18僕が助ける(ソウタ視点)
教室の後方ではクラスの陽キャグループがウェイウェイと騒音を撒き散らしている。
どうやら、ユキヤとカナエのことを囃し立てているらしい。
まったく、何をそんな馬鹿みたいに騒ぐことがあるのか、もう少し時間やエネルギーを有意義に使えないものかね。
でもまぁ、それも彼らの生き方だし、否定はしないさ。
しかし、クラス内に蔓延したユキヤとカナエの関係を応援するような余計なお世話としか思えない雰囲気に、僕は反吐が出そうな不快感と怒りを禁じえない。
恋愛至上主義の幼稚な妄想、下種の勘繰り、無責任な煽り……やれやれだ。
もちろん、そんな負の感情を表に出すことはない。僕は基本的に、教室では寡黙と無表情を貫いているのだ。
そうすることによって、僕は他者との関わり合いという無駄な時間を最小限にとどめているのである。
何はともあれ、やれやれな午前中をポーカーフェイスでやり過ごし、やがて昼休みに入った。
「おい、カナエ――」
僕は昼休みの予定を伝えておこうとカナエの方に振り向いた。
ユキヤの悪行に対抗する“ある物”を用意するため、僕は生徒会に行かなければならないため、今日はカナエにかまっているヒマはないのだ。
しかし――。
「ユキくんっ!」
僕がその旨を説明しようとしたにもかかわらず、カナエはまたしても大声でユキヤを呼びながらヤツのところに駆け寄って行く。
しかも、クラスの女子たちによる“行っといで”だの“幸せにね”だのという無責任にも白々しい悪ノリが、僕の嫌悪感を増幅させる。
「チッ……」
つい陰キャぼっちに秘めたる僕の暗黒面が出てしまい、近くに居た女子に気付かれてしまったようだ。
「えっと……あの、どうしたの……?」
しかし、僕は陰キャぼっちらしく、別に……とだけ短く答えてその場をあとにする。
背後からは“よく見ればそこそこ顔は良いのに……”だの“あれがなきゃ顔はイケメンなのに……”だのという声が聞こえる。
まぁ、不遇な扱いと不当なヒエラルキーの低さには慣れている。陰キャぼっちとはそういうものだ。そもそも目立ちたくない僕には、クラス内での表向きカーストなど最底辺くらいが望ましい。
それに、今はそんなことに構っている時間はない。僕は己が責務と幼馴染のため、行動しなければならないんだ。
そして、僕は手はじめに生徒会室へと向かう。
生徒会室には、誰もいなかった。いつもならアザカ先輩が居たりするのだが、おそらくは放課後にカナエを呼び出すため、リンカやクリスと共に出張っているのだろう。
「好都合だな」
僕は“ある物”――ユキヤの悪行の証拠写真かもしれないカナエとのキスシーンをプリントアウトすべく、生徒会室のプリンターを拝借する。
自分の幼馴染を汚されたと思うと胸に黒炎が渦巻くようだが、今は胸糞パートだと思って耐え忍ぶ。
それに、これは単なる保険だ。やるまでもないことかもしれないが、僕は“やると決めたら一切の容赦をしないタイプ”なんだ。
そうして、僕は複数枚用意した証拠写真のプリントを手ごろな封筒に入れて隠し持つ。
さて、そうこうしている内に昼休みも後半。
僕はユキヤへの明確な釘差しを行うため、中庭に繋がる階段前でヤツを待ち伏せることにした。
そして、待つこと数分。
僕の思惑通り、カナエと別れたユキヤと一対一で対峙するシチュエーションに持っていくことに成功した。
僕は闘気を迸らせる。
「おい、ユキヤ。カナエに付きまとうのは止めた方が良いぞ」
強い意志を持って睨み付ける。
「前にも言ったけど、カナエには他に気になる人がいるんだから、お前がウロチョロするのは迷惑だろ?」
それに対し、ユキヤは悲痛な表情を見せ、血を吐くようにカナエへの好意を口にした。さらに、一度フラれてそれでも諦められないこと、今日はカナエの方から誘ってくれたことなどを言い訳がましく口にした。
ユキヤが告白していたのには驚いたが、僕はその全てを論破、論破、論破――!
最終的に、ユキヤは暗い顔で俯いた。
やれやれ、もう一押し必要か。
「カナエの意中の相手が誰かは僕も知らないが、お前の行動でその意中の相手に誤解されてカナエに迷惑が掛かるかもしれないんだぞ?」
すると今度こそ、ユキヤが思い詰めた表情で、そうだよな……と吐き出した。
ふぅ、まったく……ここまで言わなきゃ分からんとは、これだから他人の相手は嫌なんだ。でも、これでユキヤも分をわきまえたかね?
