五章 図書委員は書架を征す 6


   ◇


 地底を貫く叫びが響いた。


 遠くに聞くのは討伐隊。こちらも陽動隊に続き、五層へと降りて来ている。


「これは……」


「エキドナね。相変わらずでっかい声だこと」


「でかそうだなあ。もうちょい待てば、守砂すさ達が来るんだよな……ん?」


 御高みたかの言葉に津久澄つくづみとも小山津が言葉を返して、ただならぬ気配に揃って後ろを振り向く。


「うぉっ……」「わっ」


「――――――――――――――――――――――――――――――――」


 天寺あまてら三火みかが。唸りを上げるような眼光を双眸にぎらつかせ声の方向を見ていた。


天寺あまてらさん。気を抑えて。大部屋に入ってからです」


 少し慌てた御高みたかの制止に無言で頷き、彼女が歩き出す。


「ちょっとちょっと。タイミング計らないと」


 津久澄つくづみの制止に、三火みかは振り返らず答えた。


「ここから普通に歩けば大丈夫。地図の距離とたけるの歩幅と速度から考えたら、集団なことを考えてこれで丁度」


 さらりと偏執的なデータを語りつつ、彼女は歩を止めない。


 男三人が(マジで?)(多分)(こえー)とこそこそ話しつつ、後に続く。


 果たして。数十mまで迫った横道から、複数のヌシを引き連れて走る陽動隊が飛び出し、


「「――――」」一瞬の視線の交錯。


 彼等はそのまま東側通路まで走り抜けていく。


「行くわ。南東・南西の方からたける達を追うヌシに、見つからないようにしないと」


 呟いて、三火みかが姿勢を低く、滑るように走り出す。


「ちょっ、待ちなさいって」津久澄つくづみが言いつつ駆け足になる。


「あーいけませんねこれ、戦闘モード入っちゃってます」御高みたかが処置無しと頭を振った。


「あの人いつもこうなの?」


 小山津の呟きに、御高みたかが走りながら含み笑いを漏らす。


「いつもはもう少し冷静ですよ。さっき守砂すさ君と目が合ったのが良くなかったですかね」


「言われたの」


 え、と走りつつ返す一同へ。三火みかは当然のように続けた。


たけるがさっき言ってた。『早くエキドナを倒して助けに来てね』って」


「いや、何も言ってな……もが」


 小山津の口を津久澄つくづみの手が塞いで、彼は横に首を振った。処置無し。


 可読範囲の広い魔書能力者はその身体能力の向上振りも高い。四人はほどなく、大部屋の入り口前へとたどり着く。


「皆なら心配無いと思うけど……奴の視線には魅了っぽい能力があるみたいヨ」


 口を開ける壁に背を付けて、津久澄つくづみが注意をかける。


「それ、誰がかかったの?」


 顔を入り口へ向ける三火みかから。冷えた声。


「えー……その……守砂すさチャンが」気まずそうに言ってから、慌てて津久澄つくづみは言い添える。「いやでもちょっとよ? 数秒だけ」


「そう」


 平坦な声に、うわあ、と声を漏らしたのは誰だったか。


 部屋へと全員が滑り込む。巨大な蛇体、そして滑らかな曲線を描く下腹部が目に入る。


 エキドナが、意外に身をたじろがせたように、一行には見えた。


「やっぱり結構なモンね」「おーおー、こりゃすげえ」「このクラスを見るのは中々珍しいですね。守砂すさ君達では手に余るのも分かります」


 各自、エキドナの『魅了』の視線を遮りながら口々に言いつつ、戦闘態勢を取る。


「『妖刀図録』一五五頁、『村正』」三火みかが魔書から刀を抜き放った。


 ばづん、と。エキドナの発する怪しげな気配がこの空間から断ち切られる。天寺あまてら三火みかの魔書『妖刀図録』から現れる刀剣が斬るモノは、物理的な存在だけとは限らない。


「始めましょう。委員長、指示を」


「そうですね。後で拾いに行くのも面倒ですから、守砂すさ君達も生かして返したいですし」


 宇伊豆ういず学園図書探索委員、その頂点に位置する者達による戦闘が、始まる。


   ◇


「うおおおおおオルトロスやばいな迫力が!」


 一瞬後ろを振り向いて、谷が叫ぶ。


「ちゃんと前見て走れ! コケたら死ぬぞ!」


 彼等陽動隊は現在、五体のヌシに追われている。ヌシの中で最も早い四足獣型に対し、彼等の全速力は劣る。しかし、地形や扉、隘路を利用することにより距離を保っている。それを可能にしているのは、


