五章 図書委員は書架を征す 4


   ○


 五月末、放課後。


 釣り餌は足りるかな? と自問しつつ、たけるは図書館会議室の椅子へ腰を下ろす。


 隊長会議が、始まる。




「住吉姉が脱落しました。宇賀隊は新規隊員を募集しています」


「柵隊も一人脱落。補充は済んでます」


 隊長会議は最初の各隊報告から、少し趣を異にしていた。欠員報告がいくつか重なる。報告に含めてはいなくとも、死亡して連れ帰ったという隊も相当に多いという推測は立つ。


 深層を攻めている隊は目立った被害の報告はない。それが何を意味するか。


「報告にもありましたが、浅~中層を主に探索している隊に、被害が増え続けていることについて、いいですか」


 一通りの各隊報告が終わって、最後の意見の場で。加来かくが挙手し口を開いた。


「最近は意見が活発じゃなあ」「良いことですよ。加来かく君、どうぞ」


 にまにまとしたフブル司書と御高みたかの促しに、加来かくが立ち上がる。


「原因は――先月のことからも分かるように、守砂すさ隊の活動の結果です」


 ざ、と居並ぶ隊長達の視線がたけるへ向けられる。流石のたけるも、ちょっと居心地が悪い。


守砂すさ隊は低層の詳細地図を公開、共有しました。それだけなら問題は無かったかもしれません。しかし、その地図には未踏区域への道筋までもが掲載されていた」


「……それの何が悪いと?」


 質問したのは思兼おもかねだ。加来かくが答える。


「――図書館探索は基本、早い者勝ちの競い合いで行われてます。それは探索を活発化するためでもありますが、自分たちの力で進むことが重要だからでしょう。借り物の力では長続きはしない。少なくとも、俺は隊長をやってそう思ってます」


 彼はたけるへ視線を寄越す。無言で見返すと、ふんと彼は視線を周囲に戻した。


「それに、他の隊が提供する地図……自分たちに身についていない知識では、ミスする可能性も高い。その結果が今月の被害拡大です」


「その責任は隊ごとに負うのが当然じゃねえの? 要は判断ミスだしさ」


 別の隊長が発言する。たけるにも見覚えがあった。確か、四層隠しフロアの小部屋でそれなりの成果を手に入れた隊だ。彼の発言は正論ではある。しかし、


「俺は加来かくに賛成かな。気が散るっつうか」


「普通に降りる分には段々難しくなってくのに、隠しフロア側は一気に殺しに来るからな。参るわ。騙し討ちみたいなもんだ」


「私のところも、そのせいで入ったばっかりの子が抜けたし……」


 被害を受けた隊を中心に、加来かくへの賛同が続いた。加来かくが腕を広げる。


「これ見よがしに美味い話をぶらつかせれば、乗っていく隊が増えていくのは無理もないでしょう。もっとまずいのは、低層を行く、まだ先が長い隊が被害に遭っていること。この先も放っておくと、一年先二年先の探索委員が歯抜けになりかねません」


 実際に出ている被害を論拠に上げられると、皆が少々考え込む様子を見せた。


(んーむ、理論としては少々無理筋なん、だが)


 たけるが表情は変えずに苦く思う。誰だって、自身に被害が来てしまえば、巨視的・長期的な判断が二の次になってしまうのは無理もない。


(大人ですらそうだし……いや、むしろ生々しい利権だのが絡む分余計にひどかったか)


 冒険家としての過去を思い出す。外の世界では、遺跡一つ探索するのも自由ではない。保全などがあるために仕方のない面も、あるにはあるが。


 そして、この場唯一の大人であるフブルは、場と報酬を設定するのみである。探索委員全体の運営は、生徒に委ねている。にまにまと笑いながら。


(楽しそうだなあ、もう!)


