四章 図書委員は企画を練る 4


「っ?」ばっ、と本棚の陰へ顔を戻す。だが、遅い。


「SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 階層中に響き渡るかと思える、蛇女の叫び。室内のヌシ達が、一斉に入り口へと向き直る。


「やべっ!」頭を振り、たけるは戻り「退却!」


 号令。全員で駆け出す。


「どーしちゃったんですかせんぱい! ぼーっとしてましたよ!」「すまん! 何かされてたっぽい!」「それよか、どんな奴が!?」


 走りながら説明する。津久澄つくづみが眼鏡を押し上げた。


「蛇系の魔書生物は、目で金縛りとか魅了かましてくるのがいるわ。邪眼ってやつ」


「くらったのそれかー! 面目ない!」


「やっっべえ、次々来るぞ!」


 殿の大国おおぐにが切迫した声を上げる。たけるも脳内地図のヌシ達を確認し、


「階層の奴等が全部こっちに向かってきてる!?」


 総毛立つ。エスキュナが悲鳴を上げた。


「ひぇえ~!? に、にげ、逃げなきゃ!」


「直進はケルベロスと鉢合わせになる! 右に迂回! 五mの後、左折!」


 指示を飛ばしながら、たけるは戦慄を覚える。つまり、あの巨大な蛇女は。


「ウッソ、階層支配者!? まさかこンな浅い層で」津久澄つくづみが珍しく、真に驚愕した声を出す。


「なにそれ!?」


「さっき言ってたやつよ!」津久澄つくづみが言い、大蛇のヌシを間一髪でやり過ごし、「フロアを支配する特別なヌシ! 普通は十層以降で初めて出てくる代物なの!」


 大蛇はまた別の多頭蛇のヌシと喧嘩を始めた。たけるが脳内地図を使い、誘導したのだ。


「あんなことできるんだ~」「ヌシによるけどね! 協調しちゃうのもいるし」


 再び、守砂すさ隊は走り出す。


「それにしても」十層以降に現れる特別なヌシと同格。それはつまり。「とてもじゃないが喧嘩しちゃダメなやつだな!」


 しかも、このフロアのヌシ全体に指揮する能力も持つ。こうなれば、五層の攻略は……


「また合流して来たっすよ!」


(後のことより、とにかく今ここを逃げなきゃな!)


 既に、守砂すさ隊の後ろには三体のヌシが数珠繋がりになって追いかけてきている状態だ。


「い、今どこ走ってるのわたしたち!?」「知るか! センパイ信じてとにかく走れ!」「次左!」


 後輩の悲鳴を聞きつつ、たけるは『亡失迷宮』の記述をフル活用する。脳内地図。強敵マーク。そして今も、未踏地強化の能力により守砂すさ隊は一割増しの脚力で逃げている。


 一瞬でも迷えば、ヌシの群に囲まれて八つ裂きだ。地図を広げる手間も必要無く、迷わず・全力疾走で・最適ルートを走り抜けられる。守砂すさたけるの魔書能力、その本領発揮と言えた。


 左右の書架が一瞬、途切れる。複数の通路が見える。


「よし後は右の通路を一直線だ! 隊列考えずに全力疾走!」


 最後の通路。あそこを抜ければ、後は上へ昇る梯子のある地点だ。いける、と感じた刹那。




 瞬間。覚えがある寒気。あの時。躍りかかる何か。この身を宙に舞わせる寸前に。




「っ――――『自己拡大』!」


守砂すさチャン!?」


 津久澄つくづみが先頭から焦った声を投げかける。たけるの魔書記述利用ができる、最後の一回だ。魔書の力を使い切ることにより、通常の能力すらも低下する。だが、


「みんな通路に飛び込めェッ!」


 感じ取った。半径五m。上空から降下する巨大な鷹を。


 轟ッ! と。翼を含めれば数mを越える大鷲が、かぎ爪を閃かせて舞い降りた。


「あぁっ!」「ぐっ!」「うおぉあ!」


 たけるの号令で飛んでいた津久澄つくづみ・エスキュナ・大国おおぐにの三人が、入口へ続く通路に倒れ込む。


 たけるは。


守砂すさせんぱい!?」


 エスキュナが気付いて叫ぶ。


「は……ははは」


 たけるは、胸から右腕にかけて夥しい血を流し、通路前にいる。通路に背を向けて。


「今回は、上出来……!」


 一瞬の空隙。そこへ、後方から追いかけていたケルベロス他のヌシ達が雪崩れ込んでくる。


「ガァアッ!」獲物を逃した大鷲が大風を吹かせながら羽ばたき、口惜しそうに舞い上がる。


 先を争うように、三つ首の犬が。大蛇が。無理矢理陸に上がった海獣が。煌めく皮の獅子が。


 腕を広げて通路を背にする、たけるへと殺到する。最も先んじた獅子が、前脚を振り上げた。


「セ……センパイッッ!」


大国おおぐにィ!」血が籠もった喉で叫ぶ。魔書『亡失迷宮』を後ろ手に投げた。「これと、俺! 持ってけ! 間違えるなよ!」


 そこで。怪物の動きがゆっくりに見えた。さらに、


(あ、やべこれ、走馬燈)




 思い出す。かつてのこと。大怪我をしたあの時のこと。




 あの時のように、彼のように。俺は。




 やれているだろうか。




 振られる爪の、凶悪な横薙ぎ。如何にゆっくりと見えたところで、たけるの能力では避けることなど出来はしない。防ぐことはもっと無理だ。


 だが。ゆっくり見えるなら。良く見て。少し顔を上げて。


「ぐえ」


 当てる位置を少しずらすのは出来た。


「ぎゅわぁー! 守砂すさせんぱーい!!」


 エスキュナの珍妙な悲鳴は、なんとか聞き取れた。


 首が飛ぶ。たけるの視界がぐるんぐるんと回転し、暗闇に途切れる。


   ◇


「っ、おおりゃあ!」


 たけるの首が通路方面に飛び、鍾乳石の書架に当たって跳ねる。それを、空中で大国おおぐにが捕らえた。


「センパイ! 大丈夫っすか!」「ンなわきゃ無いでしょーが! 逃げるわよ!」


「っ……! せんぱい……」


 走りながら。エスキュナが後ろを振り返る。死してなお、通路に上体をもたれかけさせて塞いだ、首無しのたけるが目に入る。


「うっ、うぐぐ! せんぱい~~~~~!」


「『せんぱい』はこっちの頭の方だから! 走りなさい!」


 当然、すぐに死体のバリケードなど突破される。しかしそれは、守砂すさ隊残り三人が梯子を昇る数秒を稼いだ。


 敗走であった。

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