19意気消沈(ユキヤ視点)
幸福な昼休みを過ごした俺は、階段のところでソウタに呼び止められた。
「おい、ユキヤ。カナエに付きまとうのは止めた方が良いぞ」
開口一番の指摘にびっくりしてしまったが、言わんとしていることは分かった。
ソウタとカナエはまだ付き合っているわけではなさそうだが、それでも俺の立場からすると少々ばつが悪いものがある。
俺がカナエにフラれてから二日……そう、まだ二日しか経っていない。
なのに、今朝の“責任取る宣言”からはじまり、休み時間の“ふーふー事件”、そして今し方の“幸せ昼休み”、さらに放課後にはいっしょに帰る約束までしている。
俺の立場的に、それらはやって良いことなのかと悶々とするところ。
そんな俺に対し、ソウタは言った。
「前にも言ったけど、カナエには他に気になる人がいるんだから、お前がウロチョロするのは迷惑だろ?」
その言葉に、ハッとする。
他に気になる人――ソウタ本人から言われると、殊更堪えるものがある言葉。
そして、そのソウタは、まるで威嚇でもするようにこちらを睨んでくる。
参ったな……。
今朝からの出来事は、すべてカナエからの誘いやアクションだということに甘え、戸惑いつつもつい甘受してしまったことに対するツケが回って来たって感じだ。
これは、俺も誠意をもって対応しなければならないだろう。
「ああ、分かってる……実は俺、二日前にカナエに告ったんだ……」
「は――?」
ソウタが目を見開く。
「もちろん、フラれたんだけどさ」
「はぁ!?なんだよっ、フラれたのかよ、フラれたんだよな、フラれたんだったらなぁ~」
ソウタは少し声を荒げながらも、どこかほっとしたように見える。やっぱりソウタも……。
「あ、ああ……でも、やっぱり小さいころから好きだったし……カナエのこと、そう簡単に諦めきれなくて……」
自分でも未練がましいとは思うけど、でもたった二日程度で早々に割り切れるほど、俺の中で簡単なものじゃない。
「あと、今日の昼は気を遣ってくれてるのか、カナエの方から誘ってくれて――」
「どっちが誘ったとか関係ないだろ!……というか、フラれたんならもう二度と関わるなよ。普通そういうものだろ」
正直、告ったのもフラれたのもはじめてで、普通というのがよく分からないけど、ソウタの口振りからすると俺はかなり未練がましいのかもしれない。
そして、ソウタは呆れたように続けた。
「カナエの意中の相手が誰かは僕も知らないが、お前の行動でその意中の相手に誤解されて、カナエに迷惑が掛かるかもしれないんだぞ?」
まったく以ってその通り。もっともな指摘だ。
俺はフラれてからも、なぜかカナエの方から距離を詰めて来てくれている気がして、それを根拠に“ワンチャン”だの“リベンジ”だのとポジティブに妄想していたけれど、これが現実ってとこなのだろう。
俺は、そうだよな……とだけ呟いて、教室へと戻ることにした。
昼休みが終われば、残るは五限目六限目。その合間の休み時間には、当然のように昼休みのことをいじられる。
「あーあ、ついにユキヤも中庭デビューかよ」
「で、中庭での昼休みはどうだったんだよ?」
クラスメイトたちが午前中と変わらぬノリで笑いかけてくる。
「あはは、言わねぇし!」
俺はちゃんと笑えているだろうか?
午後の授業中にもカナエと目が合って、また午前中みたく密かに手を振り合う。
きちんと、手を振れているだろうか?