「だからそりゃそっちが悪……」「四層のつもりでちょっと入っただけで……」


 喧騒が始まりかける様を、彼女は幼い口を歪めて無言で眺めている。ぱん、と音が響いた。


「お静かに。発言は挙手のあと」


 御高みたかだ。皆が黙り込んだのを確認し(フブルは残念そう)、彼は頷いた。


加来かく君、続けて下さい」


「はい」加来かくが表情を引き締めた。結論に行くつもりだ。「守砂すさ隊の活動の内、詳細地図の配布を制限するべきと思います」


(そう来たかあ……)


 加来かくは意図的に、守砂すさ隊の他隊員救出行動を意見から外した。それは実際に益を受けている隊があるからだろう。それまで否定すると、賛同意見を減らすことに繋がりかねない。


(落ち着け)たけるは考える。加来かくの目的は何か。(僕が持ち込んだ新しい探索方針で、探索委員の被害が増えたことへの不満)


 実際はどうかと言えば。たけるは被害を報告した隊長達を見る。


(現状、隊員の被害が増えてるのは間違いない。それが僕の地図による隠し通路発見が一因だということも、一理ある……。だが、詳細地図は必要なんだ。長期的に見れば被害も減るし、何より外部からの地下レファレンスへスムーズに対応できる)


 人が求める知識にたどりつく、助けになる。少なくともたけるは、そう信じている。


(対応策がエキドナの排除と、五層隠しフロアの完全な地図。でも、僕達の戦力じゃあ大量のヌシもエキドナも倒せなくて無理だ。だから、他の方法が必要)


「……ふむ。では決を……採る前に。守砂すさ君、反対意見はありますか」


「それじゃ、意見というか、提案を」


 そういうわけで、たけるが立ち上がる。入れ替わりで鼻を鳴らして加来かくが座った。


「地下五層、隠しフロアの探索――これを、複数隊合同で行いたいんです」


 出鼻に叩き込んだ。隊長達が一斉に顔へ疑問を浮かべ、口々に言い立てる。


「何言って――」「自分らで出来ねえから人に頼るって?」「寄生でもするつもり?」


「静かにしてくれ」隊長達を挙手しながら抑えたのは、意外なことに加来かくだ。「いいか?」


「どーぞ」たけるが発言を促す。


「図書探索委員は競い合いで回っている、と言ったばかりなんだが。どういうつもりだ?」


「競い合いにならないからだよ。今説明するね」


 言って、たけるは移動する。隊長十数人の視線を背に受けながら、壁際のホワイトボードを持ってきて、用意していた拡大コピー用紙を貼る。


 通路。赤点。それを囲う丸印。いち早く気付いて、御高みたかが言った。


「これは――地下五層隠しフロアの地図、ですか? ヌシの配置と、基本徘徊範囲まで」


「はい。確認したヌシは十数体、完成度は六割程度ですけど」


 隊長たちが興味深げに注視する。たけるはホワイトボードの空きに五層の仕掛けを書いていく。




一、通常の魔書生物はおらず、ヌシのみが多数存在する。


一、ヌシの平均的な強さは十層前後にいるヌシ程度である。


一、このフロアのヌシは撃破しても一日で復活する。


一、最奥にエキドナというヌシを産むヌシが存在する。階層支配者。


一、エキドナを倒せば一日での復活は不可能と考えられる。


一、最奥の部屋には少なくとも五体以上のヌシが存在する。


一、エキドナに見つかった場合、フロア全てのヌシに追われる。




「なんだこりゃ……」「エグすぎ」「悪意しかねえ」「倒すだけムダってこと?」「二桁層行ったってこんなとこねえぞ」「どーりで減らないと思ったんだよ」


 ざわざわと、その難易度を知った隊長達が言葉を交わす。


「少なくとも一日での復活は本当。私達の隊で数体倒したヌシが、翌日いた」


 発言したのは思兼おもかねだ。たけるにとっては助かるアシストである。


「このエキドナとかいう大ボスみたいなのは? マジでいるのかこんなの」


 また別の隊長が言う。


「スッサーの持ち帰った情報から調べた~。雨野あめの隊からも、まず間違いないって言っとくね」


 次に答えたのは雨野あめのだ。思案顔の隊長達の中、一人得意げに背もたれに体を預けている。


守砂すさ隊と情報交換をしていたと?」特に責める口調でも無く、御高みたか


「競争関係ではあるけど~、取引を禁止された覚えはないしね」


 雨野あめのが魅力的に笑い、たけるへウィンクを飛ばした。薄く苦笑して流しておく。


「待って下さい、守砂すさの勘違い、もしくはこの場しのぎのデタラメを言っている可能性は」


 加来かくの反論に、たけるも即座に応じる。


「誰も得しないよ、それ。僕達は現状手詰まりなんだから。そうでないなら、さっさと踏破して独り占めしてるさ」


「三隊の証言があるならば、確度は高い情報でしょうね。一隊での攻略は難しい」


 補足するように呟く御高みたかに、良く言うなあ、とたけるは思う。


(ミカ姉と話してから日が経ってる。当然委員長は話を聞いたはずだ)


