらくして、自分の手足が左右同時に出ていることに気が付き、俺は深い絶望を覚えた。
「ウソだろ……こんな調子で、教室ではどうすんだよ……」
今となっては不幸なことに、俺はカナエとソウタと同じクラスなのだ。だが、不幸中の幸いとしては、俺だけは二人から席が離れているということ。これでもし二人に挟まれた席だったらなんて考えると、心底ゾッとする。
これまでは、休み時間もカナエと話したいがためにカナエとソウタに引っ付いていたけれど、さすがに昨日の今日では気まずいし、何よりカナエに気を遣わせたくない。
まぁ、昼休みは部室にでも行くとして、合間の休み時間は席が近い奴と話すか、トイレに避難だな……。
と、カナエに近付かないための、なんともヘタレたスケジュールを立てていると、あっと言う間に学校へと着いてしまった。
こんなことに、どんだけ集中してんだよ俺……。
つくづく自分が情けなく感じて、俺は肩を落として部室へと向かう。
「告白のこと、絶対に先輩たちに聞かれるよなぁ」
カナエに告白するにあたって、俺はサッカー部の仲の良い先輩たちに軽く相談を持ち掛けていた。この時間に部室に行けば、ちょうどその先輩たちともかち合うはずだ。
何を言われるやら……そう思いつつ、俺が部室のドアを開けると、やっぱり部室には先輩たちが来ていた。
「おう、ユキヤ。告白はどうだった?」
「彼女ゲットか?」
先輩たちが、開口一番に聞いて来る。態度は軽めだけど、茶化している様子はない。
「え~……失敗でございました!」
暗くなっても仕方ないし、俺は無駄に声を張って報告した。
先輩たちが苦笑いを浮かべる。
「ははっ、マジかよ。まぁ、次行けよ次」
「練習試合のときに他校の女子に声掛けろよ、他校だとお互い特別感あるし」
「つーか、一回フラれたぐらいだろ? リベンジしたれよ」
「それ言ったら俺なんか、今の彼女と付き合うのに中学から通算して二十回も告ってんだぜ」
励ましなのか何なのか、微妙な言葉をいただく。
というか、二十回はすごいな。逆の立場でそんなに告られたら、もう冗談にしか思えない。最終的に受け入れた彼女さんは、心の広い人なんだろうと思う。
何にせよ、カナエには他に好きな人がいるわけだし、数打ちゃ当たるで何回も告白するのは単なる迷惑行為だろう。
「まぁ、気まずいし、しばらくは距離置く感じッスね。直ぐに別の人好きになるとかもないですし」
そんな毒にも薬にもならない俺の回答に、場の熱も冷め、話題は部活のものへと移って行った。
所詮は告ってフラれただけの、それ以上でもそれ以下でもない、何も始まらなかったという話。
でも、ただそれだけの話でも、俺は先輩に報告したことで、少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。
いつもの朝練を終えたあとは、自分の教室へと移動する。
学生鞄に部活用のバッグ――肩に掛かるこれらを早く置きたくて、俺は足早に教室へと入った。
うちのクラスは結構時間ギリギリにくる奴が多いためか、教室内のクラスメイトの数はまだ少ない。
「ぁ……」
「は――?」
だから、誤魔化しがきかないほどに、目が合ってしまった。
どうして、カナエが……?
教室の窓際のいつもの席に、カナエが座っていた。
カナエが登校してくる時間には明らかに早すぎるし、いつも一緒に登校してくるソウタの姿もない。
え、一人で来たのか? こんな時間に?
俺もカナエも、目を見開いたまま固まってしまって、しばらく遠くからお互いに見詰め合ってしまう。
やがて、カナエがフッと視線を反らし、俺も慌てて荷物を置いて教室から退散する。
「え、マジなんでこんな時間に? というか、明らかに俺の方見てたよな? どういうこと?」
廊下に出た俺は、みっともなく狼狽えた。
俺の脳内には、“カナエが朝早く来たのは俺に関係することなんじゃ……”“目が合ったのだってカナエも俺の方を見ていたってことだし……”“心なしかカナエも照れていたような……”“もしかして、実はカナエも俺のことを……”なんて、未練がましくも恥ずかしい妄想まで抱いてしまう。
「いやいや、俺は昨日フラれただろうが……」
自分にツッコミを入れつつ廊下の端にある手洗い場へと足を向ける。顔でも洗って、少しクールダウンしたい。
手洗い場に着いて何度か顔を水にさらしていると、少しだけ気持ちが落ち着いてきた。
俺は顔を拭くためのハンカチをポケットから取り出そうとするのだが、目を閉じている上に濡れた手だとなかなか難しい。
「あの、これ……」
すると、そんな控えめな呟きと共にハンカチを求める俺の手元にふわりとした感触が――。
「あ、ども」
俺はつい条件反射でそれを受け取って、自分の顔にあてがったところで、ピシリと固まった。
え、なんだこれ? タオル? なんで?――っていうか、今の声は……っ!!
変態くさい話だが、俺は今まさに自分の顔に押し当てているタオルの香りに覚えがあった。
恐る恐る、タオルをどける。
「か、かなえ……っ!?」
やはり、タオルを渡してくれたのはカナエだった。
彼女は俯いて、今まさに俺の前に立っている。
俺は今一度タオルの匂いを嗅ぎたくなるのをぐっと我慢して、カナエに尋ねた。
「えっと……さ、さんきゅーな。でも、なんで……?」
大きな困惑の中にあっても、カナエの姿に思わず頬が緩みそう。
「う……た、たまたま、通り掛かった、から……?」
なぜか疑問形のカナエ。
というか、廊下の突き当りに通りかかるって……?と、なぞは深まるが、しつこく突っ込むのは良くない。
「そ、そうか……あ、タオルありがとな!洗って帰すから!」
「あ、ううん。そのままで、良いよ?」
カナエがこちらを伺うような控えめな声で言う。
「え、いや、でも……」
「えっと、今日わたしも使うから……」
逆に、持って行かれては困るということだろうか。
そう納得した俺は、もう一度お礼を言いながら、カナエにタオルを手渡した。
このタイミングで、“思わせ振りな態度は取らないでくれ……”とかクールに言えれば良いのに、俺の胸中にはカナエの優しさと気遣いと良い匂いによって、喜びすら湧き上がってしまっている。
くっ……顔が締まらないっ……!
耐え難い喜びに頬や口角が自然と吊り上がり、それを抑えようとして顎がしゃくれてしまう。
「そ、それじゃね……」
カナエは俯いたまま、くるりと背を向けて去って行った。
どうやら、変顔だけは晒さずに済んだようだ。
というか、ちょっとタオルを借りたぐらいで、“やっぱアイツ俺のこと好きなんじゃね?”とか“まだチャンスあんじゃね?”という自意識過剰な中坊レベルの妄想が止まらない。
「いやいや、カナエはソウタが好きなんだ。勘違いすんな……」
自分の無駄なポジティブさに辟易しながらも、俺は戒めるように呟いた。
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