自分の不確かさに不安を覚える中、それでも今日の授業が終わり、ホームルームが終わり、放課後までやって来た。
俺は部活へと急ぐ体で早々に教室から脱出し、帰りの生徒で賑わう廊下を進みながら思うのは――カナエのこと。
俺はカナエのことが好きで付き合いたい。でも、カナエの邪魔だってしたくない。自分でも幼稚なわがままだと思う。俺はどうするべきか、どうしたいのか……。
いや、どちらを優先させるべきかならば、カナエを優先させるべきだ。
カナエの隣に立つのが、笑顔にさせるのが、ドキドキさせるのが、自分じゃないのはひどく苦しくて悲しくて胸の奥が痛いけど……それでもカナエが望み、笑顔でいられるのなら、俺はそれが良い。
好きだからこそ、身を引く……いや、違うか、俺は身を引いてなんかいない。元からカナエはソウタが好きなのかもしれないという予感があって尚、諦められず引かずに進んで、フラれたんだから。
「はぁ、帰りがこえーなぁ……」
思わず苦笑いがもれる。
カナエといっしょに帰る間、俺はどんな顔をしていれば良い?
でも、そうは言っても約束は約束だ。カナエも俺の部活が終わるのを待っていてくれるというし、今日が最後だと思う覚悟でいっしょに帰ろう!
と、無駄に悲壮な覚悟をしつつ、俺は部活へと向かった。
しかし、そんな精神状態じゃあダメだった。練習中はずっと精彩を欠き続け、コーチからは注意を受け、マネージャーからはどやされて、仲間たちからはマジで心配される始末……。
極めつけはコーチから“何があったか知らんが帰ったらゆっくり休め”とまで言われてしまい――メンタル面の問題だということもバレていたらしい。
制服に着替え、部室を出る。
これで部活も終わったことだし、いよいよカナエに連絡しなきゃならない。
俺はスマホを取り出して、カナエに電話を掛けた。
『あ、もしもしユキくん?部活終わったぁ?』
耳元で想い人の声が弾み、俺はなんとも言えない気持ちになる。
「ああ、今終わった。それで……ちょっとこのまま話良いか?」
『え、うん。でも、すぐにユキくんのところに行くよ?』
聞くところによると、カナエは生徒会室にいるらしい。
「いや、出来ればこのままが良い」
『う、うん』
こちらの雰囲気を察してか、カナエの声も硬くなった気がした。
「あー……実はさ、今日ソウタ本人から言われたんだ。カナエには、好きな人がいるからあまり付きまとうなって……」
電話口からはカナエの息を飲む気配が伝わって来て、俺は自分の至らなさを恥じ入りながら続ける。
「ソウタはさ、間違いなくカナエのことを特別に思ってるよ……きっとカナエとソウタは、相思相愛なんだと思う……」
相思相愛……なんて小っ恥ずかしい台詞なんだろう。それに、言葉にするという行為自体を、こんなにも難しく苦々しいと感じたことはない。
「何か、本当にごめんな……元はと言えば、俺がカナエに告白とか余計なことしちゃった所為で、ソウタからも注意されるような状況になって……」
この取っ散らかった状況は、間違いなく俺の不徳の致すところ。これでカナエとソウタの仲が悪くなったら目も当てられない。
だから、いっしょに帰らない方が良い、そう続けようとしたところ――。
『っ……ょ、余計なことなんて、言わないで……っ』
頼りなく揺らぐカナエの声に、背筋がヒヤッとした。泣いている?
『……わ、わたしは……すごくすごくっ……嬉しかったよ……っ?』
グスリと鼻をすする音に、生きた心地がしない。
そして、カナエは言った。
『ユキ、くんっ……わた、わたしはっ、ユキくんに伝えたいことが、あります……っ』
電話越しからでも伝わるカナエの必死さに、俺は完全に気圧されていた。
『ど、どうか、聞いてくださいっ……お願いします……っ』
「は、はい」
反射的にそう答えていた。
当然だ。カナエにお願いと言われれば、俺に“はい”以外の選択肢はない。
こうして、俺は当初の予定通りカナエが来るのを待つことになった。
カナエの伝えたいこととは何なのか、今から戦々恐々だった――。
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