四章 図書委員は企画を練る 3


   ○


「地図を見比べると……この梯子が五層の隠しフロア側に繋がってるんだな」


 たけるが梯子と地図を見比べて言う。たけるの魔書に新たな記述が発動して以後、数日で四層隠しフロアの地図もほぼ完成した。


四層隠しフロアのヌシは、通常の四層と同じく、二つほどある小部屋に棲む超カマキリだ。守砂すさ隊では未だに倒すことは難しい。中を覗いて、構造を地図に書き込むのみで済ませた。


「迷宮書庫の広さはたまに空間的におかしくなってるから、完全に地図の通りとは行かないけど……多分そうね」


 四層の隠しフロアの地図もたけるの脳内から紙へ書き写され、四人が覗いている。


「影さえなんとかなりゃチョロかったな、ここ」


「上手いことやったら一発KO出来るしね~。ふんふん」


 盛り上がる大国おおぐにとエスキュナを置いて、たける津久澄つくづみは算段を立てる。


「五層の救助依頼ってあったかしら?」


「今んとこはない。数隊は四層抜けてるはずなんで遭難者自体はいるはずだが。俺らに頼んでなかったり、自分たちで処理したり」


「借りを作りたくないのか、アタシ達では無理だと感じたのか、探索が美味しくて余計な隊を近づけたくなかったか……」


「もしくはそれ全部」


「行ってみねーとわかんねーっしょ」「そーそー!」


 検討を続ける二人へ、テンションが上がった一年組が首を突っ込んでくる。正論ではあった。


 それでは、とたけるが梯子の下を覗き込んだ時だ。目が合った。


「「?」」


「早くして!」「お、おう!」


 真下から声が響き、すぐに人間が上がってくる。探索委員だ。


「退いてくれ!」


 跳ねるような勢いで上がってくる影が一つ、少し遅れて続けて二つ。二人目は背中に一人背負っており、計四人が上がってきた。彼らはしばし、梯子周辺で荒い息をついていた。


「ふ~……ああ、守砂すさ隊か」


 顔を上げたのは最後に上がってきた、


思兼おもかねチャンじゃないの」


津久澄つくづみ。おっす」


 軽く手を上げる思兼おもかね八呼やこ。彼女の隊である。


(そういえば、思兼おもかね隊は低層を基本的に回ってるって話だったっけ)


 思い出しつつ、たけるは以前関わった女子――久恵くえの姿を、上がってきた男子隊員の背中に見た。意識は無く、ついでに言えば呼吸の気配もない。


久恵くえ、やられたんですか?」


「魔力切れして守りが薄くなった。しんどい」思兼おもかねは嘆息しつつ首肯する。


思兼おもかね隊って結構つええんですよね?」


「ま、ね。アナタ達が退却するようなとこなのね、この下」


 大国おおぐにの問いに対する津久澄つくづみの言葉に、思兼おもかねは思案の表情を見せた。


 たけるが即座に察した。メモ帳へ一枚、走り書きして渡す。


「これ。帰り道で『影』が隠れてる確率高い場所です」


「君……」


「帰ったらちゃんとした地図作りますけど、とりあえず」


「むむ。先手取られたか」思兼おもかねは唸り、肩をすくめて隊員を立たせる。「じゃあこっちも教える。この下、徘徊型のヌシがたくさん」


「げー」


 エスキュナが渋面になる。大国おおぐにもしんどそうな顔。


「ナルホド、それで消耗しちゃったのね」


 思兼おもかね隊といえど、ヌシはそれなりに強敵だ。勝つにしろ連戦すれば限界は訪れる。


「気をつけた方がいい。君たちじゃ、一体倒すのも厳しい。……私達が四体くらい倒したから、少し隙間はあるはず」


「ちっ、言ってくれらあ」「ほんとのことじゃん」


 実際の所、ヌシと来ればたける達では避けるのが上策だ。現状の守砂すさ隊では、ガルム一体倒した辺りで息切れする。


「私達追っかけてたのが離れるまで――三分くらい? 待ってから降りるといい」


 撤退する思兼おもかね隊を見送って、守砂すさ隊も忠告通り三分後梯子を下りる。


「あらー」「うおー……」


 梯子を先に降りた津久澄つくづみ大国おおぐに、二人の声が下から響く。


 たけるは降りつつも、梯子から壁を注目する。十mほどの高低差。素材が変わっていくのが見て取れる。やはり四層から五層は真っ当に、物理的に繋がっている。


 わくわくしつつ五層隠しフロアの風景を視界に入れた。


「こいつは……!」


 広がっていたのは、広大な鍾乳洞。


 降りてきた梯子近辺は地面近くまで石の天井が迫っているが、梯子から続く通路を抜ければ、本来の天井は降りてきた感触通りに十mはあろうかと言うほどに高い。その天井から無数の鍾乳石が垂れ、また石筍が地面から伸び、通路を形成している