「そこ左だ! したら、二十m直進! ――――エスキュナ、右の柱折れ!」


「ゴーッタゴー!」


 ごしゃ、と走り抜けざま、指示通りにエスキュナが通路の壁になっている鍾乳柱、その中の細くなっている数本を蹴り折った。


「! 何を――?」


 谷が疑問を呈する中にも、即座にエスキュナは逃走に戻る。もっとも脚力が高い彼女ならば、多少のロスも取り戻せる。そして、谷への答えはすぐに来た。


「ブォシャァァァァッ!」


 別のヌシ。多頭の大蛇が崩れた柱から首を突っ込み、追ってくる双頭の犬……オルトロスと衝突した。


「「グォオオォォオオアアアア!」」


 そのままもつれ合い、争い始める。


「同士討ち……? そうか! ここの奴ら、みんな俺達を追ってるから、途中で横道が開けば突っ込んでくる……!」


 守砂すさ隊は、事前調査により、争い合うヌシ同士を調査している。リアルタイムで場所が把握できるたけるならば、ぶつけることは可能だ。


「そこ右! 扉の先!」


 地下閉架書庫迷宮の壁や床は破壊されても再生する。だからといって、魔書生物たちは自分から進んで迷宮書庫を破壊することは少ない。己も魔書、つまりは迷宮の一部であるからだ。


「だから、扉さえ閉めちまえばあいつら回り道するしかねえんだ……ぜえ、ぜえ」


 大国おおぐにが、がしゃんと数本の鍾乳石が束になった扉を下ろす。全員が数秒、息を整えるが。


「あいつらも、俺らの位置が分かってる。すぐ移動だ」


 常に動き、大量のヌシを引き連れる。それが基本の方針だ。現在陽動隊のいる位置は五層隠しフロアの北東。ここから回り道しながら南西まで移動する。


「南西からこっちに向かってくる奴らを、中央通路で処理する」


 処理とはいうが。無論倒せるわけではない。ならばどうするか。


 谷の魔書能力を聞いた際に導き出された一手。それを使う。


「来たっすよ! 四体! 全部いるっす!」


 五層隠しフロアの中央通路。北東通路から出てきたたける達へ、南西通路から現れていたヌシ達が走り来る。それは守砂すさ隊が事前に観測した数と同数だ。全て引き付けている。


「まだか!?」走りながら、谷が問う。


「まだだ!」たけるが答え、なお走る。


 背後からは延々引き連れたヌシ達が追ってきている。速度を緩める訳にはいかない。


 南西から来たヌシ群がこちらへ迫る。陽動隊も南西通路に向け走っているわけで、どんどんと距離が詰まる。


「ま、まだか!?」


「射程はギリギリなんだろ! まだ!」


 走る。西洋の伝承に遺る、異形の獣たちが迫る。その距離が、三十mを切った時だ。


「今だ、行けぇ!」たけるが叫んだ。


「……! 『攻城録』二頁『攻城塔』!」谷が叫ぶ。彼の目前に数mの高さを持つ、階段を備えた半透明の櫓のごときものが現れた。駆け上り、頂点から谷は跳躍し、続けて叫ぶ。


「続けて六頁『破城槌』!」


 彼の脇に、身の丈を遙かに超える巨大な杭が現れた。


「うお、すげ……!」大国おおぐにが目を見開いた。エスキュナも大口を開けている。


 今の彼等は常人を遙かに超える身体能力を持ち、銃弾ですら回避することも不可能では無い。しかし、それでも谷の出現させた魔書能力の迫力には一瞬意識を取られる。




 谷九郎の魔書『攻城録』。古今東西の城攻め兵器が記載された、図鑑的な本だ。成長するにつれ、近代の兵器が使えるようになると推測されている。そのいずれも、効果は大きい。


 しかしこの魔書、ほとんどの記述能力が激しい消耗を伴う。今の谷であれば、五、六回も能力を使えば、魔書の力は空である。


 その記述の一つ、破城槌。巨大な杭を撃ち出す記述能力。破壊力は凄まじく、ヌシにも大きな打撃を与えることができる。反面、巨大故に取り回しが難しく、狭い通路では使いづらい。さらには命中率も低い。


