五章 図書委員は書架を征す 3


   ◇


「んでな~に~? 彼女ほっぽって連れ込んじゃって。年上大好きっ子か~?」


「そんなんじゃないですって」


 てくてくとたける達が歩くのは、地上二階。場所の分類は300番台。その中でも『伝承、民話』の表記がされる388の書架群だ。


「ここの本をちょっと調べてたんですよ」


「ふぅん。なんで?」


 先ほど三火みかに言ったことを、もう一度説明する。返答も、似たようなものが返ってきた。


「ソレ結局、対策が取れるかだよね~。そんで、実際の化物の伝承がどうだったかよりも、重要なのは、そいつが出てきてる魔書になんて書いてあるか、なわけだし」


「ですね。でもその前段階として、元の情報が間違ってたり、一般に出る課程で変わっちゃってたら元も子もないし。詳しい人に特定してもらった方がいいかなって」


「ふぅん…………」


 そこそこ真面目そうな本を数冊取って、人気の無い閲覧席へ。対面に座る。


「んで? アタシに用事って、結局何? 読み聞かせでもしてほしい?」


 たまにこども室(一階児童書コーナーの一角)でやるから上手いよー、雨野あめのは笑う。しかし、視線に油断はなく鋭さを保ったままだ。


「……言っとくけど。無条件でそっちに付けってのはナシよん。スッサーもツクズミンも嫌いじゃねーけど、アタシらも他の隊からムダにニラまれたくないしさ」


 都合良くはいかない。それを頷いて、尊は取引材料を差し出した。


「これ、雨野あめの先輩ですよね?」


 スマホの画面を見せる。そこには、顔は見切れているがかなり露出度の高い衣装を身にまとった女性が映っている。


 普段着ではありえない肌面積とヒロイックな雰囲気を併せ持つ――大雑把に言ってしまえば、ファンタジー世界を題材にしたコスチュームのようだった。


「ちょっとスッサー、これ何のセクハラ?」


 少し冷えた声が返る。怒りを内に秘めた女性の声というのは、中々に怖い。海外の山屋などの荒くれとはまた違う怖さだ。とはいえ、たけるは引かない。


「このゲーム、やってますよね?」


 画面を切り替えて差し出したのは、大人気のファンタジー系ソーシャルゲーム。過去にはたけるもちょっとやっていたし、今もエスキュナが現役で遊んでいる。


「……珍しくもないんじゃね?」


 写真の女性の格好は、そのゲームの人気キャラのものだ。


 かつて、たけるはエスキュナからこのゲームのランキングの話を聞いたことがあった。そして、かつてやっていた頃を思い出し、なんとはなしに1位のHNを検索にかけてみたのだ。


 果たして、それは一つのSNSアカウントを導いた。


「UZUMEさん、ですか」


 新しく表示されたスマホの画面。UZUMEというそのアカウントの自己紹介文には、ゲームのタイトルと『コスやってまーす! ランキング1位とっちゃった!』とある。ゲーム画面のスクリーンショットも豊富にあり、UZUME本人であることは疑いようがない。


「コスプレ写真も多数アップしてますね。ちょっと過激じゃないかと思いますが」


 先ほどの画像もその中の一枚だ。アップロード日時は数日前。


「…………」


 雨野あめのの表情は未だ崩れてはいない。


(こんな悪趣味なこと続けるの嫌なんだけど)


 苦く思いながら、たけるはいくつかの写真を開く。一見、どこともしれぬ撮影場所であるが、


「これ、駅裏の貸スペースですよね。んでこっちは大橋近くの廃病院。こっちは遠景からすると母衣町のどっかかな。全部この市内です」


「!?」


 雨野あめのが目を見開く。


 たけるの抑えきれない欲求。行ったことの無い場所を、探検したい。


 法的に不可能な場所を除けば(大きな声では言えないが、それもいくつかは)、たけるがこの街で訪れていない場所は、ほとんど無い。


「さっき、休みの校内で何してたんです?」


 先ほどのゲームは現在、学園イベント開催中だ。コスプレは、ロケーションも重要である。


 さらに。最高レアである学生服姿の限定キャラは、なんと確率1%。幸運に頼らず引くには課金が必要であろう。懐具合が中々厳しいと、エスキュナも雨野あめのも言っていた。


 どはーっ、と。雨野あめのがため息をついた。


「あ~~~も~~~……はいはい。ランキング1位でコスプレイヤーのUZUMEちゃんはワタシですよ……!」


 認めてくれた、とたけるも内心で嘆息する。彼としてもこれ以上はやりたく無かった。


「すいません、隠してることをわざわざ」


 他にも、いくつか推定する要素はあった。魔書生物の名前は基本、雨野あめのが付けているという話だが、神話伝承が出展の魔書生物はほぼ元と同じ名前が付いている。後から「やっぱあいつの名前コレだわ」と訂正することもあったようだ。