(普通の五層とも全然違うな……収められてる本もか?)驚きつつ、さらに観察する。


 鍾乳石があちこちで上下を繋げ柱の壁を形成しており、繋がるに至っていないものは棚の役割を果たし、図書を収納していた。


「上のやつ、落ちてきたらやだなー」


 エスキュナが天上を見上げる。大小多数の鍾乳石が形成する、迷宮。


「これ、普通にあったら天然記念物なんてもんじゃないよなぁ……」つい現実に返るたけるだ。


「壊しても気にしないことよ、再生すンだから」


 気温は、初夏に移ろうとする外気温からも十度は高いかとたけるには思われた。


「こりゃ水分持ってきた方がいいかな。こういう注意もいるか……」


 話している最中にも、津久澄つくづみ達は周囲を警戒し、たけるは書架の本を確認する。


 チェックを終えて、見通しがつく所まで歩く。


「何匹もいるって話でしたね」


 大国おおぐにが言うのはヌシのことだ。厄介な徘徊型。たけるの魔書が持つ強敵探知能力としても、一度存在を認識せねばならなかったが。


(『自己拡大』とあわせれば、どうだ?)


 『亡失迷宮』が光を発し、たけるの感覚に周囲五mの物質を伝えてくる。


「む」


「なんかありました?」


 たける達の右側の石柱で出来た書架、その向こう側五mに。


「でかい反応が一体いるな……多分ヌシ。今は動いてないけど」


 うえ、と後輩組が書架から思わず身を離した。そして、


「おっしゃ、狙い通り」たけるの脳内地図、まだ踏破していない場所に先ほどのヌシの存在が刻まれている。「まずはヌシを避けて探索。退路だけは確保しつつな」


 たけるは現実の風景と同時に脳内地図と、ついでにヌシの位置もチェックしつつ、さらに先が見えぬ場所など必要に応じ『自己拡大』を行使する。


「……アタマ、大丈夫っすか」


「言い方~」


 最後尾の大国おおぐにが気遣うほどに、たけるの負担は相当なものだ。肉体疲労からではない汗を流しつつ、隊を指揮する。


「……ちょい待ち。その先にうろついてる」


 上下から鍾乳石がかみ合ったような扉(上下に開く)の前で、たけるが警告した。扉の前での『自己拡大』は余裕がある場合には鉄板の警戒手段だ。


「マジすか」


「それ、ヌシなの?」扉から手を引っ込めた津久澄つくづみが聞く。


 言われて、たけるが脳内地図を見れば、きっちり表示がある。ヌシだ。そこで、気付く。


「……もしかしてここ、ヌシ以外の魔書生物いないのか?」


 これまでに三度の『自己拡大』を使っているが、脅威度の低い魔書生物は引っかからない。


「そういや、まだ戦闘にはなってねーな」


「そんなとこってあるんですか? 普通の魔書生物がいないって」


 エスキュナに話を振られ、津久澄つくづみが思い出すように言った。


「ンン~。あるには、あるわねぇ」


「超カマキリみたいなやつのこと?」


「いーえ。すごく強烈なヌシがたまにいるンだけど、超カマキリみたいな小部屋じゃ無く、フロアと言っていいような範囲を縄張りにして、他の生き物が入るのを許さないの」


 だが、ここには複数のヌシがうろついている。


「どーゆーこった?」


「とりあえず、見てみません?」


 一行は暫く移動し、角で止まる。


「そこから右。一体いる」


 たけるがそう言って、津久澄つくづみがそっと角の向こうを覗いた。ややあって、その首を戻す。


「どーでした?」「どんなやつです?」


 少々道を戻ってから、津久澄つくづみは眼鏡を親指で押し上げる。


「ケルベロスね。知ってる? 首が三つある犬。ゲームとかでも有名」


 たけるにも思い当たるほど、メジャーな名前の怪物だ。大国おおぐにが手を挙げた。


「あのガルムって犬よりつええんですか?」


「……本来十層くらいでヌシとしてうろついてるランクよ」


 悪い予感が一行を覆った。十層のヌシ相当。当然だが、守砂すさ隊で撃破出来る見込みはかなり薄い。まともに相手が出来るのは津久澄つくづみのみだろう。


「これ、うろついてるのみんなこのレベルだったら無理ゲーですねぇ……」