 だが加来かく隊には大いに歓迎された。地下閉架迷宮書庫の強敵を狙うに当たっては、その一点突破の攻撃力が高く評価されたのである。




 その力。先月超カマキリに襲われた際、反撃に放ったそれは虚しく迷宮の壁を崩した。


「ずりゃあっ!!」


 その力を、攻城塔から跳び上がった谷は、目前に迫った天井へと撃ち放つ。


 轟音。鍾乳石が無数に垂れ下がる天井へ、破城槌が突き刺さる。そのままぶら下がって、


「もう、一丁ぉ!」


 再びの魔書記述解放。再装填された破城槌が、穴へと重ねて撃ち込まれた。


「行ったか――!?」


「おう!」


 谷が着地する。陽動隊は天井を一顧だにせず走り続ける。


 それは、天井の破壊へ一瞬目を奪われたヌシ達との、決定的な差になった。


 ほぼ交錯直前まで迫っていた獣たちの脇を、たける達は走り抜ける。獣たちが意識を探索委員達へと戻した瞬間、それは来た。


 地下四層と五層は、直接繋がっている。


「ギィィイィィィィイィ――――――――――――!」


 緑色の、巨大な何か。それは天井に開いた穴から落ちてきて、危うく羽ばたいて着地する。


「ッ!?」


 全てのヌシ達が混乱する。自分たちの中心へ降り立った、その存在は。


「ギィアアアァァァァァアアア――――ッ!!」


 単独を好む。小部屋に住む。他者が入ると排除にかかる。部屋を壊されると怒り狂う。


 地下四層のヌシ。超カマキリだ。


「あいつは見境無しに周囲に襲いかかる」


 鎌が振るわれる。反応が遅れた人面の獅子が、その喉に斬撃を受けてのけぞる。


「うおお、カマキリ野郎つええ!」


「小部屋から出てこない分強いって津久澄つくづみせんぱいが言ってたもん!」


「うわあ、トラウマが……」


 かつて真っ二つにされた経験のある谷は青い顔だ。南西のヌシ群と、北東からのヌシ群。行き逢う十体を超えるヌシに挟まれた超カマキリ。乱戦が巻き起こる。


「巻き添え食うと俺らじゃ即死だぞ! 急げ急げ!」


 たけるに従い、陽動隊一行は南西通路へと駆け抜ける。


「これでしばらく時間が稼げるかな~……?」


 通路に入り込み、いくつかの角を曲がってエスキュナが呟く。


「あいつら、仲間割れ全滅は無理っすかね?」


「流石に望みすぎだな。北東と南西のヌシ同士でも、戦闘は起こるだろうけど」


 守砂すさ隊の面々が話す所に、


「なあ、ところで」谷が進みながら言った。「ちょっと体が軽くないか?」


 規則正しい呼吸で走りながらたけるが頷く。


「ああ。俺はこの辺り、初めて入るから」


「? それが何の……? いや、初めて?」


「センパイ抜かして、俺らが探索したんだよ」「そーそー。危ないから地味~に少しずつね」


「? なんでそんなことを? 守砂すさって探索能力特化だろ?」


 疑問顔の谷に答えたのはたける本人だ。


「ここが粘る最後の場所になるからだな」


 言葉の意味は勿論、魔書『亡失迷宮』の記述『未踏地強化』だ。


「なるほどな……。全部折り込み済みってわけだ」


 ふっ、と。迷宮の中のたけるからは珍しく、微笑が漏れた。


「事前準備が大半みたいな趣味を昔な。お、着いた」


 久方振りに、たけるの足が止まる。陽動隊が辿り着いたのは、南西側の隘路になっているどん詰まりに存在する小部屋である。


「すぐバリケードを作るぞ」


 たけるが谷を遮る。彼のリュックからロープが取り出され、後輩組二人が受け取って道を少し戻っていく。これは打ち合わせ通りの行動だ。


「バリケード……突入前に聞いてはいたけど。そんな材料どこに」


「いくらでもあるだろ、周りに。ちょっと本に対して申し訳ない使い方だが」


