二章 図書委員は仲間を募る
二章 図書委員は仲間を募る 1
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●登場人物
エスキュナ・コーナー……元気系後輩。仲間に入れてほしそうに見てくる。
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――光が差したことを、覚えている。
暗闇の中、息をするだけで。何日経ったのか、それとも数時間だったのか。
とにかく。その時の自分は息をして、想うだけの存在だった。
死なないように。生きるために。――また、知らない何処かへたどりつくために。
――いや。想いは。そんな綺麗なものではない。
進ませろ。行かせろ。見させろ。死んでたまるか。絶対に奪わせない。飢餓にも似た欲を満たさせろ。見たいんだ。行きたいんだ。自分の足で。自分の目で。俺が。俺が。俺が。
俺が。
――でも。誰かに、誰かを。
闇の中で、動くことも出来ず、浅い眠りは痛みで幾度も起こされて。想いだけで生きていた。
その、想いの果てに――光が差したことを、覚えている。
○
「生き返、った……?」
地下閉架迷宮書庫、エントランス。鼓動と息を取り戻した後輩を前に、呆然と言葉を漏らす
「これが、迷宮書庫の法則。あの場での損傷は、出た時点で治ります。……命ですら」
疑問を深めて、
「んなバカな……」
「この迷宮書庫全体に不思議な、魔法のような力が作用していることは確かです。昔の人々が、何代もかけ、その法則を自分たちに利するように調整したと伝えられています」
皆の持っていた魔書を回収して受付嬢に返しつつ、
「どんな惨殺死体も、持ち帰れば傷一つ無く生き返るワ。マジよ」
疑念の視線も、
「アラ良い体してるわねこの子」
「……連れ帰るだけにしてくださいね」
「やーね、分かってるわよ。一階のソファにでも座らせとくわ。夢だと思うでしょ」
彼は扉を開け、地上への階段へと向かう。
(副委員長の口調とか、色々気になることはあるが、とにかく)
見送ってから、
「だから、人が死んでるのにあんな態度が軽かったのか」
「はい。私はこのこと、知ってましたから」
隣に座っていた
「エスキューから、どんくらい聞いたん~?」
(きょ、距離感近いなこの先輩)やや焦りつつ、
ふむと
「そうですね。ではこの図書館のことからお話ししましょうか――
「えーと、確か九十万冊……ちょい」
「うん。都立図書館には劣りますが、相当な数ですね。当然学校図書館としては破格もいいところです。生徒数蔵書水準から見ても軽く十〇倍以上あります」
ちなみに
全国学校図書館協会による学校図書館の蔵書水準では、三年各一〇クラス・生徒数約一〇〇〇人である
「ですが、この冊数は今現在図書館に登録されている数だけです」
「この下の分は、入っていない……と?」
「分かりません」
きっぱりと、
「表向きにはこの図書館、地下二階までしか無いことになってるけど、本当はもっとあるの」
「もっとって――何階続いてるんだ、この下」
「分からないの」再び、
「冊数はともかく階数も分からんって……」
「冗談じゃなくてマジで分かんない。カクジツなことは未登録図書の数がたくさんってだけ」
「――ひょっとしたら地上にある本の数よりね」
治る傷、地下の広大さ、徘徊する異常な生物、本の出所。様々な疑問を、
「ここは、なんなんです?」
「
声は、『まっとうな』地下書庫側の扉からした。
扉を開き、入ってきたのは一見十歳ほどにしか見えない外国人の童女だ。――とは言っても、目の前の女性が見た目通りの年ではないことを
「フブル――司書」
この学園図書館の、ただ一人の司書だ。
入学当初の教員紹介でこれでも既婚者子持ち、と聞いて驚いた記憶は未だ残っている。
詠うように、彼女は続けた。
「深遠な地下空間は闇を孕み、収められた無数の奇書・妖書・魔導書はその闇の中で胎動し、永い時の中でその禍々しさを増しておる。書物の魔力は熟成され増幅し共鳴を繰り返し、その内に記され描かれた数多の怪奇と妖物は、ついに地下書庫の中で明確な形を取るに到る。
……ここより地下にはな『生きた本』がおるのよ」
「……………………………………」
「貴重な本もようけあるもんじゃから、結構外から閲覧依頼が来る。金取って受ける。探索委員が取ってくる。ごほうびやる。これを地下レファレンスと呼ぶ。以上、説明終わり」
呆気に取られる
「
ちなみにフブル司書、見た目にそぐわないこの口調は、容姿によって損なわれている威厳をどうにか補おうとする涙ぐましい努力であろう――と生徒の中ではもっぱらの評判だ。
「ええ、幸い犠牲者もなく解決しましたが」
「つまり俺や先輩達の変な力はその魔書って本によるモノで」
「あの犬もまた、この書庫に納められた魔書から出てきたモノだと?」
言ってて馬鹿らしいと思うが、紙に変じた犬は確かに己の目で見たことだ。
「ナイス理解~」
「怪物とかが書かれた魔書からはね、ああいうのが『出る』んですよ。倒してページを破ってしまえば、しばらくは形を潜めます。まあ、いずれ切れ端同士がくっついてまた出てきますが。そういった危険な図書を探して、悪さをしないように管理下に置くのも我々の仕事の一つです」