 実際に一度挑戦し確かめていたとしても、不思議はない。


「トップクラスの隊ですら攻略が難しい。なら、どこかの隊がヌシを減らした直後、ハイエナのように攻略を狙うしかない……けど、それは競い合いじゃない。出し抜きでしょ」


 たけるの言葉に、加来かく、ひいては他の隊長達もむう、と唸る。


守砂すさの言う前提を信じるとしてさー。肝心の――協力するメリットは?」


 乗ってきたのは、以前守砂すさ隊に隊員の救助を頼んだ女子隊長だ。視線が再びたけるへと集まる。


(さて、ここだ)


 各隊の協力を取り付けるには。たけるの目的のためには、ここで身を切る覚悟が必要だ。


「まず、欲しい人数は最低十二人。先行、陽動、討伐の三隊分です。先行隊が倒せるだけのヌシを排除。陽動隊が残ったヌシを引き付け、討伐隊がエキドナを撃破する」合間を作らず、続ける。「そして。このフロアで見つかる報酬は参加する隊へ均等に山分け。これは参加した隊員の数関係なく」


 餌その一だ。この発言に、隊長達の視線に検討の色が加わった。さらに踏み込む。


「これは僕達が既に見つけてる五点の資料も含みます。まだ報酬受け取りはしてないので。そして五層の隠しフロア、今まで見つけた資料の価値は、二桁階層の資料と同レベルです」


「そうじゃな。なんでかと思っとったが、こういう企みか」


 沈黙を保っていたフブル司書が肯定する。彼女は明らかに面白がっている。


 場に「そこまでやるか」という空気が広がった。報酬額はかなりの額になる。


 だが、これではトップ層の隊への希求度はまだ低い。彼らは元から十層以下に潜っているし、


『分割じゃなあ』というわけだ。現に御高みたかの他、数隊は未だに値踏みするような目をしている。


(だから、さらに餌を下げる)


 エキドナの力は未知数だ。トップ隊の協力は必要である。


「最後の大部屋は全面書架。あの規模なら、未登録図書だけじゃない。魔書があるはず」


 あえて、言い切る。ざわ、と。これまでとは質の違う気配が満ちた。


 実際は、確認してみないと分かりはしない。しかし、階層支配者のような大物がいる場合、それが記されている魔書が同じ部屋にある可能性はかなり高い。


「魔書の新刊か」「前に見つかったのはどこだっけ? 十六層?」「これも山分け?」「使用権は複数隊になるのか?」


 新しい魔書。それは資料的な価値は言うまでもなく、探索委員全体にも大きな意味を持つ。戦力的には習熟の期間が必要になるとはいえ、


(俺の『亡失迷宮』みたいな――)