 たけるが指し示し、取り出すのは。彼等の周囲にいつも、言葉通りにあった存在だ。


「ほ……本を!? いいのかそれ?!」


実本タグ付は無いから安心してくれ。ここのは調査済みだ」


 たけるは言いつつ鍾乳石の書架から本をごっそりつかみ取り、通路を埋めるように並べていく。


「気が引けるのは分かるんだけど、手伝ってくれよ。時間との勝負だぞ」


「お、おお……」いいのかな、と思いつつ谷もまた本を集め始める。


「せんぱーい!」


 エスキュナと大国おおぐにが、紐でくくった大量の本を持ってやって来る。


「おし! とにかく積め! まずは打ち合わせ通りのやつな!」


「「りょうかーい!」」


 たけるの指示の下、ひたすら本を積んでいく。その間、僅か二~三分。


「前にみっちり上の層で練習しといて良かったな」「最短更新したんじゃない?」


 出来上がったのは、低くなった天井近くまで通路を埋める本のバリケードだ。上部にのみ、隙間が開いている。


「来るぞ……やっぱあいつが最初だな! 谷! 一発分残して使い切っていい。頼む」


 ヌシの位置を俯瞰できるたけるが小さく叫ぶ。


「わ、分かった。二頁『攻城塔』!」


 谷の魔書が光り、バリケードの左右へ小さめの攻城塔が出現した。即座にエスキュナと大国おおぐにがそれぞれ登る。


「あと二十秒くらいで来る。構えとけ!」


 たけるが脳内地図に集中し、命令を出す。


「「「……………………」」」陽動隊の誰もが、緊張感に蒸し暑さを忘れる。


「五……四……三……二……一!」


 カウントダウンの瞬間。バリケード天井近くの隙間から、影が現れる。同時に。


「ブチかませ」


「『オノマストス』! テメー前センパイエグッただろコラァ!!」


「『スタディオン』! ゴッタゴー!」


 影の正体は、凄まじく巨大な大鷲。雨野の解説に寄れば名前はエトン。初めて五層隠しフロアへ侵入したたける達を追いかけたヌシ達の一体だ。


 ズゴキュギッ! と、肉と骨が擦れ軋む。


 その首――陽動隊の面々の攻撃が、唯一通用する箇所――へと、渾身の右ストレートと後ろ回し蹴りが、左右から挟み込むように叩き込まれた音だ。


 かすれた怪鳥音(実際に怪鳥だが)を叫び、大鷲エトンは床にきりもみ回転して落ちる。


「よし!」


 あれこれと足留めしてなお、この空を往くヌシがいちはやく現れるだろうことは、たけるには分かっていた。だから、エトン用の対策は予め練っていたのだ。


「谷!」「分かってる! こいつでカンバンだ『破城槌』!」


 轟音と共に、地に墜ちたエトンの頭部へと谷の魔書による一撃が真上から叩き込まれた。命中率に難があるとは言え、地上で寝ている相手に外すほどではない。


 大杭と地面に挟まれ、さしものヌシもその力が尽きる。黒く変色し、さらさらと崩れていく。


「やっぱ、ここのヌシは紙片にはならないんですね」「ヘビ女から産まれてるって話だからなあ」


「おーい、すぐバリケードの組み直しだ。次は蛇やら犬やらだから、厚くしなきゃ。急げ!」


 たけるがいち早く動き出し、指示を飛ばしつつ本の山を組み直している。ひと息吐く暇も無い。谷がやれやれと頭をかいた。


「なんつうか……お前等があいつを信頼してるの、分かってきたわ」


 大国おおぐにとエスキュナは一瞬顔を見合わせて、笑う。


「へっ、まーな」「あげませんからね」


 そうして、一行は再び本による建築に精を出し――数分後。


「間に合った……!」


 組み上がったのは通路の横幅を埋め、前後幅は二mと少し、高さ三mはある塁壁めいた代物だ。最下部にはたけるの荷物から出したロープが三本通され、全体をくくって一体化させている。


