五章 図書委員は書架を征す 3
◇
「んでな~に~? 彼女ほっぽって連れ込んじゃって。年上大好きっ子か~?」
「そんなんじゃないですって」
てくてくと
「ここの本をちょっと調べてたんですよ」
「ふぅん。なんで?」
先ほど
「ソレ結局、対策が取れるかだよね~。そんで、実際の化物の伝承がどうだったかよりも、重要なのは、そいつが出てきてる魔書になんて書いてあるか、なわけだし」
「ですね。でもその前段階として、元の情報が間違ってたり、一般に出る課程で変わっちゃってたら元も子もないし。詳しい人に特定してもらった方がいいかなって」
「ふぅん…………」
そこそこ真面目そうな本を数冊取って、人気の無い閲覧席へ。対面に座る。
「んで? アタシに用事って、結局何? 読み聞かせでもしてほしい?」
たまにこども室(一階児童書コーナーの一角)でやるから上手いよー、
「……言っとくけど。無条件でそっちに付けってのはナシよん。スッサーもツクズミンも嫌いじゃねーけど、アタシらも他の隊からムダにニラまれたくないしさ」
都合良くはいかない。それを頷いて、尊は取引材料を差し出した。
「これ、
スマホの画面を見せる。そこには、顔は見切れているがかなり露出度の高い衣装を身にまとった女性が映っている。
普段着ではありえない肌面積とヒロイックな雰囲気を併せ持つ――大雑把に言ってしまえば、ファンタジー世界を題材にしたコスチュームのようだった。
「ちょっとスッサー、これ何のセクハラ?」
少し冷えた声が返る。怒りを内に秘めた女性の声というのは、中々に怖い。海外の山屋などの荒くれとはまた違う怖さだ。とはいえ、
「このゲーム、やってますよね?」
画面を切り替えて差し出したのは、大人気のファンタジー系ソーシャルゲーム。過去には
「……珍しくもないんじゃね?」
写真の女性の格好は、そのゲームの人気キャラのものだ。
かつて、
果たして、それは一つのSNSアカウントを導いた。
「UZUMEさん、ですか」
新しく表示されたスマホの画面。UZUMEというそのアカウントの自己紹介文には、ゲームのタイトルと『コスやってまーす! ランキング1位とっちゃった!』とある。ゲーム画面のスクリーンショットも豊富にあり、UZUME本人であることは疑いようがない。
「コスプレ写真も多数アップしてますね。ちょっと過激じゃないかと思いますが」
先ほどの画像もその中の一枚だ。アップロード日時は数日前。
「…………」
(こんな悪趣味なこと続けるの嫌なんだけど)
苦く思いながら、
「これ、駅裏の貸スペースですよね。んでこっちは大橋近くの廃病院。こっちは遠景からすると母衣町のどっかかな。全部この市内です」
「!?」
法的に不可能な場所を除けば(大きな声では言えないが、それもいくつかは)、
「さっき、休みの校内で何してたんです?」
先ほどのゲームは現在、学園イベント開催中だ。コスプレは、ロケーションも重要である。
さらに。最高レアである学生服姿の限定キャラは、なんと確率1%。幸運に頼らず引くには課金が必要であろう。懐具合が中々厳しいと、エスキュナも
どはーっ、と。
「あ~~~も~~~……はいはい。ランキング1位でコスプレイヤーのUZUMEちゃんはワタシですよ……!」
認めてくれた、と
「すいません、隠してることをわざわざ」
他にも、いくつか推定する要素はあった。魔書生物の名前は基本、
「リスペクトというか、ファン特有の行動ですよね」
「…………」ぷい、と背けるその顔は少し赤い。「好きなの、あーいうの」
聞けば。美容と服飾は元々の趣味であったという。ただ中学生の頃、その手(ファンタジー)の世界に出会い、
「相性ピッタリじゃね? ってね。綺麗になればタショーカゲキな服でも似合うし、服縫えんなら、絵の服も自分で再現できっし」
さらに、通う高校にはおかしな地下書庫探索のバイトがあった。
「衣装に美容とか、とにかくおカネかかっからね……。あとゲーム代も。地下書庫探索は、知識にストレス発散に運動におカネに、一石四鳥ってわーけー」
なるほどなあ、と
「……んで、どーすんの? 黙っててやるから言うこと聞けって脅すつもり?」