突拍子もない推測を語ったつもりが、感心され誉められ補足までされて。
「じゃあその、さっきのページを上持って帰って燃やしたりすれば?」
「『魔書』はね、すごい稀覯本なの。ここ以外での破損は以ての外よ」
「それに意味無いんですよ。この地下書庫から一部だけ持ち出しても、持ち出した部分は消えてしまいます。この地下書庫深くのどこかにある魔書本体をどうにかしない限りは」
「あんなん出しちゃうようなレベルのはこんな浅い層にはないけどね~」
先輩方、立て板に水という感じの説明である。おそらくは新人が来る度に似たようなことを話しているのかもしれない。
「さて。そろそろ説明も良いかの。
「は~い、せんぱいまたね~」「おっつかれ~」
エスキュナと
「……いきなりこんなことになって驚いてると思うけど……嫌なら断っていいんだからね?」
「え」
どういうことか聞き返す前に、
「おう、邪魔したの」
フブルが最後に声をかける先は受付嬢だ。彼女はやはり無表情に見返して、ひとつ頷いた。
○
地下から上がってきて。司書室の窓から見える空はもう薄暗い。日は長くなっては来たものの、
(流石に七時前ともなると……ってそんな長くいたのか、地下に)
時計を見て、
「ほれ、突っ立っとらんで座れ座れ」
部屋の主に促され、彼はソファに座る。沈み込む尻に居心地の悪さを感じる前に、机を挟んだ対面のソファに
「んで、お主だけ残した用件じゃが」
床に付かない足をぷらぷらさせる彼女へ、自分から切り出した。
「探索委員、でしたっけ。僕に、それになれと?」
「ひょ」「ふむ」面白げに笑う二人だ。
「一応聞こうかの。何故そう思った」
「さっきの。地下で」指を下に向ける。「あんなに色々教えて貰えたのはなんでかなって」
先ほど、
「あの一年男子みたいに、一旦死んでから回収した方が、夢のせいにできて面倒がない」
「お、お主中々エグいこと考えるのう」「まあ、効率的ではありますが」
聞いている二人が苦笑する。
「『僕』でも『俺』でも、中身は変わらんようじゃな」
フブルの指摘に
「そんでわざわざ委員長と二人だけ残してお話、っていうなら、それしかないかなって」
続けての言葉にフブルと
「ま、想像通りよ。お主には図書『探索』委員になってもらいたい」
「元よりこうしてお願いするつもりだったんですが、書類の手違いで。勧誘者と新規参加者の名簿を一緒に渡してしまったのです。迷惑をかけました。申し訳ない」
それが回り回って、
「受付嬢はウチの事務員ではなく、地下閉架迷宮書庫側の存在じゃでな。一々細かな確認はしてくれん」
「え、じゃああの人、人間じゃないんですか」
返ってきたのは沈黙だ。少し怖くなったので
「実はおかしいと思ってました。年末くらいにいきなり図書委員になれ、何て
値踏みするように、二対の目が彼を見ている。
「僕のクラスから一人、図書委員が辞めたからだって聞きました」
当時は特に気にしなかったが、あの地下書庫を見た後では、
「辞めた人は図書探索委員だった……違いますか」
「その通りです。まあ、探索委員への勧誘の方は、天寺さんは反対していましたが」
あっさりと、
「単刀直入に言うぞ。お主の経歴は知っておる。現在のことも含めてな」
職業上両親は家を空けることが多く、隣家の天寺家に預けられることもしょっちゅうあった。
ある頃から、
全く知らない土地で、全く知らない道を見る時、彼の心臓は高鳴った。
あの道はどこへ続いているのだろう。
あの建物の中には何が隠れているのだろう。
母の蔵書から知識をつけ、山岳、谷、様々な極地へと赴くようになった。
地元の山から始まり、国内の難所と言われる山岳を踏破した。その頃には業界の一部で彼は話題となり、親の支援とスポンサーを付けて七大陸最高峰をも複数制した。
当時、十四歳。若き天才冒険家として、彼の将来は順風満帆だった。
次は南極か北極か――そう噂されていたところで、彼は遭難した。海外の山で二週間もの間消息を絶ち、救出はされたものの足に後遺症が残った。
全力疾走が出来ず、過度な負荷もかけられない。彼の冒険家としてのキャリアは終わった。
そうして。あれもこれも薄く笑って受け流して。ようやくそれが板に付いたところで。
「……………………そーですか」
「騒動で順序は前後してしまったが、逆に話は早くなったかの。体験はしたな?」
再び黙考で肯定した。フブルはにやと笑って続けた。
「お主は魔書への適性を見せた。魔書は何故か、十代後半くらいまでしか適合せん。我々はお主に『場所』を提供する。お主は図書館が、利用者が求める資料を持ち帰る。どうじゃな?」
「
「勿論」
視線を、しばし
「さて、では改めてお聞きします。
夕日を背にして、
「
犬歯が覗いた。
(見透かされてるな~……)
『僕』が『俺』でいられる場所。
二年ぶりに全力で動かした体は、今もその熱を保っているかのようで。
「いくらか、もう少し聞かせてもらってからでいいですか?」
やるのならば、まだまだ聞くべきことはある。二人は頷いた。
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