それと、今ここでカナエへのキス強要の件を直接糾弾しないのは、一応カナエ本人の気持ちを聞いてからと、幼馴染であるユキヤに対するせめてもの慈悲だ。
だが、事実が明るみになったときには、甘んじてむくいを受けてもらう。何せ、僕の幼馴染に手を出したんだ、容赦はしない――っ!
ハハッ、また熱くなってるな。カナエに関することにはどうにも僕は熱くなってしまうみたいだ。まったく、困った幼馴染様だよ。
「ま、そういうことだから無責任な行動は慎めよ、ユキヤ」
僕は一先ずの満足を覚えて、その場を立ち去る。
放課後には、アザカ先輩たちがカナエのことを呼び出す手筈になっている。そこで全てを明るみに出そうじゃないか。
僕は清々しい気持ちで教室に入る。もう、教室内の低俗な雑音に心乱されることもなかった。
そこから放課後までの時間は、僕にとっては消化試合。そして、意気消沈のユキヤはそれでも周りに気取られないように合わせていて、その痛々しさたるや、さすがの僕も苦笑いを禁じ得なかった。
カナエもクラスの連中に取り囲まれながらもユキヤを気にしていたみたいだが……まぁ、カナエも甘いからな、と僕も寛容な気持ちでそれを眺めていた。
どうせ全ては、今日の放課後までのことなのだから――。
授業が終わり運命の放課後。僕は教室を出て行くカナエをこっそりと追跡し、きちんと生徒会室に入るのを見届けた。
これから事実確認がはじまるのだろう。
僕も立場的には同席して然るべきだが、まぁここは女子同士、ナカマたちに任せよう。
だから、僕は話の内容だけ軽く確認するため隣の空き教室に入り、生徒会室からもれてくるカナエたちの声に耳を澄ませた。
「チッ……さすがに聞き取り難いか」
声は聞こえど、その内容までは断片的にしか分からない。しかも、時間が経つにつれて賑やかになって行くようだ。もうユキヤからの強要の話は終わったのか……?
くっ……こんなことなら、やはり僕も同席するべきだったか――いや、今からでも遅くはない。
そう思って空き教室を出ると、ちょうどカナエも生徒会室から出て来るところだった。
ハハッ、同じタイミングで出て来るなんて、僕とカナエはつくづく縁があるらしい。もはや“セカイ”が、僕とカナエが離れることを許さないみたいだ。
まったく、やれやれだ――っ!!
胸が熱くなった僕は、自らの運命に従うようにカナエに声を掛けた。
「よぉ、カナエ」
「え、ソウタくん?」
カナエはなぜかスマホを握り締め、落ち着かない様子でこちらを振り向いた。
僕はカナエが見せる愁いを帯びた表情に胸を締め付けられて、自然と言葉を紡いでいた。
「カナエ……何があったのかは知らないけど、お前には僕やナカマが付いてる」
すると、カナエはふにゃりと顔を歪めて呟く。
「ソウタくんっ……ユキくん、ユキくんが……っ」
やはり、僕の読みは正しかったようだ。ユキヤのヤツ、覚悟しておけよ――っ!!
心が荒振り、自然と闘気が放たれるが、今は幼馴染のアフターフォローが先決。
僕は気持ちを落ち着かせ、カナエに語り掛けた。
「なぁ、カナエ……ユキヤのヤツに気を遣う必要なんてない」
言っている内に、心が燃え上がって来る――。
「大切なのは、自分の本当の気持ちだろ?」
そして、魂を震わせる言霊を――。
「お前は素直な気持ちを想う相手にぶつければ良い」
僕は紡ぐ――。
「相手は必ず応えてくれる!僕が保証するっ!」
そう言い切った瞬間、僕はゾワリと武者震いを感じ、力がみなぎるようだった。
そうさ、他の誰でもない……僕本人が!カナエの気持ちを保証するんだっ――!
燃え上がる僕は、今日はさらにもう一歩踏み込む。
「僕も……カナエのことは、特別に思ってるから……」
ここまで言えば、鈍いカナエでも察せてしまうことだろう。こんなに分かりやすいパスを出すなんて……我ながら、カナエには本当に甘いと思う。
そして、それを受けたカナエは、頬を紅潮させ、目の端には涙の雫を溜め、両手で口元を覆いながら感極まった声をもらす。
「ソウタ、くん……っ、ありがとうっ……!」
気持ちが通じた!ソウタくんは分かっていてくれた!――まさに、そんな声色に聞こえた。
そうして、この日、僕とカナエの関係が決定付けられたのである……。
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