二章 図書委員は仲間を募る 7


「隠し通路! ほんとに見つかるなんて……」


「うおおすげえ! パねえっスよセンパイ!」


「これは……ワタシらも先輩から引き継いだ地図で済ませてたもンね、浅いとこは。……逆に盲点になっちゃってたってワケね」


 流石の津久澄つくづみ も、これには驚きを露わにした。


「では、扉を「ちょい待ちよ、守砂すさチャン」


 扉へと手を伸ばすたけるを制し、ずいと津久澄つくづみ が前へ出る。


「扉を開ける時は注意よ。中に魔書生物が陣取ってる時があるわ」


 下手をすれば百年単位で開かれていない扉である。津久澄つくづみ が続けた。


「覚えておきなさい。魔書生物は記述通りの生態で動き、時には人や他の魔書生物を食いもするわ。でも、彼等はあくまで記述から現れるもの。餓死したり寿命で死ぬことはないの」


 目の前にある扉の中から、先ほどまで相手していたコウモリだのネズミだのが、大量に飛び出す様子を警戒してたけるたちは身構えた。


「そういえば、エスキュナに大国おおぐにと初めて会ったのも、こことは別の扉開けたとこだったか」


 たけるは脳内地図を参照する。完成した地図上では、そこは中央辺りの小部屋である。


「ああ、そうなんスか? 俺死んでたっスから……」


「いやあ、あれ心細かったですね……。中に魔書生物いなかったのが幸いでした」


「はい、思い出話は後々。警戒しなさいな……リーダー?」


 呼びかけられ、たけるは扉に耳を付け気配を探る。頷く。


「んじゃ津久澄つくづみ 先輩、開けてくれ。魔書生物の気配は多分ない」


 津久澄つくづみ は指でOKサイン。以降、守砂すさ隊の探索において、扉を開けるのは津久澄つくづみ というのがセオリーとなる。彼が防御記述の発動準備をしつつ開けるならば、不覚を取ることはほぼない。


 ぐ、と津久澄つくづみ が取っ手を持つ。


「「「…………」」」後ろでたけるたちは見守る。


「むっ!」津久澄つくづみ が唸った。


 ざわり、と背後組に生まれる緊張。


「ど、どうしたんです?」


「これ、後付けね。しかも嵌め殺し」


 扉をコンと叩いて、津久澄つくづみ


「え?」


 疑問顔で集まる他三人。


「……確かに。使われてる木材がちょっと新しいような?」


「扉の作りとか、私が隠れてた小部屋のとも違いますね、そういえば」


 言い合うたける達を余所に、津久澄つくづみ はスライドした棚周りを調べていた。


「この隠し通路の仕掛け自体は、迷宮書庫本来のものね」


「つまり、どういうことすか?」


 考えることを放棄して聞いてくる大国おおぐにへ、津久澄つくづみ は立ち上がりつつ答えた。


「昔に、誰かがここを塞いだってことよ。隠蔽か封印か。狙いは分からないけどね」


 示された可能性にたけるは少し考え込む。が、ここまで来て開けずに帰る、という手もない。


「あれー、でも地下ってそういうの出来ないんじゃ」そう驚くのはエスキュナだ。


「出来ないってのは?」


「ええとですね、ここの設備とか本って、壊れてもしばらくすると直るんですよ」


「しかもね。兵器とかで派手に壊すと迷宮書庫全体が反撃してくるの」


「大昔に軍が来た時の記録があるって、フブル先生が言ってました。すんごいけちょんけちょんにやられたって」


 エスキュナが思い出すようにして、津久澄つくづみ が眼鏡を触る。


「正直、試したくは無いわね。……大暴れしても許容されるのは、魔書を使った行動だけ。この二つは同質のものだから」


「本が作られるってのもだが、とことんまでおかしな場所だな……」


 呆然とする大国おおぐにたけるも同感であった。


「けど、こうして扉が付けられてるのは?」


「見なさいな、ここ」


 津久澄つくづみ が指さすのは、扉と通路の境目だ。取り付けられた扉の端が、通路の枠に取り込まれるようになって固定されている。嵌め殺しというのは、こういう理由であった。