 特殊な能力を持つ魔書であれば、探索に与える影響は大きい。ざわつきは続く。


「いやしかし、本当にあるのか?」「あったら儲けモンくらいには考えとくべきだが……」


「これは津久澄つくづみ 先輩も同じ意見です」


 疑問に差し込むように、伏せていた札をたけるは出す。津久澄つくづみ の言葉は説得力を持つ。何せ副委員長であり、


守砂すさ隊は言い出しっぺだから、協力者が多く出ない限りは全員提供します。津久澄つくづみ 先輩は討伐隊への参加を予定してます」――戦力としても彼は一級である。


津久澄つくづみ 先輩が壁役タンクを……っ、と」


 思わず呟いて、口をつぐんだのは加来かくだ。彼は去年まで津久澄つくづみ と隊を組んでいる。盾役としては委員随一。その力は十分に知っているのだった。


守砂すさ自身は何するの?」


 もう一人、発言を差し込んできたのは思兼おもかねだ。たけるは頷いた。自らの能力も、餌の一つだ。


「僕の魔書能力は脳内のオートマッピングとヌシの感知、そんで周囲の探知能力です」


 探索特化の能力披露に、数人の隊長が真顔になった。それはトップ層に顕著だ。


 そうしておいて、たけるは自隊から最大の餌を差し出した。


「だから、僕は陽動隊です。最奥の部屋まで行って、エキドナ以外の全てのヌシを引き付けて、死ぬまで逃げまくる」


「「「「!」」」」


 数人がひいふうみい、と地図上のヌシを数える。


「四割ほど未踏だし、全体だと二十は軽くいるよな……」「いくらかは先行して減らすっつっても」「まず間違いなく――」


 そう。文字通りの決死隊だ。それを負う。


「もちろん、どの隊の死者も、帰って来れなかった場合は、作戦後に参加隊合同によって救助をする約束をしてもらいます。現段階だと、僕と守砂すさ隊残りの二人は陽動隊に参加。もちろん他に陽動が向いてる人の参加があれば変更はありますが」


「複数隊が同時にフロアにいることになるけど、地下閉架迷宮書庫の過剰反応については?」


 また別の隊長から質問が飛ぶ。これにはフブルが答えた。


「同時におることになるのは陽動と討伐か。普段でも二隊がかち合うくらいはままあることじゃし、数十mも離れておれば平気じゃ。一つ所におっても、一分程度なら問題はあるまい」


 三度、検討の色が会議室に満ちた。だがそれはこれまでより一段深い。


(実現可能性のある作戦、トップ層にも旨味のある報酬、最も危険な役割。守砂すさ隊が提供できるものは全部出した)


 だが。それでも。新参者への探索委員達からの信頼は疑わしい、とたける自身は考える。この計画も、どこまで信用されているか。隊ごと参加してくれるところはまずあり得ない。


(何故なら、新顔である僕の計画に乗って、危険な階層でまるごと全滅すれば救助が来るか分からない。それは、ある程度関わりのある思兼おもかね隊、雨野あめの隊だってそう考える。僕がそのつもりでも、相手は同じように考えない。当たり前だ)


 保険は必要だから『一人からの参加OK、報酬は参加人数に関わらず全隊山分け』とした。


 これで、果たしてどうか。緊張しつつ、たけるは一同を見守る。


 す、と挙がる手があった。


思兼おもかね隊は一人、提供する。人員はこれから決めるけど」


雨野あめの隊も~。わたし、行っちゃうよ。振り分けお願いね、合同隊長?」


 双方共に有力な隊の率先した参加表明、しかも片方は隊長自ら。場がどよめいた。


(ふたりともありがたいな~、けど……)


 同時、雨野あめのの発言によってたけるへ視線が向く。合同隊長。御高みたかがくすりと笑った。


「そうですね。実現した場合、この合同隊の隊長は言い出しっぺの守砂すさ君に任せましょうか」


(まじで)たけるはちょっぴり焦る。もっとも経験のある委員に任せようと思っていたのだ。


「……そして」苦笑しつつ、御高みたかは自分のスマホを取り出した。「先ほどから通知が鳴り止まなくて……誰ですか天寺あまてらさんに教えたの。御高みたか隊も、とりあえず彼女を出しましょうか」


(ミカ姉!)


 同時、思兼おもかねたけるを見て一瞬だけドヤ顔をした。彼女のアシストである。女子高生にかかれば、ノールック机下スマホ通信アプリ操作など造作もない。


 これで、七人だ。しかもトップ層の実力者が数人名を挙げている。しかし。


加来かく隊は遠慮させてもらうぞ」


 視線を向けず、加来かくが言う。これはある程度予想していたことだった。が、


「うちはちょい考えさせてもらってもいいかな」「隊で相談したいんだが」


(む、押し切れなかった……)


 加来かくの発言で少し波が退いた。他数人が、同様の発言をする。


「ふむ。考慮期間も必要ですかね。加来かく隊が議題に上げた守砂すさ隊の地図公開制限については、今回の結果を見てからということにしましょう」


「くっ……」


 加来かくも不承不承ながら、これを受け入れた。


 宇伊豆ういず学園は二期制で、中間テストは六月下旬。決行日は翌週の土曜となった。


「最後に」話がまとまったところで、守砂すさは再び声を上げた。「守砂すさ隊は一点だけ。要望を出します。これは利益分配には何の関係も無い、ちょっとした心の報酬だと思って下さい」


「ふむ。それは?」


 御高みたかの促しに、たけるは頷いた。口を開く――

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