五章 図書委員は書架を征す 2


   ○


 翌日、土曜日の図書館。もっとも、ここは地上である。


「ん――――む……」


 たけるは唸っていた。今日は当番でも無い。利用者だ。


 個人用の学習席で座っている。色々、考えをまとめたいところであった。


(五層隠しフロアで踏破できたのは、恐らくは全体で言えば三割程度)


 ペン先を方眼ノートに落とし、荒くメモしていた脳内地図を方眼紙に写していく。


(探索はスローペースにならざるを得ない。倒しても翌日には復活するヌシが、全体で十数体以上うろついているからだ)


 描いた地図へ赤点と、それを囲う図形を書いていく。大体の徘徊範囲だ。


「ううむ……」


 結論としては、五層隠しフロアを探索出来る隊は相当限られる、と言わざるを得ない。他の隊にはたけるのような常時見られる脳内地図も、強敵感知も無いのだ。必然的に多数のヌシとの戦闘が避けられない。余裕で死ねる。


(いや~、しかしインチキだな『亡失迷宮』。戦闘用の記述が無いことを差し引いても)


たける。それ、見てもいいやつ?」


 声は横からかかった。たけるが振り向けば、そこには返却本を抱えた三火みかがいる。


「まだ途中だから渡せないけど、見るくらいなら。……今日当番なの?」


「うん、もう少ししたらお昼休みだか……はっ!」


 三火みかは何かに気付いたように一瞬硬直した。


「ちょ、ちょっと待っててね……!」


 すり足にて高速移動し、ずばばばば、と熟練を思わせる手さばきで次々と返却していく。


(おおすごい)


 たけるが感心していると、離れた机に座っている眼鏡の少女と目が合った。思兼おもかねだ。軽く頭を下げれば、彼女も頷いた。すると、手ぶらになった三火みか思兼おもかねに呼ばれた。


「○○××」「◇◇△□」


 何やらやりとりをした後、三火みか思兼おもかねに手を合わせた。思兼おもかねは無表情のまま、こちらに親指を立ててくる。意味が分からず、とりあえずたけるも親指を返した。


「た、たける、お昼どうするか決まってる?」


「学食休みだしコンビニにでも行こうと思ってるけど」


 戻ってきた三火みかが、腰だめにぐっ、と拳を握る。


「うっ、うっか、うっかり二人ぶん作っちゃってて。一緒に食べない?」


 噛み気味に言ってくる。


(うっかり二人分ってどういう状況かな)とたけるが思えば。


 テンパり気味の三火みかの向こう、思兼おもかねが再び、無表情に親指を立てた。先輩の助言である。


「うん、じゃあ、ごちそうになろう、かな」


 ぱあ、と三火みかの表情が明るくなった。


   ◇


 館外へと向かう二人を見送って、思兼おもかねはやれやれと背中を伸ばした。


「手のかかる子。さて。消えちゃったわたしのお昼、どうしよっかな」


   ◇


「そんなことになってるんだ、隠し通路の先って」


 五月も後半になれば、外も結構暖かい。そんなわけで、二人は中庭にて弁当を広げていた。


「例えばだけど、委員長の隊なら正面突破出来る?」


 たけるの問いに、三火みかはパスタサラダをむぐむぐしながらしばし考え、難しい顔で告げた。


「やってみないとだけど、難しいかも」


 想定外の答えに、たけるは驚きの声を上げた。


「御高隊でもだめなの?」


「一日で復活するっていうのがね。ヌシ自体はそんなに被害も少なく倒せそうだけど、それでもケルベロスレベルのを十数体も倒したら、それなりに記述の回数を消耗しちゃうんだよね……。最後のそのでっかい蛇女を考えると……」


 それだ。階層支配者の魔書生物は、その強さの想像がつかない。


「朝一で行って、半日休憩挟んで深夜行く、とかなら何とかなるかなって感じ」


 ただそれは、隊員のスケジュールや開館時間的に中々難しい。


「複数隊で協力、とかは」


「今の状況じゃ中々難しいでしょうね。最後に行く隊がいいとこ取りになっちゃうわけだし」


 むむむ、とたけるが卵焼きを食べつつ唸る。


「そこまで難儀な話だったかあ……あ、甘いやつだ。おいしい」


「ありがと。今日はソレ考えるために図書館来てたの?」


 たけるは鞄から借りてきた本を取り出す。三火みかが受け取って、


「『世界の怪物退治』……」


「ほら、魔書生物でいるでしょ、伝説から出てる奴。倒し方が利用できないかなって……」


 ふむ、と三火みかがぱらぱらめくる。検討しているのか、いくらかの沈黙の後、口を開いた。


「参考にならなくはないと思う。……けど、こういうのって元の――魔書になるような古い本からは結構脚色されてるからね。うっかり勘違いして行くと痛い目見るかも」


「うーん」少し皮が焦げてる焼き鯖(だがうまい)を白米とほおばるたけるだ。


「仮に弱点が分かったとして、そういう攻略手段を、使ってる魔書から出せるかも問題よね」


 そもそも武器などは学校に持ち込むこと自体が難しい。


「あと何より。実際に相手が何かはっきり分からないとそれ以前の問題だね。津久澄つくづみ君も、ケルベロスとオルトロスくらいしか正確な名前は分からなかったんでしょう?」


「うむむ。そうかあ……」


 先輩探索委員からの意見に、たけるは頷くばかりだ。思わぬ会食だったが、普通に参考になる。


「ところでこれ、私に言ってよかったの?」


「うんまあ。どうせ月末に共有するつもりだったし」それに、と続ける。「ミカ姉が僕の不利になるようなことするわけないしね」


 三火みかが目をそらし、頬を赤くした。


「そ、それはそうとたける、これ食べる? そっち少ないでしょ?」


 三火みかがコロッケを差し出してくる。見れば、たけるの弁当箱は女性向けのためか小さい。もうほとんど空だ。かつては山野でならしたたけるは、外見上は細めに見えるが実態は中々の筋肉質である。ちと足りないのは確かだ。


「あ、お、うん」


 箸渡しは不作法なので、弁当箱を差し出す。が、


「はい」


 置いてくれない。というか、位置が高い。それどころか、近い。


「あーん」


 結構なマジ顔で、三火みかたけるとしては、中々に「ええー」という感じである。


(弟扱いが過ぎるんだよなあ、ミカ姉は!)