両腕で自らを抱きかかえて言う
「? 脅す? いや、元から人が隠してることを外に話すつもりはないですが」
「
「メリット? わたしの?」
「でもそれには、
「交渉…………」
ぴく、と
「それに、五層隠しフロアの本、ここらと一緒、388辺りで。神話伝承の生き物やら道具やら服やら、そんな感じでしたし」
「何よもぉ~~~~~~バリ焦った~~~~」
顔を上に向けて、手で覆う。さらに、
「ごめんねスッサー……あんなことやこんなこと求められたらどうしようってなってた汚い心のわたしをゆるして……」
「……
彼女は小声で何やらぶつぶつ言ってから、顔を正面へと。いつもの笑顔に戻っていた。
「いーよ。じゃあスッサー、地下五層で見たヌシ、特徴でいいから全部教えて」
「協力、してくれるんですか」
「隠しフロアの攻略に関してだけ、ならね」
「あと――スッサーのこと、ちょっと気に入っちゃった。ミカッチにはナイショだなこりゃ」
後半は聞かなかったことにして。
「これ……ケルベロスに、オルトロス……? あと蛇に、ワシ」
「ちょいスッサー、見たヌシ全部思い出して。どんな外見だったか。一匹残らず」
「え、ええ? はい、ちょっと待って下さいよ……」
むむむ、と
「ふ―――――ん……他には多頭の蛇、でかいライオンにワシ、巨大な猪……で、最奥の親玉は、でっかい蛇女。ちょいとそれ貸して」
「多分、こいつね」
そこに描かれていたのは、
「エキドナ……」
「ギリシャ神話の怪物よ」解説をなぞるように、
突然の早口に呆然としていた
「……ん、んんっ!」
彼女がブレーキをかけた。少し顔が赤い。
「なんか言いたそうだねぇ、スッサー」
「いや、先輩詳しいなあって」
「うっさいなあ。普段話さないもんこんなの」
「好きなことだし、しょうがないですって」
にこにこ笑って、続きを促す。
「なんかフコーヘーだな……スッサーも今度シュミのこと聞かせなよね」唇を突き出してから、続ける。「ま、旦那はいいか。今はエキドナ」
「確証はあります?」
デコった指が解説ページをさす。そこには『エキドナの子供達』という項目がある。
「伝承によって違うんだけど、エキドナの子供達は、今スッサーが教えてくれた五層のヌシ達の特徴にあてはまんの。ケルベロスもオルトロスも、エキドナの子供」
「!」ここに来て、
「多分ね」
あの五層の深奥で、蛇女の尾元で見た、あの白い物体は。
「……卵だったんじゃないかと思うんです。数も思兼隊が倒した数と、多分同じ」
「たまご。……なるほど……エキドナは多数の怪物を産んだ。こっちの場合は、フロアのヌシが倒されるごとに、それを復元するために」
きょとんと呟いた後、
「エキドナさえ倒せば、翌日即復活は無くなる……んじゃね?」
二人は目を見合わせて頷いた。
○
翌日から、
「とにかく地図と、うろつくヌシの場所と種類を特定する」
地下閉架迷宮書庫エントランスの床に書きかけの地図を広げ、
「エキドナ……ですっけか。そいつは倒さなくていいんすか」
「そーそー。それ倒さないと、いつまでもヌシが復活しちゃうんでしょ?」
「俺達が倒す必要はない。というか、倒せない」
きっぱりと、言い切る。
「なンか……策があるのね? 倒さなくても月末の隊長会議を乗り切る策が」
一年組が
「そっちは隊長の俺の仕事。今はただ、正確な地図と、敵の情報が必要なんだ」
「……………………」
策はある。だが、最初の関門がこれだ。
「いやそれ、前に聞いたじゃないすか」
――のだが。
「俺、元々センパイに付いていくつもりだったしな」
エスキュナはちょっと悩むフリをしていた。だがあごに指を当てている顔は、にやけ面だ。
「私とたまにゲーム遊んでくれたらいーですよー」
数秒も間を置いて、言ったことはそんなことだった。
「面白いコト、見せてくれるのよね?」
微笑んで聞くのは
(俺は今)意識して、口端を上げた。(同じ笑いが出来てるかな? 昔みたいに)
「もちろん。期待していい」
いつの間にか
「いくぞ」
「「「おー!」」」
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