 汗をぬぐうエスキュナが代表するように口に出した。


「それが頭で、他はそうでもねえかも」


 願望の混じった大国おおぐにの提案に、返るのは沈黙だ。現在、たけるの脳内地図に存在するヌシは四体。彼等がうろつく範囲を避けるようにして別方面を探索していく。


 結局、さらに数本目の道の先でとぐろを巻いていた大蛇も、津久澄つくづみによれば八層にいるヌシとのことであった。


(この調子でヌシがいるとなると、安全に歩ける範囲はかなり少ないな)


「えへへ、でもここまででも二冊未登録図書ありましたもんね。やった~」


「持ち帰れなきゃ意味ないけどね……結構、奥まで来た感じしない?」


 津久澄つくづみの呟きに、たけるは走り書きで手帳に脳内の地図を写す。破って、


「先輩。これを。もしもの場合の帰還最短ルート」


 眼鏡のレンズを閃かせ、津久澄つくづみは受け取った。たけるの脳内にしか地図がない状態の場合、やられた場合に立ち往生だ。


「うン。全容には遠そうだけど……。それでも結構歩いてきてるわね」眼鏡の下の目を、地図上に走らせる。「守砂すさチャン、残り魔力どお?」


「あと『自己拡大』二回ぶんってとこ。次やったら戻ろう」


 異論は出ない。だが、


「せんぱい、あそこ」


 エスキュナが行く道の先を指さした。通路の右側、上下繋がって並ぶ鍾乳石の書架が途切れて部屋への入口を開け、光を漏らしていた。


 あそこが最後、と全員が頷く。壁となる書架に貼り付くようにして、中を窺う。その前に。


(『自己拡大』――)壁の向こうを知るため、たけるが魔書記述を発動させる。刹那。




 部屋の中に、複数のヌシの反応を感じ取る。




「っ!?」ば、とたけるが背にしていた壁へと向き直る。正確には、壁の向こうのもの達へ。


「どうしたんですか、せんぱい!?」


 聞いてくる後輩へ、口の前に指を立てるジェスチャーをし、声を潜める。


「この中、大分広い……。その中に、ヌシがひしめいてる」


「「「!」」」


 これには流石の津久澄つくづみですらもその表情を硬くした。


 たけるは脳内の地図反応を検証する。壁向こう範囲五m、それだけの中にヌシが二体いた。さらには、五mでは部屋の向こうの壁まで探知できなかった。内部の空間の広さも分からない。


「上の四層だと、ここはもう壁際……。あの中は多分最奥だ」


 少々戻って、話し合う。


「確認だけはして帰ります?」「中に山ほどいるんなら、どん位の広さかは見ときてえな」


 後輩の言葉に頷いて、津久澄つくづみが眼鏡の下の目をたけるへ流した。判断を求めている。たけるは頷いた。


「ばっと見て、踏み込みはせずに戻る」


 たけるが向かい、角からそっと、顔を出す。


「………………………………!」


 そこは、およそ三十m四方の大部屋だ。天井も高い。恐らくは、四層の外壁の向こうまで空間が縦に伸びている。その中に、幾体ものヌシがうろついている。少なくとも七体はいる。だが、問題はそれではない。


(何だあれ!)


 最奥にいるモノ。それは、美しい女性の上半身を持っていた。しかし、下半身は蛇体だ。ゲームや漫画などで、ラミアと呼ばれている怪物によく似ていた。


 しかし。三十mの向こうで、その体躯はなお圧倒的に大きい。


(た、体高で五mはあるぞ……床に這ってる尻尾含めたら、一体どんな)


 これまでのヌシと呼ばれる魔書生物からしても、別格の存在感をソレは伝えてきていた。近くの床には、尾に隠されながらも大きな白い物体が四つ頭を覗かせている。


(あれもヌシなのか? とんでもないのがいるんだな……)


 圧倒されていた。その禍々しさに。巨大さに。偉容に。神々しさと、美しさ――


(こうごう、しさ?)


 違和が走る。確かに上半身だけ見れば巨大な美女だが――


「せんぱいっ!」


 後方からの呼びかけに気付く。我に返る。


 その途端、認識できるものがあった。綺麗な太い同心円の中心を、縦に走る瞳孔、その目。




 見られていた。

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