 たかが数分でこれほどのモノが出来たことには理由がある。


「さっきの攻城塔、そのままにできるたぁな。やるじゃねえか」


「これ、消えないんですか?」


「破損させてるわけでもないからね。ただ、維持に神経使うから戦闘参加出来ないんだが……大丈夫か?」


 大国おおぐにとエスキュナが登っていた小型のものだ。バリケードの内部、骨組みに使っている。


「ああ、どうせ下でバリケード全体を支える係が必要だったんだ。よろしく頼む」


「分かった。……津久澄つくづみ先輩がいたら、この苦労も無かっただろうけどな」


 だが、エキドナの戦力が不明な以上、討伐隊の戦力に出し惜しみは出来なかった。


「無い物ねだりしてもしゃあないさ。――もうすぐヌシ達の本隊が来る。……頼むぞみんな」


 たける大国おおぐに、エスキュナが、本に謝りつつバリケードの上に立つ。通路の奥をにらむ。


 たけるの脳内地図では、未だに十を超えるヌシ達の印が近付いてきている。速度にそれぞれ差はあるが、次に来るのは四つ足の獣タイプだろう。


(先行してくるは二体か。――オルトロス、ケルベロスの他にも四つ足はいたと思うけど、死んだか、ダメージ受けて鈍ってるか……)


 ややあって。通路の奥、闇の向こうの曲がり角から、二体のヌシが姿を見せた。


 スフィンクスと、三つ首の犬・ケルベロスだ。双方に傷があり、スフィンクスは翼が折れ、ケルベロスは首が一つ項垂れている。


「ツイてるな……やるぞ!」「おう!」「はーい!」


 たけるへ後輩組が答え、下からも「頑張ってくれ!」と谷の声援が飛ぶ。


(さーて……ここまでは計画通り)


   ◇


 天寺あまてら三火みかは、剣術道場の娘である。


 道場は江戸時代より続き、諸方面に顔も利くようだが、三火みかにあまり興味は無い。


 ただ両親は好きだった。父親の言われるままに、もはや現在では使いどころの無いような――大昔に人や、それ以外に振るわれていた――剣を修めてきた。


 剣術自体に思うことは特にない。無かった。二年半前までは。


たける君が、海外の山で行方不明になった」


 父親の重苦しい声。


 隣家の弟同然な男の子。両親同士に親交があり、自分たちも自然、仲が良くなった。


 年を重ねるにつれ、遠くなっていく彼。性格も変わったと人は言う。でも、冒険から帰る度、真っ先に自分の元へやって来て土産話を始める彼は、幼い頃から変わらない。


 本当は、寂しかった。それでも、冒険に行くからこそ自分の元へ帰って来て話をしてくれる彼がいた。だから、三火みかは自分を騙せていたのだ。


 奇跡的な生還を果たした彼を見て、三火みかは思った。


(いややっぱ駄目だったわ。私がこの手で守らないと)


 彼女がそう行き過ぎた決意をした時、その手には剣があった。言われるがままに修めた剣に、意味が生まれた。


(このために、私の剣はあった)


 多分違うのだが、彼女はそう決めつけた。


 図書探索委員となったのも、まさか本当にいるとは思わなかった化物相手用の、己の剣と技を実戦で磨く他には無い機会だったからだ。


 無気力になっていく彼を側で見守り、そして彼は、三火みかと同じく図書館探索委員となった。


 抱いたものは、心配と、昏い喜びだ。


「この手で直接、たけるを守れる」




 今、目の前には仇敵がある。彼を追い回し、一度殺害せしめたエキドナなる階層支配者。


「阿婆擦れが。その首、斬って落として床に晒してあげる」


 彼女の魔書『妖刀図録』。古今東西の妖刀魔剣がずらりと並び、適合者はそこから数多の利剣を引き出せる。特筆すべきは、魔書から出した剣は『記載された伝承通りの力を表す』ということだ。それが、実際には後付けや迷信による類のものでも、だ。


 今彼女が持つ刀は『蛇切丸』。池の蛇神を斬ったという伝説にのみ名が残る刀で、実在したかも怪しいものであるが『妖刀図録』はそのような刀剣すら引き出す。


「洋の東西あっても、蛇には変わりないでしょう」


 長大な尾の一撃を切り払う。刀は果たして金属装甲めいた鱗を破り、鮮血が舞った。


「SHAGHHGHHHHHHH!」


 苦悶の声。


「痛い?」怒りを込めた蛇の目を真っ向見返す。「でもね、貴女は私の大事な人を殺したの」あまつさえ魅了などと。「せめて、同じ目に遭ってもらわないと」

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