四章 図書委員は企画を練る 3
○
「地図を見比べると……この梯子が五層の隠しフロア側に繋がってるんだな」
四層隠しフロアのヌシは、通常の四層と同じく、二つほどある小部屋に棲む超カマキリだ。
「迷宮書庫の広さはたまに空間的におかしくなってるから、完全に地図の通りとは行かないけど……多分そうね」
四層の隠しフロアの地図も
「影さえなんとかなりゃチョロかったな、ここ」
「上手いことやったら一発KO出来るしね~。ふんふん」
盛り上がる
「五層の救助依頼ってあったかしら?」
「今んとこはない。数隊は四層抜けてるはずなんで遭難者自体はいるはずだが。俺らに頼んでなかったり、自分たちで処理したり」
「借りを作りたくないのか、アタシ達では無理だと感じたのか、探索が美味しくて余計な隊を近づけたくなかったか……」
「もしくはそれ全部」
「行ってみねーとわかんねーっしょ」「そーそー!」
検討を続ける二人へ、テンションが上がった一年組が首を突っ込んでくる。正論ではあった。
それでは、と
「「?」」
「早くして!」「お、おう!」
真下から声が響き、すぐに人間が上がってくる。探索委員だ。
「退いてくれ!」
跳ねるような勢いで上がってくる影が一つ、少し遅れて続けて二つ。二人目は背中に一人背負っており、計四人が上がってきた。彼らはしばし、梯子周辺で荒い息をついていた。
「ふ~……ああ、
顔を上げたのは最後に上がってきた、
「
「
軽く手を上げる
(そういえば、
思い出しつつ、
「
「魔力切れして守りが薄くなった。しんどい」
「
「ま、ね。アナタ達が退却するようなとこなのね、この下」
「これ。帰り道で『影』が隠れてる確率高い場所です」
「君……」
「帰ったらちゃんとした地図作りますけど、とりあえず」
「むむ。先手取られたか」
「げー」
エスキュナが渋面になる。
「ナルホド、それで消耗しちゃったのね」
「気をつけた方がいい。君たちじゃ、一体倒すのも厳しい。……私達が四体くらい倒したから、少し隙間はあるはず」
「ちっ、言ってくれらあ」「ほんとのことじゃん」
実際の所、ヌシと来れば
「私達追っかけてたのが離れるまで――三分くらい? 待ってから降りるといい」
撤退する
「あらー」「うおー……」
梯子を先に降りた
わくわくしつつ五層隠しフロアの風景を視界に入れた。
「こいつは……!」
広がっていたのは、広大な鍾乳洞。
降りてきた梯子近辺は地面近くまで石の天井が迫っているが、梯子から続く通路を抜ければ、本来の天井は降りてきた感触通りに十mはあろうかと言うほどに高い。その天井から無数の鍾乳石が垂れ、また石筍が地面から伸び、通路を形成している
(普通の五層とも全然違うな……収められてる本もか?)驚きつつ、さらに観察する。
鍾乳石があちこちで上下を繋げ柱の壁を形成しており、繋がるに至っていないものは棚の役割を果たし、図書を収納していた。
「上のやつ、落ちてきたらやだなー」
エスキュナが天上を見上げる。大小多数の鍾乳石が形成する、迷宮。
「これ、普通にあったら天然記念物なんてもんじゃないよなぁ……」つい現実に返る
「壊しても気にしないことよ、再生すンだから」
気温は、初夏に移ろうとする外気温からも十度は高いかと
「こりゃ水分持ってきた方がいいかな。こういう注意もいるか……」
話している最中にも、
チェックを終えて、見通しがつく所まで歩く。
「何匹もいるって話でしたね」
(『自己拡大』とあわせれば、どうだ?)
