二章 図書委員は仲間を募る 2
○
まずはリーダーで利用者カードのバーコードを読み、その次に本のバーコードを読む。これで貸出は終わりである。延滞している本があったり、貸出冊数を超えていたりした場合アラームが鳴るため、その際は確認を行う。
地下書庫に潜って、翌日の放課後。
図書館管理が電子化された昨今、貸出と返却の業務はそう手間ではない。返却などはPCの画面をキー一つで返却モードに切り替えて、リーダーで本のバーコードを読んでおしまいだ。
(ちょっとした店員気分だよね)
この一連の行程を行わなければエントランスで盗難防止アラームが高らかに鳴り響く、という仕組みである。
貸出返却処理を終えると律儀に礼を言っていく利用者(学生だけでなく近隣住民もたまに見える)もおり、そうなると悪い気もしない。
「電子化されてない頃は本一冊ごとにカード作って名前書き込んで、ってやってたんですよねー。ここ蔵書何冊あるんだかって話だし、気が遠くなりますねえ」
利用者が途切れたところで、横に座るエスキュナ――本日は同階の当番だ――がこぼす。
何しろ蔵書の数が数である。それら全てにバーコードを貼り付けた上で図書館ソフトに情報を入力しなければならない。夏休みを丸々使い、図書委員だけではなく教員やボランティア有志を募っての人力作戦だったそうだ。ただそのせいで、今でも稀に登録ミスが見つかる。
「エスキュナさんは結構長いの? 図書委員」
「呼び捨てでいいですって。わたしも去年の編入時からやってますからね」
エスキュナは快活に笑う。中等部の委員参加は少ないが、無くもない。
(留学生結構いるよね、この学校)
彼女とは、昨日以前はあまり話したことはなかったが、流暢な日本語を話す。人好きのする笑顔だった。
「せんぱいは昨日と何かテンション違いますねえ」
そして案外に鋭い。
「で、せんぱい、やるんですか?」
「やるって、何を?」
「とぼけちゃって~」うりうり、とエスキュナの細い指が
「一応、やるって返事はしたよ」
「あらあっさり。黙ってるから迷ってるのかと」
「あれこれ条件付けさせてはもらったけどね。……この前みたいなこと、普通は無いんだって?」
「あ、はい。そうですね。基本隊員の面倒は同じ隊が見るって感じです。バカヤチと
「昨日フブルさん達に聞いたよ。普通は同じ隊じゃなけりゃ放置されるって」
言いながら、少し身震いする。その恐怖には、覚えがある。
「そーそー。四十八時間です。それを過ぎちゃうと、迷宮の方から追い出しちゃうんですよ。ですから、実はあそこで一番ピンチなの、わたしだったんですよねえ。確か、せんぱいの前任の人もそれでやめちゃったんだって話ですよ」
これもフブル達から聞いた、放置排出における迷宮書庫のペナルティだ。それは、二つ。
「死んだ人を連れて帰らず、迷宮に追い出されちゃうと、生き返りはするけれど持ってた魔書が使えなくなる。それと、その探索の記憶を失う……戦力ダウンするし、経験もパアなわけだ」
ふむ、と
「ところで、エスキュナは誰の隊に入って……」
「わっはぷ! 返却溜まっちゃってますね! ちょっと行ってきます! ゴッタゴー!」
なにやらはぐらかしながら、エスキュナはいっぱいになった返却台を押して本棚の森へ歩いていく。こうなると、
なんとはなしに本棚を見る。地下迷宮書庫ほどではないが、ここでも大量の本が並んでいる。
思い出すのは、図書委員会に入りしなの頃だ。
(こんだけ本があってどうやって分けてるんだろう)
当時の
「気になるか」
高い声が聞こえた。しかし見回しても姿は見えない。
「ここよ、ここ」
「三階のカウンターは高く作りすぎとる……」
段差の上にあるカウンターは一m半ばほどの高さがある。彼女ではぎりぎり頭が出ない。
「子供用の本とかないですからね、この階」
「何ぞ言ったか」
フブルがじろりと睨んでくる。そのまま、じりじりとカウンター縁を腕で渡りながらこちらに回り込んできた。
「最初からこっち来れば良いのでは……」
「挑戦したくなる時が……」
軽く息を切らせながら、フブル。
「それはともあれ、これを渡しに来たでな」
ぱっと顔を上げて一冊の本を渡してくる。冊子に近い厚さの本の表紙には、