「リスペクトというか、ファン特有の行動ですよね」


「…………」ぷい、と背けるその顔は少し赤い。「好きなの、あーいうの」


 聞けば。美容と服飾は元々の趣味であったという。ただ中学生の頃、その手(ファンタジー)の世界に出会い、


「相性ピッタリじゃね? ってね。綺麗になればタショーカゲキな服でも似合うし、服縫えんなら、絵の服も自分で再現できっし」


 さらに、通う高校にはおかしな地下書庫探索のバイトがあった。


「衣装に美容とか、とにかくおカネかかっからね……。あとゲーム代も。地下書庫探索は、知識にストレス発散に運動におカネに、一石四鳥ってわーけー」


 なるほどなあ、とたけるは感心する。そんな彼とは裏腹に、雨野あめのは警戒を露わに見つめてくる。


「……んで、どーすんの? 黙っててやるから言うこと聞けって脅すつもり?」


 両腕で自らを抱きかかえて言う雨野あめのに。たけるはぱちくりと瞬きする。


「? 脅す? いや、元から人が隠してることを外に話すつもりはないですが」


 雨野あめのは怪訝そうな目でたけるを見返した。


雨野あめの先輩の趣味がそういうことなら、あそこ踏破出来れば先輩にもメリットあるかなーって思ったからですけど」


「メリット? わたしの?」


「でもそれには、雨野あめの先輩の趣味をちゃんと確定させないと交渉できないじゃないですか」


「交渉…………」


 ぴく、と雨野あめののデコった眉が動く。目的は脅しではなく。


「それに、五層隠しフロアの本、ここらと一緒、388辺りで。神話伝承の生き物やら道具やら服やら、そんな感じでしたし」


 雨野あめのは。しばらく考え込むようにうつむき、眉間に指を当て、少し唸ってから。


「何よもぉ~~~~~~バリ焦った~~~~」


 顔を上に向けて、手で覆う。さらに、


「ごめんねスッサー……あんなことやこんなこと求められたらどうしようってなってた汚い心のわたしをゆるして……」


「……雨野あめの先輩?」


 彼女は小声で何やらぶつぶつ言ってから、顔を正面へと。いつもの笑顔に戻っていた。


「いーよ。じゃあスッサー、地下五層で見たヌシ、特徴でいいから全部教えて」


「協力、してくれるんですか」


「隠しフロアの攻略に関してだけ、ならね」


 雨野あめのは笑いをにんまりと深くする。


「あと――スッサーのこと、ちょっと気に入っちゃった。ミカッチにはナイショだなこりゃ」


 後半は聞かなかったことにして。たけるは五層の情報を並べる。


「これ……ケルベロスに、オルトロス……? あと蛇に、ワシ」


 雨野あめのが反応したのは、やはり大量のヌシだった。


「ちょいスッサー、見たヌシ全部思い出して。どんな外見だったか。一匹残らず」


「え、ええ? はい、ちょっと待って下さいよ……」


 むむむ、とたけるが記憶を絞り出す。特徴を箇条書きしていく。


「ふ―――――ん……他には多頭の蛇、でかいライオンにワシ、巨大な猪……で、最奥の親玉は、でっかい蛇女。ちょいとそれ貸して」


 雨野あめのは、たけるが持ってきていた伝説の生物を解説した本から一冊を取って、ぱらぱらとめくる。ややあって、あるページを開いて差し出した。


「多分、こいつね」


 そこに描かれていたのは、たけるの見たものに近い存在だった。下半身は蛇、上半身は美しい女性の怪物。記されている名前は、


「エキドナ……」


「ギリシャ神話の怪物よ」解説をなぞるように、雨野あめの。「色んな怪物を産んだ、ギリシャ神話界のモンスターペアレンツね、文字通りの。背中に翼があるって話もある。親はカリロエとかガイアとか諸説あるけど、大体神様。だから魔書生物の中でも相当ランク高いよね。旦那はテュポーンって言って、これもギリシャ神話で最大の怪物で――――あ……」


