五章 図書委員は書架を征す 4
○
五月末、放課後。
釣り餌は足りるかな? と自問しつつ、
隊長会議が、始まる。
「住吉姉が脱落しました。宇賀隊は新規隊員を募集しています」
「柵隊も一人脱落。補充は済んでます」
隊長会議は最初の各隊報告から、少し趣を異にしていた。欠員報告がいくつか重なる。報告に含めてはいなくとも、死亡して連れ帰ったという隊も相当に多いという推測は立つ。
深層を攻めている隊は目立った被害の報告はない。それが何を意味するか。
「報告にもありましたが、浅~中層を主に探索している隊に、被害が増え続けていることについて、いいですか」
一通りの各隊報告が終わって、最後の意見の場で。
「最近は意見が活発じゃなあ」「良いことですよ。
にまにまとしたフブル司書と
「原因は――先月のことからも分かるように、
ざ、と居並ぶ隊長達の視線が
「
「……それの何が悪いと?」
質問したのは
「――図書館探索は基本、早い者勝ちの競い合いで行われてます。それは探索を活発化するためでもありますが、自分たちの力で進むことが重要だからでしょう。借り物の力では長続きはしない。少なくとも、俺は隊長をやってそう思ってます」
彼は
「それに、他の隊が提供する地図……自分たちに身についていない知識では、ミスする可能性も高い。その結果が今月の被害拡大です」
「その責任は隊ごとに負うのが当然じゃねえの? 要は判断ミスだしさ」
別の隊長が発言する。
「俺は
「普通に降りる分には段々難しくなってくのに、隠しフロア側は一気に殺しに来るからな。参るわ。騙し討ちみたいなもんだ」
「私のところも、そのせいで入ったばっかりの子が抜けたし……」
被害を受けた隊を中心に、
「これ見よがしに美味い話をぶらつかせれば、乗っていく隊が増えていくのは無理もないでしょう。もっとまずいのは、低層を行く、まだ先が長い隊が被害に遭っていること。この先も放っておくと、一年先二年先の探索委員が歯抜けになりかねません」
実際に出ている被害を論拠に上げられると、皆が少々考え込む様子を見せた。
(んーむ、理論としては少々無理筋なん、だが)
(大人ですらそうだし……いや、むしろ生々しい利権だのが絡む分余計にひどかったか)
冒険家としての過去を思い出す。外の世界では、遺跡一つ探索するのも自由ではない。保全などがあるために仕方のない面も、あるにはあるが。
そして、この場唯一の大人であるフブルは、場と報酬を設定するのみである。探索委員全体の運営は、生徒に委ねている。にまにまと笑いながら。
(楽しそうだなあ、もう!)
「だからそりゃそっちが悪……」「四層のつもりでちょっと入っただけで……」
喧騒が始まりかける様を、彼女は幼い口を歪めて無言で眺めている。ぱん、と音が響いた。
「お静かに。発言は挙手のあと」
「
「はい」
(そう来たかあ……)
(落ち着け)
実際はどうかと言えば。
(現状、隊員の被害が増えてるのは間違いない。それが僕の地図による隠し通路発見が一因だということも、一理ある……。だが、詳細地図は必要なんだ。長期的に見れば被害も減るし、何より外部からの地下レファレンスへスムーズに対応できる)
人が求める知識にたどりつく、助けになる。少なくとも
(対応策がエキドナの排除と、五層隠しフロアの完全な地図。でも、僕達の戦力じゃあ大量のヌシもエキドナも倒せなくて無理だ。だから、他の方法が必要)
「……ふむ。では決を……採る前に。
「それじゃ、意見というか、提案を」
そういうわけで、
「地下五層、隠しフロアの探索――これを、複数隊合同で行いたいんです」
出鼻に叩き込んだ。隊長達が一斉に顔へ疑問を浮かべ、口々に言い立てる。
「何言って――」「自分らで出来ねえから人に頼るって?」「寄生でもするつもり?」
「静かにしてくれ」隊長達を挙手しながら抑えたのは、意外なことに
「どーぞ」
「図書探索委員は競い合いで回っている、と言ったばかりなんだが。どういうつもりだ?」
「競い合いにならないからだよ。今説明するね」
言って、
通路。赤点。それを囲う丸印。いち早く気付いて、
「これは――地下五層隠しフロアの地図、ですか? ヌシの配置と、基本徘徊範囲まで」
「はい。確認したヌシは十数体、完成度は六割程度ですけど」
隊長たちが興味深げに注視する。
一、通常の魔書生物はおらず、ヌシのみが多数存在する。
一、ヌシの平均的な強さは十層前後にいるヌシ程度である。
一、このフロアのヌシは撃破しても一日で復活する。
一、最奥にエキドナというヌシを産むヌシが存在する。階層支配者。
一、エキドナを倒せば一日での復活は不可能と考えられる。
一、最奥の部屋には少なくとも五体以上のヌシが存在する。
一、エキドナに見つかった場合、フロア全てのヌシに追われる。
「なんだこりゃ……」「エグすぎ」「悪意しかねえ」「倒すだけムダってこと?」「二桁層行ったってこんなとこねえぞ」「どーりで減らないと思ったんだよ」
ざわざわと、その難易度を知った隊長達が言葉を交わす。
「少なくとも一日での復活は本当。私達の隊で数体倒したヌシが、翌日いた」
発言したのは
「このエキドナとかいう大ボスみたいなのは? マジでいるのかこんなの」
また別の隊長が言う。
「スッサーの持ち帰った情報から調べた~。
次に答えたのは
「
