五章 図書委員は書架を征す

五章 図書委員は書架を征す 1


「ぶはぁっ!?」


 たけるが身を起こす。手を見る。体を見る。ある。


「まーじで服も一緒に再生するんだなあ……」


「ふう……起きたわね」


 傍らで、津久澄つくづみの嘆息。直後に、


「「ぜんばい~~~!」」


 エスキュナと大国おおぐに、二人が抱きついてくる。ぴいぴい泣く後輩達をあやしつつ、たける津久澄つくづみを見上げた。見える風景は、迷宮書庫のエントランスだ。


「何とか退却成功か。後任せちまって、悪かったね、津久澄つくづみ先輩」


「いーのよ。アナタの地図があったから、帰りも楽なもんだったわ」津久澄つくづみが肩をすくめる。「便利リュックは明日取りに潜らなきゃだけどね」


 ああそうか、とたけるは軽くなった背中を思う。一緒に再生するのは服までのようだ。


 死を利用した退却。事前に作戦の内には含めてはいたが。


「まーさか、あそこまで追い込まれるとは……。ごめんなみんな。俺が見つかったせいで」


 顔を上げた後輩達も含めて、たけるは詫びた。


「んなことねえっすよ! そもそもセンパイいねえとあそこまで行けてねえし!」


「そーそー! それにせんぱいのおかげで逃げれたんでプラマイゼロですよ!」


 口々に言ってくる二人に、津久澄つくづみも眼鏡の奥の瞳を笑ませた。


「ンふふ。そーね。迷惑かけあって、助け合うのが隊ってもンよ。ミスも取り返したんだから気にしないの」


 かつての自分の基準からすれば、死を前提にした作戦など下の下のさらに下だとたけるは思う。


 だが、彼等の気遣いが今はしみる。


「……………………ありがとうな、みんな」


 守砂すさ隊の面々が破顔する。


   ○


「とりあえず、守砂すさチャンのカバン取りに行かなきゃね」


 翌日の昼休み、食堂。示し合わせて守砂すさ隊の面々が集まっている。


 昨日は消耗が激しかったため、即時解散。たけるが確かめたところ、制服、ベスト、ポケットに入れておいたものは一緒に戻ってきている。


 エスキュナが野菜スティックをぽりぽりやりつつ、


「あれ、探索道具があれこれ入ってるんですよね?」


「『亡失迷宮』は持ち帰れて良かったっす」


 うん、とたけるは頷いて。方針を説明する。


「とりあえず入り口にあるはずの僕の鞄を回収。その後はまた探索だね。奥に行かなきゃ追いかけ回されるのは防げるはず……」


「あそこのヌシの弱い部類でも、もし戦うならアタシ達だと一匹に全リソース突っ込む羽目になるわ。その上、勝てるかどうかは不透明。徹底的に避けなきゃね」


 ちっ、と大国おおぐにが悔しげに唸る。実際、十層前後のヌシと同じ魔書生物だとするなら、まともに対抗できるのは津久澄つくづみのみ。他の三人は一撃でもまともにもらえば倒されてしまう。