 突然の早口に呆然としていたたけると、我に返った雨野あめのの目が合う。


「……ん、んんっ!」


 彼女がブレーキをかけた。少し顔が赤い。


「なんか言いたそうだねぇ、スッサー」


「いや、先輩詳しいなあって」


「うっさいなあ。普段話さないもんこんなの」


「好きなことだし、しょうがないですって」


 にこにこ笑って、続きを促す。


「なんかフコーヘーだな……スッサーも今度シュミのこと聞かせなよね」唇を突き出してから、続ける。「ま、旦那はいいか。今はエキドナ」


「確証はあります?」


 デコった指が解説ページをさす。そこには『エキドナの子供達』という項目がある。


「伝承によって違うんだけど、エキドナの子供達は、今スッサーが教えてくれた五層のヌシ達の特徴にあてはまんの。ケルベロスもオルトロスも、エキドナの子供」


「!」ここに来て、たけるも気付く。「五層の隠しフロアは、まるごとエキドナの巣……?」


「多分ね」


 雨野あめのも頷いた。となると、たけるには思い出されるものがある。


 あの五層の深奥で、蛇女の尾元で見た、あの白い物体は。


「……卵だったんじゃないかと思うんです。数も思兼隊が倒した数と、多分同じ」


「たまご。……なるほど……エキドナは多数の怪物を産んだ。こっちの場合は、フロアのヌシが倒されるごとに、それを復元するために」


 きょとんと呟いた後、雨野あめのは呟く。一日で復活するヌシ達。その理由だ。つまり、


「エキドナさえ倒せば、翌日即復活は無くなる……んじゃね?」


 二人は目を見合わせて頷いた。


   ○


 翌日から、守砂すさ隊の五層隠しフロアへのアタックが続いた。


「とにかく地図と、うろつくヌシの場所と種類を特定する」


 地下閉架迷宮書庫エントランスの床に書きかけの地図を広げ、たけるが宣言する。


「エキドナ……ですっけか。そいつは倒さなくていいんすか」


 大国おおぐにの問いにエスキュナも頷く。


「そーそー。それ倒さないと、いつまでもヌシが復活しちゃうんでしょ?」


「俺達が倒す必要はない。というか、倒せない」


 きっぱりと、言い切る。津久澄つくづみが眼鏡の奥の片眉を上げる。


「なンか……策があるのね? 倒さなくても月末の隊長会議を乗り切る策が」


 一年組が津久澄つくづみを見る。たけるが頷くと、今度はこちらを見た。


「そっちは隊長の俺の仕事。今はただ、正確な地図と、敵の情報が必要なんだ」たけるは一同を見回す。途中、目に入った受付嬢は、感情の伴わない目を向けている。「悪いがその間は、見つけた新規図書の報酬も後回しだ。乗ってくれるか。みんな」


 守砂すさ隊の面々が、互いの顔を見合わせた。


「……………………」


 策はある。だが、最初の関門がこれだ。守砂すさ隊の仲間が付いてきてくれるか、どうか。利益的には他の隊へ乗り換えても不思議はない。


「いやそれ、前に聞いたじゃないすか」


 ――のだが。大国おおぐにが今更何を、と言う風に不満顔をした。続ける。


「俺、元々センパイに付いていくつもりだったしな」


 エスキュナはちょっと悩むフリをしていた。だがあごに指を当てている顔は、にやけ面だ。


「私とたまにゲーム遊んでくれたらいーですよー」


 数秒も間を置いて、言ったことはそんなことだった。大国おおぐにに肩をどつかれて、喧嘩を始めた。


「面白いコト、見せてくれるのよね?」


 微笑んで聞くのは津久澄つくづみだ。地上にいる時のたけるがやる、薄い笑いとは違う。期待の笑みだ。


(俺は今)意識して、口端を上げた。(同じ笑いが出来てるかな? 昔みたいに)


「もちろん。期待していい」


 いつの間にか大国おおぐにとエスキュナも喧嘩をやめ、こちらを見ている。たけるは号令した。


「いくぞ」


「「「おー!」」」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る