二章 図書委員は仲間を募る 3


「アラ」


 書庫への通路を歩くたけると行き会って、そんな声を上げたのは、


津久澄つくづみ……先輩でしたっけ。お疲れさまです」


「はいオツカレー」


 背の高い眼鏡男子が明るく聞いてくる。このキャラには未だに慣れないが、親しみやすい雰囲気ではある。


「隊作るんですって?」


「え、もう広まってるんですかそれ」


「あのね、アタシ副委員長よ? それくらい聞いてるわよ」


(言われてみれば、そうか)たけるは思い直す。


 そう。昨日、フブルと御高みたかの図書探索委員への誘いに、たけるは一つの条件を以て了承した。


 自らをリーダーとした隊……守砂すさ隊の設立である。


「まあ、それで良かったのかもね」津久澄つくづみがしみじみと言う。「オートのマッピングに、強敵の追跡探知、さらには未踏地域での隊員強化。しかも全て恒常パッシブ。一見地味だけど、一回でも探索した人には分かるわ。効果は抜群。はっきり言って、探索のやり方自体が変わるわ。知れば、どこの隊でも喉から手が出る程欲しがるわよ」


 たけるは曖昧に笑う。この能力目当てにどこかの隊に取り込まれれば、そこの方針で動かなければならない。それを嫌がったためだ。


 とはいえ、隊員集めは隊長の仕事だ。


(一人が気楽な気もするけど、そんなことしたら……)


 何しろ猛獣どころか化け物がうろついている、名前の通りの迷宮じみた空間だ。魔書とやらの力で対抗できるとはいえ、


(『死に戻り』を経験することになるな……)


 先ほどエスキュナと話していたことだ。生き返るとはいえ、すすんで体験したくはない。


「隊員集めも全然ですよ。迂闊に一人で潜って死にたかないですし」


「まーね。昨日は助けられて良かったけど」


 津久澄つくづみが嘆息した。聞き忘れたことをたけるは口に出す。


「そういえば。『死に戻り』の場合、魔書ってどうなるんですか?」


「置き去りね。というか、地下書庫がまた取り戻しちゃうわ」


「回収し直し、ってことですか」


 連れて帰るのと放置で段違い、というわけだ。


 本を返しに書庫へと歩くたけるに「分かンなくなるといけないから」と津久澄つくづみは着いてきた。普通に面倒見が良い。


「あ、そこそこ。作家はハ行多いからもう書庫もギュウギュウねえ……」


「救出専門の隊とか無いんですか?」


「無いわよ? 隊によってスタンスはバラバラ。単純に部活気分の子もいれば、報酬目当ての子、貴重な本を読みたいって子、果ては魔書を使った戦闘が目的の子までね。それぞれがそれぞれの目的で迷宮書庫を探索してるの。魔書自体は全体で優先的に回収し直すけど、基本的に競争関係だから。……藤谷チャンもね」


「その名前は……」


「もう聞いてたかしら? アナタの前任者ね。彼は所属してた隊に再突入する余力が無くてね」


 昨日と、先ほどエスキュナの言った通りか、とたけるは本を戻しつつ思う。


「じゃあ、今回は……」


あの子エスキュナもまだ決まった隊に入ってなくて、あちこちに臨時で入ってたようなもンだから。放置だったかもねえ」


 たけるが思っていたより殺伐とした話だった。


「アナタはね、書類を渡し間違えたアタシらの落ち度でもあるし、まだ探索委員になってないアナタをどーしても助けるンだって、天寺チャンがまあ噛み付かンばかりの勢いでね」


(そうだったのか。ミカ姉……)


 だが、津久澄つくづみは指先を左右に軽く振ってみせる。


「そんな深刻に捉える話でもないわよ? なんせ最悪の事態は無いからね。こういう言い方するとアレだけど、宝探しのダンジョンゲームだとでも思って気軽にやンなさいな。……さっきも言ったよーに、探索員やるスタンスは個々人で色々。さっきの藤谷チャンにしても、他に適合する魔書が無くて、探索委員が出来なくなった。そしたら報酬のないフツーの図書委員なんて嫌だ、ってアッサリ辞めちゃったし」


 本を次々棚に戻しつつ、たけるは続けて聞いた。


「報酬ってどんなのが貰えるんですか?」


「基本的にフブルチャンが提示する外部の依頼――地下レファレンスね。これに答えて地下書庫から資料持ってくるのが探索員の仕事なワケ」


 そこまではたけるも聞いていた。津久澄つくづみは続ける。


「他にも新しい資料の発見とか、こなした数とか。成績によってボーナス出るワケよ。内申とか学食券とか、ストレートに現金とか。色々ネ。だから藤谷チャンみたいに、バイト感覚でやる子も実際多いわね。んで、依頼には」