「でも、探索自体はそこまで大変でもないですよね。ザコがいないし」


 エスキュナの声にたけるは頷く。ヌシの徘徊密度は高いが、『亡失迷宮』の魔書能力であれば避けて進むことは可能だ。


「問題は。五層の隠しフロア奥に超ヤバいのがいる。そして僕達じゃそれに対抗することはできないってこと」


 守砂すさ隊は、迫る月末の隊長会議にて『危険な階層の情報を無条件に開示し、未熟な隊に実力に見合わない無茶な探索を煽った』という文句を付けられる流れがある。


「ほぼ難癖ですけどね~。ぶ~」


「で、しゃらくせえからへっぽこが死なねえように詳しい地図作ってやらあ、と」


 エスキュナがぼやき、大国おおぐにが乱暴にまとめてくれた。


「今のアタシ達でどうするかよねえ……アラこれおいし」


 新作パスタをちゅるりとやった津久澄つくづみが目を輝かせ、一旦皆が思考時間とばかりもぐもぐ。


 エスキュナはニンジンスティックを咥えてぽりぽり、大国おおぐには唐揚げ定食+ラーメンをずるずる。たけるは総菜パンをいちご牛乳でぎょくりと飲み下し、声を上げた。


「地道な手段としては、苦労しながらヌシを一体ずつ片付けていく」


 たけるが指を立てる。ただこれは、月末までの日数を考えると中々厳しい。探索を後回しにする必要も出てくる。続けた。


「もういっこは、できるだけの地図を作って、これまでのモノと合わせてお茶をにごす」


 ううむ、と昼食空間に妥協の空気が落ちる。


「隠しフロアも、地下四層までは出来てるわけですからね」


「やれるだけやるってのには、賛成っすね。イケるとこまで行ったら弱めのヌシ倒してみんのはどうすか?」


「とりあえずの方針はソレでいいンじゃない? まだ五層の全容となるとサッパリでしょ」


 確かに、ヌシを避けて行き着いた場所が偶然ボス部屋だっただけで、空白はまだまだある。


「まだやれることがあるのに悩んでてもしょうがないね」


「今は思兼おもかね隊が多少削ってくれた状態だしね。がんばりましょ。……はい、ゴチソーサマ」


 と、津久澄つくづみが手を合わせる。いつの間にかの完食である。


「あっやば! 時間!」


 気付けば昼休みが終わるまであと五分、といったところだ。サラダ付きランチのメインを放置していたエスキュナが慌てた。


「ふええ間に合わない~! あっこらバカヤチ! せんぱいまで! 取らないでよ~!」


   ◇


「渡せなかった……」


 しょぼん、と。騒ぐ守砂すさ隊を涙目で眺めつつ、離れた席で弁当箱を抱えるのは天寺あまてら三火みかだ。


「朝渡しとけって言ったのに」


 隣の思兼おもかねが嘆息して、三火みかの夕食になるであろう弁当を見やる。今日は涼しめだ。まだ悪くもならないだろう。


「タイミングが……タイミングが……」


「剣道の試合で『機なんて作るものでしょ』とか言ってたじゃない」


「あうう……間合いが……機先が……」


「はいはい。――とはいえ、何か深刻そうだね、彼」


 思兼おもかねは先日のことを思い出す。自らの隊も結構な被害を受けたが、守砂すさ隊の提供してくれた魔書生物の配置図のおかげで無事に帰還出来た。


 三火みかは隊員のため自由度はあまりない。だが、思兼おもかねは隊長だ。久恵くえの借りもある。


「ふむ」


   ◇


 地下閉架迷宮書庫、地下五層隠しフロア。


「うっそだろおい」


 一日ぶりで降りてきたそこには、入り口付近から徘徊するヌシがいた。頭が二つの巨犬だ。


思兼おもかねセンパイのとこが倒してたんじゃねえのかよ?」


「そのはずでしょ。だって昨日いなかったし」


 ヌシが歩き去るのをやり過ごしてから、通路口に落ちているたけるの鞄をそっと回収する。


「遠くのが偶然ここまで来てるって可能性は?」


 流石に軽く汗をにじませた津久澄つくづみの問いへ、たけるは軽く首を振った。


「昨日は見てない奴だ。しかも」


 『自己拡大』発動。壁向こうへ、さらにもう二体の反応がある。この個体は、先ほどまでの脳内地図には存在が記されていない。


昨日思兼おもかね先輩が倒したと言っていたのは、四体」


「つ、つまり……?」恐る恐るという風に、エスキュナが聞いてくる。


「予測だけど」前置き。後輩達が唾を飲んだ。「ここのヌシ、一日で復活する……と、か」


「んな「ありですかそんなのおおおおお~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」




 四層、梯子前。


 ぜいぜいと、四人が肩で息をしている。


「もがもが……」「お前マッジふざけんなよ……」


 エスキュナの口を塞いだ大国おおぐにが、噛み付かんばかりに怒る。


「図書館では静かにな、ほんと」


「念のため、少しここで時間潰しましょーか」


 エスキュナの叫び声を察知したヌシが駆けてくる気配を察知したので、急いで上に昇ってきたところである。


「はあ……とはいえ、練り直ししなきゃならんのは確かだ」


 がりがりとたけるは側頭部を掻く。


「間違いないんすか? その、一日でっつうの」


「たぶん。津久澄つくづみ先輩」


「ハイドーゾ」すぐに察して、彼は懐から数枚の紙片を渡してきた。


 先日の、走り書きした五層隠しフロア地図だ。ヌシの大体の位置も点を打ってある。そこへ、


「……………………」


 たけるが脳内地図を参照しながら、点を新しく打っていく。三点。それは、先日侵入時に空白気味だった地点を見事に埋めた。おそらくはもう一体も復活し、近場にいるだろう。


 覗き込む一同の顔が、見事にしかめられた。


「うおー……きっつ」大国おおぐにの呟きは、全員の代弁だった。


 一体に全力を使い果たして対抗できるかどうかというヌシが、何体もうろついている。


 しかも一日で復活する。沈黙が周囲を埋めた。


「――行けるところまで行くぞ。戦闘は全避け。気付かれた時点で四層へ即撤退」


 たけるが声を上げたのは。数分して、五層のヌシ達も散っているだろうと思われた頃だ。


「せんぱい……」


 眉をへにょっとしているエスキュナへ、


「昼も言ったろ」たけるは笑ってみせる。「悩むのは、やれること全部やってからだ」


「…………そうネ」


「だな!」


 津久澄つくづみ大国おおぐにが立ち上がる。


「は、はーい!」慌てて、わたわたとエスキュナも腰を上げた。


 着いてきてくれる隊員達をありがたく思いながら、たけるは考える。


(とはいえ諦めずに探索する、だけじゃあ最低限――隊長として、出来ることはしないとな)

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