『亡失迷宮』が光を発し、
「む」
「なんかありました?」
「でかい反応が一体いるな……多分ヌシ。今は動いてないけど」
うえ、と後輩組が書架から思わず身を離した。そして、
「おっしゃ、狙い通り」
「……アタマ、大丈夫っすか」
「言い方~」
最後尾の
「……ちょい待ち。その先にうろついてる」
上下から鍾乳石がかみ合ったような扉(上下に開く)の前で、
「マジすか」
「それ、ヌシなの?」扉から手を引っ込めた
言われて、
「……もしかしてここ、ヌシ以外の魔書生物いないのか?」
これまでに三度の『自己拡大』を使っているが、脅威度の低い魔書生物は引っかからない。
「そういや、まだ戦闘にはなってねーな」
「そんなとこってあるんですか? 普通の魔書生物がいないって」
エスキュナに話を振られ、
「ンン~。あるには、あるわねぇ」
「超カマキリみたいなやつのこと?」
「いーえ。すごく強烈なヌシがたまにいるンだけど、超カマキリみたいな小部屋じゃ無く、フロアと言っていいような範囲を縄張りにして、他の生き物が入るのを許さないの」
だが、ここには複数のヌシがうろついている。
「どーゆーこった?」
「とりあえず、見てみません?」
一行は暫く移動し、角で止まる。
「そこから右。一体いる」
「どーでした?」「どんなやつです?」
少々道を戻ってから、
「ケルベロスね。知ってる? 首が三つある犬。ゲームとかでも有名」
「あのガルムって犬よりつええんですか?」
「……本来十層くらいでヌシとしてうろついてるランクよ」
悪い予感が一行を覆った。十層のヌシ相当。当然だが、
「これ、うろついてるのみんなこのレベルだったら無理ゲーですねぇ……」
汗をぬぐうエスキュナが代表するように口に出した。
「それが頭で、他はそうでもねえかも」
願望の混じった
結局、さらに数本目の道の先でとぐろを巻いていた大蛇も、
(この調子でヌシがいるとなると、安全に歩ける範囲はかなり少ないな)
「えへへ、でもここまででも二冊未登録図書ありましたもんね。やった~」
「持ち帰れなきゃ意味ないけどね……結構、奥まで来た感じしない?」
「先輩。これを。もしもの場合の帰還最短ルート」
眼鏡のレンズを閃かせ、
「うン。全容には遠そうだけど……。それでも結構歩いてきてるわね」眼鏡の下の目を、地図上に走らせる。「
「あと『自己拡大』二回ぶんってとこ。次やったら戻ろう」
異論は出ない。だが、
「せんぱい、あそこ」
エスキュナが行く道の先を指さした。通路の右側、上下繋がって並ぶ鍾乳石の書架が途切れて部屋への入口を開け、光を漏らしていた。
あそこが最後、と全員が頷く。壁となる書架に貼り付くようにして、中を窺う。その前に。
(『自己拡大』――)壁の向こうを知るため、
部屋の中に、複数のヌシの反応を感じ取る。
「っ!?」ば、と
「どうしたんですか、せんぱい!?」
聞いてくる後輩へ、口の前に指を立てるジェスチャーをし、声を潜める。
「この中、大分広い……。その中に、ヌシがひしめいてる」
「「「!」」」
これには流石の
「上の四層だと、ここはもう壁際……。あの中は多分最奥だ」
少々戻って、話し合う。
「確認だけはして帰ります?」「中に山ほどいるんなら、どん位の広さかは見ときてえな」
後輩の言葉に頷いて、
「ばっと見て、踏み込みはせずに戻る」
「………………………………!」
そこは、およそ三十m四方の大部屋だ。天井も高い。恐らくは、四層の外壁の向こうまで空間が縦に伸びている。その中に、幾体ものヌシがうろついている。少なくとも七体はいる。だが、問題はそれではない。
(何だあれ!)
最奥にいるモノ。それは、美しい女性の上半身を持っていた。しかし、下半身は蛇体だ。ゲームや漫画などで、ラミアと呼ばれている怪物によく似ていた。
しかし。三十mの向こうで、その体躯はなお圧倒的に大きい。
(た、体高で五mはあるぞ……床に這ってる尻尾含めたら、一体どんな)
これまでのヌシと呼ばれる魔書生物からしても、別格の存在感をソレは伝えてきていた。近くの床には、尾に隠されながらも大きな白い物体が四つ頭を覗かせている。
(あれもヌシなのか? とんでもないのがいるんだな……)
圧倒されていた。その禍々しさに。巨大さに。偉容に。神々しさと、美しさ――
(こうごう、しさ?)
違和が走る。確かに上半身だけ見れば巨大な美女だが――
「せんぱいっ!」
後方からの呼びかけに気付く。我に返る。
その途端、認識できるものがあった。綺麗な太い同心円の中心を、縦に走る瞳孔、その目。
見られていた。
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