「元々はただの通路に扉を取り付けた後で、地下閉鎖迷宮書庫の再生でこうなっちゃったのね」


「じゃあ、開かないってコトか?」


 たけるが取っ手を持ってぐいぐいと押し引きするが、固定された扉は軋むだけだ。


「いえ? ブチ壊せばいーのよ。この扉は後から付けられた、地下閉架迷宮の一部ではないもの。……エスキュナチャン」


「はいはーい」呼ばれた少女がひょいっと出てきて、身を翻した。「ゴッタゴー!」


 絹糸じみた長い空色の髪が踊る。スカートの下の脚線美が露わになり、常人の域を超えた威力の後ろ回し蹴りが扉を吹き飛ばした。扉は通路の奥まで吹っ飛んで行く。


「ふっ、決まりましたね……!」脚を戻し、自慢げにするエスキュナであるが。


(あ、青!)「………………」「う――ン……困った子」


 目を逸らした男性陣、3人分の気まずげな気配が満ちた。


「な、何? 何なんですか?」


 途端に不安がるエスキュナ――理知的な顔に似合わず、残念な娘である。


「魔書生物の気配は……無いようね」


 先遣として一歩踏み込んだ津久澄つくづみ が通路を見透かす。少々先に、蹴り飛ばされた扉が落ちている。彼は後方のたける達へ指だけでOKサイン。侵入する。


「あの部屋に隠れてたの思い出しますね~。バカヤチが起きて襲ってこないか心配だったもん」


「ゾンビじゃねえし、そうなってもテメーなんか誰が襲うか」


 文句を言い言い覗く扉の先は、薄暗い通路だ。左右に書架が並んでいる。


 さらに奥には梯子がかかり、地下四層への口を開けていた。通路自体も、地図の正方形通りにそこで終わりだ。


「これ、今の図書館が把握してる場所ではないんですよね?」


「そのはずよ。扉で隠されたのは恐らく、かなり前。探索委員が作られるよりも。だから」


 期待を込めた予測は、エスキュナが継いだ。


「未発見図書があるかもってことですよね!」


「おお……マジかよ」


津久澄つくづみ 先輩。本物の本と、迷宮が出した本の違いって?」


 通路左右の書架には、他と同じくぎっしりと本が詰まっている。


「まず持って出ても消えないわよね。でも迷宮書庫の力が及んでるから、地上開架には置けないし、整備も出来ないんだけど。下手にいじると呪いをまき散らすような本もあるし」


(それは本当に本なのだろーか)


「あと、かつての管理者が付けたっていうタグが付いてるわ」


「噂の魔法使いっすか。本当にいたんすね、そんなのが」


「その辺りの時期は曖昧だけれど……それでも、本物には余さず付いてるコトは確かね」


「本のタイトルと、タグの情報。メモって持ち帰るのはリーダーの仕事なんですよせんぱい」


 一通り聞いて、たけるは一つ頷いた。


「よし、んじゃ捜索開始」


 そうしてしばらく。通路入口の見張りをする大国おおぐにを除いた、三人で検分を進めた結果、


「いやあ、出たわね……」「うひゃあ~……」「おお~」


 津久澄つくづみ が一冊を持ってほう、と息を漏らす。その眼鏡に反射する光がある。


「文字からすると、中東辺りの本かしら。魔書じゃないっぽいけど装幀凄いわ」


 彼が持つ本の背や表紙には、複数の宝石が埋め込まれている。薄闇の中でなお、複雑な色と輝きを本の表面に浮かべていた。


 言われた通りに、たけるはメモにペンを走らせる。確かに、周囲の本とは違い宝石の本には数字を記したタグがある。


(言い伝えだと作られたのは平安より前だっけ? 大昔にアラビア数字……まあ魔法がある図書館には関係ないのかもだけど)


「初探索で成果を出せたのはもうけものね。どうする? 一旦戻る?」


 津久澄つくづみ の質問に是を返そうとして、たけるの目は通路の奥に注がれていた。梯子。大国おおぐにが言う。


「この通路が今誰にも知られてねえってことは……下にもあるかもしれないんすよね、本」


 そう。この梯子から通じる下層もまた、現図書探索委員からは未踏の空間ということだ。


「いく? いっちゃいます? ごったごー?」


 未登録図書の発見に気分がノッてきたのか、エスキュナがたけるの肩の上から顔を出してくる。


(未踏地か)


 たけるの胸には、激しく湧き立つモノがある。だが。津久澄つくづみ は黙っている。だから、聞いた。


「この下の危険度、どれくらいだと思う? 津久澄つくづみ 先輩」


「リーダーの予測を聞いておこうかしら」


 一瞬、思考する。ベテランの津久澄つくづみ の言うことならば、単なる意地悪で言っていることではないだろう。判断材料はあるということだ。


「ここに前いた魔書生物……ガルムは、正面から倒すなら五層でやれるくらいの実力が必要。俺達が戦った場合、津久澄つくづみ 先輩がいるといっても先輩達と同じように倒せるわけじゃない」


 津久澄つくづみ は壁役だ。その上で、考える。この下は探索委員の誰も行ったことのない場所だ。つまり、津久澄つくづみ も知らない敵がいる可能性がある。


 守砂すさ隊の戦力は三層の敵になら通じるが、津久澄つくづみ の防御あってこその安定だ。


(さらには、俺らは本来の……隠されていない側の四層の敵とまだ出会っていない)


 一息ついて、気持ちを落ち着けた。考えてみれば津久澄つくづみ の意見を煽ぐまでもない。


「一旦戻る。正攻法で下に降りて、その上で――そうだな、ガルムだ。あの犬を倒せるようになったらこの梯子を降りる」


「「ええー」」下級生組が口を尖らせた。


「上出来ね。長くやれるタイプ」反対に、津久澄つくづみ が軽く笑う。「こういう隠し通路や部屋の先ってね、同じ層の敵よりも強いのが出ることがあるの」


 下級生組がひえっと肩をすくめた。


「それでも逃げる前提でやれば、数戦は切り抜けられるかもね。でも、不意打ち一回で壊滅する可能性もある」


「仮に津久澄つくづみ 先輩がやられたら、俺らだけじゃ三層の敵もおぼつかない。やめやめ」


「んんーざんねーん」「まーしょーがねーな……」


 渋々ではあるが、津久澄つくづみたけるの説明に下級生二人も従い、皆で踵を返した。


 帰路。津久澄つくづみ が前を向いて歩いたまま、問う。


「ねえ守砂すさチャン。――例えばのハナシ」その背中には、笑みの気配がある。「死亡者があの梯子の下にいるとしたら、どうするの?」


「なんか方法を考えるよ。行く手段が無い、以外ならまずは検討だ」


 即答するたけるだ。んっふっふ、と笑い声が先頭から返る。


「中々大変ね。ヤリ甲斐あるわ。――一年生達は大丈夫? うちの隊長、案外キてるわ」


「知ってるっス」「普通生き返るって知らないのに、わたし達に命賭けないよねえ」


(うっさいな)


 天パ頭をがりがりやって、たけるは道の先で新たに現れた獣たちを突破すべく声を上げた。

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