 人の目が、とでも言おうとして周囲を見回すが、休日の校舎中庭は閑散としたものだ。


「ううう」


 男としてどうか、という感はあるものの、三火みかの箸先は流石、剣術道場の娘である。僅かにも震えが無い。たけるは観念して口を開けた。三火みかの顔がぱっと明るくなる。


(楽しそうだし、まあいいか……)


 そう、たけるが自分を納得させようとしたところで、


「ほうほうほうほうほうほう」


 たいへんに楽しそうな声は上から降ってきた。


「「!」」


 ば、と二人が上方を振り仰ぐ。二階の廊下の窓から、にまにま顔で覗く顔がある。


「な~か~よ~し~じゃ~ん?」軽く日焼けした、金髪の三年生。


「ありゃ、雨野あめの先輩」


 ちょっと恥ずかしいとこ見られたな、というたけるとは裏腹に、


「あわわわっわわわああっわわわわわ」


 顔真っ赤・目はぐるぐる・体全体がたがた震える三火みかである。


 危ないので、たけるは震えまくる三火みかの箸先から、落ちる前にコロッケをいただいてしまう。カレー味のじゃがいもが口の中に広がる。うまい。


「スッサー、ミカっち~」


 ややあって、降りてきた雨野あめのがにっこにこしながら中庭にやってくる。


「休みに校内で何してたんです?」


「休日って教室にはあんまり人いないからさ~。あれこれできんだよね」


 にひい、と彼女は蠱惑的に笑う。追求しづらい。


「ううううぐぐぐぎぎぎぎぎ」


 真っ赤になった三火みかが、追い詰められた獣のようにうなる。雨野あめのはひらひらと手を振った。


「いいじゃんいいじゃん、幼馴染年下男子と仲良くしたって何も問題ないって~。しかもそれが」ずい、とたけるの方へ顔を寄せてくる。「今図書委員会全体の噂の的、なカレでもさ」


 軽くではあるが。場に緊張が走った。たけるは弁当を空にしてから、雨野あめのを見る。


雨野あめの先輩は五層の隠しフロア、行ったんですか?」


「うん。これしんどいやつ~、って帰ったケドね。珍しいヌシ見られたのは良かったかな~」


 どうにか表情を戻した(まだちょっと頬が赤い)三火みかが、抑えた声で聞く。


雨野あめの、あなたはどう思ってるの? たけるのこと」


「えっアタシ? いやぁ、仕事も熱心だしいいコだとは思うケド~。でもそういうこと考えるのはもう少し趣味とか好きなタイプとか知ってからカナ~って」


「そ・う・じゃ・な・く・て!」


 再び真っ赤になって、三火みか雨野あめのはけらけら笑って掌を振った。当然のことながら、彼女も探索委員の中で流れる噂は耳に入ってきているはずであった。


「あっはっはっは! ミカっち落ち着きなよ~」天真爛漫、という具合の笑顔が、細まった。「スッサーの評価、ね。――アタシに利点があるかどうか、かな?」


 本題に入ったな、とたけるは思う。


 雨野あめの隊の基本方針は、服飾と美容。四層隠しフロアでは、彼女たちの隊によりいくつかの資料が発見されたらしい。その中の一冊は超古代の画期的なダイエット本であり、発見者として優先的な貸出権がある雨野あめの隊の面々は熟読しているとかなんとか。


「隠しフロアにゃアタシら向けの本もあったし? 別に現時点でどーこーは思わないかな~」


雨野あめの先輩」


 守砂すさ隊に敵意を抱いていないことは分かった。だが隊長の仕事として。もう一歩踏み込む。


「午後から、ちょっと付き合ってもらえませんか」


 雨野あめのが興味と警戒、半々の光を目に宿らせた。挑むようなたけるの視線と交錯する。


 三火みかは彼の後ろで、鳩が豆鉄砲を連射されたような顔をしていたのだが。


   ◇


 昼食は後に回して、読書を続けていた思兼おもかねがエントランスの自動ドアが開く音に目を向ければ、そこには入ってくるたけるの姿がある。


「……お、戻ってきた……ん?」


 だが。彼の後に続くのは見慣れた長身巨乳ポニーテール剣術女ではなく、金髪女子。雨野あめのだ。二人は連れだって、エレベーターへと歩いて行く。


「なにゆえ?」


 小首を傾げる。しばらくして、今度こそ黒いしっぽを揺らしつつ彼女の友人が現れた。


「…………………………………………」


 ふらり、ふらりと歩いて、思兼おもかねの隣の席へ、すとんと大きな尻を落とす。


 視線を横に送れば、その口からは何か魂的なものがほわほわ出ている。ような気がした。


「南無。さて、それじゃあ私も昼ご飯に行こっかな」

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