「競争関係ではあるけど~、取引を禁止された覚えはないしね」
「待って下さい、
「誰も得しないよ、それ。僕達は現状手詰まりなんだから。そうでないなら、さっさと踏破して独り占めしてるさ」
「三隊の証言があるならば、確度は高い情報でしょうね。一隊での攻略は難しい」
補足するように呟く
(ミカ姉と話してから日が経ってる。当然委員長は話を聞いたはずだ)
実際に一度挑戦し確かめていたとしても、不思議はない。
「トップクラスの隊ですら攻略が難しい。なら、どこかの隊がヌシを減らした直後、ハイエナのように攻略を狙うしかない……けど、それは競い合いじゃない。出し抜きでしょ」
「
乗ってきたのは、
(さて、ここだ)
各隊の協力を取り付けるには。
「まず、欲しい人数は最低十二人。先行、陽動、討伐の三隊分です。先行隊が倒せるだけのヌシを排除。陽動隊が残ったヌシを引き付け、討伐隊がエキドナを撃破する」合間を作らず、続ける。「そして。このフロアで見つかる報酬は参加する隊へ均等に山分け。これは参加した隊員の数関係なく」
餌その一だ。この発言に、隊長達の視線に検討の色が加わった。さらに踏み込む。
「これは僕達が既に見つけてる五点の資料も含みます。まだ報酬受け取りはしてないので。そして五層の隠しフロア、今まで見つけた資料の価値は、二桁階層の資料と同レベルです」
「そうじゃな。なんでかと思っとったが、こういう企みか」
沈黙を保っていたフブル司書が肯定する。彼女は明らかに面白がっている。
場に「そこまでやるか」という空気が広がった。報酬額はかなりの額になる。
だが、これではトップ層の隊への希求度はまだ低い。彼らは元から十層以下に潜っているし、
『分割じゃなあ』というわけだ。現に
(だから、さらに餌を下げる)
エキドナの力は未知数だ。トップ隊の協力は必要である。
「最後の大部屋は全面書架。あの規模なら、未登録図書だけじゃない。魔書があるはず」
あえて、言い切る。ざわ、と。これまでとは質の違う気配が満ちた。
実際は、確認してみないと分かりはしない。しかし、階層支配者のような大物がいる場合、それが記されている魔書が同じ部屋にある可能性はかなり高い。
「魔書の新刊か」「前に見つかったのはどこだっけ? 十六層?」「これも山分け?」「使用権は複数隊になるのか?」
新しい魔書。それは資料的な価値は言うまでもなく、探索委員全体にも大きな意味を持つ。戦力的には習熟の期間が必要になるとはいえ、
(俺の『亡失迷宮』みたいな――)
特殊な能力を持つ魔書であれば、探索に与える影響は大きい。ざわつきは続く。
「いやしかし、本当にあるのか?」「あったら儲けモンくらいには考えとくべきだが……」
「これは
疑問に差し込むように、伏せていた札を
「
「
思わず呟いて、口をつぐんだのは
「
もう一人、発言を差し込んできたのは
「僕の魔書能力は脳内のオートマッピングとヌシの感知、そんで周囲の探知能力です」
探索特化の能力披露に、数人の隊長が真顔になった。それはトップ層に顕著だ。
そうしておいて、
「だから、僕は陽動隊です。最奥の部屋まで行って、エキドナ以外の全てのヌシを引き付けて、死ぬまで逃げまくる」
「「「「!」」」」
数人がひいふうみい、と地図上のヌシを数える。
「四割ほど未踏だし、全体だと二十は軽くいるよな……」「いくらかは先行して減らすっつっても」「まず間違いなく――」
そう。文字通りの決死隊だ。それを負う。
「もちろん、どの隊の死者も、帰って来れなかった場合は、作戦後に参加隊合同によって救助をする約束をしてもらいます。現段階だと、僕と
「複数隊が同時にフロアにいることになるけど、地下閉架迷宮書庫の過剰反応については?」
また別の隊長から質問が飛ぶ。これにはフブルが答えた。
「同時におることになるのは陽動と討伐か。普段でも二隊がかち合うくらいはままあることじゃし、数十mも離れておれば平気じゃ。一つ所におっても、一分程度なら問題はあるまい」
三度、検討の色が会議室に満ちた。だがそれはこれまでより一段深い。
(実現可能性のある作戦、トップ層にも旨味のある報酬、最も危険な役割。
だが。それでも。新参者への探索委員達からの信頼は疑わしい、と
(何故なら、新顔である僕の計画に乗って、危険な階層でまるごと全滅すれば救助が来るか分からない。それは、ある程度関わりのある
保険は必要だから『一人からの参加OK、報酬は参加人数に関わらず全隊山分け』とした。
これで、果たしてどうか。緊張しつつ、
す、と挙がる手があった。
「
「
双方共に有力な隊の率先した参加表明、しかも片方は隊長自ら。場がどよめいた。
(ふたりともありがたいな~、けど……)
同時、
「そうですね。実現した場合、この合同隊の隊長は言い出しっぺの
(まじで)
「……そして」苦笑しつつ、
(ミカ姉!)
同時、
これで、七人だ。しかもトップ層の実力者が数人名を挙げている。しかし。
「
視線を向けず、
「うちはちょい考えさせてもらってもいいかな」「隊で相談したいんだが」
(む、押し切れなかった……)
「ふむ。考慮期間も必要ですかね。
「くっ……」
「最後に」話がまとまったところで、
「ふむ。それは?」
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