「『日本十進分類法 簡易版』?」
「先ほどのお前さんの疑問に答える一冊。日本国における図書の分類法を示したものじゃ」
開いてみる。前書きの横、目次とおぼしきページには大きく十の章が見える。
「図書委員は全員持っておる。本当は最初に渡しとくべきであったが、うっかり今の今まで忘れとった。すまんすまん」
それでな、とフブルは
「英訳するとNippon Decimal Classification……略してNDCと言う。これは本を十個の一次区分とその下の二次区分、もう一つ下の三次区分で分類する」
目次を見れば、なるほど確かに十の章にはそれぞれさらに十の項目が見て取れた。
ぱらりと適当に開けば、「2」の分類――『歴史・地理』のページが現れる。そこは二桁目が1、『日本の歴史』を表すらしいページだ。三桁目の数字でさらに地方を表すと記されている。つまりは210で日本の歴史。さらに211で北海道の歴史ということだ。
「あー、つまり三桁の数字を割り振ってるわけですか」
「本の背表紙を見てみい」
「あ、これだったんだ。014は……」
該当する番号が記されたページを開いてみる。
「『図書館資料の保管』。なるほど」
「ちなみに二段目の文字は著者や題名の頭文字、三段目は巻数などが示されておるぞ」
何でも記号には理由があるものだと
「入学直後の図書館オリエンテーションで教えたことだがの」
じとり、とした目で睨まれた。思わず目を逸らす。ごめんなさい。
「綺麗に忘れおって。とりあえずはその本を参照しながらゆるゆると覚えてゆけい」
はーい、という返事に満足したか、上機嫌な足取りでフブルが去っていく。と、姿が見えなくなりかけたところでこちらに顔を向けた。
「――元の趣味が恋しいかの?」見た目にそぐわぬ、にやりとした笑み。
不意打ちで胸を突かれた感覚。
「いや……その、別にそういうわけじゃ」
「それは結構。とりあえずは仕事に励んでおくれ」
言って、ひらひらと手を振り階下へ降りていく。残された
(思えば、あの時には探索委員に入れること考えてたのか)
意識を現実に戻せば、エスキュナも戻ってくるところだ。
「あー、せんぱいぼけーっとしてる。……えっちなサイト見てます?」
「見てない見てない」顔を横に振る。
カウンターのPCはネットに接続されており、簡単なレファレンス――利用者の相談事はこれで解決したりもする。
「これフブルさんにもらった時のこと考えてた」
ぺらり、と先ほど想起した冊子を取り出す。
「あー、それ。迷宮書庫の本も、一階層ごとに大体同じジャンルで固まってるんで、覚えとくといいですよ~。数学の次の階層が言語とか、順番はバラッバラらしいですけど」
「そうなのか……。たしかに、最初のとこ……元の地下二階ぶんを入れたら三層になるのか? あそこで出たバケモノ――魔書生物だっけ? 動物ばっかりだったな」
「フブルせんせ、かっわいいですよねー。守砂せんぱいはああいうタイプは好みなんです?」
唐突に内角へえぐり込まれて、やや口ごもる。
「……これうかつに同意するとハブられるアレかな」
「しないですよぉ。ロリコンとは思いますけど」
「アウトじゃん」
「そういえばあの人、この前一般利用者に迷子と思われてエントランス連れて行かれてました」
さもありなん。ただ、そんな彼女も有能なことは確かだ。
生徒が手伝うとはいえ所詮は素人である。それを率いて、一般的な公立図書館を遙かに超えるこの付属図書館を運営するのは並大抵のことでは無い。地下迷宮書庫探索のことを知った今となってはなおさらだ。
「とりあえず、地下のぶん戻して来る」通常の地下書庫の本を手に取る。
返却された書庫――閉架の本を、四階分あるそれぞれのカウンター裏にいつまでも置いておくと、他の階で請求があった際にアレどこ行った、ということになる。
「あ、行くようになったんですね、地下書庫」
「探索委員は行って良いんだとさ」
「ゴッタゴー。いってらっしゃ~い」
せめても真面目に働かねばなるまい、と
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