「救助は入ってないと」


 そゆコト、と津久澄つくづみは頷く。なるほど、とたけるも頷く。脳裏に浮かぶのは、かつての自分だ。


 たどりつけずに。助けを待っている。たとえそれが、無かったことになるものでも。


「じゃあ、僕の隊がやります」


「へえ?」眼鏡の奥の手入れされた片眉が上がる。「何の得があって?」


「僕は、一番不真面目なタイプなんで」


 とにかく探検がしたい。隅から隅まで探検し尽くして、目的の場所へと到達するのがたけるの目的だ。その課程で、誰が助かろうが、特に損は無い。


「あとまあ、何ヶ月か図書委員やってみて、ちょっと人に本届けるのも楽しくなってきたんで。図書館の本分でしょ、これ」


 地下迷宮書庫探索においても、隊員が生きて戻れば、また探索に行ける。となれば、全体の能率も上がる寸法だ。


「――そういえば、アナタは通常業務も結構熱心にやってるみたいネ」


 照れ笑いしつつ、たけるは足を階段方面へ向ける。そろそろ戻らねばエスキュナが困ってしまう。


「ま、探索委員の基本がそんな感じだとしたら、メンバー集め苦労しそうですけどね。こっちの仕事しながら、気長にやりますよ」


「……そうね」津久澄つくづみが、くるりとポーズを取った。「だからアタシ入ったげるわ」


「え?」


「これで二人ね」肩をひょいとすくめて笑う。


津久澄つくづみ先輩、もう入ってる隊があるでしょ?」


「そろそろ飽きが来ててねー。アナタの隊の人数揃い次第抜けるわ」


「僕の隊じゃ地下三層からですよ? 先輩だともっともっと下まで行ってるんじゃ」


「そうねえ。アタシのいるとこバトル主義だから、十層後半くらい?」


「なんでまたそんな強い人が。有難いっちゃ有難いですけど」


 たけるは一度彼の戦いを見ただけだが、その力がかなりのものだということは分かる。図書委員会副委員長という地位から見ても、探索員全体でも有数だろう。


「それはね」津久澄つくづみたけるを足下から天辺まで見て、何を納得したのか頷いて笑った。「アナタが気に入ったからヨ」


 ぱちり、と眼鏡の奥でウィンクまでしてみせる。


「……………………それは、どうも」


 ほんの少し身の危険を感じつつ、たけるは申し出を受け入れた。




(地下書庫は書架で区切られた迷宮だから、最大でも五人、一箇所に六人以上いると連携が取りづらくなる上に、大人数は怪物も集めちゃう、だっけ)


 そう言った理由で隊同士の連携も少ないという話だ。


 となれば、守砂すさ隊発足には最低でも後二人欲しい、ということになる。


 地下書庫から戻って。たけるは再び通常業務をしている。相方は何故か三火みかに代わっていた。


(エスキュナ、どこ行ったんだろ?)


 そう思いつつも仕事をする。段々下校時間も近くなり、人も少なくなってきた頃合いだ。


「ねえ、たける


「な……なに、ミカ姉。今集中してるんだけど」


 おおお、とたけるは慎重に力を込めて文庫本へブックコートをかける。汚れや傷を防ぐためにカバーの上から貼り付けるものだが、これが中々難しく、油断すると空気が入ったり中の紙面にひっついて破れかねない。慣れない内は非常に気を遣う。


「やっぱり、探索委員、やるの?」


「ええ? う、うんまあ」


 折り返し地点まで到達して一息。現状完璧だ。慎重にカバー裏へ折り込んでいく。文庫はソフトカバーのため、反らないように折り込む側を下にして机に押しつけ安定させる。


「貴方の元々の趣味もだけど……本当は危ないこと、して欲しくないの。こうして一緒に委員会するだけじゃ、だめ?」


 むむ、とたけるは唸る。彼女は昔から、過保護というか、お姉ちゃんぶるところがあった。


「いやまあほら、こっちはむしろ最悪の場合が無いって聞いたしさ」


「それはそうだけど。藤谷君のこと、聞いたんでしょう?」


「ああ……」


 死に戻ったということは、つまり。


(置き去りにされたってことで)


 如何に戻ってくるとはいえ、


(その孤独には覚えがあるよ。藤谷)


 さらに三火みかが付け加えてくる。言い辛そうに。


たけるは、その……あんなことがあった、し」


「――心配しすぎだよ、ミカ姉」


 あえて、薄く笑って受け流す。しかし三火みかの表情は曇った。


「……私一緒の隊じゃないから守れないし……なんで津久澄つくづみ君だけ……ぶつぶつ……」


 暗澹たるオーラを周囲に撒き始める三火みかに苦笑しつつ、たけるはコート貼りを再開する。


(つまり、救出を奨励されてないのが問題……いや、問題になってないのか。津久澄つくづみ先輩も競争原理で回ってると言ってたし、重要な戦力でも無い限り、代わりは全校にいくらでもいる)


 そもそも多くの探索委員が『卒業で終わる』感覚でやっていることだ。学校としても年々入れ替わる生徒達にさせている。全体として問題は特に無い。


(ならなんでやる気になってんのか、っつーと)


 たけるは本のもう半分にもコートを貼り終えて、確認。空気も入っていない。中々の出来だ。


(――僕が)あの日の景色が脳裏に浮かぶ。(僕がそうしたいからだな)


「あ、すごい。綺麗に出来たね」


 三火みかの賛辞にふふふと笑い、たけるは文庫本を返し返しして眺め……


「ぐぇぇぇ」鳥が締められたような声を喉奥から発した。


「ど、どしたの?」


 たけるが顔を突っ伏しながら、本の背表紙と裏表紙を順に示す。それで三火みかも了解した。


「あー、分類シールと登録用バーコード……貼る前にコートしちゃったね。ま、上から貼っちゃおうか」


「ぐぎぎ」


 唸るたける。今度は三火みかが苦笑して、シール型の小型コートを持ってくるため席を立った。

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